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「カーネリアン、おねーちゃんですよー!」

 ちっちゃい手をにぎにぎして見つめていた弟をベッドの柵の隙間から覗き込んで声をかける。まだ名前を呼んで振り向いてくれたりはしないが、可愛くて日に何度も呼びかけてしまうのは仕方ないことだと思う!

 くりくりの瞳は私と同じ緑色で、共通点を見つけるとつい嬉しくなってしまう。

 ついこの前生まれたばかりのような気がするのに、たった数ヶ月で毎日できる事が増えていっている弟を見ていると飽きなくて、最近は外で遊ぶよりもっぱら子供部屋にいる。もちろん私とカーネリアンだけではなくて、母とリミおばさんもいるのだけど。今日は特別人数が多い。

「あうあ!」

 私の真似をして、掴まり立ちをしてご機嫌に一緒に弟を見ようとしているのはサシャ・デラクエル。若干身長が足りていないのでたぶんカーネリアンのことは見えていない。リミおばさんの娘で、私に懐いてくれたのか最近はべったりといつも一緒だ。まだ短くて細い金の髪をちょこんと飾り紐で結わえた彼女も犯罪級に可愛い。こちらも頬が緩むのは仕方がないとにやにやしていると、サシャの後ろに二人分の手が伸びてくる。

「ひっくり返るなよサシャ」

「あぶないからね」

 私と同い年のこの二人は、サシャのお兄ちゃんで双子の男の子だ。

 やんちゃで強気な発言が多いガイアスに、優しくて大人しいレイシス。性格は正反対だが、よく似ている双子だ。どちらも琥珀色の髪に薄い茶色の瞳、同じ体格で、見分けをつけるポイントは表情と若干ガイアスの髪の毛がいつも少しはねている辺りだろうか。あ、あと口調も全然違うかな。

 まぁあくまで幼児の今の時点の話であって、これから成長するとまた違う特徴も出てくるのかもしれないが。

「ふえっ、ふえええ」

「ああ、泣いちゃったね。カーネリアン、ほら、おもちゃだよ」

 からんからんと綺麗な音がするおもちゃを振ってやってきたのは、サシャたちの一番上のお兄ちゃんであるサフィルにいさまだ。私の兄ではないが、弟と同い年の私の面倒もいっぺんに見てくれている彼を私もにいさまと呼ばせてもらっている。

 サシャと同じきらきらした金の髪に、ガイアス達と同じ薄茶の瞳のサフィルにいさまは全体的に柔らかい雰囲気で、そしてとても優しい頼れる兄だ。歳は五つも離れているが嫌がらずいつも活発に動き回る下の兄弟を見ているのだからすごいと思う。


 とまあ、一部屋に子供六人大人二人もいるのだから、この部屋は今やたらと賑やかだ。本当は普段、サフィルにいさまやガイアスにレイシスはここにはいない。三人は剣術の指導やら体力作りに普段励んでいるのだ。ガイアスやレイシスなんてまだ三歳なのにである。

 なぜなら彼らは……


「待たせたな、サフィル、ガイアス、レイシス。稽古が遅れてしまったな、行こうか」

「はい、父上!」

「今日こそ負けないからな、レイシス! 絶対おれのほうが早く走ってやる!」

「おれだって負けないぞ、りっぱなアイラの護衛になってみせるから!」

 そう、彼らは、大商人の家に生まれた私の護衛になると意気込んでいるのである。


「護衛なんて、いいのに」

 思わずぽそりと呟く。一応、全員ではなくて将来三人の中から選ぶらしいのだが……貴族の生まれでもないのだから護衛なんて物々しいような……っていうか、護衛ですよ!? 美少年(この場合幼児が含まれているが)に護衛とか何フラグですか! と最初はお茶噴きそうになった。

「あらぁ、だめよ、アイラ。一緒に成長した、心から信頼できる護衛は将来きっと必要になるわ。あなたは女の子なのだから、一人は必ずよ」

 にっこりと微笑む母に、少しだけむっと口を尖らせて見せる。

「私だって強くなるもん!」

 だって美少年護衛フラグは私にはちょっとこう、刺激、刺激が強いんですお母様!

 拗ねた私に、ならお勉強頑張りましょうね、といって穏やかに笑う。

「さあアイラ。一緒にお勉強にいきましょう」

 お茶を終え立ち上がった母が、リミおばさんにカーネリアンを任せると、サシャに手を振って部屋を出ていくのに慌ててついていく。




 たどり着いたのは、ベルティーニ家自慢の庭だ。


 数ヶ月前ここで私は前世の記憶を思い出してしまった。ついでに、生まれる前の世界というのも。

 すぐに忘れるだろうと思っていたのに、私はしっかりと以前の生活を思い出してしまっていた。もしかしてこれが、あの雲の上の男が言っていた『特典』というものだろうかと最近は考えている。

 なんだか幼児の脳内で前世十代後半の大人だった記憶が溢れている事に、たまにどう振舞うべきか戸惑う事もあるにはあるのだが、結局のところ私は幼児だ。記憶が蘇ったからと言って、大人が覚える早さで勉強がものすごく捗ったりということはなかった。チートはありませんでした。

 だがしかし、それでも勉強ができるというのは嬉しい。何しろこの世界は楽しいことだらけなのだ。今からやる勉強だって、机に向かって字の練習、ではない。


「さあアイラ。ここにいる精霊の数を教えてちょうだい」

 母が、庭のテーブルの上を指差した。

 そう、私が雲の上で見た景色は偽りではなかったのだ。

 白い、八人くらいは座れそうな大きなガーデンテーブルの上にふわふわと光が見える。近づいていくと、薄く透けた羽が見える。

 幼い私は、集中しないとまだちゃんと見えない。その可愛い『私達一族の』お友達を必死で視界に捕らえて。

「はい、お母様!」

 私は元気に返事をしたのだった。

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