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「何でデラクエルから離れた」

 グラエム先輩の質問に答えられず黙り込む。敵からの要求の一つだからと詳細な説明するわけにもいかないだろうし。ふと、だいぶ前のフォルの言葉を思い出した。

 ――自覚するんだアイラ。君は、弱点なんだ。

 私の護衛であるガイアスとレイシスは、私を護ることを第一としてくれている。つまり、私がいる限り彼らは自由に全力を出せない。あくまで戦いにおいて、だが……私がその任を解いた今、レイシスすら危険にさらされたこの状況で、ガイアスはどう動くのだろうか。

「察しはついてる。だからって暴れすぎだ、馬鹿娘」

「察してくれてるなら馬鹿娘馬鹿娘って言わないでくださいよ! しかもなんで追ってきたんですか、こんなのバレたら……あれ?」

 確かに私は一人で飛び出して、恐らく、いや間違いなく皆に心配をかけている。馬鹿だといわれる行動をした自覚はあるが、事情はあるのだ。グラエム先輩が追ってきてくれたのは嬉しいようでしかし危険、と思ったのだが……。

 そういえば私、この状況が困るようなことを約束させられていただろうか。特殊科と連絡を取り合うな、とは指示に入っていたけれど……と思案したのを見透かすように、グラエム先輩が鼻で笑う。

「相手は敵に回った精霊なんだろ。逃げ隠れしたって無駄だ、姿隠しされたらエルフィですら見つけるのは至難だし……一部の闇の精霊なんだろ? 闇なんて光の裏、どこにでも存在するんだ。ここは相手が明確にしている条件だけを守れ。精霊は約束を違えない、敵でもな」

「先輩……それもし私が『知り合い誰一人に会うな』って指示されていたらどうするつもりなんですか」

 確かに精霊相手では隠れようがないし、先輩の言うとおりだろう。だが、もし私の制約がもっと厳しければ……グラエム先輩と会ってしまったことで、アニーたちやアネモア様に何か起きたかもしれないのだ。だが、先輩はそんな私を見てにやりと笑う。

「ないな。それならあんたは俺の姿に気付いた途端に接触せず飛び出しただろうし、デラクエルの兄に『大切な相談相手のところに行く』なんてヒントを残すとは思えない。それと、あんたは出る前に『あんたのオウジサマ』に意味深な言葉を残しただろ。接触に関する制限は緩いな。何より……そうだな。あんたの王子様、俺がここに来る前になんて言ってたと思う?」

 ぽんぽん理由をいくつもあげた後、にやり、と片方の口端を器用にあげたグラエム先輩の、まるで『おもしろい獲物を見つけた』といわんばかりの表情に嫌な予感がして視線を横に逸らす。何言ったんだフォル、いやまさか、いやでも。

「にーっこり笑って『アイラは僕にキスして飛び出して行ったけど』だぞ? 嬢ちゃん、大変だなぁ、戻ったら」

「ひぃ!」

 ぐわ、と顔に熱がのぼるのがわかる。ほてった頬から湯気が出るんじゃなんて馬鹿なことを考えながら頭を抱えるしかない。

 やっぱり、フォルは確実に怒ってる……! いや、理由はあれど私かなり勝手なことした自覚はあるし、わかってるんだけどね……き、キスしたのバラさなくてもいいのに!

 あれは、最後の抵抗だった。……と言えればまだかっこいいのかもしれないが、ただ私がフォルと離れるのが嫌で、本当に最後の足掻きだったのだ。キス、をして、私の血をわざとフォルに押し付けることで、私の気持ちが離れてないことが伝わればいいと……私はフォルと共に在るのだと表明したかったから、そんなつもりだったのだが、結局は私が離れたくなくて、離れても離れて欲しくなくて、縋るようなものになってしまった。

「キスしたってことは、嬢ちゃんは『婚約破棄しない』ってことだ。もしそれが条件なら、そんな相手にキスをしない。つまり、あんたは何も諦めちゃいないってことだ。ヒントを残せば誰かが自分を追うとわかってた筈だろ」

「……ほんと、見透かしているのならわざわざ口に出さなくていいと思うんです。先輩も……フォルも。本当は、デラクエルの暗部の誰かかな、と思ってたんですけど」

「口に出さなきゃ伝わらないってのは大前提だろ? だが、あんたよくそれをせずにあそこまであいつらに伝えられたよ。よくやったな」

 ぽん、と頭に先輩の手がのった。いつの間にこんなに近い距離にいたのだろうか。うっかりフォルへのキスが知られたことによる赤い顔を見られてはいけないと下を向いた瞬間、足元にぽとりと雫が落ちた。慌てて目元を拭い、なんでもない振りをして下を向いたまま口角を上げる。

「褒められるとは、思いませんでした」

「完璧じゃないんだ調子乗るなよ。ま、デラクエルはデラクエルでさっさと動いたみたいだし、あんたのオウジサマも報告によると的を絞って探ってる。あとは一人にされたあんたが無事でいればいいんだ、そっちはフォローするぜ。これも一応、任務なんでね。脅す内容が緩いのは気になるが」

 そう言うとグラエム先輩が指先に集めた魔力を消した。いや、恐らく精霊に渡したのだろう。情報伝達や収集という分野で言うなら、風の精霊が最も得意とする。敵の動きの察知がはやいのも、風の精霊だろう……つまり、私に負担をかけないようにする為に、彼は風の精霊に頼んで植物の精霊に『手を貸すな』と言ったのか。彼はよく己を出来損ないのエルフィだと言うが、とんでもない。色を見ることはできずとも、全ての風の精霊の力を得ることができずとも、彼は立派なエルフィであるとやはり思う。

 ずきん、と一瞬胸が痛んだ気がした。私が最近使ったエルフィの力はろくでもない。……毒に耐性があるだろう彼らの動きを少しだけ止める方法はないかと相談したのだ。結果これまで未知であった使用方法を知ったが、毒の効果を上げるだなんて二度とする必要はないと思う。友達に力を借りて、大切な人たちを嵌めたのだ。

 常にやっていることが「これで正しいのだろうか」という疑問を生む。今までこれほど不安になったことがあっただろうか。……いや、なかった。私は精一杯やれることをやる、という目標をただひたすらに追っていたのだ。わき目も振らず、それはなんと狭い視野であったのか。ふと気付けば、一本道であったと思ったのし上がる為の坂道は、幾重にも枝分かれした迷路のようだ。登りつめる理由が不明瞭になったから、だろうか。思わず、空を見上げた。夜を迎えた月のない空は暗く、やはり私の道を照らしてはくれない。どうやって、上ればいいのだろうか。私の夢は、目的は、願いは……。

「って痛い!」

 突如ばちんと額に衝撃が走る。目の前にグラエム先輩の大きな手。で、でこピンされたのか、私は。

「な、何するんですか!」

「ろくでもないこと考えてそうな気がしてな」

「う、上に行くにはどうしたらいいかと思っただけです」

「……お前、魔物踏み台にしてがんがん上に上がってたんだろ?」

「……な、なんで知ってるんですか!」

 そういう意味ではないし、なぜ昼間の戦いを知っているのかと叫べば、先輩は「わざと目立つ戦い方したんだろ」とあっさりと返してくる。そうじゃない、というか、のし上がる(物理)の話をしているわけではないんだが!

「はぁあああ」

「でかいため息吐くな、煩い。強欲なベルティーニ、らしくないぜ」

「ああ、久しぶりに先輩からそれ聞いたような気がします……」

「はっ! 最近のお前はあの馬鹿みたいに『やってやる』って猪突猛進さがなかったからな。どれにしようか悩むなら、全部掻っ攫えばいいだろう。迷う暇あるなら全部選べよ、強欲なベルティーニ」

 ぱちり、と瞬きをする。そうだ、そのつもりで出てきたのだった。足を止めるより、余程マシな選択だ。

「そうでした。いやぁ、一人だとやっぱり悩みますよね、いけないいけない」

「それが敵の狙いかもな」

「あはは! じゃあ逆らわないと。とりあえず今日は……寝ます、疲れました!」

 おーさっさと寝て来い、と先輩がひらひら手を振った。……正直とても助かった。孤軍奮闘するつもりではいたが、一日二日で決着がつくわけではない戦いだ。体力魔力は温存したい、なんてかっこいいことを言いつつ、ただ一日だけでもゆっくり考える時間を得たことに感謝する。朝から、そんな暇なかったのだから。



 ゆっくり休むことができた翌日。宿を出るとすぐ向かった大樹では、精霊より先に、起きていたらしいグラエム先輩を見つけた。

 軽口を交わしつつ挨拶して、さて精霊を、と思ったその瞬間、集まる魔力に目を瞬かせると、隣にいた先輩がぎょっとした。どうやら、この大樹の精霊のおじいちゃんは姿現しをしてくれたらしい。どきどきとジェダイはどうなったのかと待つと、彼がころりと私の手の中に玉を転がしてきた。……無理、だったか。

「この子を外から助け出すのは無理だの。いっそ内側からやらせたほうがはやい。そなたが力を渡せばできるだろう」

「渡す……それはしたくないんです、つまり、魔力を暴走させろってことですよね? ジェダイが無事な保障がない上に、この水晶は精霊に魔力を強制的に渡すことで無理を強いるものですから、同じことをやるなんて危険じゃ」

「我侭な嬢ちゃんじゃ」

「だよな、わかるぜ精霊のじいさん」

 なんでそこで納得するんですかグラエム先輩! むっと思わず口に力が入ると、先輩は呆れたように私を見る。

「確かに危険だが……そいつは長いことお前の魔力を受け取って扱うのに随分慣れてる筈だろ? 閉じ込められるよりずっといいと思うぜ。精霊にやらせず、あんたが直接内側に魔力を流し込んで破壊するよりよっぽどマシな案だと思うけど。第一、今現在その精霊の回復の為に魔力渡してなんともないじゃねぇか、操られてないだろ?」

「……あれ? そういえば」

 思わずジェダイと目を合わせ、二人同時にぱちぱちと瞬きを繰り返した。……なんだか、嬉しいような嫌な予感がする。思えば、私も、玉の中にいるジェダイも恐らく、全力を出せば自我をなくした魔力暴走、と決め付けていたような。

「じぇ、ジェダイ」

『……えい!』

 ばきん、とあっけなく水晶玉が割れる。


「……あれ」


「おい……」


「ふぉっふぉっふぉ、問題が解決して何よりじゃ。そなたら、魔石の精霊とそのエルフィであろう。そなたの精霊が石に負ける筈あるまいて」


 楽しげなおじいちゃん精霊の笑い声が澄み切った空気の中響き渡る。……朝からどっと疲れた気がしないでもない、のだが。

「何か元気出てきた」

 ジェダイは助かった。……アルくんは眠ったまま。他何一つ状況は変わらないのだけど……それでも。

「疲れた顔してよく言うぜ。……さて、本題に移るか」

 孤軍奮闘改め異色パーティーの私たちは、次の手を打つために頷き合うのだった。若干の、間の抜けた空気を残しながら――。

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