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「よし、揃ってるなー」

 割れた花瓶を王子の呼んだ使用人が綺麗に片付け終わった頃、間延びした声で話しながら現れた教師は、やる気は感じられないが壮年期辺りの男だった。

 顎にうっすら髭が生え、鈍い金色の髪は少々ぼさぼさだ。白衣のようなものを着ているが、それがまったく似合うようには見えない不精っぷり。

 大注目の中特にこちらの視線を気にした様子もなく奥のこぢんまりした机に向かい椅子に座ると、手にしていた書類になにやら書きとめてから、肩から掛けていた大き目の鞄をごとりと机の上に置く。何が入ってたらそんな盛大な音がするのか。


「えー、特殊科を担当するアーチボルド・マッカーロだ。さて、聞いてると思うがまず魔力検査する。午後からそれぞれの科に戻ってもらうからさっさとやるぞー」

 ここには第一王子や公爵子息などもいるのだが、なんともやる気のない教師である。まぁ、前世でもよく見るタイプの先生らしい先生と言えばそうかもしれないが、いいんだろうかそれで……

 わくわくと顔を輝かせる男性陣だが、ついさっきまで彼らの異様な雰囲気ったらなかった。というか、フォルとレイシスがなんだか落胆し、ガイアスが悔しがっていた。恐らく、突如現れたラチナ嬢が、怪我をした私の治療の際に「何人も男がいるのに何をしてるんだ」と言った感じのお叱りをしていたからだろう。ガイアスとレイシスは私の護衛なのだからとへこんでいるのだろうし、フォルも側にいたからだとしても、間違いなく私の自業自得の怪我なのでなんともとばっちりなお説教を食らったのである。

 ちなみに、私がぶつかって一緒に転んでしまった小さな男の子だが、名前はルセナ・ラーク。ガイアス達と同じ騎士科の生徒で、ラーク侯爵家の次男だった。

 なんと、私より二つ年下の十一歳で学園の入学を決めた歴代最年少の天才児らしい。が、彼はここに現れてから、先生が来た今も、ひたすらぼーっとどこかを見ていた。何やらとっても眠そうである。ぶつかって頭を打ったのではと心配したが、殿下曰く「ルセナはいつもぼーっとしているから気にするな」らしい。

 そんな中、私は少し後に自分のおねえさま発言に内心やっちまった! いきなりそれはないわ! と思ったのだが、言われた当の本人が「あら嬉しいわ」と微笑んだのでもうラチナおねえさまで続行する事にした。なんという役得! 特殊科万歳!



「よいしょ」

 やる気のないアーチボルド先生が先程の大きな鞄からごそごそと取り出したのは、それこそ占い師が使うような手のひらより少し大きいサイズの水晶玉だった。きっとあれに手を触れると、中にもやもやした煙が現れその色で魔力を調べるんだな! とファンタジーっぽい設定を想像してどきどきわくわくしていると、水晶玉はごろごろいくつも出てきた。

「実はな、お前らがやった実技試験の最中に全員魔力眼鏡っていう魔道具科の新しい発明品で魔力を調べてたんだが、特殊科に選ばれたお前らだけは測定不能だったんだよ。新しい魔道具だからね、測定できる上限があったらしい」

 そんなことを言いながら、先生は次に部屋の隅にあった背の高い花台を部屋の真ん中に持ってくる。

 それにしても、あの試験の最中に魔力を測定されていたのか。ふと試験中の様子を思い出してみたが、魔力眼鏡とやらを使用している人物に心当たりはなかった。まぁ、周囲を気にする余裕があった生徒は少ないだろうけれど。

 さて、と先生が花台に一つだけ水晶を載せる。机に戻ると、何かの書類を見ながらふりふりと手にしたペンを振った。

「じゃ、まず誰からやる?」



 一番手は、ガイアスだった。先生の「誰からやる?」に対して真っ先に挙手したのだ。

 ガイアスがわくわくした顔をしながら水晶の傍に行くと、ああと書類を見たままの先生が思い出したような声を上げる。

「お前ら、特殊科に選ばれた意味はわかっているか?」

「意味?」

 言われた言葉に疑問を返したのは殿下だった。続けて、殿下は真剣な顔で言葉を続ける。

「それはもちろん、強い力を正しく制御し使うことで我が国の為に……」

「我が国とは? 王家に従う為の力を磨く為か」

 事も無げに告げるアーチボルド先生。だがしかし相手はこの国の第一王子だ。まだ王太子になってはいないが、第一王子で間違いないだろうと言われている、そういう相手に告げる台詞にしては、きつすぎる。

「例えばだ。王家は北のジェントリー領にある山には手を出すなという。しかし、ジェントリー領の北山付近の町の民は常に魔物の恐怖に怯えている。違うか? フォルセ・ジェントリー」

 名を呼ばれたフォルセが、少し驚いたようにその銀の瞳を見開いて、いいえ、と続けた。この国で魔物が多くはびこっているのは、ジェントリー公爵が管理する城の北に広がる山だ。

 そこにいる魔物は、北からの敵となりえる他国の侵入を阻み、被害さえこちらになければ強力な自然の要塞と化している。

 しかし、魔物は時に山を下り、付近の町を襲う。その為ジェントリー公爵は魔法兵団を作り上げ、時に自ら指揮を執り北山付近の町の守りを固めているが、毎年数人は亡くなるらしい。むしろ、その数で済んでいるのは奇跡といえる。だからこそ、ジェントリー公爵家に任されている領地なのであろうが。

「つまり、王の言葉を無視して北山の魔物を狩れという事をいいたいのか」

 怫然として声を少し荒げた王子に対して、相変わらず先生は視線も合わせずひらひらと手を振る。

「人が何を大事にするかは人それぞれだ。一番怖いのは中途半端な気持ちで魔力を使うこと。お前らの魔力は飛びぬけている。例えば目の前で友人や恋人が魔物に殺されたとしよう。魔物を殺してやりたくても、決められた魔物殺傷数を超えていて手を出せない。そうなった時、ただ町に防御の魔法だけ掛けてお前らは引き下がれるか?」

「そんな、ことは……」

 はくはくと言葉にならない息を吐いて、王子は唇をかみ締める。それに対し、先生は「ただの例え話だ」と軽い口調で言う。

「揺らぐ感情で使う魔法は暴走しやすい。そうなったら魔物どころじゃないな。お前らの魔力の暴走は魔法弾百発以上だ。いいか、重要なのは状況を判断し、臨機応変に対応する能力だ。一人で片付けるな、仲間を信頼しろ。この世の人間は一人残らず誰かしらと支えあって生きている。他の生徒とは別に、選ばれた生徒になった意味を考えろ」

 相変わらず視線はこちらにはない先生の言葉は、ひどく重い。やる気が感じられない、なんて思ったが、そうではない。そう見えるだけだ。

 呆然としていると、ふいに一瞬だけ、先生の視線がこちらを向いた気がした。気のせいだったのかと思うほど一瞬で、今は先生の視線はガイアスの前にある水晶に向けられているのだが。

「ま、言いたい事は簡単だ。特殊科に選ばれたからって傲慢になるな。全てを一人で救えると思ったら大間違いだ。特殊科こそ仲間を大切にする事を第一にしてろ、そうすればそれは国の為になる」

 と、漸くそこでしんとした室内に気づいたらしい先生は、初めの印象そのままにけろりと、あ、すまん、とあっけらかんと言う。

「……まったく、ここでそんな事いえるのあなただけだ」

 王子がなにやら複雑そうながらも笑う。どうやら、先生と面識があったらしい。まぁそうでなければ、あそこまで言えないか。

 でも、マッカーロなんて名は聞いた事がない。王子が面識があり、爵位がない相手というのは……騎士か、それとも本当に有名な教師なのか?

 このつかみどころのない、しかし何やらこの部屋の雰囲気を一気に変えた人物を不思議に思い見つめる。

「さて」

 先生が何かを口にしながらひょいとペンを振る。

「わっ!」

 突如として水晶が四角い透明な箱のようなものに覆われて、ガイアスが驚きで仰け反る。先生は書類に目を向けたまま、それは防御壁だからと告げた。

「防御壁?」

「そうそう。手はすり抜けるから心配するな。で、お前らこれからその水晶に思いっきり魔力叩き込め」

「へ?」

 ガイアスが間抜けな声を出す。魔力を石に込めるのは、魔力さえ扱うコツがわかっていれば誰でもやれる事だった。防御の呪文を込めればお守りになるし、攻撃の呪文で簡単な爆弾も作れる。

 ただし、触れていればだ。そして、水晶の周りには防御壁。しかも手はすり抜けると。嫌な予感しかしない。

「先生、こんな大きさの水晶じゃ魔力叩き込んだらどうなると思って……」

 ガイアスがたじろぎながら言うと、先生は漸くそこで私達に視線を向けた。一人一人見つめながら、事も無げに言う。

「だから、防御壁張って水晶が回りに飛び散らないようにしてるだろ。まぁ、念の為な。それにその水晶は魔力吸収に長けているからそう簡単には割れんぞ、少なくとも今回の新入生で、試験で測定可能だったやつには割れない」

 そこまで言うと、先生は初めて笑みを見せた。それはそれは楽しそうな笑みで。

「割れるもんなら割ってみろ」

 そう、のたまった。

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