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 吸血蝙蝠。

 白色に赤い瞳を持つ、牙を突き刺して魔力と一緒に血を吸い取ってしまう魔物。満腹であるほど強くなる、厄介な北の魔物の中でも有名な魔物だ。

 相変わらず黒い靄のかかる周囲をものともせず飛び込んできた白い蝙蝠に一瞬で囲まれたと思った瞬間、がつがつと肌にぶつかってくる蝙蝠に身動きが取れなくなる。


 噛まれる。


 咄嗟にそう覚悟したものの、蝙蝠の牙は私の肌の上を滑り、バチバチと魔力がぶつかり合う音を立てた。……フォルの鎧魔法!

「水の檻!」

 即座に得意な水魔法を唱えることが出来たのは自分を褒めてもいいのじゃないかと思う。とにかく鎧をとかされる前にと放った水の魔法は彼らを閉じ込めると、ぼろぼろと地面に転がる。その中に大量の氷の塊が混じっているのは恐らく、フォルが助けようとしてくれたからだろう。

 靄は晴れない。慌てて周囲を見回した私の視界に、蝙蝠から逃れた私を忌々しそうに見つめるミレイナが映った。

「水の蛇!」

 考えるより先に手が伸び、指先から放たれた水の魔力が蛇の形を成し、一瞬遅れて反応しようとしたらしいミレイナの身体を捕らえる。

「何すんの!? 腹が立ったからって攻撃!?」

 彼女が騒ぎ、ざわりと周りがざわめいた。隊を乱す行動なのはわかっているが、どうしても捕らえなければならない。……蝙蝠が現れる直前に広がった靄は彼女に繋がっている。彼女の、喉元に。


「フォル」

「わかった。待っていて、すぐ片付ける」

 名前を呼んだだけであったのに、フォルが手元の薬を呷り、再び氷の花を咲き乱れさせると、ざわめいていた周囲の生徒は明らかに混乱を露にした。手始めに私の足元に転がる蝙蝠を氷漬けにしたフォルが、次々と敵の氷像を作り上げていく。

「アイラ殿を止めないのですか! なぜ仲間を!? いくらなんでも……!」

 向けられる言葉は最もで、しかし刺さる。だが、私は彼らに色が繋がっているのだと説明できやしないし、ただ黙って目を逸らさず相手を観察するしかない。私しか見えないのなら、なんとしても私がやらなければ……フォルは、信じてくれているのだから。

 目の前で騒ぐ相手は、完全に先程の言い合いで私が怒ったとでも思っているのか。唇の端を歪めて笑みを見せながら罵倒し、周囲に聞こえるように叫んでいる。一人魔物を相手するフォルが班に注意を促すが、戦いに集中できているのは三年の極僅かか。

 ……悪影響か。


「来いっ!」

 蛇を大きく動かし、叫ぶ少女を引き寄せる。ひ、と息を飲んだ彼女の喉元に手を伸ばせば、周囲の生徒も何が起きたのだと息を詰まらせたようだ。


「……あなた、『魔物に』でもやられたの? 操作系の魔法がかかっているみたいですよ」

「……っう、……え、え?」

「怪我はさせないから大人しくしていて。自分で意図せずここにいる『生徒』に攻撃したくないでしょう?」

 聞こえるように声を張り上げれば、生徒たちが驚きと共に納得の声を零していく。嘘も方便とまでは言わないが、私が彼女を捕らえた理由をぼかしてでも伝え、せめて状況を抑えるしかないだろう。

 彼女にはかつてのグーラーや操られていた人間に似た闇系の操作魔法がかかっている筈。問題はそれをかけたのが恐らく「魔物」ではないと分かっている点か。……ルブラが動いている。

 だが意識はしっかりしているようだ。アドリくんの村で見たような女性たちは、皆まるでゾンビのような様子だったというのに。

 私の言葉に目を瞠って首を捻ってみせてはいるが、ふとした瞬間に目はぎらぎらと私を睨む。……私を攻撃しようとしたのは、間違いなく故意の筈。

「悪いけど魔力封じさせてもらうよ。……アイラ」

「了解」

 フォルに言われて、息を飲む彼女には悪いが医療系の魔力の流れを制限する魔法を使わせてもらう。本来治療に使うものだが、彼女の喉に溜まる黒い靄を発動させないこと、彼女に魔法を使わせないようにするには十分だ。

 確認して、蛇はそのままに再び魔物討伐に乗り出せば、漸く二年が慌てたように一年を引き連れて下山していく。

「その子はそのままでいいんですか」

 キリムさんに言われたフォルが、直接運ぶと短く返事を返す。

 人が減った。戦いやすくはなったが、気は抜けない。自分の手持ちの薬を呷るフォルを見て、急がなければと唇を引き結んだ。アルくんとジェダイがガイアス達の気配も探ってくれているが、まだ合流できてない。

 現れる魔物に移動が速い……たとえばワーグーラー等がいないところを見ると、それらは既にこの場所より遠くにいるものと思われる。移動が遅い魔物ばかりがいるということは、防御壁を壊された場所は、私達のいる位置が一番近いのかもしれない。既に新しい防御壁が張り直されている筈だから危険というわけではないが、とにかく私たちの仕事はこの辺りの魔物の一掃だ。


 一心不乱に魔物を仕留め回復薬を呷る。先を進む私たちの進路に、とうとう北山との境目に立つ柵が見えた。

「……あった」

 柵自体は壊れている箇所はないらしい。やはり防御壁を突破されたことが原因かと思考を巡らせ、皆が最大限の注意を払って周囲に散り、残った魔物を討伐しながら損傷箇所の有無を確認する。

 途中目が合った瞬間ミレイナに睨むような視線を送られたが、彼女の首にはいまだに黒い靄がかかったままだ。

 精神衛生上もよろしくないので、無視するように柵を調べアルくんとジェダイと一緒に魔物の索敵を続けながら移動していると、横にフォルが並んだ。

「フォル。さっきは助けてくれてありがとう! えっと、鎧もそうだし、蝙蝠も、それにその……信じてくれて」

「そんなの、当たり前だよ、アイラ。……何が見えた? 操作系ってことはもしかして」

「そのもしかして通りだと思う。どう見る?」

「……火種の魔法。ずっと前にアイラが狙われたことあったよね、あれと黒、どっちか区別はついている?」

 言われて、そうだと思い出す。首に纏う靄を闇と断じてしまったけれど、その可能性もあったのか。……何にせよ調べるのは後回しか。

「……とにかく、本当に助かった……ありがとう」

「どういたしまして。……君を噛んでいいのは僕だけでしょう?」

 ひっそりと耳元で囁かれて、ぶわりと全身が熱くなる。

 そういえば噛まれたばかりだったのだと思い出して首を押さえるが、とっくにそこはフォルが治療し、傷跡すら残っていないことを思い出すと、僅かに悔しさを感じた。それが顔に出たのか、きょとんと首を傾げるフォルの頬に私のような熱は見られず、それもまた悔しい。

「フォル」

「うん?」

「次は傷消しちゃやだな。……さて、アルくんがガイアスが近くまで来てるっていってるし、合流しようか」

「……え!? は、ちょ、アイラ!?」

「あ、レイシスも来てるよー!」

 よかった無事だ、と喜んで振り返った先で、顔を覆ったフォルの耳が赤い事に満足する程度には、私も余裕を取り戻したらしい。



「で、どうだった? 無事か?」

 少しいつもより早口で話しながら私のところに跳んできたガイアスを見て苦笑しつつ、頷く。しかしまあフォルが護ってくれたので無事ではあるが、ガイアスはすぐに私の蛇に囚われた生徒に気がついたようで、眉を寄せた。

「あいつ何やらかしたんだ」

「首の辺り、というかまた喉が……黒い靄に覆われているんだ。私、蝙蝠の大群に襲われて。フォルが護ってくれたんだけど、自我がはっきりしているし、闇の操作系なのか火種の魔法かまだ判断がついてない」

「蝙蝠ぃ!? ……ああ成程、ったく、やっぱり厄介なやつだ。ん? アイラ達の班、一年と二年はどうした」

「あの子以外帰した。二年はいいけど、一年はきつかったみたい。容姿がかわいいのばっかりで油断した子多くて」

 状況を報告しながら歩き、遠くに見えたレイシスの姿が無事である事にほっとして二人で肩の力を一度抜く。

 レイシスと周辺を調べていたフォルが合流し、恐らく魔物の気配はないことを伝えながら、空を見上げた。生い茂る木の葉の隙間から覗く太陽の位置は随分と高くなってきている。……いまのうちか。

「フォル、怪我人の手当て、先にやっちゃおう。一応討伐したら戻っていいはずだけど、何があるかわかららないから先に」

「わかった。アイラ、魔力漏れ調べと外傷で分ける?」

「うーん……二人で全員見るのは二度手間だね、数半分に分けて両方やろう」

 フォルなら魔力漏れも外傷も見逃す筈はない。私もそれについていけばいいのだと二人で頷き合って、生徒たちを集める。さすがと言うべきか、自身である程度の傷を治したり仲間の簡単な軽傷を治す生徒もいるせいか、怪我人は少なめだ。うちの班の一年だけがやたらと怪我を負ったということらしい。魔物と戦う経験がない分、魔物の見た目に騙されたのがきつかったか。

 ガイアスとレイシスが戻る相談をしているのを聞きながら、並ぶ生徒たちを次々と診察、治療していく。中にはうちの班の生徒ももちろんいるが、私が一年騎士科女子を拘束している事について文句を言う人間も特におらず、さすが三年生は場慣れしているな、と感心する。

 丁度昼ごろだ。正直に言うと……

「おなかすいた……」

「だよね、ある程度治療が終わったらすぐに戻ろう」

 フォルが笑うが、もう恥ずかしいとかそんな話じゃない。私は朝ごはん食べたい派です。すぐに出てきたせいで、食事ができていないのは辛い。大体にして、魔力回復は体調によるのだ。薬ばっかりがぼがぼ飲むより、しっかり食事で回復力を得たいではないか……!


 そんな話をしているとつい、笑みが浮かんでしまった。ガイアスとレイシスが来てくれて、安心したのかもしれない。


「ちょっと! 何笑ってんのよ!? いい加減、これ離しなさいよ、寒いじゃない!」

 きつい声をかけられて思わず驚いて顔を上げる。水の蛇に囚われた少女がしぶきを上げる蛇の中心で睨んでいて、しまった、と眉を寄せた。

 一応、彼女は何者かに操られていると説明していたのだ。ある意味被害者の彼女をいつまでも水の蛇で縛っているのは、まずかったか。

 だが、私の行動に何か気づいたのか。ガイアスが無言で地の蛇を生み出すと、水の蛇の上から彼女を縛り上げ、ほっとして水の蛇を解く。

「黙って縛られてろ、なんで拘束されているか考えたらどうだ?」

 ガイアスの声が低く響く。騎士科三年において、王子やガイアスのような隊長タイプの人間に逆らおうとする人間はおらず、周りはただ状況を見守っている。

 私の見解で彼女は敵だ。操られている可能性もあるが、彼女は今までの操られていた人間とは違いしっかり意識を持っている。なぜ黒を纏っているのかまでわからずとも、彼女は敵なのだ。


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