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クリスマス番外編(本編絡みあり)

少し雰囲気を変えてクリスマス番外編なるものを書いてみました。

あくまで番外編なので読み飛ばしても問題ありませんが、さりげなくどころかがっつり現時点の本編と繋がってます。(クリスマスですが甘さのかけらもありません)

明日より通常本編更新します。

「ああ、ホワイトクリスマスだ」

 ちらほらと降る雪を見上げて思うのは、寒いな、なんて雰囲気のない事だ。夜空の元白い息を押さえ込むように口元に両手を当て、吐息で冷えた指先の暖を取ろうと試みる。周囲の人たちは皆そわそわと周囲を見渡していたり、舞い落ちる雪を見て逆に舞い上がっていたりとさまざまであるが、楽しそうだ。

 ひらりと目の前の指先に落ちた雪は結晶が肉眼で確認できるほど大きく、美しい。……雪の結晶がクリスマスに空から降ってくるなんて、とぼんやりとその結晶が融けて消えるのを見守る。私は雪が嫌いだった。雪だけじゃない、桜も。

「あいら」

 ふと呼ばれた気がして遠のきかけた意識が浮上する。慌てて顔を上げると、私を困ったように見つめる綺麗な瞳が目の前にあった。背が高い彼に覗き込まれているらしいと気付いた頭が慌てて覚醒し、無意味にぶんぶんと首を振る。

「すみません、ぼんやりしちゃって!」

「ううん、こちらこそ、待たせてごめん。行こうか」

 にこやかに笑った彼が、きゅっと握り締めてしまっていた私の手をとって歩き出す。大人しくその手につられ歩き出した私は、再び空を見上げ、頬に触れて融けた雪をあいた手で拭った。

「ごめんね、寒かったね」

「いえ、先に仕事、終わったので。待ち合わせにはまだ早いですよ」

 笑ってみせると、先ほど自分で拭った頬に伸ばされた彼の親指の腹が優しく再度そこを拭う。冷えた指先だが、触れられると心臓がとくとくと鼓動を主張した。彼が私を覗き込むその瞬間が好きだ。私は彼の目に映っていると思う。……雪の中や桜の中はまるで吸い込まれて消えてしまいそうで、好きじゃない。

「もう仕事、終わったよ? あいら」

「……そうですね、じゃない……そうだね」

 彼は幼馴染から恋人になって久しい。だが同じ職場である以上口調は気をつけねばと思うが、敬語に慣れると逆に普段の口調に戻しづらい。

「相変わらずだねあいら。さて、どこに行こうか。この先の公園のイルミネーションが人気みたいだけれど、まずご飯にしない? あいら、すごい冷えてる」

「ごめんね、――、ご飯がいいな、おなかすいちゃった」

 気にかけてくれた嬉しさの中で、雪の降り積もる空の下にいる彼こそ消えてしまいそうだと無意識に手に力が入ってしまった瞬間慌てて緩めようとすると、すぐに気付いた彼がするりと指先を絡めあい、より深く繋がるように手を握りなおす。

「じゃあご飯にしようか」

 少し低い大人っぽくなった彼の声が耳元で響く。嬉しそうに笑う彼が歩き出し、その横に並ぶ。

 同じように笑うコイビトたちは周囲にたくさんいた。クリスマスは恋人たちが過ごすなんていつからの話になるのだろうか。わからないが、彼と一緒にいられるのなら悪くない。前は、クリスマスなんてなくて……


 ……前?


 前っていつのこと、と首を捻る。幸い隣にいる彼にその動作が気付かれる事はなく、雪が綺麗だね、と彼は笑っていた。どくりと跳ねる心臓を無視して、そうですね、なんて笑った。彼はこんな素敵なホワイトクリスマスを君と過ごす事ができてよかったと笑う。私が雪が嫌いだなんて知る筈もない彼は嬉しそうだ。それはそうだ、前は雪も桜も彼と見ると特別で、



「前……」


 ぽつりと呟いた言葉は雪と闇に吸い込まれる。隣の彼は気付かずに「そういえば」と美味しい店を見つけた事を話し出した。相槌を打ちながら、違和感に心臓の鼓動がはやくなっていく。

 前って何。何の話。

「そういえば、あいらが好きなケーキ屋さんで美味しそうなマカロンがあったんだ。あいら好きだったよね、あとで食べよう?」

「あ、ありがとう。覚えててくれたんだ」

「それはもちろん。だって、」

 彼の声は随分と低くなった。耳に届くその声が好きで、大人っぽくなったと見上げた彼を見て心臓が跳ねる。幼馴染相手に恋のどきどきを味わうようになったのはつい最近、なのだが。――この鼓動は何か違う気がした。

「あ、あの」

 名を呼ぼうとしてふと気付く。あれ、私まさか名前をど忘れした? 恋人の名前を? 幼馴染の名前を? 職場も一緒なのに?

 ……え? 『彼』は、誰?


「ふぉる……?」

 小さく呟いた声は彼に届かなかったのか、首を捻る彼の瞳が私を覗き込む。雪がひらりと彼の髪に触れ、そこが美しい銀色に見えた気がしたが……違った。黒髪黒目の彼は見慣れているようで、雰囲気も似ているのに、違う。……フォルじゃない。

「あ、あれ?」

 慌てて周囲を見回す。きらきら光るクリスマスイルミネーションで街中は明るくて、美しい。私が知っている世界で、知らない世界だ。おかしい、王都ですら、こんなに明るいはずがない。第一クリスマスの概念がないはずだ、私はいったい何をしている?

「ここどこ?」

「あいら? どうしたの?」

「……、」

 声をかけようとして戸惑った。フォルだ。フォルの筈なのだ。だが、そんなはずがない。混乱した頭が痛む。ここはどこだ。フォルは、ガイアスは、レイシスは、王子は? おねえさまとルセナは無事なの? 何、ここ。ここは私が知る世界に似ている。夢か? なんで私はここにいる?


 その瞬間ぶわりと広がる記憶。小さい頃から目の前の彼と過ごし、他に二人幼馴染がいた筈だ。剣も魔法もない世界。ファンタジーとは程遠い、普通の世界。……『普通』ではない世界。

 私は、死んだ? あの世界で?


「フォルは」

「あいら、どうしたの?」


 目の前の彼の表情は何も変わらない。差し伸べられた手を避けようとして失敗した。強く掴まれている気がして、慌てて首を振る。離して、ここは私の居場所じゃない。違う、違う、違う! ここは、どこ!

 前世の記憶がよみがえるような感覚。一度知ったその感覚を頭は冷静に分析し、心が拒否をした。うそだ、私は死んだのか。前の世界はどうなった? フォルは、私はフォルを一人にしたのか。ガイアスとレイシスは? 私は彼らの言いつけを護らず無茶をしたのか? 彼らがいて、私は死んだ?

「か、帰ります」

「あいら?」

「帰る、離して、離して!」

 フォル。

 ああ、『記憶を持った転生』のなんと恐ろしいことか。こんなの耐えられる筈がない。あまりの情報量に眩暈がし、世界が歪んでいく。


 腕が痛い。無表情の彼が、ぐっと私を掴んでいる。いつの間にか真っ暗な闇の中で、雪だけが舞い落ちていた。そんなはずはない。闇は怖くない、暖かいものだと知っている。それなのに、これは。


「いやああああ!」



 飛び起きた私は、はぁはぁと荒い息を整えた。はっとして周囲を見回し、『屋敷の自分の部屋』である事にどっと倒れこむほど安堵した。死んでない、私は生きている。……ただの夢か。

「怖かった……ってあれ? 何の夢見たんだっけ」

 首を捻る。内容がまったく思い出せなかったが、自分が死んだ夢だっただろうか。……まさか。今危険な状態なのは、ルセナだ。……おねえさまも目を覚まさないのに、ルセナもだなんて。

「……そろそろ交代の時間だ。フォルと交代しないと」

 ルセナの解呪は上手くいったはずなのに、目を覚まさない。二人交代で油断ならないその状態を見ているのだ。私が遅れたら、フォルが休めない。思い体を引きずって歩き出した私は、部屋を出るそのときには恐怖を振り払って前に進んだ。





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