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317.デューク・レン・アラスター・メシュケット

 学園がざわついていた。

 当然だろう、ファイアドラゴンの死体を、ラビリスとヴィルジールが運んでいるのだ。まだ子供だが、魔鳥の何倍もあるその体躯は人よりも大きい。本当にいたんだな、と囁く声に混じって、既に死んでいるとわかっていてもドラゴンに悲鳴を上げる者もいる。

 どの生徒の表情も、も恐怖やそれに近い色に染まっていた。だが、一瞬目にした光景に思わずこちらも考えが顔に出てしまいそうになって、慌てて無表情を貫く為に己の行動を律する。油断すれば、凝視してしまいそうな衝撃だった。


 一人だけにっと口角を上げた女。……やはりあいつはアイラにいい感情を抱いていないらしい。


「フォルセ様! よくぞご無事で……まぁ、アイラ様!?」

 取り巻きを従えて駆け寄った女が、フォルの後ろでガイアスに抱えられたアイラを見てはっと口元をその細い指先で隠す。瞳は驚愕に見開かれ、アイラを心配するそれであるが、直前に浮かべた笑みにフォルは気づいただろうか。

 アイラにあの女……ローザリア・ルレアスが向けた感情は間違いなく嫉妬。人である俺たちとは切っても切り離せない感情であろう。

 嫉妬という感情を全て否定するわけではない。俺も嫉妬という感情はあるし、それは色恋だけで悩まされるものではない。例えば俺であれば、ラチナが絡んだ時以外も湧くものだ。自分より優れた何かであったり、努力しても手に入りにくいものであったりと、人を妬む気持ちがない人間というのはむしろ、面白みがないのではと思う程、感情を語る上では切り離せないものだと思う。

 醜いだけが嫉妬ではない。羨む感情と妬む感情は似て非なるものかもしれないが、悔しいという感情をプラスに働かせれば、人はもっと努力しようとする。要は、嫉妬も羨慕も度が過ぎなければいい。……あの女がアイラに向けた感情はどうであったのだろうか。

 まあ、フォルがいらついているのを無視して話しかけている時点で、あれも駄目だな。

 恋は盲目ということか。本来そこそこ聡いタイプであったと思ったが、今は感情が優先されてしまっているらしい少女は、フォルの苛立ちに気づかずアイラを気遣う振りをする。

 フォルと幼馴染であるあの女は一体いつからああなったのだろう。フォルは、将来あの女と結婚する可能性も考えていた筈だ、貴族らしい諦めの中で。だが思えば、それが運命だと受け入れる素振りの中でも確かに、フォルはあの女をどこか拒絶していた気がする。フォルにしては珍しい行動だ。

 気にはなったが、指示だ状況報告だと忙しい空気に呑まれて、俺はフォルがその後どうしたのかわからず。


 アイラが目が覚めないのは恐らく、闇の力のせいだ。

 光の助言を得ることができるようになった俺のところにもたらされた、つい先程の情報の一つに、北山に溢れる虫の警告があった。

 闇の力に操られた虫が、闇を使って魔物に寄生していると。この寄生魔法の元の闇使いが誰だか知らぬが、以前よりルブラ関連で確認されていた闇使いに間違いないだろう。奴等はどうやら、虫を媒介とした操作系の魔法を会得したらしい。

 光の精霊は植物や風の精霊とは異なり、認めた王家の人間にはそれまでの倍以上の光の加護による魔力の使用許可を与えるが、情報は気まぐれにしか出さない。神に近いとされるその言葉通り、行き過ぎてなければ人の行いはただ見守られる。

 それが変わるのは、光の精霊が人の世に蔓延る"過ぎた危険"を察知した時だ。まさか、ファイアドラゴンの稚児をわが国に運び込んだやつがいたとは。……ルブラはこの国だけの組織ではないが、だからといってそれを理由にするわけにもいかない。他の危険魔獣が入り込んでいないのか早急に調査が必要だ。場合によっては、危険であろうが北山内部を捜索せねばならない可能性もある。となるとエルフィの協力が欲しいところだが。

 アイラは協力すると言うだろうが、きついな。……アイラが今目覚めないままだということは、アイラの内部にあるフォルの闇の力と敵の闇の力がぶつかり合っているということだ。これまた不思議な情報であったが、光の精霊はなぜか純血の闇使いにはやく闇のエルフィとなるものを番えろと言う。……今日までに番候補に闇の力を取り込ませたほうがいいとまで教えてくれていたのは、随分と気前が良かったのか。おかげで、アイラが闇に操られずに済んだ。

 フォルが相手の闇に飲まれぬ限り、純血の闇使いであるフォルの力が他の闇に負ける筈はない。事前にフォルの力を得ていたアイラは、そのおかげで操られずに済んだのだ。いずれアイラを護ろうとするフォルの力が、アイラを操ろうとする敵の闇の力に打ち勝つはず。だが、闇がぶつかり合う衝撃にアイラの身体が耐えられず意識を失ったとなれば、何度もそんな事態を起こすわけにもいかない。闇の力を得た虫が蔓延る北山にアイラを連れて行くなど、ベルティーニ、デラクエル、ジェントリー家が拒むだろう。

 エルフィの力を王族の命で使うのは極力避けたい。ここは別な手段を考えなければ。

 アイラという存在を得たフォルは強くなった。なんにせよあの女に絡まれる程度大丈夫だろう、とその場を離れた事を、友人としての俺が後で少々後悔することとなる。



「は?」

 城に戻って雑務をこなしていると王に呼ばれた。父が俺を至急で呼びつけるのは珍しいと急いで向かってみれば、言われたのは予想外の言葉だった。

「大至急ジェントリーの婚約を纏め発表させねば、厳しい状況になるぞ」

 金の髪に白髪が混じる王を見上げて、その言葉と状況を飲み込むのに苦しむ。父は最近気苦労が多いのか、一気に白髪が増えてきたような気がする。単純に歳もあるのだろうが、ひげにも白が混じり、皺が刻まれ始めたその顔を見上げて、一度深く深呼吸をしてから、口を開く。

「……そこまで緊迫した状況ではなかった筈です」

「だが、此度のこと、ルレアス家がジェントリー家に事態の収拾の為、全面協力を申し出たのは事実。暗に娘との婚約が条件だとちらつかせているようなものだったようだが……この件と同時に、ジェントリー家を非難する声も出始めている。騎士が動いていたというのに、その矛先は王家ではなかった。……結界が破られたのはジェントリー家が予算を出し惜しんだのでは、などとな」

「……やられましたか」

 ルレアスが動いた。

 何度もジェントリーでは婚約話は避けていた筈だ。正式に婚約を断ったとなれば、ローザリアには公爵嫡男に振られた女という噂がついてまわることになる。それを考慮しルレアス家も表立っては口にしなかった筈だし、ジェントリー家も直接的に断ったりしなかった。

 どこからかアイラの話を聞きつけたか……? ルレアス公爵は、娘を溺愛している。

 なんにせよ、アイラは実家が子爵家、それも、貴族には成り上がりと言われるベルティーニ家だ。馬鹿らしいことだと俺個人は思うが、王子としては貴族が血筋を重んじる気持ちもわからなくはない。……ベルティーニは元より優秀な血筋だが、それを貴族のたぬき共が知る筈もなく、この話が広まればアイラの立場が弱くなる。ルレアス家は孤児の支援等でも民の信頼が高く古だぬき共とも上手く付き合っている公爵家だ。


 舌打ちが出そうになるのを堪え、王には了承を伝えて部屋を辞す。フォルに……いや、ジェントリー公爵とベルティーニ子爵に至急連絡を取らなければならない。ジェントリー公爵はルレアス公爵に返答をまだしていないようだが、時間が勝負だ。

 親友の幸せそうな顔を思い出す。あいつが、あんな風に気を許す相手がせっかく現れたというのに……邪魔されてなるものか。


 そこで一度、足を止めた。……ローザリアはこの話を知っていて先程フォルに近づいたのだろうか。まさか、この話を先にフォルにしてなどいないだろうな、と気づいてしまった瞬間、俺は駆け出した。


 慌てて学園の屋敷に戻ってみれば、俺は気づくのが遅かったのだと知る。だが、予想に反してフォルの顔色に落胆や諦めは見えない。見えるのは、激しい怒りだ。少し前のフォルであったなら考えられない事だろう。

 俺に気づいた瞬間目を細めたフォルだが、すぐに気を取り直したのか一度首を振り、握っていたアイラの手を見つめる。広間のソファに寝かされてラチナの治療を受け続けているアイラはいまだ目を閉じたままだ。

 そばを飛ぶ光の精霊が、じっとアイラを見下ろしている。光魔法で俺が闇を祓えればいいのだが、そうするとアイラの中にあるフォルの闇の力まで消し去ることになる。そのせいで光の精霊は、闇の精霊がそれを拒んでいるから許可しない、と言う。

 アイラは無事にフォルを守る闇の精霊に気に入られているようだ、という事実はわかったが、このままいつ目が覚めるのかわからない状態が続くとフォルの方が堪えそうだ。……成程。闇の精霊はそれをわかっていて拒否しているのか。

 ……ん? つまりそれは……ああ、成程。

 一人でアイラを治す方法に納得して、少し悩んで助言してやる事にする。この従兄弟にはさっさと復活してもらわねばならない。

「フォル、話がある」

「……わかった」

 俺が呼べば、惜しむようにゆっくりとアイラの手を離したフォルが、後に続く。部屋に戻って二人きりなのを確認し、開口一番何があったのかと聞けば、フォルは小さく息を吐いて苦笑した。

「自分が呼んだのに、僕に用事があったわけじゃないの?」

「ああ、あった。だがそんなに怒っていてはなあ」

「……ローズが……ローザリアが、今回の件、ルレアスでもジェントリー公爵の罪を軽減できるようお手伝いしましょうって言ってきたんだ。何が起きたのかと思えば、ロランからうちの悪い噂の情報がまわってきてね、参ったよ」

「アイラが気に病む前になんとかするんだな」

「さらっと言ってくれるね」

 でも、わかってるよ。そう言葉を続けられるようになった従兄弟に満足して、俺も笑う。諦めてばかりいたこいつが、アイラを逃すまいともがくのは……少なくとも俺には、格好悪い事には思えないから。

「ラチナも苦労したが、お前も大変だな」

「何があっても離れたくないんだから、仕方ないね」

「驚いた。そんな親友に一つ、助言してやろうか」

 俺が笑えば、フォルは少し警戒したような、それでも笑って、なんだよとその笑顔の下に渦巻く怒りを押し殺して言う。

「アイラの闇を俺が消すのは無理だ、許しが出ないんでな」

「……それが助言? 困るな」

「さぁ、考えても見ろ。わかってるんだろ? アイラの体内でお前が注ぎ込んだ闇の力と敵の闇の力がぶつかり合ってるせいでアイラの身体がショック状態を起こし目を覚まさないんだ。どちらかが優勢に立てば、それは終わる」

 ほら行け、と手を振れば、どうやら意味をすぐに理解したらしいフォルが、だからか、と頭を抱えた……かと思うと、慌てたように背を向ける。

「おい、慌てて皆が見てる下で噛むなよ」

「わかってるよ!」

 ばたばたと走る音を聞きながら、さて、とその後に続く。公爵と子爵に連絡を取らなければ。


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