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優勝者と準優勝者のみが会場に降り立ち、表彰されることとなる。
三位決定戦は行わない。つまり、今回の大会で優勝者は王子、次点でフォルが立ち、私とレイシスが続く。だが、表彰は二人のみだ。
ほっとして迎えた筈の大会の終了を告げるアナウンス。貴族も王子の挨拶が終われば後は興味がないと帰り支度を始めたが、直前で私にもたらされた情報は耳を疑うものだった。
が、驚いている余裕はなく慌ててこのアルくんが持ってきた王子の伝言を、特殊科を守る為の防御壁の内側の仲間にそれを伝える。……王子め! もうちょっとそういうのは早く言ってくれ!!
仰天した皆も、はっとして驚いている場合ではないとそれぞれ持ち物を確かめ始めた。戦闘準備、だ。それは、グラエム先輩とフリップ先輩まで巻き込んだ唐突な作戦とも言えぬ作戦。
曰く、「フィールドに繋がる防御石を擦りかえられている」という爆弾発言。聞いたルセナが蒼白になったのは仕方ない事だろう。そして、「何か起きたら合図を送るから目に防御の魔力を集めてフィールドに飛び降りろ」という指示。さっぱりわけがわからない。
と、思ったのだが。
『それではここで一つ、優勝者の我が国誇る王太子殿下が、その王家の象徴たる光の魔法を会場の皆様に披露してくださるという事です! 光魔法、見たいですよねー!』
予期せぬ司会の言葉に、会場が一度しんと静まり、そして沸いた。こんな余興があったのかと笑う観客席の中で私達だけが瞬時に神経を尖らせる。
そうきたか。
まるで王子から光魔法を見せると言い出したかのような発言だが、これは恐らく罠だ。宣言してしまえばこっちのものだよね、と敵が仕組んだに違いない。だってこの状況で「見せない」という選択肢を、王子は取れない筈だから。
披露すれば失敗するように細工し、披露しなければ使えないのだろうと糾弾する、そのつもりなのだ。そして漸くルブラの意図を知る。
「ルセナ、いいな?」
「任せて」
ガイアスがルセナに確認を取り、私達はフィールドに繋がる一番前の席へと歩みを進めた。王子が少し驚いたような振りをしながら、手を掲げる。――来る。
ガシャン、とまるでガラスが割られたような音が響き渡り、会場内に光の魔力が満ちた。強く光ったのはたった一瞬。すぐさま光は収束し、後には何も残らない。
誰もが唖然としていた。何が起きたのかわからなかったのだろう。
『おーっと、これは失敗、か!? 王太子殿下、まさかの継承者の証たる光の――』
いっそわざとらしい台詞を吐いた司会の声が不自然に途切れる。司会の位置を確認した私は、一拍置いてその司会の存在を思い出した。あの人……彼女は、私達の試合前にトーナメントの順番を決めるくじ引きをさせた、あの生徒会の女。
無造作に勝ち誇った笑みで王子に近づいていた彼女の手から、風の魔力がマイクらしい魔道具を奪い取り、王子の手へ導いた。
会場が混乱している。まさか、王子は。そんな台詞に満ちて、先ほど王子を称えた国民はそこにはいない。だが。
『それではこれから彼らの言う余興を始めようかと思う。今の光魔法は失敗ではないな。安全は我が騎士が保障する。安心して見て頂きたい。例えば……光魔法には国に仇なす罪人を捕らえるものがある』
響き渡る王子の声に、混乱した観客達は野次とも不安ともつかない言葉を投げかける。
王子は笑った。
『光とは、闇に紛れるものの姿を晒すものである。……さて、それではここで一つ種明かししたい。私はこの会場の防御石をすり替えた人間を把握している。さあ、やれるものなら』
やってみろ。
私たちに向けられた指先がこちらへ来いと動く。王子からの合図で、私達は飛び出した。本来すり抜けることができない筈のフィールドへの防御壁は砕け散っており、飛び込む私たちを遮る壁は何もない。天井も壁が解けているのか、私たちの身体を雨が濡らしていく。
『審判の光!』
王子の発動呪文が響き渡り、同時に光が私たちの間を何本もすり抜ける。完璧な、王家以外には使えない光魔法であった。眩しさに目を細める。観客席ならともかく、飛び込んだ私達から魔法の距離は近く、あらかじめそれぞれ王子の指示通りある程度目に防御の魔法を施していなければ、きっと動けなかっただろう。
地面に降り立つ。ルセナの手が上に伸び、強力な魔力が広がって崩れた防御壁を補った。雨が途切れる。これで元通り、会場内の人にフィールドの魔力は届かない。
地面に降りたのは私達だけではなかった。十数名の人間が、身体を光に包まれその場に浮いている。パチン、と王子が指を弾くと、彼らは次々にごろりと地面に転がる。
何が起きたかわからない、という様子であるが、顔を青褪めさせた彼らに向かって王子は笑った。
『光魔法を手に入れるために紛れ込んだ賊め。我が国民を騙し一瞬でも不安に落とした罪は重い』
王子が魔道具を捨て剣を抜いた。会場内に、防御壁は完璧だから安心して欲しいと誰かが告げている。見上げると、いたるところに騎士が見えた。会場内は何が起きているのかわからない様子だが、騎士たちが何か言っているのか、逃げ惑う人はいない。
「さあ。……誰を狙ったのか、その身で後悔してもらおうか」
「くそおおお!!」
一人が叫んで剣を抜いた。見るからに旅人の姿の男が王子に斬りかかろうとするのを、王子の剣が受け流す。……始まった!
私達が王子に頼まれたのはこれだったのだ。王子は光魔法でこの場の「防御石に関する罪」を持った人間をフィールドにかき集めた、と簡単に説明してくれる。そいつらを捕まえると。
私のすぐそばにいた、普通の街娘に見えた女が短剣を振りかざした。かがんで手にしていたグリモワを腹部に叩き込み吹き飛ばす。隣でレイシスが飛び込んできた男二人を風で斬り伏せ、反対側ではガイアスが大柄な男を地面に沈めていた。
おねえさまが王子のすぐ傍で女を地に落とし、フォルが氷の花で幾人も縛り上げている。ルセナはひたすらに手を掲げ、防御壁を完璧な状態で維持していた。グラエム先輩とフリップ先輩も、見事な剣捌きで王子を守っている。
フィールドに堕とされたルブラの一味と思われる人間達はあっさりと拘束された。恐らく捨て駒、目的の為に使われた人間で、ルブラと直接繋がっているかどうかですら不安なレベルの、普通の人たちに見える。実際その勘は当たっているのだろうと思うが、指示した人間がいる筈。ふと観客席が心配になって顔をあげると、司会と同じ魔道具を持ったピエールの姿が見える。敵を薙ぎ払うために呼び出した水の蛇がばしゃんと音をたててよく聞こえないが、どうやら私達が観客席の安全を確保しつつ敵を炙りだし捕らえたと大袈裟に、しかしまるで吉報を伝えるが如く盛り上げているようだ。観客席に対して混乱が見られないどころか、拳を振り上げ応援する素振りが見えるのはそのせいか。
「……荒っぽい方法ですわね」
「仕方ないだろう、ジャッジメントで見えない敵を捕らえることはできるが、敵がどんな方法で俺に光魔法を使わせるつもりだったのかまでは特定できなかった。敵が仕掛けてからでないとジャッジメントは反応しない」
おねえさまと王子の暢気にも聞こえる会話に、ほっとグリモワを降ろす。
「ってことは、これで全員ですか、デューク様」
「会場内にいる人間はジャッジメントで炙りだせた筈だ。黒幕確保はとっくに王の指揮の下で騎士が動いている。これで仕舞いだ。……青目がいないようで残念だが」
ぐるりと見回した王子はため息を吐いた。なんにせよ、会場の様子を見るに一般の人間に被害はないらしいし、敵は捕らえた。黒幕がよくわからないが、王が動いているのならそれまでだ。
だん、と音がしてそちらを見ると、敵の男の剣を思いっきり蹴り飛ばすグラエム先輩が見えた。
「必ず青目は捕まえる」
王子の宣言にただ黙って、グラエム先輩は悔しげに手を強く握り締めていた。
苦労した最後の夏の大会は、捕らえてのびた敵とフィールドで向かえるという、散々な幕引きで終えたのだった。
その後の会場内への説明や様子など、忙しく過ごしていた私達にはわからないことであったが、どうやら本物の光魔法に神の力を感じた国民が大多数で結果は上々らしい。ルブラの目的を一つ潰した、という意味で。一時は王子に不信感を持ったであろう国民も手のひら返しで強い王子とその仲間、と私たちを称えているようだ。
素直に喜べないのがちょっと残念だけど。
さて、次の日を迎えた今、私の目下の悩みはこの後のことである。……そう、夏の大会が終わった後恒例の、パーティーだ。
今日のドレスはなんと驚きの、私の母自らがデザインしたものを持ち込まれていた。今日、ついさっき。そう、母が学園に来たのだ。
「懐かしいわ」
ほわほわといつも通りの雰囲気で笑いながらやってきた母の顔を見て、嬉しいような悲しいような。お母様、来るときはご連絡お願いします……。
思春期特有のあれか、と妙に遠巻きに納得しつつ、特殊科の皆にアイラの母ですと挨拶しているその後姿を見るのはなんとも気恥ずかしかった。とくに母の視線がなぜかフォルにロックオンされているのを見て血の気が引いた。どこまで知っているんだろう、お母様。彼女はエルフィだという事を忘れてはいけない……。
ちなみに持ってこられたドレスは、花のようだ、という印象の、華美ではないが柔らかい印象の可愛らしいデザインだった。夏の花というよりは、春の花のような落ち着きがある。
だが夏物のドレスである通り涼しげで、とても淡い薄紫の生地を使っているようだが全体的な色は白っぽい。キラキラと小さな水晶を編みこんだレースが重なっているせいか銀色にも見えるな、と一人納得したとき、一気に袖を通したくなくなった。
「お、お母様……?」
「あら、似合うわよ? 絶対」
にこにこと言うお母様の態度で確信する。わざとだ!
「む、無理です!」
「あらどうして?」
「……うーっ!!」
こんなあからさまなの着れるか!!
結局、お母様がどこからともなく追加で出したまるで羽衣のような薄緑のストールを合わせることでなんとか同意する。二つあわせるとそれこそ花のようだ。お母様は間違いなくこれ初めから合わせるつもりで用意していたに違いない。これならまだなんとか花のデザイン、ということで誤魔化せる、筈!
「アイラ」
「はい」
若干不貞腐れて返事をすると、するりと頭を撫でられて弾かれたように顔を上げる。
「昨日までの試合、全部見たわ。よく頑張りました」
「お、お母様」
「立派でした。今度時間があったらゆっくりお話したいところだけど、学生のうちは難しいかしらねぇ。ふふふ、いろいろ聞きたい事がいっぱいあるのに」
「……大抵言わなくても知っている気がするのですが」
「あらやだ、直接聞きたいじゃない?」
「否定しないんですね!」
パーティーは憂鬱だ。だが、久々に母と会話したのは、やはり嬉しかったのだろう。どこか弾む気分を落ち着けながら、私はパーティーに向かう為に自室を飛び出したのだった。




