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「ルセナごめん! 薬剤庫の中にある二番の棚の上から三段目、魔力漏れ用って書いてる黄色い蓋の小瓶持ってきてくれる!?」

「わかった!」

「アイラ! ガイアスの治療、私では厳しいですわ! 交代してくださいませ!」

「え!? わ、わかりました!」


 屋敷のいつもの部屋がまるで戦場だ。


 声は出せているようだと安堵したものの、蓋を開けてみればというか、室内に戻った瞬間グラエム先輩がまず崩れ落ち、ガイアスとレイシスも息を切らせた。どうやら聖騎士授業で習った応急処置でレイシスがなんとか保っていただけであったようだ。

 ばたばたと駆け回るルセナに申し訳ないと思いつつ、彼が一番の軽傷であった為に頼むしかない。

 フォルは一番怪我が酷かったグラエム先輩の治療に付きっきりで、私はぱっと見判断だが魔力漏れが酷いレイシス、おねえさまは外傷が酷かったガイアスを診てくれていたのだが、おねえさまが交代を頼むということはかなり箇所が多いか、やはり内部の怪我も酷すぎたのか。……失敗すれば命に関わる。

「レイシスの危険な魔力漏れは完治させてます! 外傷は痛み止めの薬液かけてるだけなので、全身チェックしてください! ガイアス、すぐ治療する!」

「さすがアイラですわね! ガイアスは右足魔力供給ライン損傷部の魔力漏れが手に負えませんわ、他は猶予ありです!」

 ガイアスの身体に手を当て、眉を寄せる。これは恐らく怪我のせいだけじゃない。彼らが無理をして精霊と戦った弊害だ。

「おねえちゃん、持ってきた!」

「ありがとう!」

 受け取った薬の蓋をあけ、軟膏状の薬を自分の左腕に乱暴に塗りつける。すぐに蓋を閉め、少し躊躇ったもののそのまま王子に投げ渡した。

 難なく利き手とは逆の手のひらでそれを受け取った王子が、薬をちらりと見て眉を寄せる。

「おいアイラ、お前魔力漏れを起こしているのか」

「左腕に少し! 後回しで大丈夫です。デューク様こそ右肩と左太腿、それ塗っといてください。ガイアスの応急処置を終えたら行きます」

「はぁ!? 見てないのによくわかるな。俺は後でいいから先に、」

「治療順序は治癒術士に従う! はやく塗ってください! ルセナ、グラエム先輩がたぶん危険値なの。魔力回復薬持ってフォルを手伝って、ヒーリングで大丈夫だから。カーネリアン! サシャは目を覚ました!?」

 まだです、と弟の焦る声を聞き、後十分待っても起きなかったら声をかけろと叫んで再びガイアスの治療に集中する。

「はは、すごいなアイラ」

「ガイアス喋らない。胸部もひどい」

 おねえさまの言う通り右足が特に酷いが、胸部、右腕全体もかなり酷い。というか本当に右足はどうしてこうなったんだ。まるで魔力の玉でも蹴ったんじゃと思わせるような……

「……ガイアス、まさかとは思うけど精霊の魔力相手に魔力複合だろうが体術使ったんじゃないでしょうね?」

 一瞬目を丸くしたガイアスが、へらりと笑う。……ガイアス! 何やってるんだ本当に!

 ガイアスの治療に集中すること十分。カーネリアンが「姉上サシャが起きない!」と悲鳴に近い呼び声を上げ、時間切れかとざっと酷い場所の止血だけして、おねえさまを見る。……駄目だ、頼めない。レイシスのほうも散々だ。

「ガイアスごめん、痛むよね。五分で戻る」

「サシャを頼む。俺はもう結構楽だぜ? 喋っても痛くない」

「はいはい、安静に!」

 サシャもそうだが、王子だって放置しておけないのだ。……治癒術士が足りない。聖騎士の授業でレイシスやルセナもある程度使えるようになっているが、医療科の生徒ですら魔力漏れ対応は難しいのだ。アニー辺りなら呼べば来てくれるだろうが、今日は寮からもう生徒は出ない方がいいだろう。それに来るまでに時間がかかりすぎる。

 サシャの胸部や頭部に手のひらを向け魔力の様子を調べるが、疲労のせいか随分と弱々しくこれでは回復も遅い。だが、特に魔力漏れが起きていて魔力が回復できていないわけではなさそうなので、カーネリアンに指示してそのまま私の私室に休ませることにし、もう一本魔力回復薬を持たせる。

「姉上……」

「そんな顔しないの。サシャは疲労! 遅くとも明日には目を覚ますわ。そのまま一緒に休んでなさい、レミリアに軽食は運ばせるから。あの部屋ならアルくんがいるから絶対平気だよ」

 自分が油断しなければ、とカーネリアンは嘆くが、こればかりは仕方ないだろう。敵が本気で、一般の生徒を巻き込んでまで形振り構わず行動を起こしたのだ。

「……もう姉上の給料から薬を補給するとは言えませんね」

「ん? もう、いつの冗談の話しているのよ」

 苦笑でもなんでもいい。強張っていた表情を漸く解いたカーネリアンにほっとして、部屋から出す。カーネリアンがこれ以上この部屋の状態を見ていては、精神的疲労が溜まる一方だ。


「アイラ」

 いつの間にか私の隣に並んだ王子が、後で話がある、と言う。まぁ、あまり朗報ではないのだろうけれど頷き、ついでに彼の肩の具合を見る。……まだ大丈夫か。たくましい身体はそこまで傷はないが、二箇所魔力漏れが起きているのだけはひどい。余程強い魔力に当たったのだろう。本来の医者の指導であれば、治療最優先は立場を考慮して王子だ。だが、彼はまだ薬で抑えられる余裕がある。

「すみません、先にガイアスを」

「ああ、そうしてくれ」

 こうして部屋を走り回り漸く私とおねえさまがひと段落したのは一時間ほど後か。ガイアスとレイシス、王子にはせめて朝まで寝るよう言い渡し部屋に戻した。聴取だのなんだのは後だ。幸いな事に、アーチボルド先生がごたごたした作業は明日に回してくれている。

 先生二人がもうカルミア先輩を城に連れて行っただろうし、外も落ち着いただろう。

 ちらりとグラエム先輩の治療をするフォルを見る。……グラエム先輩はまだかかりそうだ。もう落ち着いてはいるようだったが、気力で最後は立っていたのだろう。ベリア様の仇、その為に。


「アイラ。あなた自分の腕、適当に終わらせているでしょう。ちゃんと完治させませんと」

 ふと手を取られ、おねえさまのあたたかい手のひらから治癒の魔力を腕に感じる。

「……ありがとうございます。私たちも魔力回復薬を飲まないとですね」

「本当ですわ。私達が作った薬のストック、殆ど尽きたんじゃありません? また溜めておかないと」

「そうですねぇ、たぶん二番から三番の棚辺り全滅です」

 ぽつり、ぽつりとそんな会話でもしていないと、気持ちが沈みこんでしまいそうだった。

 今までの事件の犯人が、知り合いの先輩だった。謎が多すぎてどこまでなのか判明しないが、少なくともベリア様の件はわかったのだ。わかったのに気持ちが晴れない、こんな結果だけは望んでいなかったのに。

「……アイラ。こら、考え込みすぎですわ」

 つんつんと眉間を突かれてはっとする。いくら気にかかることがあるからと言って、今は物思いに耽っている場合ではなかったのだ。グラエム先輩はいまだ治療中で、そして私は……先程王子に言われたことを、きちんとやり遂げなければ。

「と、とりあえず。おねえさまも休んではどうですか? グラエム先輩の手伝いはルセナと交代して私が」

「ですが」

「えーっと、おねえさま、私がフォルといたいんです。ね? その、一人には……な、なりたくないというか」

 若干躊躇いが生まれたものの、究極のおねだりになるだろう言葉を口にして手を合わせる。顔を伏せてしまったのは恥ずかしさのせいなのだが、少しして小さなため息を吐いたおねえさまはくすくすと笑い出した。

「アイラにそう言われては、残るわけにはいきませんわね」

「す、すみませんおねえさま……」

 言い切っておいてなんだが結構恥ずかしい。その場にしゃがみこんだ私の頭上で控えめな、そして穏やかな笑い声はほんの少しの間続き、それではとおねえさまが声をかけてくれて、これ以上の魔力の使用はドクターストップと称してルセナを部屋に連れて行ってくれた。

 残されたのは治療中で意識がないグラエム先輩と、フォル、それに私。

 ただ黙って向かい側に座り込み、フォルの指先の動きと使われている治癒術にあわせていつものように作業を分担していく。何も言わずとも流れを把握できる程度には一緒に授業で組んだ相手だ。

 グラエム先輩はほとんど治療を終えていた。持ち直せたことにほっとしつつ、手は動かしていても私の視線は必死に治療を続けるフォルに向かった。……彼だって魔力はげっそりと減った筈なのだ。

「フォル」

「うん?」

「私の部屋、今カーネリアンとサシャが休んでいるの。さっきデューク様とも相談したんだけど、資料で埋まっている部屋を空けてカーネリアン達をそこに住まわせようかって」

「ああ、その方がいいかもしれないね」

 治療中の為、視線の合わない会話。少しの間沈黙が降りる。

 そして私が躊躇っている事に気づいたのか、向かい側でフォルは笑った。

「……よし、終わり。しばらく目を覚まさないだろうから、このまま彼の自室に運んで寝かせよう」

「無事に終わって、よかった」

「で、アイラは」

 そこで顔を上げたフォルが、私を射抜くように見つめる。

「俺の部屋で休めとでもデュークに言われた?」

「……あはは」

 まったく、と息を吐いたフォルが、私の頭に手を乗せる。

 確かに、言われた。後で話があると言われたが、結局彼の治療中にその話を聞いたのだ。


 フォルは少し悩んで、ジェダイをつれてくることを条件にそれを了承した。わかったよと笑みを向け、先に薬を片付けてくるよと部屋を出る。彼はそのままグラエム先輩を運ぶ筈だ。……嘘ついてごめんね、フォル。


「ジェダイ、あのね……」

『はーい! ご主人様がいいのなら、外で待機します!』

 随分と物分りがよかった精霊に苦笑しつつ、二人だけの約束はひっそりとかわされたのだった。


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