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 懐かしいと感じる緑の中に包まれて歩き、少ししてその道の先に小さな、しかし可愛らしい外観の平屋の建物を見つけて、駆け寄る。

「変わらないなぁ!」

 嬉しくなってそう口に出したはいいが、首を捻る。変わらない? まるで久しぶりに見たような感想だ。

 この家は、ううん、この店はベルマカロンだ。私がこの世界で最初に手がけたお菓子の店、そう、第一号店。じっと見つめれば、愛らしい見た目に合わせた可愛らしい木で作られた看板に「ベルマカロン」の文字。

 ……いつかマカロンを作りたくてこの名前にしたんだよなぁ。マカロンもう、できてたっけ……?

 なんだか思考がもやに包まれているような気がしつつも、よくわからないまま木製の扉に手をかける。少し引けば、チリンチリンとお気に入りのドアベルの音がする。確か、近所の仲の良い雑貨屋さんで購入したものだ。手作り一点ものだったような、とぼんやりと思い出しながら足を踏み入れる。

 懐かしいが馴染みのある空気だ。私が考案したと言うには少し違う、前世で見たようなものを見よう見真似しただけのショーケースが並び、中に収められているのは色とりどりのお菓子たち。

 バターを練りこんだ生地の焼ける独特な甘い香りの中に混じる、別種の甘い匂い。ああ確か、外でも店内でも軽く食べれるカフェのようにする為に、お茶も数種類準備したのだったか。

 けれど、ショーケースに並ぶ商品は、私が知る中でも古い種類のお菓子ばかりだった。今はもう生産されていない筈のお菓子まであって首を捻り、取りあえず厨房に声をかけてお金を自分で払い、私とサシャ、そしてサシャのお母さんと三人で作ったケーキを手に、椅子に座る。

 一口食べれば懐かしい味が口いっぱいに広がった気がしたが、何かが足りない。味がする気はするのに、食べている気がしない。なんだこれ。なんだっけ、そもそも私いつ戻ってきたんだっけ。……戻ってきた? どこから?

「……あれ? 何か忘れているような」

 順を追って自分が何をしていたのか考えようとしたその瞬間、ずきりと足首が痛み、思わず声にならない悲鳴を上げた。

 なんだ、と痛みを訴える足元に視線を落とし、そこに喰らいつく色鮮やかで体をうねうねと動かす幼虫らしきものを見た瞬間、悲鳴と共に口から飛び出た炎の詠唱が、敵を焼き尽くそうと足元を包む。だが、いくら燃えて燃えて火の粉を散らせても、虫はうねうねと身体をくねらせたままだ。自分の出した魔法が自分を襲う事はないが、虫を屠ることもできそうにない。

「やだ、やめて、離れて!!」

 虫は苦手なのだ。涙目で潤む視界で必死に足を踏み鳴らすが、激痛が走るだけで虫は燃えそうにない。それどころか、私の生み出した炎を口らしき部分で吸い込み、身体を膨らませていく。

「ひっ」

 くっきりと浮かんでいた幼虫の模様が膨れ上がって不恰好に伸びていく。鮮やかな黄色の丸の中に黒い点があった模様が楕円に伸び、まるで目のような形になって、その異様さに血の気が引く思いを味わう。やめて、と声にならずに息を漏らした時、バタンと店の扉が慌しく開いた。

 小さな子がそこにいた。ローブを着こんでフードを深く被る小さな子。全身ほぼ布で覆われているせいで、性別ですら定かではないその子が、私を見上げた。きらりと輝く紫苑の混じる銀色に、息を飲む。

「   」

 子供が、何かを叫ぶ。その瞬間虫は私の足首を放し、のた打ち回って苦しみだした。虫の口から漏れる息が黒く、虫が苦しみ吐き出す息が闇魔法の混じるものだと知れる。

 虫が、黒い炎に包まれた。先程は燃える様子もなかった虫が苦しみながらぼろぼろと消えていく。最後に黒い炎のひとかけらが宙でふっつりと消えた瞬間、子供がぐらりと後ろに倒れて、店の外へと消えた。

「フォル!」

 あれはフォルだ。この店で初めて会った、まだ幼いあの頃のフォル。

「……夢だ。これは夢だ、なんで、フォルはどこ!? ガイアス! レイシス!」

 一気に頭に流れ込むように溢れた記憶に、自分が夢でも見ていたらしいと気がついて、倒れたフォルを助けようとベルマカロンの店から飛び出した瞬間、足元に地面がなくなり、堕ちていく。

「うっ」

 内臓がせり上がるような感覚は好きになれそうにない。絶叫系はお断りだ、とジェダイの気配を探るが、そもそも夢の中にはアルくんもジェダイもいないのか、いつも二人に感じている繋がりのようなものすらない中で一人、無意識に呼び出した水の蛇に乗り、なんとか宙に漂う。周囲には、何もなかった。まるで落下した感覚すら嘘であったようだ。

 変な夢はよく見るけれど、これは一体何なのだろう。……予知夢とかそういったものじゃなさそうだし。

 なんにせよ、起きたいと思うのに起きれそうにない。これ程意識がはっきりしているのに、感覚が不安定だ。周囲が真っ暗だと感じるのに、自分の姿を見下ろせば視認できるし、水の蛇だって視界で捉えることができた。良く見ると、両者淡く光っている。もしかしたら私の魔力が光って見えているのかもしれない。

「んー……フォルー? ガイアスー、レイシスー、おねえさまー! ルセナ! デューク様ぁ!」

 仲間の名前を次々と呼んではみるものの、まるで音が闇に吸い込まれているかのように広がる気配をみせない。虚しい。

 怖くはなかった。闇は闇だが、どこか安心している。……この前闇の精霊にあったばかりだし、そもそも闇が私を害そうとする筈がない。だって、フォルなのだから。そうだ、これはフォルだ。……だから、さっき彼が落ちていった先が闇ならば、大丈夫。

 どこか鈍い思考でそう捉え、ため息を吐く。皆は無事だろうか。しくじった。足に喰らいつく虫に気がつかなかっただなんて。

 今は噛み痕すらないが、と足を見つめ、何故自分は意識を失ったのだろうと考える。

 ヒントは虫かな。虫……闇の力を保有し、魔物を操る媒介とされた虫……。

「げ、もしかして私、操られかけてる?」

 だから意識が覚醒してもこんなところにいるのか、と水の蛇の上で考え、困ったと首を捻る。どうしたら戻れるんだろう。もうとっくに操られていたらどうしよう。いや、それならさっき虫を殺しにフォルが現れるのはおかしいか。

「……フォルが助けてくれたってことは、フォルが何かしようとしてくれているのかな」

 さっきの子供は間違いなくフォルだ。あの虫は私の魔法を食ったところを見ると、闇魔法で間違いない筈。それを上回る闇の力でフォルが虫を消し去ってくれたのだろう。……そういえば、フォルって闇使いとしてはどうなのだろうか。強い、のだろうか。そもそもフォルは闇魔法使いたがらないしなぁ。

 暢気なことを考える程度には、落ち着いた。自分が山で意識を失う直前の事は思い出せる。フォルが、私を見つけてくれていた。……大丈夫。

 にしても、と考えながら、水の蛇を操り飛び回る。

「何にもないなここ」

 あるのは闇ばかりで、手をぶんぶんと振り回しても触れるものは何もない。だが、不思議と温かいような、包まれている心地よさがあった。闇と言えば冷えていそうなイメージだから不思議だ。日の光が当たらないから、というイメージの元で予想された答えなのだろうが、とにかくここは温かい。

「うん、フォルのベッドみたい」

 少し前に寝ていた場所を思い浮かべ、探索を再開しようとしたその時だ。

「……えらい緊張感のない娘ですこと、姉上」

「そうだなぁ、ま、これくらい変人でも次代様を信頼しきっているんだ、いいじゃないか」

「そうだに! ここにいても精神崩壊しないなんて希少種だに! 絶滅危惧種だに!」

「……さ、散々な言い様」

 やっと自分以外の声が聞こえたかと思いきやまさかの覚えのある口調に、思わず蛇からずり落ちそうになるのを必死にしがみ付いて耐えた。私は絶滅危惧種なのか。

「なんでここに……というか随分力が強そうですね」

 普通精霊との会話は、耳で聞こえている筈なのにどこか頭に直接響いているような感覚を伴う。ところが今目の前にいる例の闇の精霊三人は、直接耳で聞いているような声を持ち、精霊特有の儚く消え去りそうな空気がなく、どっしりとこの何もない闇の空間に存在していた。

「まず最初にその質問ですか? 姉上、この子やっぱりお馬鹿ですわぁ」

「え、酷い。なら、フォルは大丈夫でした?」

 つんつんとしている美少女にそう言い切られては少々へこむ。訛りが独特なのか柔らかな口調だが、言っている事は辛辣だ。他の質問、と一瞬考えた頭がはじき出した答えを口に出せば、今度は盛大に真ん中にいた長女(仮)に笑い飛ばされた。

「君は面白いな! ああ、次代様は無事だぞ、今必死だと思うがな!」

「そうですか」

 なら、よかった。ほっとして肩の力を抜くと、にやにやと笑う長女(仮)がふわりと飛んで私の目の前に迫る。

「さっきの質問だが、我らの力が強いのは当然だ。ここは闇の魔力の中だからな。それも、次代様の」

「ああ、やっぱり。そんな感じがしたんです」

「ふむ。君は実に魔力の感知に長けている。次代様の魔力だとわかって安心しているようで、我らも見ていて楽しいよ」

 そうですか、と首を捻りながら返した。相変わらず、もったいぶった話し方だ。……彼女たちがいるってことは、やっぱり大丈夫そうだな、ここ。

「アルくんやジェダイの気配は感じる事ができないんですけど、すごいですね、こんなにはっきり見える」

「そりゃそうさ。君は今鎧魔法を展開しているせいで、外部の魔力を受け付けにくい。といっても、さっきまでは君を護ろうとしていたようだぞ。最初に店にいただろう。あれは猫の魔力だな。石のほうも頑張っていたようだが」

「ん? アルくん?」

 そういえばさっき、緑に溢れた道を通ってベルマカロンの店についた気がする。そうか。アルくんたちのおかげだったのか。……けれど負けて、虫が現れた、と。

「あー、闇属性は他属性を飲み込みますもんね」

「そういうことだ。よほど強くないと飲むのも難しいがな」

「へぇ。ところで私、鎧魔法なんて使ってるんです? お三方はどうしてここに?」

「ばっかだにー! 君の中にボクたちの力があるからに決まってるにっ!」

「あ、はいすみません」

 けたけたと笑う三女(仮)が私の周囲を飛び回り、よくわからないままに頷いた。

 少し考えて、あ、と小さく声を上げる。

「昨日、フォルが私に闇の力をくれたからかな」

「だから血は存分に渡していいと言ったのに、変に遠慮をするから勝負が拮抗状態なんだ」

「すみません、わかりやすいようにお願いします」

 さっきからこう、会話を出し惜しみしているというか……! 歯痒い! と思わず身を乗り出せば、くつくつと笑う長女(仮)の後ろにいて無表情だった次女(仮)が嫌そうに目を細めた。なんでだよ……。


お待たせしました。次話も二、三日以内に更新します。

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