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「水の蛇!」

 氷点下の気温の中、私が呼び出した水の蛇は雫をきらきらと輝かせながらも流れるような動きで敵を翻弄しては縛り上げ、その体温を奪っていく。

 氷を多く含んだ雪は私が足を下ろすとざくざくと音を立ててその痕跡を残す。一瞬後には私の足跡を貫く弾痕。ちらりとそれを視界に収め、滑るとまずいな、と跳躍し大きく広げたグリモワの背に飛び乗って、ぐるりと旋回しては敵の魔法弾を寸でのところで氷らせて落とし、機を伺った。

 敵は魔物だ。

 肌を打ち付ける風はひどく冷たくて、表面の感覚が消え去りそうだ。キィン、と寒さの中で耳鳴りがするように頭の奥が痛み、眉を顰めつつも目を眇め敵の姿を捉える。図鑑で見た事があるそれは魔鳥だったとは思うのだが、その姿は蜥蜴トカゲに羽を生やし、足元は目立つ鉤爪を炎で覆って、目玉を強調させたような、鳥、とは言いがたい風貌だ。

「まったく、なんで魔鳥ばっかり送り込んでくるのか、なっ!」

 私の手の動きに合わせてうねる蛇が、じゅっと音を立てて魔鳥の鉤爪の炎を消し去った。広がる水蒸気はきらきらと瞬時に氷りつき、その瞬間を狙って敵の目に氷の針を叩き込む。悲鳴を上げた魔鳥は涙ではない雫を零し、その雫ごと氷りつかせることで大きな氷塊となった魔鳥は、水の蛇に縛られて地面へと降りていく。

「って不意打ち反対!」

 背後に突如出現したどろりとした気配にグリモワの上で足を振り上げ、瞬時に氷でガードを作った膝から下が魔鳥の羽の付け根に入り込んで、鈍い音とともに魔鳥は吹き飛んだ。見事な蹴りが炸裂したわけだが、ちょっと淑女とは程遠い戦闘になってきている。まぁ羽をばたつかせ体勢を整えた敵はよろよろとふらついており、なかなかのダメージであったらしいから良しだ。

 ざわり、と肌を風が撫でる。冬になり葉を落としたはずの木々の枝が揺れ、まるで葉を擦り合わせているような音を立てた。……植物の精霊が応援してくれている。こうして飛び出してきても、私は一人ではなかった。

『キィイイイイ』

 ふらついていた筈の魔鳥がおかしな悲鳴に近い声をあげた。そこに確かな『色』を見た私は、それが魔力を含んだものであることに気付いて、こちらも素早く魔力の鎧を纏いいつでも動けるようにと腰を落とす。ちらりと視界に映るのは、ただただどこまでも白かった筈の空を汚す黒い影。……新手かぁ。

「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、ってわけじゃないんだろうけど、ひたすら同じ魔鳥ばっかり……なんなの、まったく」

 屋敷を飛び出して王都内を走り抜けた私を待っていたのは、空を覆う王都の防御壁の向こうで旋回する、軍隊かと思わせる魔鳥の群れだった。明らかに私を狙ったものだろうが、いつまでもあんなところを飛ばれていては騒ぎになる上に旅人を襲う可能性が高い。せっかくお金を持って飛び出したというのに、買い物もそこそこに王都から出る羽目になってしまった。外套と多少の食料は確保できたので良しとするしかない。

 緊急事態だと脳内で言い訳しつつ学園内にいるであろうカーネリアンに伝達魔法を繋ぎ、一方的に言いたいことを告げたのは一時間ほど前。その後すぐ始まった魔鳥との交戦は明らかに私の行動を妨害するもので、まだ文句があるのかと思わず魔法にも力がはいるというもの。


 朝一敵から提示された条件で特に明確なものは三つ。

 一つはフォルと距離を置くこと。二つ目はガイアスを解雇し特殊科と連絡を取り合わないこと。そして最後は王都から出ること。

 このことから考えられる敵の正体の推測は、私とフォルの婚約を良く思っていない者。……さらにこれまでの経緯を考えるなら、『アイラ・ベルティーニを独りにしたい誰か』だ。……ただし、特定に至るのは難しいか。何せ、私が婚約した相手は次期公爵、それもジェントリー家だ。それがなくとも、私個人を嫌うものもいるだろう。敵が私に接触してきた時点で、これはかなり高確率で正解に近い推測となるはずだ。

 ……なんにせよその為に、私の仲間は攻撃され、一人、また一人と目覚めぬまま眠りについているのだ。次はガイアス、なんて言われてしまえば、あの時点で抗うのは得策ではない。敵は精神的な攻撃、そして恐らく肉体への攻撃、どちらの手段でもこちらの仲間を眠らせることができるのだ。レイシスが腕を怪我したのはグラエム先輩と同じ戦闘であった筈だが、グラエム先輩は操られている様子もなく眠ってもいないのにレイシスは……。発動条件がわからない今、ガイアスを危険な状態にするわけにはいかなかった。例えこれが罠であっても、何もせずガイアスが狙われるのを見ているわけにはいかない。

 ガイアスならまだしも、アニーたちは逃げる術を持たないのだ。賭けるわけにはいかなかった。……なんて言って理由を並べ立てなければ、苦しくて蹲ってしまいそうだ。もし逆の立場であれば、私は仲間がこの選択をとることを良しとしないだろう。

 ……フォルも、ガイアスも、自惚れるわけではないが心配してくれてるんだろう。毒を盛った私のことを。

 とにかく私は悩んでいる暇はないのだ。迫る魔鳥を見て無理やり笑う。幸いここは人がいない。血に猛毒を持つ魔物相手ではあるが、思いっきり戦うことは可能だろう。

「アイラ・ベルティーニ、行きます!」

 強く足を踏み出した私の前で、魔鳥たちが威嚇するように大きな鳴き声をあげた。


 ダン、と地面を強く蹴り跳躍した私は、目の前にいた先ほど私の蹴りが炸裂した魔鳥の上に足を落とした。ぐえ、と悲鳴と抗議が混ざった鳴き声は無視し問答無用で足元で炸裂した魔法は、魔鳥をただの氷塊に変えその息の根を止めてしまう。まずは一匹!

 とん、とん、とん、とまるで軍のように列を成していた魔鳥たちは、私の足場にされるたびに氷塊と化し、それを踏み場に上へ上へと向かいながらふと思い出す。空へ空へと向かいながら氷の針を飛ばし槍を突き出し、氷塊を増やす。そういえば、小さい頃フォルがうちに来たとき、ガイアスたちとの勝負でこんな戦い方をしていたような気がする。つい懐かしくなって笑ってしまい、案外余裕なんだな、と上を向いた。

「氷の蛇!」

 踏み損ねた魔鳥は氷の蛇で捕らえながらひたすらに氷らせていく。こちらの攻撃がワンパターンになるのは許して欲しい。魔物相手では下手に切りつけて怪我をさせては、猛毒の血液を振りまくことになってしまうからだ。それに……なんだか最近氷属性魔法の調子がいいんだよね。フォルの魔力を取り込んでいるせいだろうか。

 なんて考えた瞬間、心臓がどくりと音を立てて血液と魔力を全身に送り出すのが感じられるようで、鼓動が早くなる。フォル。……フォル、フォル、フォル……!

「ラストぉー!」

 最後の魔鳥を氷りつかせて、高い空の上からグリモワに乗り移って派手に氷の蛇を王都の門に向けて放った。この高さからなら、騎士が気付いてくれるだろう。北山まで連れ帰したいところだが、さすがにそこまでは蛇の魔力が持ちそうにない。すみません処理頼みます!

「よし、第一試合、勝利!」

 一人勝利宣言すれば、わっ、と植物の精霊たちの声援が聞こえた。



 三戦ほど変わらぬ魔鳥との試合を続けた私は、若干の疲労を抱えて辺りを見回した。

「宿、はまずいかなぁ。いや、さすがにこの極寒の寒さの中で野宿は無理か。どう思う? ジェダイ」

 手にした玉を覗き込んでジェダイに問いかける。彼とアルくんだけは私が常に共にいるので連れて来たのだ。まぁ、アルくんは眠ったままなのだけど。ジェダイは外なんてとんでもない、とふるふると首を振っていて、だよね、と街の門を通り抜けた。暗くなる前に入ることができてよかった。

 王都から少し離れた位置にある、そこそこの規模であるこの町は、確か貴族の中ではどちらかというと王子寄りの考えを持つ伯爵の領地内だったはず。人口はある街だが、その分常駐する騎士や兵士の数も多く、魔法石による防御も徹底されている。目立つ制服はすっぽりローブで隠し、髪も纏め上げてすっきりさせた状態の私ならたぶん気づかれないはず……! 謎の自信だが、なかなか上手く変装できたと思うのだよ。だってこのローブ、昔うちの領地に迷い込んできたフォルが着ていたものと似ているし!

 恐らくカーネリアンが、私が特殊科と連絡を取り合えない状況であると誰かに説明してくれたのだろう。それ以上詳しく語ることはできなかったが、特殊科の誰からも連絡は来ていない。寂しいようなありがたいような……とにかく冷え切った身体をを擦って目に付いた大樹に近寄り、精霊を探す。……いた。

『ふぉふぉふぉ、娘っこ、わしをお探しかな』

「よかった、そうなんです。精霊さん、お願いがあるんです」

『願いを聞こう。応えられるかは別であるぞ』

 なかなか貫禄のある精霊である。大樹自体そこそこ古いものであるようなので、長くこの樹を支えている精霊なのだろう。精霊は若い姿が圧倒的に多いのだが、たっぷり蓄えた白い髭を撫でる目の前の精霊は優しげな目元を細め、おもしろそうに私を見ている。好奇心が旺盛なのは他の精霊と変わらずか。

「魔物にどうやら狙われているみたいなんです、それも人為的に。逃げてはいるんですけど、街に迷惑をかけるのは本意ではありません。もし異常を察知したら教えてくれませんか」

『対価は』

「魔力を」

『いやじゃ』

「えええっ」

 対価まで聞いておいて、いけると思ったのに!

 ふぉっふぉっふぉ、とまた楽しそうに笑うおじいちゃん精霊は、くるりくるりと私の周りを回っては一人ふむふむと何か納得するように頷いて楽しそうだが、私はさて困ったと空を見上げた。この街で一番背丈のある樹はこの大樹である。大きさももちろんだが、年齢を考えても一番力のある精霊だろうに。

「やっぱ冬の夜は厳しいかぁ」

 植物の精霊は冬の時期あまり活動的ではない。まして夜。これは仕方ないかと次の手を考えていると、いやいや、とおじいちゃん精霊は首を振った。

『わしは地と風の精霊と仲良しでなぁ。茶飲み友達なんじゃ』

「へえ! すごいですね、他の種族の精霊と仲良しなんて」

 精霊は基本同属とばかりいる筈だ。特に、身近でありながら火の精霊や水の精霊なんて滅多に気配も感じない、といつだったか植物の精霊が教えてくれたことがある。ちなみにそのせいか、火や水のエルフィは人数が極少数らしい。まぁ地や風の精霊はわりと植物の精霊と同じくエルフィと仲がいいタイプらしいので、気が合うのかもしれない。

『それでな。そなたが魔力を対価に協力を求めても手を貸すなと先程言われてなぁ』

「へぇ、……え、なんでです!? 私風の精霊に何かしました!?」

 ぎょっとするが、おじいちゃん精霊は笑うばかり。慌てて原因を探るも、記憶には思い当たるものがない。なんたって私は風のエルフィではないのだ、話もできないのになぜ、とまで考えてふと何かが思考に引っかかったその瞬間、ほれ、と目の前のおじいちゃん精霊は、手をちょいちょいと差し出した。

『そなた、その石に閉じ込められた精霊を明日までわしらによこしてくれ』

「……はい? え、まさか、ジェダイを対価にしろと? それは無理です。この子は」

『なーにを言うておる。その精霊には何もせんわい。いや、地の精霊が、その子を閉じ込める殻をどうにかしたいと言うでな。一晩わしら年寄りに預けてみんか、ほれ』

「えええ……ジェダイ、どうしたい?」

 なかなか強引な精霊である。視線を落とすと手の中で頷くジェダイを見て、彼が恐らく見えているであろう地精霊と話したい、というので、躊躇いつつもジェダイの玉を差し出す。ぱ、とそれを手に取ったおじいちゃん精霊は、ほれほれ、と私を……いや、私の後ろを指差した。

『あとはそっちでやってくれーい。この子は朝一迎えにきてやってくれ』

「は、ちょっと、あ、待ってくださ……いないし」

 さっさとジェダイを連れて精霊が消えてしまい嘆息する。ゴーイングマイウエイなおじいちゃんだった。精霊たちがあの殻を割れるかどうかは別として、ジェダイがそばにいないのが少し不安なのだが。まぁ精霊が約束を違うことはないので大丈夫だろうが、と振り返った私は、思わずあげかけた悲鳴をなんとか飲み込んだ。

「な、なんでいるんですか!」

「は、お前が勝手に出るからだろう、馬鹿娘め。お嬢ちゃん、他にやりようあるだろうが」

 余計な仕事増やしやがって、といいながらも壁に背を預けたままこちらを見ていたのは……まさかの、王都にいた筈のグラエム先輩だった。


アイラが飛び出した後の屋敷の様子などはちょこちょことツイッターで更新してます。

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