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「割れた!」
みんなと水晶玉で魔力検査をしてから、数日たったある日。
二度目の検査に挑んだ私は、今度こそ見事水晶玉を割ったのである。私の魔力に包まれた水晶は砕け、それはあの時一番水晶を砕いたフォルより少し破片が大きく少ないくらいだ。恐らく悪くはない筈。
水晶のしくみは良くわからないが、先生はあれでいろいろな事がわかった、らしい。そういえば結局魔力のあの色は魔力の大きさの判断材料だったのだろうかとふと気になる。
「先生、この水晶、魔力の色で判断してるんですか? 見た感じだと私も含め色がない人もいましたけど」
何気なく聞いたのだが、先生はこれでもかと言うほど目を丸くして私を見つめる。え? な、なんかまずい事いった?
「お前魔力の色が見えたのか」
「は、はぁ……?」
くっきりはっきり見えたのはフォルだけだし、ルセナやラチナおねえさまはよくわからなかった、が、ガイアスは赤かったしレイシスは緑だった。王子にいたってはきらきら光りすぎて今思うと七色にも見えたのだが、違うのだろうか。
そこでふっと、あれは得意魔法の属性の色だったのかと思い至る。てっきり青より赤のほうが魔力があるとかそんな感じなのかと思い込んでいたが、属性が色で表現されるのはゲーム設定等でもありがちだ。ガイアスは火属性を得意としているし、レイシスだって風……とまで考えて、最後に見た暗い色を思い出しはっとした。
「ふうん」
先生は何やら納得したように頷きながら、視線を外し書類に目を向ける。
「まぁ、想像に任せるわ」
「……はい」
深く考えるのはやめにしよう。相手の得意属性なんぞそう簡単に把握していいものではない。つまり弱点も予想がつけられるということなのだから。
もしかしたらあの時私の魔力を貰って消えた精霊が何かしたから色が見えたのだろうかと一瞬考えた後、そういえば先生があの時の事を聞いてこない事に気づいた。まぁあちらから聞いてこないのだからこちらから話す必要はないかと、今日はこれで終わりらしいので退室を告げる。
「おーう。あ、そうだ。明日から特殊科で本格的に授業始めるぞ」
「えっ?」
もう帰る気満々で扉に手を掛けた時にそう言われて、思わず。振り返る。
実はまだ、あの魔力検査以外の日に特殊科で集まるという事がなかったのだ。
おかげで毎日午前も午後も授業の間は医療科もしくは合同授業で好奇の目に晒され、時に一人の時を狙って令嬢に嫌味を言われ、大変な目に……はあまりあってないけれど、随分と自分もたくましくなった気がする。
というか、毎回毎回令嬢達の行動というのが、非常に予測がつきやすい。お約束、まさにテンプレートなのだ。
例えばわかりやすい大声の「成り上がり」という声だとか。(これに対しては特になんとも思わないが)
足を引っ掛けられるだとか。(といっても今のところ転ばずになんとか体勢を立て直せている)
校舎裏への呼び出しだとか……(お話があるの、とすごい怖い笑みで言われるので、お断りします、と笑顔で答えて放置である)
基本的にラチナおねえさまとフォルが一緒の為に何かあることは少ない。
だが、たいした被害はなくとも向け続けられる悪意というのはなかなかどうして疲れるもので、あの最初の魔力検査の日、この屋敷で部屋に集まった時はずいぶんと居心地が良かったように思う。
少し楽しみになって、わかりましたと連絡の伝達を承諾し部屋を出ると、ちょうど私を迎えに来たと言うガイアスとレイシスがいた。
「アイラ、どうだった!?」
ガイアスが少し心配そうな表情で私の顔を覗き込むので、にっと笑ってみせる。
「大丈夫、割れたよ!」
「さすが、お嬢様です」
ほっとしたようにレイシスも笑い、明日から特殊科の授業があるようだと伝え三人で屋敷から寮への道を戻る途中。
ひらりと何かが視界に入った気がした。
「えっ」
すぐに違和感に気づき周囲を見回したが、そもそも今見たと思ったものですらそこにはなく。いや、ある筈がなく。
「どうしました、お嬢様」
「……桜、咲いたかな」
私の言葉に、ガイアスがおっと声を張り上げ、見に行くかと誘ってくれる。
今確かに桜の花びらを見た気がしたのだけど、ここは公園から離れている。が、今見たものは気のせいだとしても、あの桜の蕾を見た日からは結構日付がたっている。もう、咲いていてもおかしくはない筈。
そんな事を思いながら三人で公園に向かう途中、午後のお茶にはちょうどいい時間だと気づき、戻ったらお茶にしないかと誘う。
「実はね、少し前にサシャから新作のお菓子の詳細が来てて、王都の店舗で私達の分を取り分けておいてくれるって言ってたの」
「なら、これ終わったらベルマカロンの店舗に行って貰ってくるかー」
ベルマカロンはかなり早い段階から王都にも店舗を持っていて、少し前に学園の敷地内の商店街にも一店舗開店している。あそこなら買い物ついでにすぐに手に入るし、何より若い人がわんさかいる学園の傍である。なかなか売り上げもよく、学園商店街に店をと父と共に奔走していたカーネリアンがかなり喜んでいた。
同じ王都内の他の店舗より広いが、大量に作られた商品も遅くても夕方までには売切れてしまうということで、サシャが数日の間なら新作を取り置いてもらえるよう店舗に指示を出してくれていなければ私達でもなかなか口にすることはできなかっただろう。
公園に入り、見えてきた噴水を見た時、そこに舞う花弁を見つけて私は軽く走り出す。
ガイアスとレイシスも追いかけてきて、三人で噴水の向こうに回りこんだ時、誰ともなく感嘆の声を出した。
「これが桜……」
呟いたのはどちらの声だろうか。耳にしっかり入っているのに、いつもは完璧に聞き分けられる双子の声を、その時私は理解することもせず呆然と前に視線を向けていた。
満開の桜。
緩やかな風が吹く。ふわっと舞い始めた桜の花びらが私達の周囲を包んだ。
たった一本なのに辺りを淡い桜色が支配している。
今日の午後は授業がなかった為に、ここに桜を見に来ている人は他にもちらほらといた。といっても、花見の席だと騒ぐでもなく、皆一様に魅入ってしまい言葉も少ないようだ。
しばらくすると、ぽつりとレイシスがすごいなと呟いた。
「兄上がお嬢様に見せたいと言っていたのはこれだったんだ」
「俺達で連れて来る事は、できた、な……」
二人の言葉にはっとする。
サフィルにいさま。
気づくと、桜の花びらの中に、サフィルにいさまがいる気がした。
既視感。
サフィルにいさまとここに来たことはない。それは叶わなかった。なのに、確かにこの光景をどこかで見た気がする、と強い思考にとらわれて、私はその場から動けなくなる。
どこで見た? と舞い散る桜を見つめた時、はっとする。
「鳥!!」
「え、ちょっとアイラ、おい!」
桜の花びらの中から、青と黄色の鮮やかな小鳥が出たり入ったりを繰り返している。その鳥が入り込む桜の花の中に、ちらりと何かが見えた。
――あの鳥は、魔力を食らう。
確か、アーチボルド先生はそう言ってた筈だ。なら、あの先に何かいる。もし、魔力の制御が上手くできない精霊だったとしたら……
そう思って桜に近づいた私だったが、花びらの隙間から見えた金色の毛にびっくりする。
「ね、猫だ!」
可愛らしいが魔力を食らう鮮やかな小鳥に狙われていたのは、これまた体がまだ小さな金色の毛の可愛らしい猫だった。
急いで鳥の後ろに魔力で小さなしゃぼん玉を作り、反応した小鳥が離れた隙を狙って追いかけてきたガイアスが木に登ろうとしたところで、ふらついた猫が枝から転がり落ちる。
「あっ……とっ」
いくら猫でも、怪我をしている状態で落ちるのはまずい。慌てて手を伸ばせば、すぐにふわりと風を操ったレイシスが自らの手にそっと猫を下ろした。
その時魔力のしゃぼん玉は小鳥につつかれてぱちりと割れ、驚いた小鳥達は飛び去っていく。
「怪我はある?」
「つつかれていたみたいですね、小さいですが少し傷があります」
「わかった。癒しの風」
すぐにレイシスから受け取って猫を抱きかかえると、回復の魔法をかける。ふわりと暖かな風が桜の花びらを揺らしながら猫を包み、傷を癒す。
傷はふさがった。だが、猫は疲れきったのかぐったりと腕の中で大人しくなってしまった。
「どうしますか、お嬢様」
「うーん……ここに戻してあげてもまた襲われるだろうし、なんであの小鳥に狙われたのかわかるまで部屋に連れて行こうかな」
「いいんじゃねぇか? ペット禁止じゃないし大丈夫だろ」
とりあえずベルマカロンは明日行くか、とその場で決めて、ガイアスが猫を抱き、私達はぐったりした猫を腕に寮に戻ることに決める。
途中、私は花びらがばらばらにならず花柄から地面に落ちている桜を見つけ、拾い上げる。
ちょうどにいさまからもらった石の中の桜と同じような本物の桜。
そっと下ろしていた自らの長い髪を掬い上げる。それは、確かに良く似た桜色だった。




