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「つまり、敵の魔力とフォルがくれた魔力が戦っているけれど拮抗状態だから私は目を覚ませない、と」

「闇に飲まれた状態だからなぁ、それが次代様の魔力であっても、だ。君を闇の中に隠さねば、護れない状態なんでな。……怖いか?」

「いえ、護ってくれてありがとうございます」

 漸く説明を受けて(それでも半分状況がわかっただろうかという程度だが)現状を少しは理解した私は、自分の乗る水の蛇の背を撫でながら考える。……つまり出れないってことじゃないか?

 闇に飲まれている状態。こんな状況に陥る事例が少ないからなんとも言えないが、闇は全ての属性を飲む。唯一光に弱いのではと言われるが、私は光魔法は使えない。現状私が敵の闇の魔力をどうこうしようとしても無理で、というよりそもそも私は本体が眠っているのだ。意識が内側で覚醒しているからと言って、できることなんて少ないだろう。

 私の魔法である水の蛇がここに滞在できているのは目の前の三姉妹がそれを許したからであったそうで、どうせ夢の中だ好きにするといい、と言われた。が、この私を包む闇から出ると待ち受けているのは、私の魔力を飲み込む敵の闇だと言われれば、それ以上どうしようもない。夢の中であっても、覚醒した意識が敵の闇の魔力に捕らえられるのはまずいだろう。

 ちなみにこの三姉妹、長女次女三女私の予感は的中していた。(仮)が漸くなくなったことにほっとすれば、次女に「なんて暢気な」と馬鹿にされたようだ。だってやることないじゃんか!

 話を聞くに、今私にできそうなことがない。これが一番つらい。まぁ、夢の中の私がいくら足掻こうが無駄なのだろうけれど、と思うが、長女さんが言うにはそうでもなかったそうな。

 要は、夢であっても敵の闇に飲み込まれる隙が、私にはなかったと。ほんの少し危なかったのは虫に噛まれて気を乱したあの瞬間だけだが、それは気づいたフォルの魔力が排除してくれたから事なきを得た。

 闇に臆し、敵に付け入る隙を与えていたらまだわからないが、私が闇に対して飄々としていたおかげでよかったよ、と褒められているのだろうが若干腑に落ちない言い方をされてしまった私は、一体どうすればいいのだろう。いや、何もするなということなのだろうけれど。

「フォルを信じて待つだけ、かぁ」

 何かできればいいのに。要は、フォルが私にもう一度闇の力を送り込めばいいということなのだろうが。寝ている間に噛まれるということなのだろうが……ちょっと勿体無い。口には出せないが、あの時のフォルは凄まじい程色っぽい。強烈である。

 あれが見れるのが私だけとなれば見逃すのは少々惜しい、と考えることはできるが、実際はされると気が動転してそれどころではなく、私も恥ずかしかったり混乱したりで、世の小説のようないちゃいちゃシーンには程遠い状態だ。皆あれをどうやって我慢しているというのだ。慣れればいいのか。

 私が変な葛藤をしていると、ふと周囲の流れが変わった気がして頭を上げる。

「おや、次代様が君に触れているようだな」

「わ、わかるんですか」

 相変わらず恥ずかしい状況だな、と呆然としていると視線を感じ、顔をあげると長女さんとばっちりと目があってしまう。

「……面倒な者に好かれて、厄介な者に疎まれていると言っただろう」

「え」

 突如彼女たちの周囲の空気が変わり、ひやりとした声音に思わず身体に力が入る。面倒だの疎まれていると言われて安堵できる人間もいないだろうが、精霊が言うと重みが違う。

「その、面倒とか厄介な者って」

「……それより君、最初に捕らえられた地精霊を見つけた時の事を覚えているか?」

 は、と思わず息が漏れ、少し考えて頷いた。記憶を探れば思い浮かぶのは、アドリくんの村のこと。……王都近くにあった山深くの集落が一つ、闇の力に操られた人間とグーラー、そして地精霊を操るルブラの男……恐らく去年捕らえたオウルの弟と思われる男に、壊滅状態に追い込まれたあの事件。

 目の前でばたばたと人が亡くなった。アドリくんは今は私たちと食事をすることもあるし、私達が授業中にグラエム先輩達と会話したり遊んだりしている事もあるようだが、両親をいっぺんに失った彼の様子は同じ場所で見ていたのだ。あの時の事を忘れるわけがない。私は、医療科の生徒でありながら何もすることができなかったのだ。

 その思いに思考が捕らわれた時、落とされた言葉は一瞬私がすんなり理解できるものではなくすり抜けた。

「君はその時見られていた」

「……え?」

「君の力を、こちらとは違う闇の精霊に」

 数度頭で繰り返したその言葉の意味を漸く理解し始めると同時に、ぞわぞわと粟立っていた肌が痛いくらいに寒気を感じ、ぶるりと震えて腕を擦る。

 混乱した頭で必死に考えて導き出した答えは、声に出す前に戦慄く口元から吐息として零れ、一度深く呼吸を繰り返す。

「……敵側の闇の精霊に、私がエルフィだと知られて……?」

 そうだ。可能性はあったのだ。何せ、闇に操られた者に溢れかえっていたのだから。いくらあの時あの場にいた人間に口止めし、他の『人間』には見られていないと確認していても意味がない。

 だが、精霊は悪い思考を持った人間の思惑に乗ることは滅多にない。精霊全てに見られず人間が何か行動を起こすなんて不可能に近いのだから、気にしてすらいなかった。だが、敵の闇の精霊や、捕らえられた地精霊は別だ。敵に味方する、もしくは従わされている可能性が高い。今まで何度も、苦戦させられているのだから。

 こちらが、というより、精霊の長たる光の精霊の意に反するようなことは、普通の精霊はしない。情報ですらエルフィ相手にも口にしない。だが操られた精霊は、要は国を揺るがすような情報ですら、人間に与える可能性があるのだ。

「今のところは大丈夫だぞ。特別な感情はあっても、精霊としての矜持もしっかりあるようだ。君の能力についてはその闇の精霊が主と仰ぐ人間に告げてはいない、が」

 十分警戒しろと警告はされているな。そういって長女さんは私から視線を外す。その瞬間、周囲の闇が一層濃く深く広がっていく。

「どうしたらいいのか聞かないのか、人間」

「精霊の矜持に反するでしょう。口にさせたくありません」

「さすが次代様の選んだエルフィだ」

 は、と顔を上げた瞬間、彼女たちがにやりと笑みを浮かべて闇の中に紛れていく。え、置いていくのかと驚いて目を見開いたが、次の瞬間私の目の前に飛び込んできたのはさらりと流れる銀の髪。左の首元に埋まる熱、身体中を駆け回るような快楽と力。


「っ、ふぉる……っ!」

「アイラ!?」

 ばっと顔を上げたフォルの口元から、赤い雫がぼたりと私の頬に落ちた。あ、私の血か、と気づいた瞬間、近づいたフォルがなぜか頬に落ちたその雫を舐め取り、濡れた熱が離れた瞬間空気に触れて冷えて、やたらと自分の顔が熱いのを自覚する。

「……フォル、あの、その」

 口の端を舐め、血をその赤く濡れた舌に乗せて飲み込むフォルを見上げる。その強烈な色気をなんとかしてくれないだろうかとまさか口にもできず私を見下ろすフォルに言うべき言葉を探していると、心配そうに覗き込んでいたフォルがどこかほっとした様子でゆっくりと離れ、私の上から降りる。

「ごめん、勝手に噛んで」

「ううん、闇の力をくれてありがとう。勝ったんだね、フォルの闇が敵の力に」

「……え? アイラ、わかって……」

 苦笑してフォルに手を伸ばし、指に指を絡めて事情を説明すれば、なるほどと頷いた彼がずるずると私の横で身体の力を抜いていく。

「よかった……無事に目を覚ましてくれて」

「ありがとう、フォルのおかげだよ、油断して虫に噛まれてごめ……わっ!」

 謝罪を言いかけたところで前から背に強くフォルの腕が回り、抱きしめられているのだと気がついて言葉を飲み込んでしまう。ぴったりとくっついたフォルの身体から伝わる熱はやわらかくて温かくて、先程までいたあの闇の空間に似ている気がした。やっぱり、フォルの力だったのだ。

「護ってくれてありがとう」

「……僕は」

「私さっきまでずっと闇の中にいたんだよ。今みたいにあったかかった。フォルに護られてるってわかってたから、随分暢気にしちゃってたや」

「アイラだって僕を護ってくれた。……無事でよかった。アイラ」

 好きだ、と耳元で囁く声が少し遠ざかったかと思うと、紫苑の混じるあの銀の瞳が近づいて、何度も何度も唇が重ねられる。啄ばむようなくすぐったい口付けが少しして長く触れ合うようになり、慣れず緊張に強張った私の背をゆっくりとフォルの手が撫で、やがて唇を柔らかく舌でなぞられて、思わず薄く開いた瞬間フォルの口付けが深くなる。

 一瞬で頭が真っ白になって、何が起きているのかわからずただ動けなくなった私を何度も撫でるフォルは、それでも唇を離さず重ね続けた。絡み合うという表現になるであろう深い口付けに、呼吸が上手くできない私を見かねたのかほんの少しフォルが距離をとったとき、二人を繋ぐ糸がふっつりと切れたのが妙に恥ずかしくて、せっかく促された呼吸を詰まらせる。

「……アイラがここまで顔が赤いの、初めて見たかも。キスは初めてじゃないのに」

「ふぉ、フォル」

 なんて意地悪なことを言うのだとぱくぱくと口を開閉させる私の前で、フォルは目の前で自分の親指を使い口元を拭うと、小さく治癒の詠唱を口にして私の首筋を撫で、目を細めて美しく微笑んだ。

「俺は君を離さない。覚悟して」

「……は、はい」

 表情に合わぬ、フォルにしては少し強引さのある声音に驚いたままに返事を返せば、満足したらしいフォルが私から離れ……たかと思いきや手を引き、歩けるか、と私を覗き込む。

「具合はどう? 皆待ってる。きっとアルやジェダイ、カーネリアンも心配してる。休ませてあげたいけど、」

「わかってる。報告もあるし」

 フォルの言葉を遮って大丈夫だと伝えてはみるが、私の心臓はこの状況で治まる事無く激しく存在を主張していた。フォルがあっさり仕事モードに戻れた意味がわからない。ああ、まったくこの人は。

「フォル、なんか変わった……」

「うん? ははっ、アイラまで」

 朗らかに笑うフォルはどうしてか、随分と晴れ晴れとした笑みを見せた。



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