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偶数日更新の予定が…しばらくなるべく二日に一度更新、ということで更新します。
すぐに学園の外へと声を張り上げ指示を飛ばしながら飛び出して行ったのは、王子率いる王都内駆除の班だ。
あそこはとにかく早く、そして目立ったほうがいい。王子の評判をあげるとかそんな品格を貶めるような意味ではない。
夏の大会で優勝している王子が派手に討伐に乗り出せば、町人も救助は出ているのだと分かりやすく、安心できる。そのせいか、班のメンバーもある程度派手に戦ったメンバーが多いようだった。ピエールもあちらに選ばれたようだ。
ふと視線を感じる。目線だけでそれを探してみると、既に顔を逸らされてしまっていたものの、一年の騎士科女子、ミレイナ・リンデの姿があった。なるほど、人手不足で一年騎士科もしっかり借り出されているようだ。あの子やっぱりまだ、私を気にしているんだろうか……相当嫌われていたみたいだしなぁ、さっきもフォルに護られちゃってたし、気を抜いて間抜けな失敗はしないようにしよう……。
「アイラ、先生がやっぱり、僕たちは一番きつい北山に隣接した場所のほうに回って欲しいみたいなんだけど」
「私はそれがいいと思うよ。ガイアスとレイシスの班まで連れて王都外周の魔物駆除を担当するのは無駄じゃないかな? 範囲が広いし防御壁の外ならルセナの班がいいと思う」
範囲が広ければそのぶん索敵と、散らばりやすい仲間を見ながら完璧に魔物の血液防御を行える人間がいいはずだ。ルセナは防御範囲が広く、つまりある程度先の敵を探すことにも長けている。
王都内、王都周辺、そして北山に隣接した森。この三箇所がメインであるから、北山の方角に人数を集めることになっても問題はないか。三班投入に特に異論はないようだが、やはり、おねえさまが医療科の班を率いることはともかくとして、私がフォルの班の副長につくことに関しては首を傾げている生徒もいるようだ。
夏の大会を考えれば、私は優勝者と準決勝で対決し負けただけで、つまりはあの結果だけを見るならば上位だ。準優勝者の班に配属されるのは過剰戦力ではないか……そんな考えが、囁きとして私に届く。まあ、私も思ったことだから別に構わないのだけれど。
さて、と首を捻りこの疑問に反応すべきか少し悩んだ瞬間、だ。
「フォルセ君とアイラ君を指名したのは僕だ……共に北山に隣接した山の魔物討伐に出よう、あそこが一番君達の力を必要としている」
「……えっ、ラビリス先生が?」
つい驚いた声があがってしまったが、私がフォルの班に配属された経緯を考えると、もしかしたらこの状況に対応してくれようとしたのかもしれない。先生が大きな声を張り上げるのは珍しい。しかも結構長く喋ったぞ……!
小さく頭を下げれば、目深にフードを被っていた先生が僅かに頷いてくれる。眼鏡の奥に隠された瞳は見えないが、やはり助けてくれたのだろう。
聞いたところによると、先生は去年私達が飛ばされた原因であるあの移動の魔石の修復調査を担当しているそうで、学園の先生として姿を見せることはほぼない。恐らく私たちの後輩の特殊科がいることを見越しての配属だったのだろうが、ベリア様が亡くなったことで特殊科が私達三年に集中してしまい、アーチボルド先生一人でほぼ事足りる状況であることも原因だろう。その為かやはり一、二年の騎士科は先生の姿を知らない者も多いようで、誰だあれ、と首を傾げられている。まぁ、彼は学園に在籍していた頃から同じ特殊科の私ですら顔を知らなかった程表に出る人ではなかったから、仕方ないことかもしれない。
「先生が出るの珍しいよなぁ」
ガイアスがのんびりとした口調でそれを笑ってみているところを見ると、生徒達の関心が完全に先生に向かったようだ。ほっとして、作戦の流れを頭に叩き込む。
絶対に失敗の許されない任務だ。医療科在籍の特殊科が二人もいて、いや、特殊科四人もいながら、騎士科の生徒を纏められないだとか怪我人多数だとか、そんな状況を作ることは絶対に出来ない。少しの油断が命取りになる可能性がある。相手は話が通じる人ではなく、言葉を知らない魔物なのだ。
ラビリス先生が私達の行き先を決めたような状態になっているが、フォルの立場を考えるなら一番厳しい場所で任務をやり遂げた方がいいのだろう。ジェントリー公爵領も絡んだ問題で、彼が王都外周の比較的楽である場所を納得して選ぶとも思えない。もし選んだら、それは同班に入ることになった私の為である可能性が高いから、注意しなければいけないところであったが。
「アイラは必ず護る。絶対にそばにいて」
小さく隣で囁かれて、ほっとして笑う。
「私にも護らせてね」
囁き返せば、フォルは視線をこちらに向けず一瞬だけ口元を綻ばせた。
「君達は……、これを持っていて」
ラビリス先生がすれ違う瞬間少しだけ足を止め、私とフォルに押しつけるように渡してきた冷たく固い何かを咄嗟に手に取りつつ、視線だけを落とす。
手の中の感触からして恐らく石。先生といえば魔石だなぁと思う程には、錬金術科所属の特殊科出身である彼の魔石は素晴らしいものが多いが、これも何か力が込められた石なのだろうと察して、握り締める。
「アイラ君は……見えているんだろう。何かあればそれが助ける」
ぽつりと言い残して先生が私たちの間を抜けて、教師たちが集まる方角へと立ち去っていく。見える? 何が? ……え、精霊?
「……見えているって」
「……え、まさか……いや、先生が魔石の? え? そんな筈ない。さすがにそれはデュークも知らないんじゃないかな」
思いっきり気になる発言を投下したまま消えるなんてひどいよ先生……! 久しぶりに姿を見かけたと思ったらこれですか! まったく最初の登場の頃から変わらず掴めない先生である。
とりあえず王子はもう出てしまっているのだから、本人に聞く以外は確かめようがない、が、今はまずそれどころじゃないのだ。
ちらりと手元の石を見る。フォルを見ると同じものを持っているようだが、なるほど。
「確かにいる。寝てるけど」
「まったく、先生ももう少し説明していってくれればいいのに」
二人で制服のポケットにそれを押し込みながらため息を吐き、さてと自分達の班員を確認しながらふと、空を見上げる。
「……水の蛇!」
叫ぶのと同時に振り上げた私の指先から放たれた水しぶきが蛇となり、頭上を飛ぶ魔鳥を捕らえて縛り上げたまま降りてくると、フォルが蛇ごと氷漬けにし、敵を活動不能状態に持ち込む。
「鳥が多いな」
「まさか竜系統まで飛び出してきてないといいけれど」
「さすがにそれは現地の騎士と父の騎士団が止めている……と思いたい。さっきの連絡ではそう聞いていたけど」
騎士科が先程落とした鳥を片付けてくれているのを確認しつつ、教師たちがばたばたと走り回っているので、そろそろかと歩き出すフォルの後に続こうとして、ふと思い立ってフォルの背をつつく。
「おねえさまのところに少し顔を出して合流するね」
「わかった。すぐに出るから、急いで行っておいで」
ぱたぱたと手を振り走る。
たぶん薬が不足する問題も起きるだろうから、加工せずとも薬にできる薬草などの生息地帯を教えておこう。軽い傷程度だったら応急処置もできる筈だと、王都内でも比較的付近で薬草が採取できる位置を思い出しながら、医療科を纏めていたおねえさまたちの所へと駆け寄る。
「アイラ? こちらの班に配属になったとかではありませんわよね?」
きょとんとして迎えてくれたおねえさまだが、どうやらアニーとトルド様と作業を分担する相談を進めていたようだ。そこに薬草の生息地の事を話すと、トルド様が挙手をする。
「助かった。実は在庫では傷薬が足りていなくて、街の薬屋から運ばせるにも王都内の駆除が終わっていないから人員が足りなかったんだ。僕が医療科生徒を数人連れて採集してくる」
「間に合うなら王都出入り口付近にある依頼所に薬草もしくは薬屋から薬剤の移送を頼めば冒険者がなんとかしてくれるかもしれませんね、殿下の班のどなたかに頼んでおけばよかったでしょうか」
「それなら、私がデュークに連絡を取りますわ。今なら緊急時ですし、学園内で伝達魔法使っても構いませんわよね?」
言いながら既に陣を浮かび上がらせているおねえさまに苦笑しつつ、戻らねばとアニーとトルド様に手を振って振り返った先に、人がいた。
「アイラ様……フォルセ様をどうか、よろしくお願い致します」
「……え?」
手を合わせ、綺麗に頭を下げ礼をする少女の前で、固まる。……ローザリア様。
長く青い美しい髪がさらさらと彼女の顔を隠すが、正面にいる私には、ほんの少し私に視線を向けた彼女の表情が見えてしまった。
後ろで、アニーがおろおろと小さく私を呼ぶ声が聞こえた。おねえさまはまだ王子と伝達魔法を使っている最中なのだろう。
身が凍り付いていくような気がした。……なぜ、彼女に言われなければいけないのだという、確かな苛立ちが胸に膨らんでいくくらいには、私は彼女を気にしていたらしい。フォルの事をあなたに頼まれたくはないのだと、浮かぶこの感情は、嫉妬。
言われなくても。あなたに言われたくない、あなたはフォルのなんなのだ。
そんな言葉が口から出てこないのは、立場を気にしてか。いいや違う。
薄く笑みが浮かんでいた。彼女が笑っているのは、いつものことだ。いつも微笑んでいて、周囲の人間を癒すような、あたたかい人なのだ。
フォルと似ていて違う、銀の瞳に射抜かれる。
「……もちろんです。ローザリア様も、お気をつけて。彼は私が護ります、必ず」
初めて私がわかる程に向けられた挑戦的な視線を受け止めて、笑みを返す。
少しだけ目が細められ、彼女の銀の瞳が僅かに揺れた。だが、視線を逸らさない辺り、さすが公爵令嬢か。あまり表に立つ人ではないと思っていたが……そう、か。彼女はやっぱり、何も諦めていないらしい。




