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「アイラ、とりあえず部屋に戻ろう。こっちの状況を説明するから」

 立ち上がったフォルに腕を引かれ、検討がつかず顔をあげる。こっちの状況? ……フォルの状況?

 つられてそのまま立ち上がり、首を捻りながらもじゃあ闇の精霊はどうするのだと振り返ると、三姉妹はふわりと飛び上がってくるくるその場を回り、さて戻るかと暢気に話していた。あれ、なんかフリーダム。

「……聞いてはいたけど、なんか自由だね……」

 同じ事を思ったらしいフォルのぽそりと落とされた小さな呟きが妙に面白くて、つい少しだけ笑ってしまった。アルくんやジェダイはここにいる仲間を信頼して姿表しをする事が多いが、確かにエルフィから見てもあの三姉妹は個性的な精霊だと思う。アルくんやジェダイという比較的大人しい精霊と普段触れ合っていたフォルや他の仲間たちから見たら驚きかもしれない。

「人と同じ、精霊も個性があって、楽しいよね」

「個性かぁ……個性……強烈だなおい」

 ガイアスがさっさと消えた精霊が元いた場所を見つめ呆然とした様子で呟いていた。その横でレイシスも同じ顔をしているのだから、雰囲気は違うといえどやはり双子だ。そんなことを考えているとレイシスの視線が動き、目があった。その視線の意図に気づく前に、レイシスの口が開く。

「フォル、早くしろ。お嬢様を傷つけたら……」

 含みを持たせて言葉を途切れさせるレイシスを瞬きして見つめると、繋がったままであったフォルの手が私を引き、フォルが困ったように「それは困る」と口にして私の背を押した。

「そんなことさせやしない。できる限りの対処を取る」

「おーおー、わかったから行って来い。アイラ、サシャとカーネリアンの様子は俺たちで見ておくから気にするなよ」

「あ、ありがとう!」

 最後まで気が回る二人に見送られて部屋を後にし、しんと静かな階段を二人分の足音だけを聞いて上る。……話ってなんだろう。様子を見るに皆知っていて、私だけが知らないみたいだ。眠ってしまっていた間に、何か事態が変わったのだろうか。

 予測できることを考えて見るも、フォルが私と二人だけで話すという状況がよくわからず首を捻る。まだ、頭がぼんやりとしているのかもしれない。ただ、斜め前を歩くフォルの雰囲気がどこか強張っていて、嫌な予感に身体が僅かに震えた。手を繋いでいたせいで気づかれたのか、少しだけ振り返ったフォルの視線が私を捉える。紫苑の混じる銀の瞳に、何かが重なって見えた気がした。肌が粟立つ。

「……フォル、あの」

 彼の部屋の前にたどり着いて、つい呼び止めてしまった。なぜかこの後の話を怖いと思ったのかもしれない。覚えのない、初めての種類の恐怖が胸をざわめかせ、無意識に緩く首を振っていたらしい私の頬に、フォルの手が伸びた。そこで漸く自分でまるで何かを拒絶するような行動をとっていることに気づき、愕然とする。

「違うの。フォルがいやとかじゃなくて、何か嫌な予感というか」

「うん、わかってる。アイラ、大丈夫だから」

 ぞわぞわと粟立つ肌を擦りフォルの目を見ると、銀の瞳が重なった。

 ……魔物討伐の為に北側の山に向かう前に見た、ローザリア・ルレアスの瞳を思い出して眉を寄せる。

 フォルをよろしくと言われた。まるでローザリアが婚約者のようだと、なんであなたがそれを言うのだと出発前に苛立ったあの感情が蘇り、嫉妬に胸が焼きつくような思いを味わう。

 言わば女の勘なのだろうか。何も諦めていなかった彼女を思い出し、もしかしてと浮かんだ疑惑は確かな不安となって私の思考を支配し、聞きたくないと首を振る。

「フォル、あの」

「うん?」

「ローザリア様、が」

 ぽつりと呟いた私の言葉を聞き取ったフォルの瞳が大きく見開かれた。やっぱり、当たりじゃないか。

 聞きたくないと考えた脳内のせいか、足がずるずると後ろへ下がっていく。それを見て慌てたように私の腕にフォルが手を添えたとき、廊下にカチャリと音が響く。

「……姉上?」

 振り返れば目を丸くしたカーネリアンがぱたぱたと足音を立てて私に駆け寄り、目を覚ましたのかと詰め寄った。こくこくと頷くだけの私を一瞬怪訝そうに見つめた瞳が、ゆらゆらと私とフォルの間を行き来し、その視線がフォルの手、つまり私を掴む彼の手を凝視して止まると、小さくため息を吐いた。

「なんとなくわかりましたけど」

「え? カーネリアン?」

「姉上。僕婚約することにしたんです、発表も」

「そっか、え? は、婚約!?」

 ぼんやりとした頭で相槌を打ち流しそうになったところで意識が戻り、は? と慌てて弟を見れば、カーネリアンは腕を組んで私を真剣な瞳で見つめ返してさらに畳み掛けるように言葉を続ける。

「姉上、僕にいくつか縁談の話が持ち込まれていたの、知ってました?」

「え? いやいや、それはわかるけどだってカーネリアン」

「もちろん弟なんだから姉上より年下なのはわかってるよっ! まったく、そのぼけぼけの頭でしっかり聞いてください。いい? 僕たちはもう貴族になったんだ、僕より下の年齢でも婚約している可能性はある、でしょ?」

 懐かしい幼い頃の口調交じりに弟にまるで説教されるようなこの状況だが、ついさっきまで私とフォルの間の空気は確かに微妙なものであって、今どうしてこうなっているのかわからず私は頷きながら何度も首を捻るという醜態を晒し、カーネリアンがどんどん呆れていく。

 曰く、カーネリアンに届いた婚約話は相手が八歳の少女相手だったりだとか、大商人の娘だとか、そんな話は以前も聞いた記憶がある。が、カーネリアンは間違いなく私とフォルの間に流れた妙な空気を察した筈で、何故今なのだとわけもわからず頷くと、カーネリアンは唐突に話を締めくくった。

「父も母も、もちろんおじさんたちにも許可は得ています。僕はサシャを婚約者と決めてますから」

「そっか、さ、……サシャ!?」

 いや確かにそんな予感はしていたけれども! 急だな!? と目を白黒させた私の前で、カーネリアンは胸を張る。だから、と続けられた言葉が、まるで目に見えたかのごとく脳内に響く。

「正直周囲の貴族から大反対に合いますよ。なんたってベルティーニはジェントリーと縁続きになりますから、僕は美味しい物件です」

「……カーネリアン、それは」

 つまり貴族のごたごたに、それも縁絡みの問題に、カーネリアンは巻き込まれる。一度考えたこともあるしわかっていた筈が、今の私は弱気だったのだろうか。カーネリアンが相手をサシャと決めている時点で、それがどれだけ騒動になるのか想像して、ぞっとした。

 はくはくと息が漏れ、どう言葉を続ければいいのかと迷う私の前でなお、カーネリアンは胸を張って「だから」とさらに言葉を続ける。

「それを心配したフォルが、僕の婚約と姉上の婚約の発表を同時に行おうと提案してくれていました。姉上、フォルは姉上を何より想ってます。貴族慣れしてない僕たちをしっかり見て支えてくれています。ガイアスみたいに表立って豪快に動き護るタイプでもないし、レイシスみたいにわかりやすく安心感を与えながら後ろで護っている男でもありませんが、横に並んで歩く男です。立場だけを考えれば前に立つべきであって、だからこそ僕は横に並ぶことが一番難しいものと考えます。ああもちろん、あの二人が悪いわけではなく……姉上ならわかりますね? だからさっさと話を聞いてすっきりしてきてください」

「……へ、」

「姉上が何を思ってあんな顔をしてたのかなんとなくわかりますよ、僕のところにも情報はきていますから。デラクエルは優秀です。姉上が今そんな表情をする理由なんてそれ以外に思いつきませんし。ほら」

 伸ばされた手が私を押す。難なく受け止めてくれたのは当然後ろにいたフォルだろう。

「参ったな」

「そんな。僕は義兄になる人が頼もしくて何よりですよ。裏で動くタイプだろうが、さすがジェントリー次期公爵です。……姉も同類ですし」

「……カーネリアン、ごめん」

 肩をすくめて見せるカーネリアンと、後ろからため息とともに落ちたフォルのよくわからない謝罪を気にする事もできぬまま、ひらひらと手を振るカーネリアンが扉の向こうに消える。部屋に引っ張り込まれたのだと気がついて後ろを振り返ると、フォルは「アイラの周囲の人間はかっこよすぎる」と口を尖らせた。

「……フォルもかっこいいけれど」

「…………ありがとう」

 なんだか疲れたようなフォルに、間違いなく原因は私だろうなということくらいは察して申し訳なくなっていると、そのままフォルの腕が腹部に回って抱き寄せられ、私はその体勢のままフォルの胸を背に彼のベッドへ舞い戻る。ああ、なんか今日ここで目が覚めるわ寝かされるわ、随分お世話になっている気がする。恋人のベッドにお世話になっているとは言葉通りならなんとも怪しい雰囲気だが、そもそも私は嫉妬に駆られていたはずで……どうしてこうなったんだ。

「アイラはもしかして何か言われた?」

「……えっと、ローザリア様に?」

 そう、と頷くフォルの声が右耳から届くせいか、右半身が熱い。ぎゅっと抱きしめる腕に手を添えれば、フォルの額が私の肩に乗せられた。

 わかった、と呟くフォルが、私が答えを言う前に「朝だね」と断定してくる。少し戸惑ったことなんてお見通しで、抱き寄せられた腕に力が入った。

「僕はアイラ以外の相手と添い遂げるつもりはないよ。何があっても、絶対だ」

 それを宣言してからフォルが語る現状とやらは、やはりというか、私の心臓でも焼き尽くしたいのかと思わせる内容である筈なのに、身体を包むのは柔らかく温かな熱だった。そう、あの夢の闇の中と同じだ。

 ジェントリーを支援するという言葉に隠された婚約のごり押しはローザリア・ルレアスが提案したものかどうかまではわからないが、ローザリア様は知っていたから私にあんなことを言ったのだと思う。フォルを、……フォルの婚約者になるのだと。

 口を閉ざした私を包む腕の強さは相変わらずで、しかし顔をあげたらしいフォルは私をくるりと自分側に向けると、視線を合わせる。

 目は時に口よりも雄弁にものを語るものだ。時期が早まった。ただそれだけ。ああなるほど、カーネリアンはさっき、それでもいいと言ってくれていたのだ。

「……私はフォルと一緒にいたい。好き、だから」

 笑って、手を握る。なぜあんなに皆フォルと私の時間をとろうとしてくれているのかわかった。

「ローザリア様に言われたからってそのまま負けたりなんて、しないよ! そんなの悔しいもの!」

 私の回答がずれていたのかなんだかフォルは一瞬驚いた顔をしていたけれど、きっと彼が笑ってくれたからそれでいいのだ。じわりじわりと確かに胸に広がる疑惑。嫌な予感は確かにある。ルレアス家が動くタイミングが、良すぎるのだ。それこそ、ここにきてまさかそんなわかりやすい行動をとるだろうかという疑惑つきでわけがわからないのに。まるで、ジェットコースターにでも乗せられているかのような急展開。

 それでもなんだか皆がいれば大丈夫な気がする、と思えるのだから、私の仲間はすごいと思う。


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