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「アイラ」

 階段を下りようとしたところで声を掛けられ振り返った先で見つけた彼の姿を見て驚く。

 声でフォルだと気づいていた。だが振り返った先にいた彼の髪を見て、唖然とする。

「ふぉ、フォル。髪どうしたの……?」

「ああ。ほら、最後にデュークと戦った時に避け切れなくて少し切っちゃったんだ。不揃いだし、どうせならと思って合わせて切っちゃったんだけど」

「もったいない……!」

 そう? とフォルが不思議そうに首を傾げる。少し長めだった彼の髪は、首筋が見える程度には短くなっていた。それでも銀のストレートの髪はさらさらと揺れているし、本人も「そこまで切ったかな」と首を傾げているけれど。思わずその首筋を注視する……白い。うわ、なんか、何言ってるんだろう私……。

 私がドレスであるのだから、当然フォルも略装ではあるがそれなりにかっちりとした服を纏っている。白地ベースに青いラインの入った上着は細身でありながら腰から少しゆとりがあり、膝上まで覆っていて長く、胸元から下までたっぷりあしらった銀の飾りボタンが美しい。腰から下のボタンは閉じられておらず、歩くと覗く白いボトムスも腰周りと足首に青いラインの刺繍がある。……かっこいい。できればうっとり見つめたい乙女心もあるもののそれも恥ずかしさがあるのかできず、首から視線を剥がしてただじっと髪を見つめた。


「綺麗だったのに」

「ははは、僕は気にしないけれど。男だしね。そんなことより、アイラのほうが綺麗。……すごく可愛い」

 そっと少しだけ近づいて囁かれて、顔に熱が集まるのがわかる。ぶわりと広がった熱を逃すように頬に手を添えながら、少しだけ俯く。しばらく視線を感じていたが、フォルがぽつりと「銀色だ」と口にしたことで、慌てて顔をあげた。

「こ、これ今日母がいきなり持ってきて……っ!」

「そうなんだ。さすがだね、アイラにすごく似合ってる。……お母様は?」

「え、あー……部屋でたぶん、置いてきたカレーの企画書見てるかな」

 階段を下りながら言うと、そうなんだ、と笑ったフォルだが、その頬が僅かに普段より赤い。なんだか伝染したように再び頬が熱くなって階段を見つめて足を動かしながら、ぽつりと「銀色に、見える?」と尋ねる。

「よく見たら薄紫? だけどまぁ、ぱっと見ると銀、かな。うーん、自分で言っていいのかわからないけど、似合うしその……嬉しいかも。けど、お母様お見通しかぁ。準備急がないと……そういえばアイラの力は僕と同じで母譲りなんだっけ」

「あははは、そう、です」

 ぎこちなくなる会話に苦笑しながら、なんとか無事に階段を降りきったところで。

「アイラ」

 名前を呼ばれて顔を上げると、壁の影に隠れるような位置でフォルが少しだけ距離を詰めた。

「今日、エスコートさせてくれる? ……まだ公表はできないし、レイシスにも認めてもらってないけどね。そばにいるだけになっちゃうかもしれないけど、最大限配慮する」

「……えっと、それが」

 どう言っていいかわからず口を閉ざす。公にする段階ではないのは百も承知だし、そこは別に気にしない。ただ、レイシスが。


 試合が終わった昨日、レイシスと話そうとした私であるが。

 なんと私が訪ねる前にやってきたレイシスから「お話が」と切り出されて硬直したのは、夜もまだ早い頃の事だった。

 そんな私を苦笑して見たレイシスは、ただ「知っています」と言う。

「知っているし、まさか邪魔するつもりもありません。俺はいつまでもお嬢様の幸せを願っていますから。……あ、重い、かな。うーん」

 そう言って悩むように首を傾げていたレイシスは、少し寂しそうな、それでもずっと笑みを見せていた。

「だから。俺の事は気にしないでください。……アイラ」

「あ……」

「……はは。ごめん。かっこ悪いけど。……お願いだから、これでいいってことで。二回振られるのは、ちょっときつい」

 その言葉に息が止まる。最後の方はレイシスも俯いていたけれど、やっぱり、と唇を噛む。彼はやはり、ずっとあれから私を想ってくれていた。

 ただそれでも「ごめんなさい」という以前の言葉はもう、言えなくて。

「ありがとう」

 ただ一言そう返した私に、レイシスは笑みを見せて。最後には「まぁ、悔しいのでフォルはしばらく弄り倒します」なんて茶化しながら、これからも護衛として、幼馴染としてよろしくと去って行ったレイシス。


「えっと、認めてもらってないって……?」

「レイシスとは話した?」

「あ、昨日夜に、部屋に来てくれて」

「そう。……君の護衛に認めてもらうのは難しそうだ」

 でも守るから。

 そう言ったフォルにもう一度、今日一緒にいてもらえるかと尋ねられた私は、ゆっくりと頷いたのだった。


 そういえば、今回は褒めてもらえた。そうふと思ったのは、いつもの部屋についてから。

 部屋にはまだ誰もいなかった。準備が終わり次第一度皆ここに集まってから、パーティーを行うホールに移動することになっているのだが、私達が一番早かったらしい。

 そういえばガイアスとレイシスにはお母様がゼフェルおじさんからだと何か書類を渡していた。まだ時間まで余裕もある事だし、私達特殊科は少し遅れて向かえ、と先生に指示されていたので、先にそちらに目を通しているのかもしれない。

 それならもう少しお母様と話していても良かったかな。いやでも、「書類に目を通したらすぐに戻るわ、お父様が寂しがっちゃうもの」とハートマーク付きと思われるような弾む声音で言っていたから、そこまで長く話せなかっただろうが。

 改めて自分の姿を見下ろす。今回は歳相応、というか、可愛らしい感じのドレスだ。

 以前ドレスを着る機会があったのは、アネモア様の警護の依頼の時。あの時着た藤色の少し大人っぽいデザインのドレスは、確かフォルの反応がいまいちだったように感じて少し落ち込んだのだけど。今思うと勝手だ。ドレスを着て、彼氏でもない相手に褒めてもらえるだろうかと勝手に期待していたのだから。

 確かにフォルにしては……と思う部分もなかったわけではないが少し反省し、それでも今日はあんな……笑顔というか、嬉しそうな笑みで褒められたのだから、思い返せば頬が緩む。必死に頬に手を当て戻そうとするが、表情筋が仕事しない。

 だがそんな怪しいことをしていれば、当然フォルに気づかれるわけで。

「……アイラ? どうしたの?」

「え! あ、いやなんでもなくて」

 ぶんぶんと首を振り手を突き出して否定しつつも、頬の熱を誤魔化すように横を見る。

 一瞬目を丸くしたフォルはくすくすと笑い出し、なぜか読んでいた書類を置いて立ち上がると、こちらに距離を詰める。

「アイラ。せっかく髪も綺麗なのに崩れちゃうよ。ほら、耳飾り、引っかかってる。ちょっと待って」

 どうやら首を振った時に、イヤリングが髪に引っかかったらしい。言われてみれば不自然に引っ張られているような感覚があって慌てて背を伸ばし大人しくすると、綺麗な指先が私のすぐ横で髪に触れた。

「うん、よかった。綺麗に取れた」

 最後に一度するりと髪を撫でられて、伸びていた背がさらにこれ以上ないほどぴんと張って、ぎこちなくありがとう、と返す。

「……そんなに緊張されるとこっちまで緊張するんだけど」

「うっ……ごめんなさい」

 口元に手の甲を当てて横を向いたフォルの首筋が赤い事に気づいて、二人で笑い合う。穏やかな時間。

「このまま、無事にパーティー終わるといいな」

「うーん……まあ、先生が時間に遅れていけって言ってくれたのに感謝だよね。たぶんトーナメント上位組はどうしたってパーティーだと話題に上ると思うよ」

 少しため息が出るのは仕方ないか。だけど、フォルが女の子に囲まれるのを見るのはわりと心臓に悪いんだよなぁ。正直このパーティーは貴族としての挨拶回りもある意味免除されているようなものだし、すみっこでお菓子だけ食べていたい。

「……アイラ。今日一緒にいようって言ったの、忘れてない?」

「え?」

「さすがにずっと二人きりは無理だけど」

「はっ、はい!」

「ははっ、そんな固くならなくても」

 今日はいつもよりフォルの笑い声を聞いている気がする。少し嬉しくなって見上げると、私を見るフォルの視線が思いのほか柔らかくてふにゃりと口元が緩んだ気がした。

「……本当によく似合ってるね。さすがだな」

「え?」

「ドレス。精霊みたい。……って言っても、僕が精霊見る機会なんて殆どないけど」

「……よかった。えっと、こういうのが好き?」

 ん? と首を傾げるフォルから視線を外し、ドレスを見下ろす。前のは大人っぽすぎたかな、とつい呟いてしまい、一瞬沈黙が落ちる。

「……ああ、前の藤色のドレス。似合ってたよ? 綺麗だった」

「そ、そっか」

 何も言えず黙り込む。まさか前の反応を気にしたなんていえるわけもない。しかしくすくすと笑ったフォルは、でも、と言葉を続ける。

「少し拗ねたかも。あの時僕は顔も覆った鎧姿だったし、隣に並べなかったしね。すごい綺麗だったから……ここも殆ど開いてたし、正直周りの視線で気が気じゃなかったかも」

 向けられた指先が一瞬だけ首の下に触れ離れていくのを、視線を落としていたせいでしっかり目に留めてしまい、固まる。

 上から、あー、今のなしで。かっこ悪い、と小さな声が聞こえる。ぶんぶんと首を振るとすぐに止められ、結局何を話していいかわからず二人固まっていると。

「……何やってんだお前らは」

 次に現れた王子に盛大に呆れられた視線を向けられて、私は慌てて忙しい振りをして部屋の角の本棚前へと逃げ込んだのだった。



「うわ、すごい視線」

 ホールに入るなり呟いたのはガイアスだ。だが、ガイアスが言うとおり私達がホールに姿を見せると、ざわめいていたホール内は一瞬静まったかと思った瞬間どっと先程よりも騒がしくなり、誰もが顔を合わせながらこちらを見たり指差したりと注目度が半端ない。

 恐らくその殆どは王子に挨拶したい、とかそんなものであろうが、纏まって歩いて奥に向かい始めた私達の後ろに生徒達が列を作る。一番最初に声をかけられたのはルセナだった。それも、恐らく下級生。勇気がすごい。

「ルセナ様! あの、試合お疲れ様でした。最後の防御壁もとても見事で……っ!」

 頬を紅潮させて語っているのは、ルセナと同じくらいの少女だ。……そうか、ルセナは史上最年少で入学したといえどもう三年生。一年生らしい彼女なら歳が近くても違和感はないが、しかし彼女を睨む周りの上級生の視線がすごい。こんなところは貴族らしいというか、いや、ある意味どこにでもある光景だろうか。ちなみにどこか見覚えのある勇者の少女はたぶん侯爵令嬢か伯爵令嬢だった気がする。

 そうしてルセナが話しかけられたことを皮切りに次々と私たちの前に人が集まり始めると、右隣に並ぶフォルが苦笑した。左隣に並ぶお姉さまは少し遠い目で諦め顔だ。王子は既に囲まれている。そんなおねえさまに話しかけようとする男性陣もすごいのだが。

 しかし。

「ラチナ、来い」

 王子が、然程大きくはない筈の声音でそう呼ぶのがとても良く響いた気がした。え、と固まるおねえさまを見て、王子は笑う。

「つい先程王が正式に発表しているが、此度私の婚約者が正式に決まった。悪いが、先に校長に挨拶に向かうので失礼する」

 え、と呟いたのは左隣のおねえさまである。……王子め、言ってなかったな。しかも絶対校長先生に挨拶に行った後二人でさっさと周りが近づきにくい空気を出すに違いない!

 悲鳴があがる。一気に騒がしくなり、数人の女生徒が倒れこむのが見えた。ああ……もう王が発表してるからって、まだ聞いてなかった人が大多数の場所でものすごい宣言を……。巷では既に王子の婚約者は成人の儀で決まっていると噂が流れてはいたものの、聞かされてなかった私ですら驚いた。

「逃げた」

 そう呟いたのはルセナか。まあ、恐らく、試合のこともあってかなんとか正式発表にこぎつけられたのだろう。喜ぶべきことだ、が。

「ああもう。俺たちも行くぞ!」

 侍女科の生徒に囲まれていたガイアスの声で一致団結した私達がなんとか校長先生の挨拶まで辿りついたのは随分後で、その間フォルはずっと隣にいてくれたもののちっとも楽しめることなく。

 一緒にルセナもガイアスもレイシスもいるものの向けられる視線にすっかり疲れきった私はさっさと壁の花に、いや壁際の置物になる事を決め、纏まって移動し端に並んだベルマカロンのお菓子を口にしつつ、助けに来てくれたカーネリアンと数人の知り合いの医療科の女生徒や侍女科の生徒と話しながら、ひたすら食事に集中したのだった。



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