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戦闘描写があります。
びり、と肌を刺激する魔力に、屋敷を飛び出してすぐ足を止める。突然止まったせいだろう。うわ、悲鳴と共に私の右側から腕が伸び、どん、と背中に衝撃が伝わってふらついたが、それは背から伸ばされた手に支えられた。
「こら、勝手に動くな、アイラ!」
私をしかりつける慣れた声。……ガイアス。
「ガイアス! どうしよう、アルくんとジェダイたぶん戦ってる!」
「は!?」
「ざわついてるの、たぶん中心にアルくんがいる。私、さっきの広範囲地属性魔法の正体に気付いてすぐジェダイに隠れるように指示を出して、アルくんに一緒にいるように言ったの、たぶんジェダイもそこだ!」
「落ちついてアイラ、ゆっくり呼吸して、ほら」
ガイアスに支えられたままの私の視界にフォルの紫苑の混じる銀の瞳が映りこむ。じっとそれを見つめ大きく息を吸ったところで、グラエム先輩が防音の魔法を張ったことに気付いて声を搾り出す。
「公園の、方角で、『仲間が襲われている、猫の子だ』って植物の精霊たちが、騒いでるの」
「わかった」
それで十分だとグラエム先輩が防音の魔法を切るとすぐさま姿を消した。はっとしてポケットを探り、大切な桜の石を取り出す。透き通った美しい石に、どろりともやがかかっていた。
「……しまった、桜本体が呪われたせいか!」
すぐさま手元を覗き込んだレイシスが叫び、アルが、とガイアスが目を見開く。アルくんは、サフィル兄さまと同じ姿だ。転生し別の個体といえど、同じくそのような立場で十分理解してる私ですら……そう、私たち三人にとってアルくんが苦しむ姿に重なるものがあるのは仕方のない事だろう。
「僕は妹のところに向かいます。君たちは反対側の救助に向かったとわかりやすいよう叫びますから、気にせず安心して救助に向かってください」
「助かります」
フォルが短く返事を返して私の背を押した。先に向かってくれたグラエム先輩に続くように走り出した私たちは無言で風を頼りに跳ぶ。
どくどくと心臓が跳ねていた。このままではアルくんも呪いの影響を受けるのではないか。そうでなくとも、桜に植物の精霊はいない。飾り石となった桜一輪を依り代とするアルくんはいても、本体にはいないのだ。……つまり、魔力供給や病の調整を行う者がいないということ。桜は自力では受けた呪いを解呪できず蝕まれるだけなのだ。
それでなくともアルくんの依り代の桜にまで呪いが移っているのだから、強力な呪いであるとわかる。なんなのだ、この呪いは。こんなもの、放置するわけには……!
「お嬢様、大丈夫です。アルは強い」
「……わかってる」
並ぶレイシスの顔色が悪い。……そうだ、アルくんは強い。大丈夫、だいじょう……
「くっ、魔力壁だ!」
どん、と先頭を走っていたガイアスが見えない壁を叩いた。公園の入口にこんなものが張ってあるなんて、とそれを見上げて、おそらく公園一帯を包むようなものであると目を眇める。淡い青色の光を放つ魔力壁。こんなのまるで、中で人に知られたくはない何かが起こっていると言っているかのような事態。
「……ぶっ壊す」
「えっ、ちょ、アイラ!?」
横から驚いた声が聞こえた気がしたが、とりあえず後回しだ。この壁脆いところはないのかと視線を動かすと、入れなかったのだろう、ぐるりと壁の縁すれすれで移動するグラエム先輩の姿が見えた。
「先輩! こっち来てください、これぶち抜きます!」
「はぁ!?」
「多分すぐにまた張られると思うので、すぐに入ってくださいよ!」
叫ぶだけ叫んで、ひたりとその壁に手を当てる。壁は、青色。……やはり水。
「……同等の魔力をぶつけて粉砕」
「いや待てアイラ、これは石じゃないんだ、規模を考え……」
ガイアスの手が伸びた気がした、その瞬間、私の手のひらから放たれる水の魔力に、周囲に水しぶきが散る。
「くっ……!」
防御の魔力壁だって要は魔力だ、最悪、思いっきり上回れば勝てる!
「規模を考えろおお!そういう問題じゃないだろおお!?」
ガイアスの叫びが響いたその瞬間。ぱぁん、とシャボン玉がはじけるように周囲に水しぶきが盛大に散ったかと思うとぼたぼたと衣服を濡らした。……しまった、また爆発させちゃった。
「……やっぱやりすぎたか」
「反省する点はそこじゃないですお嬢様」
「ああもう、だから規模考えろって言っただろう、アイラはどうせ爆発させるんだから!」
「え、そっち!? 危ないからやめろじゃなくてやりすぎるからやめろだったの!?」
ガイアスのお怒りにフォルが混乱している。ちなみにガイアスの見解ではこの程度の壁突破余裕だろ、である。さすがガイアス話がわかるね! といったらやり方が問題だと怒られた。そしてあまりにも寒すぎて慌ててびしょ濡れになった皆に謝りながら水分を飛ばす。
「とりあえずお嬢ちゃんが規格外なのは前からだ、とにかく貼りなおされる前に行くぞ」
呆れた様子のグラエム先輩の姿が掻き消える。相変わらず移動早いな、と走り出し公園を進むと、少しして再び魔力壁が張りなおされるのがわかった。進行方向から感じるびりびりとした空気。ざわめく精霊、そして濃い闇の魔力。フォルとは違う、どろりと粘つく冷たい気配。
「フォル、これ闇だよね……?」
ぽそりと尋ねれば、身震いするような纏わりつく魔力にフォルがそうだねと頷いた。……この中にいるのか、アルくん、そして連絡がさっきからまったく取れないジェダイは。
グリモワの表紙を撫で、魔石の様子を確かめる。何度繋ごうとしても、ジェダイに会話が繋がらない。
「アイラ! 前!」
フォルの叫び声が聞こえて顔をあげた。まるで大嵐に呑まれた大樹のように揺れ動く枯れた枝のところどころからどす黒い靄を噴出させた桜の木を中心に、周辺の木々が同じような悲鳴を上げている。飛び交うのは精霊、そして魔鳥率いる、普通の鳥たち。……なんてことだ、ひどい事態だ。
「アルくん!」
叫んだとき確かに小さな声が聞こえた。突風に見舞われて両腕で顔を庇い細めた視界で、何かと戦う精霊たちの姿が見える。飛び交う彼らの中心となる場に、良く知る淡い光を零す羽、そして精霊の中でも強大な魔力を操る存在を認めて、手を伸ばす。
「アルくん!!」
誰かが、いやおそらくレイシスが突風を防いでくれたのだろう、いくらか呼吸がしやすくなり思いっきり吸い込んだ息を吐き出して叫び、魔力を投げ渡そうとしたその瞬間。
伏せろ、と誰かの悲鳴が聞こえた気がした。身体が押さえつけられ、地面に膝をついた瞬間、頭上を水の蛇が通り過ぎる。即座に舞い戻るその蛇に雷の花を投げつけ打ち倒せば、誰か甲高い女の笑い声が聞こえた。
「これ、差し上げますわ」
魔鳥と鳥の群れから姿を見せたのは、扇情的な姿ですらりと伸びた足を見せ付けるように歩みを進めるどこか恐ろしい美しさを持つ知らぬ美女。艶やかな黒髪が舞い上がり、黒く塗られた唇がつり上がる。
ごろりと彼女の手から何かが転がった。目を見開く私の前で、ガイアスとレイシスが何を投げつけられたのかと防御の体勢に移行する。違う、あれは危険な魔法とか爆弾薬とかじゃない。あれは。
「ジェダイ……」
転がる玉に閉じ込められた見覚えのある姿。赤く染まるのは瞳ではない。身体、全身だ。ぼろぼろに傷つけられたジェダイが玉に封じられて、地面に膝をつく私の目の前に、変わり果てた姿で戻ってきたのだ。
「ジェダイ……なんで……」
「ふふ、……あら、お邪魔虫ね」
『裏切りおったか、この面汚しめ!』
「いやですね、同族扱いしないでくださる? ニンゲンの使い魔に成り下がった下等な闇の精霊の長と同列のつもりはありませんの」
厳しい口調で飛び出して行ったのは、まさかのあの闇の精霊の三姉妹だ。その会話から、あの女が何者であるか、いやでも予想がついてしまう。
「……まさか闇の精霊が人の形をとったとでも」
「いやですね、そっちのニンゲンも、私を勝手に精霊と同族にしないでくださいな。私は小うるさい光の精霊の指図はもう受けませんし、人と交わることができる肉を得ました。これでわざわざ施しを受けずとも奪うことができますし、精霊よりも強い魔力を内包し、人に指図されずともニンゲンの扱う小ざかしい魔法をいくらでも使える上等なカラダもある。もはやそれらを超越した存在でしょう?」
「……意味わかんねーな、あんた。いきなり予想外に現れて何ぺらぺら言ってるんだ」
ガイアスが眉を寄せる。こういったとき前に立つのはやはり彼だ。……ここに王子がいればある程度わかったのかもしれないが、今この状況ではあれをどう解釈すればいいのだろうか。
「ニンゲンは愚かですから、話してもわからないでしょう。見せて差し上げますよ、ほら、私は精霊もニンゲンも越えた存在ですから」
女が指先を舞うように動かす。溢れるどろりとした魔力。……黒い霧が、膨れ上がったその先で。
「アルくん、駄目逃げて!」
鳥と戦っていた精霊に、靄がまるでかまいたちのような姿で襲い掛かった。無詠唱で繰り広げられた魔法に、小さな身体の精霊たちが飲み込まれる。緑のやわらかな魔力に包まれていた彼らの周囲が、赤く雫を散らして行った。
悲鳴を上げた気がした。
何も、聞こえなかったけれど、喉だけが痛い。
飛び出した先で、頼りなくくったりと精霊たちの身体が地面に落ちて行く。打ち付けられることなく柔らかく土は精霊たちを守ったが、すでにどの身体もぼろぼろであった。細い手首だけが、首が、足が、そこら中に。




