307
遅くなりました変な時間にすみません……!
「……えっ」
笑い声が聞こえた。とても楽しげな声が、複数。
突如周囲に響いた高い声に驚いて目を見開いた私だが、フォルは一人眉を寄せて周囲を確認したままだった。……つまりフォルにはあれが見えていない。
私たちを攻撃しようとしていた大きな魔力の塊。黒く蠢いていたそれが段々形を成し、美しい黒髪を靡かせた、小さな姿が浮かび上がる。……三人分。精霊、だ。
「アイラ、まさか精霊がいるの?」
「……うん、三人ね」
私が答えた瞬間はっとしたフォルが、目を大きく見開いて慌てたように服の内ポケットから何かを取り出した。例の守護の魔法がかけられた、フォルがジェントリー家で継いでいると言っていた石だ。赤、白、緑の特徴的な石で飾られた石。
その瞬間、精霊たちが「おお気づいた」と笑う。やはり……
「あなた達、この守護の魔法がかかった石の精霊?」
『ぶっぶー、だに! 不正解だに! ざぁーんねんでしたぁ!』
「えええっ」
なんだこのノリは、と唖然として精霊を見上げる。今喋ったのは美しい緑色のドレスを着た精霊なのだが、他に銀、赤の服を着た精霊と三人並んでくるくると回っていて、しかも顔がそっくりときた。なんだろう、新しいパターンの登場に頭がついていかないのだけど。
石が関係しているのは間違いないのに不正解とはこれいかに。意味がわからず見上げたまま固まっていると、フォルがどこか警戒したように私を抱きこんだ。
「フォル、大丈……」
『おやおや、次代様はずいぶんと姫をお好きなようだ。ああ、いいぞいいぞ。それでいい』
「じ、次代様? 姫? 待ってください、わからないけどあなた達この石が関係しているんですよね? 闇の精霊なんですか?」
『あはは! さぁ、どうかな! とっても仲良しみたいだから、少しヒントを教えてあげようと思って出てきただけさ』
「そんな真っ黒な魔力纏わせて闇の精霊じゃありませんって……」
『ああっ! 姉上、この子色が見えるんでした!』
なんだか三人でわいわいと騒ぎ出したのを呆然と見つめる。若干遠い目になっている気がしないでもない。なんだ、なんなんだ……
「……アイラ?」
「ああ、えっと、ごめんフォル。なんか、明らかに闇の魔法使う精霊がいるんだけど、誤魔化されたみたいで。三姉妹かな……うんごめん、よくわからない」
「そ、そうなんだ。危険がないならいいんだけど、まさかアイラを」
『闇のエルフィにはしてあげないよ、まだね』
フォルの言葉に被せるように言うのは、中央で胸を張る赤いドレスの精霊だ。様子を見るに一番姉のようなポジションのようだが、とにかく見た目がどうこうよりまず言っている事が重要すぎる。
「……闇のエルフィにはどうしたらなれるんですか? ヒントとは、何の話でしょう」
何か言いたい様子で動いたフォルに、少しだけ待って欲しいと手振りで伝える。彼女たちはフォルの前に姿を現すつもりがないらしいから、用事があるのは私だ。
それを見た長女(仮)が、察しがいいのは好きだ、と笑う。
『闇のエルフィにはそのうちなれる。さっさと契るといいさ。そんなことより、姫。君の存在はありがたいが、少々面倒な者に好かれて、厄介な者に疎まれているなぁ。今日はいちゃこらしてないでさっさと寝てくれ、明日は早い』
「は、はい?」
『今更身構えてもどうしようもない。予知はしてやらん。さっさと寝ろ、それだけだ。ああ、血は存分に与えてもいいぞ、次代様の力は強みになる』
ぺらぺらと言われて、頭に浮かぶのは疑問ばかりだ。全くわからん、どういうことですか! というかまずあれだ!
「み、見てたんですか!」
『ずっとではないが、多少は。見られたくなければ石に壁魔法でも張っておけ、と次代様に言うといいぞ? まあ、今更だが』
「うあああああ!?」
頭を抱えた私を見てフォルが驚いて身体を震わせた気がしたが、私は息も絶え絶え状態だ。いや、人間なんて精霊がどこにいるのかわからない常態で過ごすのが普通なのだからこれは普通、普通なのだが、私は精霊が見えるのだ、会話できるのだ、あああこれは恥ずかしい!
呻く私を見てにやりと笑った長女(仮)が、無表情で私を見下ろす次女(仮)と、「おもしろいにー」と特徴的な話し方をする三女(仮)を従えたまま手を振り上げると、その姿はぱっと消える。……しまった、聞きたい事いろいろあったのに……!
「ああああごめんフォルなんていったらいいかっ!」
「うん、落ち着いて、ゆっくりでいいから」
「とりあえずその石に防御壁張っちゃってください、見えないように!」
私の叫びに何かを察してくれたらしいフォルが顔を真っ赤に染めて慌てたように壁の詠唱を口にするのを聞いて、私はがっくりと彼のベッドに突っ伏したのだった。ふわりと感じる覚えのある香りに、ああそういえばここ、場所が悪いと今更ながらに気づくも、疲れた身体は飛び起きるという選択肢を拒否したようだ。それに、もう素直に言ってしまえば、とても落ち着くし安心する。
「……なんかごめんねアイラ」
伸ばされた手が額に乗せられ、髪を梳くように撫でられ目を細める。
「なんかすごい個性的な子達だったけど……要は早く寝ろって言いに来たみたいなんだけどね。なんかよくわからない事言ってたなぁ」
「……何?」
「私の存在はありがたいが、少々面倒な者に好かれて、厄介なものに疎まれてる、今日は……いちゃつかないでさっさと寝ろーって」
「……それはすごい会話を……、厄介な者、か」
普通に考えてこれは、フォルを次代様と仰いでいた精霊の言葉なのだから、フォルの立場から見ると私が厄介な者に疎まれている、ということだ。つまり、フォルになんらかの害があるか。
隠そうかとも一瞬思ったが、精霊がわざわざ、まだ私を闇のエルフィにするつもりがあったわけでもないのに姿を見せてまで忠告してきたのだ。重要なことなのだろう。
「……明日は早いって。予知はしてやらんって言われて理由はわからないんだけど、どういう意味だろうね?」
「いい意味には聞こえないけどね。闇のエルフィの事はなんて?」
「そのうちなれる、さっさと契れ? とか言ってたけど。何か契約とか段階があるの?」
「……ああ、うん。そっか。取り合えず、精霊のいう事は素直に聞こうか」
苦笑したフォルが、ベッドに乗り上げる。精霊の言うことを聞く、と言っているのに、フォルの重みでベッドが沈み身体が揺れると、勝手に心臓が跳ね上がった。
「ああ、アイラ。手、貸して?」
「え? はい」
差し出された手に手を重ねると、隣に横になったフォルが楽しそうに笑う。
「繋いで眠ろう。……明日何があっても、必ず守るよ」
「……へへ、嬉しいかも。でも、私だってフォルを守れる。大切な人を守る為にここにいるんだから」
ああ、そうだねと笑い合う。私達は学園にいるのだ。
手があたたかい。ぽつぽつと雑談をしていると、フォルに「そういえばジェダイつれてきてないんでしょ」と気づかれて、思わず明後日の方向に視線を向けて誤魔化してしまった。困ったように笑うフォルは、まぁ予測できたけど、と呟く。大分私の事をわかってくれているようで、何よりです。
次第に眠気がやってくる。まどろみの中で、フォルの指先を指で辿った。触れ合う箇所が、とても気持ちがいい。
今日は、疲れた。フォルの隣はとても落ち着く。フォルの銀の瞳が瞼の奥に隠されて、この距離が許されている事にほっとした。……思えば、フォルはずっと、私に近い距離を許してくれていた。あれは仲間としてなのか、それともこうした意味なのか。なんにせよ、心がとてもあたたかい。ああ、好きだな……。
カーン、カーン、カーン、と、何度も騒がしい程に鐘が鳴り響く。
「何!? フォル!」
聞きなれない鐘の音に飛び起きた私の横で、私の身体に腕を回して起き上がったフォルがすぐさま自分と私に鎧の魔法を唱えた。
「これは王都の非常事態時に鳴る鐘の音だ。……どうやら闇の精霊はとんでもないものを予測してくれたみたいだね」
すぐに部屋に戻って準備して、とフォルが私を一度ぎゅっと抱きしめ、耳元で告げる。
「精霊の言葉が気になる。絶対俺の傍を離れないで、アイラ。わざわざ精霊が知らせてくれたんだ。何があっても僕は君を守る」
「フォル。私は」
「わかってる。君の事はわかってるから、ただ黙って大人しくしていてくれなんて言わない。……俺たちは学園の特殊科にいるんだ。さあ、戦おう。きっと恐らく、戦闘になる」
窓の外を睨むように見つめるフォルに、頷く。
部屋を飛び出した私は、私の自室で眉を寄せ、眠るサシャを守るように抱き寄せたカーネリアンに、絶対部屋から出るなと告げて身支度を整える。窓の外に、大きく羽ばたく鮮やかな色の鳥が見えた。
「……最悪だ」
「姉上……?」
魔物が王都を攻めている。




