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「アイラそわそわしすぎ」

 隣のガイアスに突っ込まれて、驚いて顔を上げた瞬間苦笑した彼と目が合い、思わず逸らす。 

「あれ程上手く隠してた癖に、いきなり挙動不審」

「え、そ、そう? いやでもガイアス」

「二人ともなんだか言い合ってたのが気になるのか? まあ大丈夫だって、喧嘩するほどなんとやら、っていうじゃん」

「うーん……」

 二人がじゃれあうような喧嘩をしているのは見たことがあるが、タイミングがタイミングなのだ。というか、フォルが先にあのタイミングで言うだろうか。そうじゃないとするとやっぱり……

「私わかりやすかったかなぁ」

「いや? でもレイシス相手に隠しきれるとは思わないほうがいいんじゃないか」

 さらりと言うガイアスを横目で見つつ、だよね、と大きくため息。駄目だ、こんなのじゃ。やっぱりちゃんと言おう。

「しかし中途半端な時間に休憩が入ったな。二時半か、一時間後からだと帰る人もいるかな」

「人材の品定めに来ている人は、残ったのが王子と公爵子息じゃ意味がないからね」

 とは言え、貴族というのは噂好きな人が多い。目玉を見逃して帰る人はいないかもしれないが。案の定貴族席は埋まったままに見える。

「……ガイアスとレイシスにもお誘い来るのかな」

「どうだろな、俺らがベルティーニ家の使用人なのは有名な話だけど」

「うち子爵家だからねー。爵位が上のところならありって思ってくるかもってことか」

「ははっ! 今の給金の十倍出されても行かないけどな」

 けらけらと笑うガイアスの言葉は頼もしいし嬉しいが、少し申し訳ない気もしないでもない。まあ今更、彼らを縛り付けている、という心配はしていないが。好きでここにいてくれているはず、である。彼らが守るに値する人間でありたい。


 それにしても、と視線を周囲に向けながら考える。とうとう次が最後の試合だ。今のところ、防御石に一つ仕掛けがされていて、それを王子が壊したあの件しか怪しいところはない。

 だが、あっさり終わるだろうか。いざ自分の試合が終わってみると、少し余裕が生まれたのか心配になってくる。

 相変わらず警備体制はしっかりしているようだし、王子が何か動いているのはわかっている。つまり、何かある可能性がある、ということもわかっているが、具体的に何を気をつけたらいいのかがわからない。何か情報が抜けている気がする。

 そんな話をガイアスにすると、ガイアスも頷いている。そして小声で囁かれたのは、グラエム先輩のことだった。

「ルブラは絡んでいると思うぞ。デュークが絶対にグラエム先輩から目を離さないで欲しいってさ」

「……なるほど」

 やはり警戒は最大値らしい。しかしそれならば、なぜあまり情報がないのだろうか。王子は確実に何かわかって動いているというのに。

 その疑問をそのまま言えば、ガイアスは少し苦い顔をした。

「王子の行動の意味に心当たりがあるの?」

「確信があるわけじゃないんだが……とりあえず信じて待っていてもいいと思うけどな」

 そう、と頷く。ガイアスがそう判断しているのなら、私が首を突っ込まなくてもいいのだろう。グラエム先輩は久しぶりに外に出ることができて楽しそうだし、できればこのままでいて欲しい。

 ふと空を見上げると、太陽はまた隠れてしまっていた。雨が降り出しそうだと思う。

 見上げていた私の隣で何を思ったのか、ガイアスがあれもそれもと食事を勧めて来る。苦笑して頷いて、ルセナとおねえさま、フリップ先輩にグラエム先輩も巻き込んで、サシャ自慢のベルマカロンの新作クッキーを食べ、落ち着かない時間を過ごす。


 もうすぐ一時間経つな、という頃。ファレンジ先輩に連れられて戻ってきたレイシスと目があった瞬間、彼はふわりと笑った。わけもわからず勝手に目が熱くなり、ぐっと唇を引き結ぶ。

 慌てたレイシスと、笑うガイアスに挟まれて、いつもと同じ時間を過ごす。それでも、後で話したいとレイシスに言えば、彼は一度目を伏せたものの「もちろんです、お聞かせください」と言うのだから、本当に目が熱い。


 その時、ざわりと周囲が騒がしくなる。フィールドに、決勝戦の選手二人が姿を見せたのだ。

 ほっとして二人を見つめる。フォルは迷いなく真っ直ぐ中央に向かって歩いており、疲れは見せていない。だが、余力を残していた王子とは違い、フォルはいくら時間があって高級な回復薬を惜しみなく学園で振舞ったとは言え、かなり疲労もある筈だ。

 ハラハラと見守るが、周りはとにかく盛り上がっていた。決勝戦なのだ。司会にも熱が入り、ここに残ったのが我が国を将来率いる王太子と、公爵家子息であるという事を熱く語っている。

 そんな周囲をよそに、フィールドの二人は何か話しているようだ。内容は聞こえないが、二人はもともと仲がいいのだ。険悪な様子もなく、なんだかほっとして肩の力を抜く。


 笛の音が鳴った。


 一瞬、目を疑う。二人の姿が見えない、と焦ったのが一瞬で、次は驚きに息を呑む。一定の距離をとっていたはずの二人は驚く速度で互いに距離を詰めて剣を打ち合っていた。

 驚いた。フォルは後衛タイプだ。距離をとるものだと思っていたのに、まさか攻めるとは。しかも、剣の腕も評判な王子相手に。


 案の定というべきか、王子の剣にフォルは押された。まさかフォルはわざと負ける気じゃ、と思うのは仕方なかっただろう。彼は常に王子の後ろに控えるのを良しとするところがある。

 それは、闇の力を知っている私からすれば確信に近かった。フォルは王子を守る為に在りたいと願っているのだから。


 だが、その懸念はすぐ消えた。王子の懐に入ったフォルは、王子を巻き込んであの氷の花を咲かせたのだ。捨て身に近い行動だがなんとか防ぎきった彼の作戦勝ちである。

 ぐんぐんと伸びる氷の花が、王子の足元を掬う。体に巻きついた氷が足を地面から離し、剣を握る腕を蔦が絡め取る。そこを狙って、フォルの剣が王子の利き腕を狙った。

 しかし王子も負けていない。ぶわり、と広がる赤い魔力に目を疑った瞬間、フォルの氷は一瞬にして蒸発させられていた。なんて火力だ、と思う間もなく現れたのは炎の蛇。大きさがガイアスほどではないにしろ、その身体が青白く燃え盛っている事に息を呑む。触れたらただでは済まない攻撃力の蛇。

「すげぇ」

 ガイアスが純粋に戦いに興奮し、目を輝かせた。青白い炎の蛇を余裕で生み出せるなんて、聞いた事がない。どれだけの魔力を練りこめばあんなものができあがるのか。

 王子は回復術こそ苦手ではあるが、魔法使いとしてもやはりかなり優秀なのだ。会場内は、青い炎の蛇にこれ以上ないほど沸いている。

 自由を取り戻し、舞うように剣を振るう王子の姿は美しかった。見目の印象はどちらかというと活発な男子であるイメージであったが、今会場で全ての視線を惹き付ける彼を表現する言葉は「美しい」に限る。

 短い金の髪は靡くことはないが、そこにいるのは蝶のように軽やかに舞う剣士。フォルの氷の花に吸い寄せられるように近づいて、全てを彼のものにする。

 フォルは自身の蔦を利用して今度こそ大きく引いた。彼もまた、私が普段何気なく目にしている植物の精霊の如く美しい動きで空を舞う。

 会場の中央で咲いた氷の花を挟んで、二人は大きく離れた。王子も剣を手に追うことはせず、互いに距離をとるその様子は大きな魔法を予測させたのだろう、会場が盛り上がる。


 その期待を裏切らず、彼らが放った魔法は大きな魔力となって会場に広がった。

 あまりの魔力に審判が近寄れず、その発動呪文が会場に届くことはなかったが、私はこの魔法を知っている。文献でしかお目にかかれないような魔法だが。


 王子の周囲をフォルの放った氷が埋め尽くす。余りにも高度すぎて、発動呪文すら知られていないそれは私達特殊科の授業での通称ミラーハウス。鏡の魔法は数種類存在するが、城の見た目のそれは一番攻撃力の高いものだ。

 どこもかしこも氷に閉ざされた城に閉じ込められるその魔法は、迷い込んだものの姿を映し、そして映した人間を攻撃する。体力を奪う氷の城でまるで自分に襲われるような恐怖を味わう、氷属性単体で言うなら最大級と言われる魔法。


 対しフォルの前には、同じく難易度が高すぎるといわれる王子の放った炎と風の複合魔法、通称裁きの王がいた。

 御伽噺でしか語られないような話であるが、悪い事をした人間を裁く為に現れる炎の精と言われる具現化の魔法だ。召喚ではないので自分で操る事になる、高難易度のものである。

 昔の話であるが、歴代王がそれを使っていたという、王が使う魔法とも言われている。光魔法のように制限があるわけではないが、あえて、それを見せる為に唱えたのかもしれない。

 フォルを襲う二つ頭の炎の獣は、氷を操るフォルには分が悪い。しかし片方の頭が吐く息は身を焼く程のもので、フォルの氷でなければ防げなかったかもしれない。


 二人の魔法はどちらも、魔力量より技術力が重要視される扱いの難しい魔法だ。かなり神経をすり減らす戦いであることは間違いない。


 両者が距離をとりながら、相手の作り出した魔法と戦う。どちらに視線を送ればいいのか迷うその光景に、会場はあっちを見ろ、こっちを見ろと騒がしい。

 私の席の周囲でも、あまりの光景に絶句しきょろきょろと両者を見ている。おねえさまの顔色が蒼白だ。私も、そうなのかもしれない。確かに二人なら使えない事はないだろう魔法であるが、とんだ隠し玉である。

 なんだか私もやるつもりがなかった水の上級魔法を練習したくなってきた。……と呟けば、両隣から「やめてくれ」と声がかかった。

「心配通り越して戦闘脳になってるぞアイラ」

「えっ」

 人を狂戦士のように言うのはやめていただきたい。だが、自分の手のひらに痛みを感じてみてみれば、爪の痕がじわりと赤紫に滲んでいた。こっそり手を隠しながら回復魔法を唱える私は少し間抜けだ。

 試合はすさまじい戦いとなっていた。王子を閉ざした氷は時折派手に割れ砕け散り、あまり長い時間拘束できそうにない。フォルのほうも、彼に飛び掛るように向けられる炎の牙と、吹き付ける熱に翻弄されてはいるが、いつの間にか中央から消えた氷の花が再びフォルを守っており、炎が劣勢となりつつある。

 会場内が息を呑んで見守る中、王子が打ち砕いた氷の城から飛び出すのと、全身を氷に飲み込まれて炎の獣が消滅したのはほぼ同時であった。

 あ、と思わず身を乗り出す。二人とも、扱いが難しい上級魔法発動に加えてそれを打ち破るためにかなり魔力を消費している。勝負はきっと、長くはならない。

 フォルの氷の花が蔦を絡ませ、槍のように伸びる。王子は剣に炎を纏わせ、それを大きくなぎ払った。武器魔法の速さに僅かに遅れ、フォルの氷がはじけ飛ぶ。しかし氷の植物の再生速度が速い。

 見れば、フォルが氷の剣を握っていた手が、剣ごと氷の植物の蔦に埋め込まれていた。直接魔力を叩き込んでいるのだろう。王子の頬を、氷の刃が掠る。左腕を、右足を、何度も蔦が傷つけた。だが、王子は止まらない。剣を躍らせ、地面を蹴った。


「フォル!」

 

 笛の音が、鳴った。何が起きたのか一瞬わからなかった。

 フォルの銀の髪がきらきらと宙で揺れる。崩した体勢をなんとか氷の花に支えられたフォルであるが、その首のすぐ横に王子の剣の刃があった。剣圧にやられたのか、フォルの制服は細かな傷だらけになっている。

 勝者は決まった。

 四日間と短いようで長い私達最後の夏の試合が、終わりを告げたのだ。



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