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「アイラ!」

「お嬢様!!」

 部屋の扉を開けると飛び出してきたガイアスとレイシスに出迎えられ、二人とも元気そうな様子にほっとする。

 見回せば、おねえさまもルセナも王子も元気そうだ。グラエム先輩の姿がないけれど、上だろうか。

 フォルの部屋を出てすぐに姿を現してくれたアルくんもジェダイも皆無事だと教えてくれていたけれど、ほっとする。

「油断しました。すみません、デューク様……皆、ごめん」

「……俺に謝罪は不要だが、無事なようでよかった。まったく、はらはらさせるやつだな」

 呆れたように笑う王子が、私が続けて口を開いた瞬間「パストン兄弟もラビリス先生も無事だぞ」と先手を打ってくる。ついでに「お前はそれどころじゃないだろう」と付け加えられたのだから、相変わらずの察しのよさに思わず笑ってしまった。

「ふふ、皆無事でよかった」

「一番危なかったのはお前だ! ったく無理しやがって! お前に何かあったら……っ!」

 ガイアスからお叱りを受けるも、きっと私の護衛である二人は私の知らぬところで何度も悔やんだに違いないとわかるからこそ、その言葉を私はしっかりと受け止めなければならないだろう。

 二人の実力不足ではない。そもそも護衛対象である私が戦いの場に出ていて、しかも最前線で戦う以上、どんな実力のある護衛だろうと百パーセントの護衛が出来るわけがないのだ。

 それがわかっていて私はこの学園での任務を自分の意思で受けている。二人に悔しい思いをさせる可能性を知りながら、引きこもることを選ばなかった。そうやすやすと捕まるつもりも負けるつもりもないとは言え、これは間違いなく私の失態だ。二人のその思いをしっかりと認識し受け止めるのも、この道を選んだ私がすべきこと。

 ごちゃごちゃと頭で考えてみるが、だからと言って護られるだけのお姫様のような人間ではないのはわかっているし、それで引きこもったからといって二人がそれを良しとするわけではないのもわかっている。要は次を起こさなければいいのだ。その思いを込めて一度頭を下げれば、ガイアスの手が私の頭を撫でたのがわかった。さすが、私達の中でお兄ちゃんポジションの彼の行動に、僅かに泣きそうになってしまうのを誤魔化して笑う。後でガイアスとレイシスの二人とは、話をしなければ。

「さて、いろいろ確認しなきゃいけないな」

「その前にデューク。アイラが目を覚ましてすぐ体調に問題無さそうだから連れて来たんだけど、せめて少しでも回復させたい。まだ僕も何も話してないし、そっちの話はとりあえず今治癒術かけながらでもいいかな」

「ああ、そうしてくれ」

 フォルと王子がさっさと話を纏めると、フォルが私の手を引いてソファに座らせ、その隣に座る。すぐにするりと私の手のひらと彼の手のひらが合わさり、指を絡められる。んあ!? と思わず間抜けな声が出たが隣で真剣な声が聞こえ始め、それが詠唱であるとわかり口を噤むと、反対側の私の隣におねえさまが座った。

「今治癒術をかけるのはフォル一人のほうが良さそうですわね」

 そういいながら、おねえさまもなぜか空いている私の手を取り握り締めた。フォルが繋いでいるほうからは術が流れ込んでくるのがわかるが、おねえさまの手はただ温かく私を包み込んでいるだけだ。……よほど心配をかけたらしいと気づくと同時に、私は本当にいい『場所』を見つけたのだと知る。

 この世界に馴染んでいられているようだ、と、とても久しぶりに感じた。アルくんもそうであればいい。口にした事はない、心の隅で思っていても自分でも考えないようにしていた、一種の恐怖の種だったのだろうと思われるそれを、どうして急に受け入れたのか。今はもうほぼ思い出すことのない昔の事は、私の人格を形成している大切な一部でありながら、歪むことなくこの場に私をとどめてくれているようだ。

 もしかしたら、フォルの一部が私の中にあるせいなのかもしれない。フォルは闇を怖がっていたが、やはり私はそれは先入観が原因だと思う。包まれていると何も周囲に無くなったように感じる闇の恐怖は、錯覚だ。いくら暗かろうが、そこにあるモノがなくなったりはしない。全ての影に在る闇はきっと、寄り添うのがとても上手いのだ。

「それで、アイ……」

『よくぞ理解した! 感銘を受けたぞ!』

「はぁ!?」

 王子が何か言いかけたその瞬間。部屋の中央に突如現れた三人娘に目を丸くし、そして周囲の反応を見てぎょっとした。私だけじゃなく、見えている。思わず立ち上がってしまいおねえさまが驚いて手を放すが、フォルの手は繋がれたままだ。

「な、何であなたたちが姿現しするんですか!?」

『ん? 何か問題あったか、次代様』

「え、僕? え? ……ああああ!?」

 視線を送られたフォルが遅れてこの突如現れた精霊が何であるのか理解したようで、慌てた様子で漸く私の手を放し、懐の守護石を手に取った。その様子を呆然と見ていた王子が、目の前の存在が何であるかに気づいた様子でがたんと音を立てて立ち上がる。こちらもまた普段の王子らしくなく慌てているようだ。

 まったく、なんて唐突に……! と、とりあえず闇の精霊であるとバレる前に移動していただかなければ!!

 慌てて精霊をせめて二階の部屋に促そうとした私であるが、左手が先程と同じ熱に捕らわれ、ぺたんと逆戻りしてソファに座り込むこととなる。目を白黒させて隣を見れば、フォルは私と視線を合わせると困ったように笑って見せた。

「ごめんアイラ。でも、大丈夫。……皆には言ったから」

「……え?」

 その言葉が何を指すのか一瞬考える事が出来ず、咄嗟にぐるりと周囲を見回したものの首を捻る私を見たレイシスが、ため息交じりに頭を抱えた。

「お嬢様が一年の頃からフォルの力を知っていて隠していたのは、本当だったのか……」

「水臭いな、とは言えない話だが、なるほどなぁ」

 にやつくガイアスに額を押さえるレイシスを交互に見て、次第に意味を理解して驚いてフォルを振り返る。隠させてごめん、と笑う彼の曇りない笑みに驚いた。

「……ええと、大丈夫、です」

 謝らないで、と告げるのが精一杯の私の前で、精霊が楽しげにくるくると回る。何この急展開。私がぐっすり寝込んでいる間に何があったというのだ。

 一人寝過ごしてついていけてない感じがひしひしと伝わるが、どうやらこの精霊が現れたのは私のせいであるらしいとはわかる。感銘を受けた、とは何にだろう。意味がわからず呆然としていると、精霊の三女がにんまりと笑う。

『闇は寄り添うことに長けてるにっ! せーかいだにっ!』

「……なんでそれを」

 特徴的な話し方である彼女の言葉の意味を少し考えて、驚いた事で意識がふっとんでいたがそれが先程自分が思った事であると気づいて唖然とする。闇の精霊は心を読むのかと微妙な羞恥に愕然とすると、長女がふわりと飛んで私の耳元で楽しげに囁いた。

『闇について強く思うのはさすがに聞こえただけだ、そなたの魔力は今大部分が闇で補われているからなぁ』

 ……ああ、回復してくれたのフォルだからか。

「……フォル、いろいろありすぎてついていけない」

「なんかごめん……」

 混乱する私と、私がそうなった理由がわからず首を捻るフォルより先に、この異常事態に慣れたらしい王子がすぐにこの部屋の入口である扉や窓をおねえさまと二人で手分けして鍵をかけ始め、術を紡いで音が漏れないように施しているのを確認してため息を吐く。もうちょっとゆっくりいろいろ教えて欲しかったと思うのは贅沢なのだろうか。

『光の子よ、我らは気にせず好きにこちらの姫と話すといい』

「は……こちらの姫、とはアイラですか」

 表情を驚きを含んだものから通常に戻した王子が淡々とした様子で声をかければ、鷹揚な態度で頷いた精霊が楽しげに空いた私の隣の席に集まって座り込む。こちらの姫、は、ここにいるという意味ではない。断定して「所有」を意味する声色のそれで姫と呼ばれたのは、やはりというか私らしい。姫はやめてほしいけど。

 精霊が落ち着いたのはおねえさまが座っていた場所だ。それを見て自由気ままにその辺りを飛んでいたジェダイとアルくんが慌てたようにに私のそばに戻ってくるのを見て、何もしないさと笑う彼女たちのこの存在感……姿現ししたからこそなのだろうが、強い精霊だとひしひしと伝わる。

 なるほど、王子は光の子と認識されているのか。ぼんやりそんなことを考えながら王子に視線を向ければ、まぁいいかと言わんばかりの王子が座りなおしてさっさとおねえさまを横に呼び、二人で資料を広げながら「それで」と話を切り出した。本気で気にしないらしい。

「アイラが山で一人分断される少し前から詳しく報告してくれ。俺に伝達魔法を繋げる前だな、そこで聞いた内容も詳しくだ」

「……はぁ」

 頷きながら少し前である筈の事を必死に思い出し状況を説明する。そんなに時間は経っていないのに、随分と前に感じる程今日という日は濃い。

 魔物が現れて、討伐に出た先で一年生に裏切られて仲間と分断させられ、虫と魔物の異常の真相を聞き、いる筈がない火竜と一人戦う羽目になるが、パストン兄弟とレアなラビリス先生に助けられたかと思いきや意識を失った。フォルの闇の力がばれているのなら問題ないだろうと少しだけ眠っている間フォルの力に護られたことを話し終えれば、黙って聞いていた王子が少しして「そうか」と頷く。何かを考え込んで顎に指を当てていたのはほんの数秒。

「……少し城に戻る。ラチナ、お前もだ。ルセナ、共に来て道中の護衛を頼む。ガイアスとレイシスは屋敷で待機だ、ここにいるカーネリアンとアイラを護れ。ベルティーニからの指示があれば"裏の者"に伝えさせる。フォルはアイラと少し話せよ、事は急ぐぞ。……闇の精霊よ、私はこの件を光に伝えるべきと判断したが異論は」

『ない。好きにするといい光の子よ。我らはお前を気に入っている』

「……それは光を継ぐ者としてありがたき幸せ、感謝する」

 いまいち王子と闇の精霊の関係性、というより上下関係のよくわからない会話を聞きながら首を捻っていると、王子が私に一瞬視線を合わせた。その意味を受け取る前におねえさまとルセナを連れて出て行ってしまったのが少し寂しい。とにかく今日の私のこの置いてけぼり感はなんとかならないのだろうか。


 というか、闇の精霊まだいるんですがこれはどうしたらいいんですか王子……。

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