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 何もわからなかった。

 王太子妃となるおねえさまを、そしてその娘を持つグロリア家を疎んでのことだったのか。それとも個人的な恨みなのか。なんにせよ、被害の大きさからその可能性が高いと判じる中、フリップ先輩の治療をしつつ頭にちらつくのはおねえさまの姿だ。

 おねえさまは今も意識がない可能性が高い。

 フォルの話によればこの呪いはおねえさまたちの父親が呪いに飲み込まれたことで血筋にまで影響が出たせいだ。その可能性は私も高いと思う。フリップ先輩は必死に抗っていたが、おねえさまは父親の状態を伝達魔法で聞いてショックのあまり気を失っていたのだから抵抗できていない可能性が……いや、おねえさまについているのは王子だし、様子を見るに彼らは城に向かった可能性が高い。国一番の医療技術が受けれるはずだ、と脳内が何度も己に言い聞かせる。

「アイラ、集中!」

「はい!」

 治療に僅かに遅れが見えてしまったのか、フォルの鋭い声に背筋が伸びる。おねえさまは大丈夫、無事、無事、無事!

「検知終了、第一胸部心臓、第二左側頭部と断定、アイラ、脳への影響が怖い、こっちの対処を」

「了解」

 普段のフォルは私を危険な位置から遠ざけようとする節があるが、治癒となるとフォルが私を頼りにしてくれているのだと心底感じるような気がする。

 ガイアスは私が何をするとしても付き従う事を信条とする護衛だが、レイシスは危険から遠ざけるタイプだった。フォルも基本的には私が危険な目にあうのは避けたいといった様子があったが、最近ではレイシスもフォルも少し違う。治療でも、戦いにおいても、重要な場を任せてもらえるというのは嬉しい。護られておきながら我侭な話ではあるが、私の努力と意思を尊重してくれている。その気持ちに答えたい。

 後は力を尽くすのみ。……目の前の患者を助けなければ。

「解呪入ります!」

 呪いの『根元』のような部分になっているのはフォルの検査通り心臓と脳の二箇所。この二箇所を喰らおうとするとはなんて厭らしいんだと意識を集中する。それはまるで暗い迷路に迷い込んだような感覚だった。意識を集中させ潜り込んだ迷路であてもなくさ迷いながら敵を探し出し倒すような孤独な治療。どんよりと暗くねっとりと肌にまとわりつくような闇の呪いは、フォルの闇の力とは対極にあるような気がする。

 ゲームに例えるのは不謹慎だが、ある意味「ボスはどこだ」状態だ。しきりに靄が「こっちだよこっちだよ」と私をあざ笑うかのように誤った方向へと魔力を導こうとする。やっかいな呪いだと私が唸るより、悲鳴を耐えるフリップ先輩の呻き声が大きいこの状況で眉を寄せる。この呪いは一点に根を張り胞子を撒き散らしているような存在だった。……元凶の根ごと排除しなければ。

 王子の光魔法なら闇の呪いを滅することができるのだろうか。……いや、光は未知数の力をもっているが、闇もまた然りだ。闇の呪いの解呪が一般の医療科生徒でも学べるということは、光はこの点に特化しているわけではないだろうとおねえさまを想いながらも目の前の患者に集中していく。

「……見つけた!」

「はやい、さすがアイラ」

 苦しげにフォルが眉を寄せた。あちらはまだらしいと知って、フォルの負担も考え見つけた呪いの『根』の周囲に魔力で壁を作り細胞を守りながら、すばやく詠唱した魔力を叩き込む。ちり、と先輩の頭に触れる手に痛みが走った。抵抗なんて生意気なとより慎重に魔力をつぎ込めば、呻くようにのたうちまわる『闇の根』の動きが一瞬活発になり、そしてじゅっと音をたてて蒸発するがごとく消え去った。……脳への損傷もない、成功!

「フォル、手伝、」

 ぐらり、と視界が揺れる。しまった、と思った瞬間、後ろから支えられた。フォルは目の前、おそらくこの手はレイシスだ。回る視界が不安で眉を寄せた私の耳に、心配そうな「お嬢様」と馴染む声が聞こえる。

「大丈夫、無理しない」

「……了解しました」

 押さえつけるような動きはなくただ支えようとする腕に甘え、フォルの隣に手を添える。……解呪は簡単な治療ではない。ただでさえアルくんのこともあり先ほどから魔力を連続で使っているのだ。ふらつくぐらい当たり前と言えるが、立ち止まっている暇はない。ここは明らかに私の戦場であった。

「……見つけた! アイラ離れて!」

 ぱっと手を離した瞬間展開されるフォルの解呪の発動呪文。ほっと息を吐けばその場にずるりと座り込んでしまい、それをガイアスとレイシスが支えてくれた。アルくんはまだ目覚めない。ゆるりと握りこんだ手に、ガイアスの手が重なる。

「とりあえず魔力回復薬を飲め」

「ああ、そうだね」

 目の前で黒い靄が薄れた。は、と息を吐くフォルの額に汗が滲む。息を飲み見守る私たちの前で、空気が澄んだ。

「……せい、こう」

 呟くような言葉に一瞬安堵のせいか意識が薄れるもぎゅっと目を瞑ることで耐える。

「おねえさま」

 不安から呟く言葉に部屋が静まった。はぁ、はぁと荒い呼吸を繰り返すフリップ先輩は意識を失ってはいないのか、私の言葉に反応して苦しげな声でおねえさまの名を呼ぶ。頼む、ラチナも助けてくれと。

「フリップ、ラチナについているのはデュークだ。大丈夫だと思うけれど、彼女は伯爵の状態を聞いて気を失っている」

「……父は」

「まだその後の話は聞いていないよ」

 努めて穏やかな声で幼馴染に告げるフォルの手が、フリップ先輩に見えない位置で強く握りこまれて震えていた。



「おねえちゃん」

 フリップ先輩と、彼の魔力を安定させる為についているフォルを残して部屋を出ると、不安そうな声で私を呼ぶルセナがいた。……ルセナは王子たちの護衛についていたはずだが、彼は今一人。

「ルセナ……! そっちは大丈夫だった?」

「うん、途中で気を失ってるはずのラチナおねえちゃんが黒い靄に包まれ始めたのを見て、デュークが光の壁で応戦したんだ。今はお城のお医者さんも見てくれているし、靄も消えたよ」

「よかった……」

 ほ、と息を吐くと、あの、とルセナに手を引かれた。それを見たガイアスが、レイシスといまだに不安そうにしているレミリアの手を引いて、上で情報収集してくると立ち去る。ルセナが何か話したいことがあるのだとわかったが、ガイアスたちを引き止める様子はないので私でいいのだろうと彼に目を合わせれば、ルセナの唇は常のような色ではなく青白い。

「おねえちゃん、僕ね」

「うん」

「……怖かったんだ」

「……それは、呪い、が?」

 正直に言うと意図が掴めず困惑した。ルセナは私たちの中で年齢が一番下ながら立派な戦士だ。護りという前線では目立ちにくい立場ながら確かな実力で皆を援護する彼の戦い方はある意味一番視野を広く保たねばならず、その能力の高さは聖騎士の授業において指導役である現役騎士団隊長ですら感嘆の声をあげる程。卒業後は騎士団に入団することが確約されていると聞く位だ。

 もともと控えめな性格ではあるが、彼がこうして不安を訴えてくるのは久しぶりな気がする。どうしたのだと瞳を覗き込めば、潤んだ瞳が揺らぐ。

「違う。……おねえちゃん」

 ぎゅ、と私の手を握るルセナの指先が震える。少しして搾り出すように紡がれた言葉は、私の心にじわりと染み込んだ。

「皆がばらばらになるなんてもういやだっていったら、子供っぽいのかな。僕は……この七人でずっといたかったのかもしれない。護りたい。けど、おねえちゃんの大切なお友達も護れなくて、ラチナおねえちゃんを護ることもできなくて」

「ルセナそれは」

「ずっと目をそらしてたんだ。けど、デュークもラチナおねえちゃんも今お城でここにはいない。二人には立場があって、……それはおねえちゃんやフォルセもそうで、ガイアスやレイシスだって道があって……僕は護るしかできないのに」

 ひゅう、ひゅうとルセナの呼吸が乱れていく。気持ちはわかる。ただ核心的な部分を避けるような物言いに息を詰まらせた私の前でルセナはぽろりと涙を落とした。

「僕は僕の立場も怖い」

 搾り出すような声は冷えた廊下に小さく響く。




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