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「アイラ、食事はどうする?」

 緊張しながらフォルの部屋に訪れると最初の会話はそんなものだった。

「えっと……あ、おなかはすいたかも」

「じゃあ、食べに行こうか。用意してくれているみたいだから……皆は寝ていて無理かもだけど」

 あっさりと、笑顔で私の前を通り過ぎ、戸口でにこにこと手を差し出してくるフォルに緊張は見られない。……私だけなのだろうか。フォルは私がここに来た意味を分かっているからジェダイも呼んだのだろうに……。夜もフォルと一緒にいたいんだ、って。

 ジェダイを一緒に呼んだ時点でそういった意味で手を出すつもりがないのはわかってる。私だってほいほいと身体を許すためにここに来たのではない。それはそれでひどいんじゃないかと王子に言われた時に疑問が浮かんだが、私は早急に確認しないといけないことがあるのだ。夜に一緒に居ることになろうとも。それでも緊張するものはするのだが、フォルの真意を確かめないと。



 フォルは私を闇のエルフィにするつもりが、あるのか。


 王子が話があると言っていたのは、この事だった。聞いているかと言われて、正直驚いて首を振った。ふと、私は構わないという思いが強かったのだが、実際に言われてみるととても重要なことであるのだと再認識させられる。

 実は、ジェダイに闇の力の事について相談したことがある。アルくんではなくジェダイに相談したのは、彼が元はルブラの研究機関にいたと思われるから、だ。

 ルブラの内部についてはほとんど有力な情報といったものは得られなかったが、ルブラがやたらと闇の力を多用しているのは確かだ。

 そしてこれまで捕まえることに成功しているルブラと確定している男、オウルからも有力な情報はなかなか得られていないようだが、彼の兄弟らしいアドリくんの村を襲った男の方……あいつは私に「闇のエルフィにならないか」と言っていたのだ。つまり、ルブラが得ているのは闇の力を使う人間、恐らく吸血族。

 あの男は私が闇のエルフィになれる可能性があるような口ぶりであったから、ジェダイは何か知らないかと聞いてみたのだが、彼曰く闇の力に負けにくいのは魔力の高さなど条件も多いものの、精霊との相性も大きいのだと。やはり闇の精霊に好かれるか否か、に近いのかもしれない。

 エルフィはそもそも精霊に好かれ易い。

 つまり思いつきであったとしても、あの男が私を闇のエルフィにしようとしたのは、いい案だったということだ。これをフォルには話していないが。

 確かに狂う恐怖はあるが、フォルがいくら身体は平気だと言おうとも、王子は私に止めろとは言わなかった。王子は恐らく、私が闇のエルフィになれる可能性があると踏んでいる。その考えに至る何かがある。先輩が口にしていた「精霊の愛し子」は何か関係があるのだろうか。

 それに王子は、フォルがあれ程闇の力に悩んでいるのを知っていて、ただ簡単に勘や思いつきだけでフォルに「アイラを闇のエルフィにしろ」とは言わない筈だ。


「アイラ。決めるのはお前達でいいが、何も最初から一気に闇の力をお前に渡せというんじゃない。徐々にやってみたらどうだと、相談してみてはくれないか。アイラ程の力があれば、多少闇の力が注ぎこまれても狂わない。……やりすぎなければ確実に。どうしても駄目なら俺の光の力もきっと役に立つ」

 真剣な表情でそう言っていた王子はどこか懇願に近かったように思う。王子が、だ。

「何をそんなに心配しているんですか、デューク様。フォルは闇の力に呑まれないって言ってましたけど」

「確かにあいつは闇を抑えるだけの魔力に恵まれてる。この意味がわかるか? つまり同等の魔力保有者のお前も同じく闇に対抗できる筈なんだ。ここにいると感覚がおかしくなりそうだが、魔力が高い人間自体稀な存在だ。だからこそ、フォルが愛した相手が魔力が高い人間だったのは幸運だ。要はフォルの気持ちの問題だと思っている。だが、俺が心配しているのはそこだけじゃない。……思い出してみろ、ベリアが殺されたあの日、カルミアは……奴は何を気にしていた?」

「……あ。確か、デューク様とフォルの婚約相手」

「そうだ。交換条件で求めてきたのはそれだ。俺だけじゃなくて、フォルもな。……あいつが今動いたとて、俺とラチナはもう公表済みだ。ラチナに何かない限り問題はないが、なぜルブラはフォルの婚約について気にしているのか、そこがどうしても気になる」

 そこで言葉を切った王子は、私の瞳を真っ直ぐに見つめて言い切った。

「フォルとお前の結びつきをお前らの中だけでも確固たる物にできれば越したことはない。怖がらせるつもりは無いが、嫌な予感がする」

 と。……王子の勘が外れる気がしなくて、彼が何を知っているのかまではわからなくとも……それがかなり重要であることが知れる。


 まあいろいろ話はしたものの、結局私の気持ちとしては「構わない」だ。無謀とかそういうのではなく、それこそ医療科で学んだからこその知識を持って、王子と同意見。闇は確かに人を狂わせるが、初めから何も抵抗できないわけではない。

 魔力が高い者程闇の魔力の操作系能力への抵抗ももちろん高く、王子が言うように光のエルフィが味方する状態で闇に負けるかと言われれば、可能性はとても低いように思う。フォルもわかっている筈なのに、きっと彼は一人生きる母の姿を忘れられずにいるのだろう。

 私の意見を言いたい。それがあるからこそ今日フォルの部屋を訪ねる事を決めたのだ。やり切らなければ。


 だが正直なところ、先輩の事がショックであったこと、ガイアスやレイシスがあれ程傷ついた事、カーネリアンとサシャまで巻き込まれた事に気分が落ち着かず、安心できる彼のそばにいたいという欲も確かに心の内に存在するのだ。いつも通りすぎる彼に、もう少し反応くれても、と思うこの乙女心? 私には似合わなすぎるので正直ちょっと落ち着いて欲しいな、頑張れアイラ・ベルティーニ……!


 そんなことを考えていたせいか、せっかくレミリアが用意してくれた食事はほとんど味が分からなかったのだが。



「アイラ、先にシャワー浴びておいで。僕はちょっと目を通さなきゃいけない書類があるんだ」

 ごめんね、と謝るフォルはやはり食事を終えて部屋に戻ってもいつも通りで、一度断って部屋に戻る。

 こっそりと覗けば、私のベッドの上に人影は二つ。深く眠っているのは弟であるカーネリアンと、妹のような存在であるサシャ。幼い頃と何も変わらず二人寄り添うように眠っているが、カーネリアンの腕はサシャを自分の腕の中に留めるように回されている。……私が来る可能性もわかっていただろうし、着替え取りに来ただけなんだけど、なんだか申し訳ない。

 空になった皿がテーブルにあるので、カーネリアンは食事はとれたのだろう。ほっとして静かに着替えを用意すると、アルくんがにゃあと小さく鳴く。二人は任せてくれ、と。彼もまた、私がどこにいくつもりなのか予想がついていて止める気はないらしい。


「よろしくね、アルくん」


 ひっそりと言葉を返して手を振り、もう一度フォルの部屋に戻ってシャワーを借りる。無心だ、こうなれば無心である。

 さっさと寝巻きに着替え長袖のカーディガンも羽織れば、薄手の寝巻きもフォルの前に出ても気にならない程度には肌を隠す。……ロングスカートだから足元がすかすかするのが妙に気になる辺り、もう本当に私どうしたといいたいくらいには恋する女子になった気分で恥ずかしくなってその場で蹲る。

 違う違う! 私はそういう意味でここにいるんじゃなくて、話がしたいんだ! それで、少しだけでもフォルに闇の力を私に渡してみたらどうだろう、って試すようにお願いするのが最大の目標でだな! と一人何度も繰り返して、待たせすぎるのもいけないと漸く気づいて呼吸を整え部屋に戻る。


「フォル」

「ああ、アイラおかえり。じゃあ僕も少しシャワー浴びてこようかな……アイラ悪いんだけど、これアイラも目を通しておいてくれる? 北山の魔物の情報だって、特殊科の生徒にも回して欲しいみたい」

「特殊科にも?」

「もし王都が襲われるようなことになれば、守りはもちろん騎士が勤めるけれど、学園の騎士科所属の生徒も戦いに出る事になる。ラチナ以外は特殊科も今回騎士科生徒と同様に扱うみたいだよ、僕たちも聖騎士の授業を受けている繋がりでね」

「なるほど……って、騎士科なんだ、特殊科含むんじゃなく」

 夏の大会の結果を見れば、守りに回る生徒はまず特殊科の名前が挙がってもおかしくないような気がするのだけど、と首を捻ると、フォルは「仕方ないね」と笑う。

「まぁ、要は未来の王妃だけは理由つけて外そうとしたんじゃないかな。デュークは王子のうちは騎士団の総指揮を取ることもあるから、戦場に立つのは当然の扱いされるけれど」

「おねえさま、嫌がりそう」

「まぁね、でもこればかりは彼女の立場だと思って婚約と同時に受け入れて貰ったと思うしかないかな」

 私に資料を持たせてシャワーに向かうフォルを見送り、紙に視線を落とす。ふむ、確かに重要だけれど……うう、フォルなんであんなに普通なんだろう……。


「……げ、火竜も存在確認されているのか。これはきつい」

 これ以上北山で魔物が力をつけなければいい。そう考えながらも切ない気持ちを抱えて、私は椅子に腰を下ろして資料に集中することにした。



「アイラ、戻っておいで」

「ふえ!?」

 目の前に白い手がにゅっと現れて資料を遮られ、集中していた意識が急に部屋の中へと向けられて、おかしな声が漏れる。

「あ、そうだ。フォルの部屋にいるんだった……」

「アイラ、君ね……もうちょっと意識してほしいな、僕の部屋だって」

「し、してたよ! 資料読む前までは」

 はいはい、と笑うフォルが、私が羽織っていたカーディガンに手を伸ばすとそれを中央に寄せた。開き過ぎ、と言われて、自分の身体を見下ろし、そしてぽかんと銀の瞳を見上げる。ドレスに比べたら全然デコルテの部分は開いてないと思うのだけど。

 しかし意図は伝わらず、フォルは微笑んだまま「何?」と私に首を傾げて見せる。


「……フォル」

「うん?」

「……飲んだり、しない? 疲れたでしょう、今日」

 どくどくと鼓動が煩く耳で騒ぐのを聞きながら、少し混乱した頭のまま口にすれば、フォルが一瞬目を見開いた後眉を寄せた。

 自分でも、言葉が少し足り無すぎると理解している。だが、次の言葉が口から出ない。なぜこんな言い方をしてしまったのだ。


「……デュークに血を飲ませろって言われたの?」

「え!? ち、違う! そうじゃなくて」

 しまった、と焦って止め首を振る。そうだ、彼に王子に何か言われたのがきっかけでここにいるのだと、ばれているのだ。王子はそんな言い方はしていない。

「てっきりカルミアが犯人だったことでアイラを心配して僕のところに寄越したのかと思ったんだけど。アイラは何を言われたの」

 どこか怒ったような口調に、泣きたくなる。警戒されている。彼は余程、闇の力に関することに思うところがあるらしい。わかっていた筈だった。だがその態度は、私に闇の力をわけるつもりがないと言っているようなものだった。


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