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更新直前にPC再起動かかってデータふっとび慌てて書き直しました…

チェックし忘れている部分こちらでも早急に対応いたします。

「無事か!」

 桜の木の呪いを解こうと四苦八苦している時に後ろからかかった声。振り返る暇などないが、その声が王子であるというのはすぐに気付く。

「ひっ……!? あ、アイラ!! アイラ大丈夫ですの!?」

「待て! あれは呪いだ、お前まで飛び込むな、ラチナ!」

 おそらくおねえさまが私の解呪を手伝おうとしたのだろうが、この状態では呪われに来る様なものだ。今桜の木のそばに無事でいるのは私、そして私を闇属性の呪い魔法から守る為に防御についているフォルと、同じくその防御の中で木々の状態を調べているグラエム先輩のみだ。先輩はどうやら風の精霊の協力を得ているらしく、時折やりとりする様子を見せては何かを調べている。深くは気にしていられない。

 呪いが深いのだ。

 私が先ほど足を浸からせてしまった際は、フォルがすぐ私を引き上げたこと、飛び散った雫をフォルが氷魔法で氷結し打ち落としたこと、そしてガイアスが元凶の鳥をすぐ宙へ引き上げたことで呪いの発動条件が解かれていたのだろう。ここまで広範囲で凶悪な呪いだとは……これがばら撒かれているなど冗談ではない。騎士は基本的に魔鳥を氷結処理している筈だから、それで効果発動されていない事を祈るしかない。

 無事な植物の精霊たちに魔力を注ぎ解呪を手伝ってもらう。植物治療に関しては幼い頃からエルフィの仕事として携わっているが、範囲が広すぎるのだ。基本的に植物の精霊たちに手伝ってもらいながらの治療。……今ここにいる精霊は、少ない。私たちが治すより、呪いが広がるほうが早いせいで、フォルが食い止めるのに必死になっている。

「……っ、デューク様! 他に、植物の治療ができる人はいないのですか!?」

「……すぐに思い当たる節に当たる、耐えろ!」

 ばたばたと慌しく気配が去るが、やはり振り返る暇もなく魔力をすり減らしていく。アルくんにも常に力を注いでいるのだ。ジェダイの玉はまだ解析できずどうすることもできないが、そちらもなんとかしなくてはならない。あの石は外部から割って助けられるのかわからないのだ。ジェダイが以前掴まっていた時、彼は魔力暴走によってそこから飛び出した。……何度も繰り返せる事態ではない。

 何にせよこのままだとまずい。私は呪いを押さえるどころか、進行を遅らせているだけだ。フォルは何度も呪いの黒い靄を払ってくれてはいるが、払っても払っても、それこそ祓い清められないのならば意味がない。いくら闇の魔力においてフォルのほうが強くとも、発動してしまった呪いは解呪頼みになる。精霊が少なすぎて解呪が進まない今、このままでは……。

「フォル、先輩、ここから離れてください、私はこの呪いを止めることができません!」

「それなら尚更、僕はここを離れるわけにはいかないな」

「見くびられたもんだな、まぁ俺はともかく、そっちのあんたの王子様は大事な姫さん置いて逃げ出すような奴じゃないだろ」

 やはり戻る意思を持たない二人だが、そんなことはわかっているのだ。

「わかってるから言ってるんです、このままじゃ呪いを浴びます!」

「うーん、どうせ浴びるならアイラと繋がりの道で花びらが良かったな」

「それ一般の結婚式!」

 フォルから帰ってきた軽い冗談を聞いて思わず突っ込めば、グラエム先輩が「余裕あるじゃん」と笑う。

 ちなみに繋がりの道とは貴族ではない庶民の結婚式で花婿と花嫁が通る道の事である。そこでは『繋がりの幸福』を象徴する花の花びらを浴びるのが一般的なものらしいのだが、ようは意味がその……まぁフォルが前向きで何よりかな!?

「にしても、もう!」

 このままでは呪われる、あの痛みはもう勘弁してと力を増幅させるも、ちり、と左腕が痛んだ。フォルが必死に追い払ってくれているので本格的に侵されることはないが、先ほどから何度も掠める黒い靄が肌を刺激する。

 もう少し魔力をひねり出せるか、と足に力を入れたその瞬間、隣にいたフォルの魔力が膨れ上がり、ぎょっとしてそちらを見た瞬間、強大で巨大な氷の剣を生み出したフォルが大きく跳躍したかと思うとくるりと回って私から距離を取り、腰を低くしてその大剣を構えた。

 膨らむ魔力が、魔力剣に力を注いでいるのだとわかる。唖然とした私の目の前で、フォルが剣を持つ手に力を入れた。

「呪いの魔力ごときが、アイラに、触れるな!」

 ごう、と冷えた風が肌を撫で、先ほどまでべったりと纏わりついていた黒い靄を吹き飛ばしたかと思うと、きらきらと周囲が輝きだす。まるでダイヤモンドダストのような世界に包まれて目を見開き、少し薄れた空気の中で慌てて再度魔力を練り直す。祓えたわけではないが、随分と痛む肌が楽になった今がチャンスだ。

「え、え? フォルまさか、呪いを切った?」

「いや……闇の魔力を使えば吹き飛ばすくらいできないかと思ったんだけど予想外に氷ったみたいだ、これ解呪に使えないかな……?」

 使った本人ですら唖然としている中できょろきょろと周りを見回していたのだが、途中でフォルがびくりと肩を跳ねさせたかと思うと姿勢を伸ばし、少し慌てた様子で剣を消す。どうしたの、とこちらで声をかけるより早く。

「きゃあ、ねぇお兄様、ほら見ました? ちゃんと見ました? うちの娘の旦那様になる方、随分と頼もしいでしょう! フォルくん、素敵な殿方になったわ! ああ、フォルセ様失礼致しました!」

「は、ミランダ殿、いえベルティーニ子爵夫人、こちらにいらしていたのですか!?」

「お、お、お母様!? なんでここに!!」

 少し高い声が聞こえて驚いて振り返った私の視界に映りこむ、冬の風で靡く柔らかな桜色の髪。……私と同じその色を持つ彼女は間違いなく母、ミランダ・ベルティーニだ。待て、ほんとなぜここに、私聞いてない!

「あらぁ、アイラ。こ・と・ば・づ・か・い」

「ひいっ! お、お母様、どうしてこちらに」

「ふふふ、もうすぐ娘の卒業式もありますし、婚約式もありますし、ドレスの採寸にとベルティーニの王都店視察についてきちゃいましたの。そしたら精霊たちがずいぶんと慌てていたので事情を聞いてこちらに向かっているところに殿下からご連絡が」

 どちらかと言うとフォルに説明してくれているようだ、が。待て、私ほんとに聞いてないぞ採寸って! しまった昨日食べ過ぎた……! 王子が心当たりがあるって言ってたの、母の事かー!! 知ってたなら教えてくれっ!

「それに、お兄様がどうしても『アイラに結婚なんてまだはやいー』なんていうものですから、アイラの王子様が素敵な方だって説明しながらつれてきちゃったんですけれど、これはナイスタイミング、っていうものでしょう」

 いわゆるどや顔を披露しながら大きな胸を張るお母様の後ろにどんよりと項垂れる男性がいることに、漸く気付く。てっきりデラクエルの護衛かと思ったが、まさかあれって……

「え、もしかしてクレイ伯父様?」

 声をかけた瞬間ばっと顔を上げたのはやはり間違いなく私の薬の師匠、クレイ伯父様だ。アイラ、と叫ぶように前にでた伯父様が、ちらりとフォルを見て再び項垂れ、お母様に邪魔にされていた。お、伯父様……。

 しかし今はそんなことしている場合ではない。母と伯父様が現れた時より私の魔力負担がぐっと楽になったので恐らく手伝ってくれてはいるのだろうが、今は彼らの空気はともかく緊迫した状況なのだ。

「お母様、伯父様! この桜の木が呪い元なんですが、この木には精霊がいません! 定期的に見てくれていた精霊がいるのですけれど、先ほど呪いをかけた者との交戦で負傷し動けないの!」

「まぁまぁ、この大樹に、精霊がいないのね。クレイお兄様、薬は?」

「あ、ああ。……おい待て! なんだこの大量の精霊の遺体の数は!」

 こちらに歩き出していた二人だが、伯父様だけが足を止め、二人が現れてからというもの少し後ろに控えていたガイアスとレイシスが防御壁で守る内側を覗き込んで叫ぶ。すぐさま何か液剤を取り出すとそれを垂らし壁の外側に魔方陣を描き始めた伯父様は、私に他の薬の瓶を投げ渡してくる。……植物の生命力を支える最上級の薬! さすが伯父様、素敵!

「あらいい薬ね。フォルくん、じゃなくてフォルセ様ね。援護ありがとうございます。またあとでゆっくりご挨拶させていただけると嬉しいわ」

「もちろんです、こちらこそ、解呪しきれず申し訳ございません」

 なんでお母様とフォルちょっと親しげなんだろう、と思いつつも深く考える暇もなく、お母様がぱちんと手を打ち鳴らした瞬間から増えた解呪の術に彼女のすごさを肌で感じた私は震え、知らず口角を上げた。

 伯父様も既に解呪に取り掛かっているのだろう、見る見るうちに消えて行く黒い靄に安堵すると同時に、周囲がルセナのものらしき無色の魔力壁で人の侵入を拒んでくれていることに気付き、安心してエルフィの力を発揮できることに感謝する。

 いつのまに戻ってきたのか、フォルが王子と話をしていた。その途中で、フォルが誰かに伝達魔法を繋いでいるのが見える。

 靄が消え、清涼な冬の空気が辺りを埋め尽くすようになって漸く肩の力を抜いた。

「解呪、成功……!」

 やった、とお母様と手を叩きあう。だが、まだ傷ついた精霊も多くアルくんとジェダイも目を覚ましていない。アルくんの桜の石に侵食していた呪いも同時に消え去ったようだが、と事態の確認を急いでいると、お母様が大変だったわねぇとのんびりと話し始めた。

「あの、魔鳥でしょう? 私達の頭上でも飛んでいたのよ、真っ直ぐに降りてきたから何事かと思っちゃった」

「……え、は? お母様、お母様のところでも魔鳥が現れたんですか!?」

「は……ベルティーニ子爵夫人、それはいつ」

 王子まで目を丸くしているのでぎょっとして母の腕を掴むと、頬に手をあてた母が「あら? 言ってなかったかしら」と王子を見て首を傾げた。

「怪我してないの!?」

「ふふふ、あんなの、ゼフェルが瞬間冷却完全燃焼よー」

「あ、そうか……」

 よくよく考えれば、お母様たちにはゼフェルおじさまを筆頭にしたデラクエルの護衛がついているのだ。無事か、と安堵した瞬間、王子が眉を寄せる。

「夫人、真っ直ぐに降りてきた、とは? 故意に狙われていた様子であったと?」

「正確に申し上げますと、魔鳥だと気付いたゼフェルが魔力を動かした瞬間下りてきた、ですわ。こちらが狙われた確証はございません」

「そう、ですか」

 ひやりと肌が冷える。この呪い騒ぎ、王都で無差別とは言われていたが、私も、母も危険な目にあっていたというのが……特に、私はともかく母はたまたま王都にいて、たまたま見かけたというのは釈然としない。

 まさか狙われたのは私たちか、と一瞬考えてしまったその時、伝達魔法を繋いだフォルが表情を消し、背を向ける。静かに通信を切ったフォルが何か言う前に、おねえさまやお母様にまで伝達魔法が繋がった。

 ……ここは公園側といえど学園内だ。なぜ、と困惑した私の前で。


 おねえさまが悲鳴を上げて、倒れたのだった。


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