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すみません、少し予定より遅くにPC前に戻って慌てて更新になってしまいました。

今日の更新分は甘めです、ご注意下さい。

「わ、私は」

 一度言葉を区切る。どう話せば伝わるだろうと考えごくりと息を飲むが、フォルはただ私の目を見て静かに私の言葉を待っていた。……フォルの、いいところだと思う。恐らく私と王子が吸血族の話をしていたのは間違いないと知っていて、それでも私が何を言うのか待ってくれているのだから。誤解など生まぬよう、私との関係をきっととても大切にしてくれている。

「言い方を、間違えた。ごめんなさい、フォル」

「……言い方?」

「うん。血を飲まないかって聞きたかったんじゃない」

 意を決して手を伸ばし、伸ばされた私の手を呆然と見つめていたフォルの頬に軽く手を添え、ばくばくと全身が脈打って身体すら脈に合わせて揺れているような感覚を味わいながら、指先を滑らせ、彼の唇を撫でる。


「飲んで欲しかった」


 なんとか搾り出した声に、フォルが目を見開く。すぐにじわじわと染み入るようにフォルの銀の瞳が赤く滲み出すのを見てしまえば、確かに胸のどこかに「嬉しい」という感情が沸きあがることに、苦笑した。私は傷つけられる事を喜んだんじゃない。欲しがられた事を喜んだ。そうだ。間違いなく私は遠慮やこちらの事ばかりのフォルに対し、欲があったのだ。

 それをそのまま口に出せば、赤い目をしたフォルが呻く。触れた唇の下にある普段はない鋭い歯すら、愛おしい。怖くはない。その感情がそのまま溢れたのか笑みが浮かんだ私を見て、逆にフォルは眉を寄せた。

「アイラは自分で治癒を使えるからそう思うんだ」

「フォル。わかってるよね、私は闇の力を流し込んでも簡単に負ける人じゃない。……フォルは、私が、吸血族ならどうしたと思う?」

 え、と動きを止めたフォルの赤い瞳をじっと見上げて、問う。逆なら? 私が吸血族で、フォルと同じように闇のエルフィを求めながらも自分は魔力を抑えられる方だからと諦めていたら、どうなのかと。

 しばらく私を見下ろしていたまま口を薄く開いて驚きに動けずにいたフォルが、少しだけ牙を見せたままくしゃりと表情を崩して笑う。だが何か言おうとする前に触れさせた指を少しだけ動かせば、触れる吐息に頭がおかしくなりそうだ。でも言わせない。きっとアイラなら吸えるのかと聞く筈だから。

「ちなみに私なら、ここまで言われたら我慢強くないから、吸っちゃうから」

「……はは、君には敵わない」

 腕を引かれ一瞬抱き寄せられたかと思うと、すぐにどん、と身体が押された。倒れた先でやわらかいものに身体が沈み込み、それがフォルのベッドであると気づいた時には、短くなった筈のフォルの髪の毛が頬に触れるほど近い距離にあった。

「んっ……!?」

 いつもに比べれば少し強引に感じる速さで唇が重なり、まだ慣れないそれに頭が一瞬で真っ白になる。

「ふぅっ、ん」

 呼吸が欲しくなって口を開けば勝手に声が漏れて、じわじわと顔を熱くしていく。逃げたいわけではないが勝手に逃げを打つ身体は力が入り熱さにどうしようもなく呻けば、その瞬間感じた濡れたあたたかい感触に、身体がさらに震えた。

 驚いて目を開いたが、すぐにフォルの視線に囚われる。赤い瞳をしたフォルが近い。少し離れると唇の先を微かに触れ合わせながら、囁かれる。


「煽り過ぎ。覚悟して」


 小さく悲鳴があがる。口付けあったまま、フォルの手が私を逃がさないと言わんばかりに腕を押さえつける。

 音を立てて離れた唇の先でぷつんと途切れた糸にびくりと身体が震えたが、すぐに首筋に埋まってフォルの顔が見えなくなったことで、慌てて目を閉じた。

 数度舐められ、身体が熱い。硬質な、尖った何かが触れた。そこで、躊躇ったのかフォルの身体が強張る。


「フォル」


 呼んでも反応できないフォルの吐息が濡れた首筋に当たって身体を震わせていく。緊張が続き、すぐに限界を越えて耐えられなくなったのは私の方だった。やはり私の方が、忍耐力はないらしい。

 私の腕を押さえつけるフォルの手を振り払い、そのまま強く頭を抱きこんで、自分の首筋に押し付ける。ひゅっと息を飲んだフォルが躊躇いを消したのはすぐのことだ。

 ぷつりと何かが肌に沈み込む感覚の後にすぐ身を襲うのは、冷たく、暗い、洞窟に迷い込んだような気分にさせる魔力。ああ、これは覚えがある。最初にアーチボルド先生が水晶で私達の魔力を調べていたときに感じた、あの。あれは、闇の力だったのか。

 確かにこれは、強大であれば飲まれる恐怖に精神的におかしくなってしまいそうだ。でもこれは、フォルの魔力。

 ……まずい。ただでさえ恥ずかしいのに、なんだか意識すると耐えられなくなりそうだ、恐怖じゃなくて恥ずかしさで。だって今、私の魔力を大量に含んだ血をフォルが啜って、あるいは舐め取って飲み込んでいる。逆に、牙で傷つけられたことで何かの契約が成されているのか、舐められている傷口を通して私にフォルの闇の力が流れ込んでいるのだ。お互いにこんな触れ合い方で全身にお互いの魔力を交じらせ、混ぜ合わせているだなんて、どう考えても性的な行為な気がする。

 身体にじわじわと広がる力は冷たい筈が、身体を火照らせる。さっきから血を啜られているのだろう濡れた音とか柔らかい感触とか、まずい。前もこんなことあった筈なのに、恥ずかしさが全然違う……っ!


「……ふ、ふふっ、ははははっ! すごいや。はは、そっか」

 突如笑い出したフォルにびっくりして目を開ける。そんなにおかしかっただろうかと思ったのに、目を開けた瞬間視界は翳り、降ってきた何かで頬が濡れた。

「フォル……?」

 赤い瞳からぽろり、ぽろりとほんの少しだけ涙を落とすフォルが私に覆いかぶさっている。けれど幼子のように泣き笑いで私を見下ろすフォルを見て、恥ずかしさが吹っ飛んだ。

「ど、どうしたの!? え、私の血が何かまずかった!?」

「まさか、そんな事絶対無い! 違うよ。はは、アイラは全然、冷えてないね。闇を受け入れて逆に身体がこんなに熱くなるなんて」

「うん……? 確かに冷たい魔力だと思ったけれど、身体も冷やすの?」

「冷やすよ。こんなアイラみたいな真っ赤な顔になるわけない。人は恐ろしい力を前にしたら、血の気が引くのが普通だよ」

 フォルの言う意味を察して、ああ、と納得して笑った瞬間、恥ずかしくなってフォルを引っ張り顔を埋める。怖がるどころか照れていた事を言っているのか。あんまりだ、だってどう考えても恥ずかしいことだったじゃないか!

「えっと、じゃあそれってつまり、私は結構有望かな」

「有望って……うーん、明確にどこまで流せばいいのかわからないんだ、僕の母親は父に一切闇の魔力を渡さなかったからね。けど、馴染むといいとか、耐えられればいいとかいろいろ聞いてきたから」

「まだわからないか。うーん」

 にしても距離が近い。ぬくもりすら感じられる距離でそんな真面目な会話をしていても、心臓はばくばくと煩いのだ。さて、困った。この後どうすればいいんだろう。

 フォルはちゃんと魔力をくれた。結果私に今のところ異常は見られない。ちょっとどころじゃなく恥ずかしかっただけだ。今なら額で肉が焼けるんじゃないだろうかと馬鹿な事を考えるレベルでは、恥ずかしい。

 相変わらずフォルの胸に顔を埋めて隠していたのだけど、そのせいでフォルが行動を起こしたことに気づくのが遅れた。指先で傷口に触れられて、ひゃ、と裏返った声が出る。

「傷口治すだけだよ」

「び、びっくりし、た」

「そんなに反応してもらえると嬉しいような気もするけど……あれだけ煽られて、アイラがこの距離にいて、しかも僕の部屋で眠るつもりできたんだよね?」

 えっ? と身体が固まった私を見下ろして笑みを浮かべたフォルが、頭を動かして耳元に唇を寄せる。囁いた言葉があまりにも直接的な表現に聞こえて、ぶわりと頬が熱くなる。思わず埋めていた顔を起こした瞬間。


「……っフォル!!」

 慌てて彼の身体に腕を回し、風の力を借りて身体を移動させ、位置を逆転させて覆いかぶさりながら魔力を練り上げる。

「水の盾! ……ぐっ」

「アイラ! 氷の壁!」

 すぐにフォルも気づいたらしく、何かに私の盾が弾かれた事に気づいて周囲に氷の壁を作り出し、腕の中に私を囲む。


 ここは屋敷の個人の部屋の中だ。この屋敷は私達にとって一番安全ではないかと言うほど守りが厚く、個人の部屋なんぞ部屋の主の許可が無ければ精霊であるアルくんやジェダイですら侵入を拒む場合があるのに、先程フォルの向こうに見えた強大な魔力の塊は黒く蠢き、間違いなくその力を私たちに向けていた。

 何だ。刺客か、攻撃魔法か、それとも精霊か。

 私の盾と相殺するように投げ飛ばされたのは恐らく純粋な魔力。強すぎるそれに身震いしフォルを守りたくてその背に腕を回し魔力を高めようとすると、フォルが私を抱きこむ腕に力を込めた。お互い考えることは一緒であったらしい。

 覚悟して戦闘に臨もうとした時、耳に大きな笑い声が届いたのだった。


『あはははは! いいねいいね! やっと見つけた、やっぱりね!』


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