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 険しい表情の王子と出くわしたのは、城の敷地内ではあるが少し離れた場所にある庭園を抜けた人気のない離れの前だった。といっても、周囲にがっつり壁魔法が張り巡らされていたせいで人気がないのだろうが、王子の表情を見るに嫌な予感で冷や汗が背を伝う。

 険しい表情ではあるが、それに混じる確かな焦燥。……王子らしくない表情なのだ。そして彼が護るように入り口に立つ、その離れの建物にいる人物は恐らく、おねえさまなのだろう。

「アイラ!」

 私たちを見るとぱっと目に一瞬で力の入った王子が、グラエム先輩の言葉通り呼び出した相手は私であるらしく私の名前をまず呼ぶと、手を引く。問答無用で連れ込まれた建物に足を踏み入れた瞬間、ちっ、と小さく聞こえた音が舌打ちであると気づくのに遅れた。聞こえた方向を確かめるより先に視界に入るのは、置かれた家具こそさすが城内とわかる質のいい材質ばかりであるのに殺風景なこの部屋で存在を主張する、暖かな色合いの寝具に寝かされた、黒く濁る美しい女性。……おねえさま。

「……何、これ」

 思わずぽつりと呟いた瞬間、王子がやはりと握り締めた拳を壁に当てようとして、止めた。もう一度聞こえるちっ、という音に今度こそ視線を動かすと、いらいらとした様子で飛び回る……フォルの闇の精霊たち。長女さんがやけに荒れている。視線に先にあるのは、黒く翳るおねえさまだ。

「アイラ、まさか」

 困った様子で私に声をかけたフォルを見て、ああそうだと眉を寄せる。この『色』を見ることができるのは、少数なのだ。この、おねえさまの胸の辺りから全身を包もうとするような黒い色。呪いの靄というには薄いこれは、恐らくエルフィにしか見えない魔力の色だ。

「おねえさまは黒い魔力に囚われています。……どういうことでしょうか。呪いは消えているのに」

「闇の魔力が残っているということ?」

 私の言葉を簡潔に言い直したフォルの言葉で幾人かが息を飲んだ。王子が悔しげに眉を寄せたまま、少し俯いてやはりかと言いなおす。

「くそ……精神的なものではないかと城の医師が言ってはいたが、このままでは」

 つまり心に作用している操作系の魔法の可能性が浮上しているのだと一瞬で部屋の皆が理解しただろう。城内でありながらこの離れに厳重なまでの結界が施されているのは、外部からの操作系の魔法を排除する為か。

「アイラ、アルは大丈夫か。まさか精霊が簡単に他者の魔法に操られるとは思えないが」

「アルくんにこんな黒い色は……ただ、確かに目はまだ覚ましませんけれど」

「念の為周囲からの影響を受けないようにしておいたほうがいい。小さな石の範囲ならなんとかなるだろう」

 虚ろな表情のまま指示を出す王子は、目を閉じたまま動かないおねえさまの手をとった。そっと視線を外し少し上を見上げると、飛び回る闇の精霊たちがおねえさまに何か術をかけようとしては眉を寄せている。……解放しようとして失敗しているのか。

「精霊さん」

 きっと王子はここにいたい筈だ。だが、おねえさまの父親であるグロリア伯爵が倒れたとなれば、王子は恐らくやらなければならない事が多いはず。……すぐにフリップ先輩が動けるのならばいいがそうでないのなら、この隙におねえさまの立場に娘を据え置こうとする貴族がいてもおかしくないのだ。なんといっても、おねえさま自身が目を覚まさないこの状況がどこかの貴族の思惑でないとは言い切れない。目が覚めぬ王太子后など立場が弱すぎる。

 精霊に呼びかける私の言葉で、漸くはっとしてここに闇の精霊がいるのだと気づいた面々が私の見上げるほうを見る。闇の精霊たちは足を止めると、ゆるやかに首を振った。

『何が起きているのかわからないが、こちらの姫は心が囚われている。何かを恐れた隙に闇の魔力に負けたのだろう』

 わかるだろう、と精霊が言う。……つい最近、私が闇の中に閉じ込められたあの状況か。私はフォルの魔力が助けてくれたけれど、おねえさまは独り……なんてことだ!

『次代様のお姫様はもともと闇を怖がっていなかったというのが大きいにっ、仕方ないに……』

 闇の精霊の三女さんが、くるりくるりと私の周囲を回りながら、励まそうとしているのかぽそぽそと言葉をかけてくれる。悲しげで、なんといえばいいのか、と悩むような小さな声だ。

「おいアイラ、闇の精霊はなんと」

 王子が縋るような瞳を一瞬私に向けた。そうか、皆に声は聞こえていない。なんと答えればいいのかと口を開閉させた私は、何も言えずに口を閉ざした。おねえさまは闇の力に負けました、といえばいいのか。……皆の前で。フォルの、前で。

 何なのだ。一体何が起きているというのだ。あちこちで『闇魔法』が使われて、吸血族しか使えないこの魔法が騒動の種だと明るみに出るのも時間の問題だ。ジェントリー家がその代表たる継承者であると知るものは少ないと言えど、少なからずいる筈で、その影響がどう作用するか未知数。

 今はそうでないとしてもフォルはずっと闇の力を疎んでいて、彼はその疎む人生に私を巻き込む覚悟を決めてまで愛してくれ、私はそれを支えたかった。やっとここまできたところだったのに、なんでこんな事になるのだ。優しい彼がこの状況を気にかけないわけがないのに。

 フォルが私から離れていくという選択をしたら。それに恐怖を覚える私は恐らく身勝手だ。でも、それとは別にしても、闇魔法が暴れまわるこの状況を彼に知らせるというのが怖かった。

「……おねえさまは、きっと目覚めてくれます」

 声が震えた。それが絶望的にも思えて、違う、と首を振る。そうではない。おねえさまは大丈夫だ、きっと。だが、闇の精霊すら「何が起きているのかわからない」と発言した以上、どうすればいいのか。手の中にある桜の石に壁魔法の術をかけながら、願うしかない。……アルくんも、おそらく同じ状態なのだと知りながら。

「……とにかく今は各自警戒を怠るな。アイラ、現状命に別状がないとは光の精霊から聞いている。……それだけだが、今は立ち止まるわけにはいかないからな」

 ぽん、と王子の手が肩に乗ったかと思うと、グラエム先輩に二言三言告げた王子は慌しく部屋を出て行った。残された仲間たちは沈黙して語ることなく、皆それぞれ視線も合うことなく部屋に佇んだ。

 数分経った頃。漸くはぁと大きくため息を吐いて空気を変えたのは、ガイアスだ。

「とんでもない『プレゼント』だな。……皆、あまり一人の行動は取るなよ。特にフォル、いつもどこか一人で抜け出してるだろ」

「一応うちの従者との連絡の取り合いにね。うーん、今回の問題では僕が一番影響を受けにくいと思うけれど」

 どくり、と心臓が跳ね慌てて顔をあげると、フォルが苦笑して皆を見回している。「だって闇魔法なんだから」と笑う彼に無理をしている様子は見られないが、先ほど飲み込んだ言葉が直接耳に届くと胸が抉られるように痛くなった。

「僕はこれでも上位の闇魔法使いだから、というより、現状ジェントリー家以外の血筋で僕に直接闇魔法を仕掛けて勝てる人間はいない筈だ。……例えばこの前のように、闇の精霊が直接己の思惑の為に光の精霊を裏切って敵に力を貸しているとなると少し違うかもしれないけれど」

「へえ、この前の件で殿下に詳しく聞いてはいたけど、すげぇな。なるほどね」

 どうやら吸血族であることを聞いたらしいグラエム先輩が感心したように頷いている。それに気づいたガイアスが「あれ、いいのかフォル」といまさらながらグラエム先輩をちらりと見て言うと、フォルは大して気にした様子もなく「大丈夫」と笑った。

 誰も、きっとフォルがどれだけあの力に怯えたのかは知らない。私だって、全部じゃない。ふっと上を見上げると、闇の精霊の長女さんと目があった。

『気になるか』

 どれのこと、と眉を寄せる。しかし、次代様は大丈夫だろう、姫が揺らがぬ限り。それだけが返されて、精霊たちの姿が消える。

「……おねえさま」

 声をかけてもいつものように「なぁに、アイラ」と笑うおねえさまは見れず。少しして、ガイアスとレイシスの判断で屋敷に戻ることになるも、重苦しい空気は晴れる事無く私たちを取り囲んでいた。


 とにかく情報収集すべきだろうと散り散りになろうとした時、レミリアが私とフォルを呼んだ。お客様です、といわれて二人顔を見合わせて部屋から出ようとすると、先に案内されて顔を出したのはなんと、選択授業にてお世話になっているフェルナンド・カーディ先生だった。

「え、先生、騎士団のほうは大丈夫なんですか!?」

 思わず驚いた私たちだが、そういえば昨日は先生と午後約束していたのだった。そこまで急ぎの用事だったのだろうかと思案したとき、席を外そうとしたらしいガイアスの横でレイシスが先生に椅子を勧めると、先生が皆に首を振ってみせる。

「全員ここにいて構いません。レイシス・ルセナ両名には既に話を通していることですが」

 この世界では少し珍しい黒髪黒目の先生は穏やかな表情のまま席にかけると、少し思案する様子を見せながらも私たちが席につくのを待った。その黒い瞳は馴染みのあるようなもののようで、今の私は「珍しい」と感じるほど懐かしいものだ。だが不思議と安心感があるのは前世の記憶のせいだろうか。しかし私とは対照的に、レイシスがぴくりと片方眉を震わせ目を眇める。わかりやすく警戒する彼に慌てて背筋を伸ばし身構えると、レイシスが慎重な様子で口を開いた。

「……先生まさかお嬢様にまで」

「そのまさかですよ。第一騎士団所属フェルナンド・カーディの名において、正式に話を通しに来ました。アイラ・ベルティーニ、フォルセ・ジェントリーの両名には卒業後と言わず今からでも、騎士団への入団を確約とした上で私の元で聖騎士として学ぶ機会を設けて欲しい。もちろん二人の立場は心得ておりますよ」


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