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かなり戦闘回です。流血注意。
木々がざわめく。震えるほどおぞましい気配に、まだ秋である筈が気温が一気に引き下げられた気がした。
爆発したように膨れ上がった風が暴れ回り、しかし瞬時に沈下されて、再び暴れる、を繰り返す。私達が無事なのは恐らく優秀な防御魔法の使い手がいるおかげだろう。
間違いなく、風の魔力を操りあっているのだ、風のエルフィ二人が。
ちらりとレイシスを見ると、風が得意な彼は肌でそれを感じているのか眉を顰めている。正直ここまで魔力が蠢くのは鳥肌ものと言っていい。
今は絶対に動くなと自身の精霊二人に告げフォルを見上げた。フォルはどうやら私をこの氷の花の中から出すつもりはないらしく、首を振って出ないで欲しいと私に告げる。
……大人しくしているべきだ。だが気になるのはアーチボルド先生とフェルナンド先生だ。二人とも追ってきている様子がない。可能性として怖いのは……エルフィである彼に力で負けたか、学園であることを利用され生徒を人質にとられたか。
後者だとしたら最悪だ。そこまでやるとすれば、先輩は何が何でも私を連れて行こうとしてる筈。……なぜ? 本当に、想い人であるから、それだけ? それはそれで背筋が冷えるものがあるが、そんなことを言ってる場合じゃない。情報は与えられているのに、情報が少なすぎる。
目の前で激しく暴れまわっていて風の威力は凄まじく、周囲の枝が折れ植物の精霊が逃げ惑い、怒り狂い、混沌とし始める。色が見えてしまう私の視界は緑に染まり、時折混じる赤や光は恐らく王子とガイアスなのだろう。
レイシスとフォルは私の周囲を完璧に囲っており、ルセナは状況を見ながら防御壁を張りつつ、後ろで驚愕しているおねえさまがこちらに来れないように防御壁に閉じ込めているようだ。正直それでいい気がした。おねえさまは思うところがあるだろうが、私とおねえさまは立場がまずい。王太子妃に何かあっても困るし、私はエルフィだ。本当は王子も引きこもっていて欲しいくらいだが、彼の光の力は強大だ。
エルフィ以外にはきつい戦いだ。いや、精霊が味方についていなければ、か。防御が得意なルセナはともかく、味方の精霊がいない状態ではいくら特殊科と言えきつい。ガイアスとレイシスですら手も足も出せずにいるのだ。こうなると、エルフィが敵にいるというのは非情に厄介である。だがその点に関しては考えるべき点がある。
……なぜ、カルミア先輩に味方する風の精霊がいるのだろう。基本的に精霊は、自分がやりたくないと思ったことはいくらエルフィの頼みでもやらない。光の精霊が味方についている王子を攻撃するのが、どこかおかしく感じる。光の精霊は精霊の頂点だ。
顔を上げるとぎらりと欲望を滲ませた深く青い瞳と視線が交差する。風の勢いは増していく。……やっぱり、おかしい。
違和感を感じているのは私だけではないらしい。ジェダイがずっと「精霊が怒っている」と囁いてくる。調べようにも風は私の専門外だ。グラエム先輩は……どこまでエルフィの能力があるのかわからない今、頼めるのかわからない……どころか、今の彼は頭に血が上っている気がする。冷静な判断はできないだろう。
なんとかして収めなくては、けどどうやって。……私が動くとなればエルフィ対決だ。最終手段になるだろうが、このままだとそれも視野にいれなければ死人が出る。ここは、いくらでもこちらが厳しい状況に陥る可能性がある学園なのだ。……生徒を人質にとられるのだけは避けないといけない。
「レイシス、フォル、グラエム先輩はこれ以上きついと思う。私には風の精霊は見えないけど、たぶん魔力が負け始めた」
「……カルミア・ノースポールは特出した才能はなかった筈ですが。エルフィの力を隠していたのか、いや、まさかジェダイのように石に精霊を閉じ込めて操っている可能性は?」
「否定できないよね。だけど、突破口がない今こちらがあちら一人に押されているのは確かみたいだ。……教師が来ないのがまずいな。俺たちで対処するしかないか」
ぶわりとフォルの魔力が広がる。「俺」と自称したフォルはかなり全力で行くつもりかもしれない。だが相手は……エルフィなのに。
「くっ、アイラ」
なんとか攻撃しようと前に立っていた王子が、風に煽られるように私のそばに跳んで降り立って私を見る。あまりにも風が荒れ狂っているせいで風歩がきついのだろう、眉を顰めている。
「光の精霊は王家に関わる重要事項でなければ精霊魔法を使えない。"アレ"相手に俺は動けん」
「私が動いてもいいですか?」
「駄目だ! デュークそんなのは許さない!」
フォルが声を荒げる。それを一睨みで流した王子は、私に視線を合わせる。王子がここに来た理由はもうわかっているのだろうに。
「フェルナンドもアーチボルドも来ない今、騒ぎに気づいて生徒が集まる前に対処しなければ人質に取られる。ルセナ、アイラがエルフィの技を使えるように周囲に目くらましの防御壁を張れ。……アイラ・ベルティーニ、その力を俺に」
「デューク!!」
「防御壁了解。シールド、展開するよ」
ガイアスが、レイシスが、フォルが止めようと手を伸ばす。ルセナはすぐに王子の要求に答え、周囲に霧がかかったように視界が狭まる。
氷の花が私を閉じ込めるように動くが……花は花だ。触れればいくらか植物の力も混じっていたのだろう、大人しく私を解放してくれる。
「アイラ・ベルティーニ、殿下のお心のままに。必ず、捕らえます」
「ああ逃がすなよ、お前が力を使って取り逃がしたとなれば大惨事だ」
「ヘマしません、よっ! アルくん、ジェダイ、行くよ! ガイアスレイシス、フォローを!」
「おう!」
「……っ、無理をされませんよう!」
ルセナのおかげで状況は整ったのだ。これを逃す手はないだろう!
こうなれば仕方ないと腹を括ったらしい私の護衛二人は、私がエルフィの力を使うときのフォローはお手の物の筈だ。小さい頃から三人での戦いには慣れている。
心臓がばくばくと跳ねる。間違いなく私の人生の中で最大級に危険な戦いだ。だが、仲間はいる。最強に心強い仲間が。
私が氷の花から飛び出したことに気づいたらしいカルミア先輩が笑い、私に手を伸ばす。途端に身体に巻きついた風が私をさらおうと蠢くが、その瞬間、先輩が呻いた。その足を、木の根が貫いたせいで。ここは土の上、そして林に囲まれた私の最強の戦場だ。
「がっ、なっん……っ」
自分の足を見下ろした先輩が、わけがわからないと足を見て顔色を変える。
「グラエム先輩! 風の精霊はどんな様子なんですか!?」
「わかんねぇ! ただ目が赤いんだ、あれは"堕ちかけてる"!」
「はい!? なんですかその情報、知りませんよ!」
後にしろ、と叫ばれてとりあえず先輩を捕らえればいいのかと走る。赤い目の精霊には覚えがあるが、おちる、という単語に覚えがない。
風のせいで風歩が使いにくいが、風の攻撃は全てジェダイが防ぎ、アルくんが私の力を使って先輩を植物で追い詰めていく。……やれる!
「水の蛇!」
「……エルフィか!」
先輩が漸く気づいたらしく目を見開いた。生き物を操るのは難しく普通は好まれないが、植物の魔法を使うのは何も緑のエルフィだけではない。だが、今私は植物を操りながら同時に水の魔法を唱えきった。同じエルフィならそこで私の存在を知るのは仕方ない事だ。
「行け!」
叫んで同時に水しぶきをあげながら蛇が動く。それに追従するように、巨大な地と水が融合した蛇が後を追いかけた。……なんとまぁ、双子の合わせ技である。
足を貫いた根を剣で切り落とした先輩が宙を飛び、しかしルセナの防御魔法に気がついて舌打ちしながら方向を転換し、私の蛇に迫る。だがその後ろから濁流のような蛇が襲い掛かり、先輩は石に殴られ地面に叩きつけられた。
バキン、と先輩の身体が凍りつく。フォルだ。風の力が主人の身を守ろうと氷を砕くが、後から後から伸びてくる蔦に割っても割っても先輩が閉ざされていき、先輩の顔が歪んでいく。氷の花の成長が早いところを見ると、恐らくフォルにアルくんが力を貸しているのだろう。
「精霊のっ、愛し子が、目の前に……っ」
先輩が、手を伸ばす。王子がはっと目を瞠り、その伸ばされた手に剣を振り下ろす。
飛び散る鮮血が頬を掠った。生温く頬に張り付き、あまりの光景に息が一瞬詰まるが、私は、戦士だ。
「雷の花!」
捕らえられた先輩に雷が花開くように広がり、低い男の悲鳴があがる。
長年の敵だ。彼の話ではずっとずっと、グーラーを操っていたのも含めて彼の仕業なのだ。容赦は無用、そう思うのに、いつか中庭で話した優しげな笑顔の先輩が苦痛に呻くのを見て、苦しくなる。
特別な感情があったわけではない。それでもこの結果はあんまりだ。
「鎖の蛇!」
王子が先輩を縛り上げる。先輩の意識はなく、ぐったりとその身体が縛られて宙に浮き、ルセナが漸く防御壁を解いた。
「えっ」
「アイラ伏せろ!」
フォルが私の身体を抱え込み地面に転がり、衝撃で視界が揺れ、一瞬真っ白に染まって呻く。口内を噛んだのかじわりと口の中に血の味が広がり、しかし意識を飛ばしている場合ではないと必死に視線を巡らせる。
先輩は捕らえられたままだ。それなのに、風が止まない。それだけじゃない。先輩が意識があったときよりよほど強力な力が呻き、周囲が緑に染まっている。グラエム先輩が必死にあがこうとしているが、風は狂ったように暴れまわる。
「精霊の暴走!」
「くそ!」
誰かが悪態をつきながら走り出すのが見えた。……グラエム先輩。だめだ、巻き込まれたら死ぬ!




