表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
292/351

291

「負けたぁ……」

 救護室でお医者さんの治療を受けながら、はあ、とため息を吐く。

 隣でくつくつと笑っている王子は多少打ち身はあれど魔力漏れは起きておらず、随分と余裕そうだ。だが、私は受けたのが魔法攻撃ではなかった為に魔力漏れは起きていないが、思いっきり背負い投げもどきをくらったせいで背中が痛い。

 甘かった。剣は奪ったし、王子は直前までチェイサーの攻撃を受けていたのだから、あの場でグリモワの物理攻撃が当たっていれば王子にダメージを与えられるはずだった。当たれば、だが。やっぱり接近戦に持ち込むべきではなかったが、とっておきの改良チェイサーまで防ぎきられては意表を突くしかないと思ったのだ。まあ、当たらなければ意味がない。大事な事なので何度でも言う。

 しかもこんな、二人とも見た目はほぼ無傷状態での終結。もうちょっとやりようがあれば試合を引き伸ばせたかもしれないのに、余力があるうちに敗退。悔しい!

「そうむくれるな。俺も今日一番焦ったんだけどな、あのチェイサーには」

「焦ってもらえないと困ります、改良すごい苦労したんですから!」

「ただ大きさを変えただけ、と一言で言えるがあれはかなりの改良だな。下手したら弟子志願が来るんじゃないか? まあ、もし習いたいというやつが来ても拒否しておけよ、新魔法でもないのに切り札を晒すものじゃない」

「はーい……」

 程なく治療は終わる。ただ、会場は私のチェイサーと王子の上級魔法のせいでぼろぼろだ。今からすぐ戻れば、レイシスとフォルの試合は席に戻ってからでも間に合うかもしれない。

 気持ちが焦っているのがわかるのか、治療してくれていた初老の男性がにこにこと「終わりましたよ」と魔力回復薬を渡しながら笑っている。

 行くぞ、と言う王子も少し焦っているのか。迎えに来てくれていたハルバート先輩に連れられて、急いで席へと戻る。

 途中何度も感じる視線は、恐らくつい先ほどまでフィールドで戦いを繰り広げていた私達がすぐ傍を歩いているという興味からのものだろう。鋭いものは感じないが、いつも以上に好奇の視線を感じて早く立ち去りたい気分になる。だって私は敗者だ。

 ……まあ、王子の勝ちを心のどこかで喜んでいるのだから、これはこれでいいのだ、きっと。でも、模擬試合でもいいから次は勝ってやる。


「あっ! 始まっちゃう!」

 自席のすぐ傍で司会が選手の名前を告げていて、慌てて観覧席の防御壁の中へと滑り込む。

「おかえり。カーネリアンはサシャを連れて自分の席で見るって言ってたぞ」

「ただいま。そっか、わかった」

 にっかりと笑うガイアスに出迎えられて、お互いの健闘を称えあう。

 これで今特殊科で試合が残っているのは、決勝に進んだ王子、それから今試合を開始するフォルとレイシス、そして勝った方が決勝へ進み王子と試合だ。

 王子は次の試合だが、準決勝と決勝の間に休憩があるようで一緒に観覧席に戻ることができた。

 おねえさまが王子の隣に寄り添っている。ルセナはガイアスの隣にいて静かにフィールドを見下ろしていた。

 フィールドでは、表情まではわからないものの、フォルとレイシスが向き合って試合開始の笛の音を待っていた。その様子を、なんとも微妙な気持ちで見つめる。

 別に、何か悪いわけじゃない。ただやはり、気まずかった。


 レイシスにはきちんと、気持ちは嬉しいが付き合うことはできないと伝えた。正直に言うと、兄か弟のようにしか思えないのだ。……いや、正確に言えば、兄だ。私は彼がサフィルにいさまを目指していたのを知っている。そして本当に、私のいいお兄ちゃん的存在だったのだ。彼は私を「お嬢様」と呼び、言葉では私と距離をとっていたといえど。むしろ、望んでいた筈だったのに「アイラ」と名前を呼ばれた時のほうが余程男の人だと意識させられたのだから驚く。だがそれでも彼は兄だった。

 言ってしまえば、ずっとずっと同い年であるガイアスもレイシスも私の兄弟で、幼い頃は三つ子であればいいのにと思った事もあった。いや、三つ子という繋がりでなくても、同じようなものであると思っていた。まさか、レイシスが私を恋愛対象として見るようになっていたなんて想像もしなかった。

 サフィルにいさまは好きだった。憧れに近いものであったのかもしれないが、ガイアスやレイシスは兄弟という癖にサフィルにいさまは特別だった。歳が離れていたというのもあるだろうし、恋心を理解するより早く彼が触れ合えないところにいってしまったせいもあるだろう。あの事件がなければ私はそのまま彼を「兄」として認識していたのかもしれないが、今となってはわからない。

 でもいくらレイシスがにいさまの真似をしようと、彼はにいさまじゃない。いくら彼が似ていようとも、別人だ。兄弟でなくとも、私は彼に恋ができなかった。


 恋なんてできない。する暇ない。私はそれどころじゃない。

 そう思っていた筈なのに、私の心は気づけば勝手にフォルを追ってしまっていた。いつの間にか沼のような場所に落ちていた。年頃の女が、恋を沼と表現するのは色気も何もないが、もがいても抜け出せない沼だった。どろどろとして、醜いものまで絡み付いてしまいそうな。


 笛の音が鳴り響く。


 同時に、会場が一気に沸いた。ガイアスによると、二年前に引き分けだった彼らの試合を熱望する声は大きかったらしい。

 開始するとすぐ、二人は距離をとった。フォルは氷の剣を装備しているとは言え、どちらも本来は遠距離タイプだ。二人が厳重にまず自分に鎧の魔法をかけているのがわかる。同時に、矢が放たれ氷の棘が相手を襲ったりと、牽制も忘れていない。

 周りの観覧席は騒がしいのに、私たちの周りはやけに静かだった。

 速さが自慢のレイシスがフォルより一瞬早く次の手を打った。膨れ上がる緑色の魔力が形となり、かまいたちのような風がフォルを襲う。しかしそれがフォルに届く直前にフォルの魔法が完成したのか、バキバキと音を立ててフォルの足元から氷の植物が目を疑う速さで成長し、フォルを守った。

 切れ味がいい風の刃が氷の蔦を切り落とす。だが、切っても切っても生えてくる蔦を滅することができず、レイシスの風はフォルを傷つけることができなかった。フォルも現時点で防戦とはいえ、やはりあのフォルの守りを砕くのは難しそうである。


「アイラなら、どうする?」

 突然ガイアスに声をかけられ、顔をあげた。何を指しているのか一瞬わからず首を捻り、ああ、とフォルの氷を指差す。

「あれのこと?」

「そうそう。どう攻める? あれ、本物の植物じゃないから火をつけても意味ないだろ? 融けはするだろうが、再生速度が速すぎるんだ」

「……だから氷をぶつけたの?」

「障害物があれば避けて伸びなきゃいけないから、と思ったんだけど。だからと言ってフォルに攻撃を通すのはきつかった」

 だが、ガイアスとの試合でフォルは確かに腕を負傷していた。聞けば、足も負傷していたらしい。どうやったのかと聞けば、力押しだ、と苦笑された。

「フォル自身にも鎧の魔法がかかってたからな。足元は地属性主体の上級魔法を使って、腕の怪我は武器魔法だ。同時に使ったから、足元を狙った魔法のほうが疎かになっちまったけど」

「……何使ったの?」

「氷をなんとかしないといけなかったからな。しいて言うなら、地面をマグマに変える魔法」

 うわぁ、と小さな声が漏れた。だが、確かに。フォルの魔法が植物を模しているのなら、根は急所と言っていい。支える土台を熱で溶かされては、もしかしたら再生速度が遅くなるなどの問題があったのかもしれない。

「そっか、植物か。……たぶん私なら、水を使うかな」

「水って。植物成長させるつもりか?」

「あれは植物を模した氷だし」

 もし氷に水を注げばどうなるか。水の魔力が勝てば氷は融かされるし、氷の魔力が勝てば水は凍りつくだろう。

 だが、そのどちらも私に干渉されたせいでフォルの意図しないものになるはずだ。操作系統の魔法で怖いのは、操る対象を逆に操られることである。

 水が氷を融かせばラッキーだし、もし万が一こちらの水魔法が相手に凍らされてしまっても、氷としてくっついた私の魔力に私がまだ干渉できる可能性はある。……とまぁ理論をたててみても。

「結局は私の方法もガイアスの方法もフォルの魔力を上回っている状態を維持できないと意味がないね」

「まったくだ。しかもこっちが破壊に躍起になってる間にあいつは攻撃できるんだから、厄介でしかない」

 ぶつぶつとああでもないこうでもないと対策を練っているガイアスは戦士の顔だ。そこで隣のルセナに声をかけると、ルセナは「僕ならあの氷像に干渉するかな」と自信なさそうに言う。

「この世界に絶対の防御なんてないんだ。必ずどこかに穴がある。ガイアスの結果を見るに、恐らく植物の根の部分が弱点になってる可能性は高いから、下を攻めるのが正解だろうとは思うけど」

「でもマグマで融かしてあの程度だったぞ?」

「うん。だから干渉かなって。壊すのが駄目なら、ガイアスとアイラの意見両方を合わせて、根……つまりあの魔法の要となっている部分に水魔法で干渉する」

「なるほど……ってそれ戦闘中にやるのは厳しいな」

「できるならごり押しのほうがいいだろうね」

 結局そんな結論に落ち着いて、私達は再び無言になってフィールドを見つめる。話している間も会場は見ていたが、フォルの氷像が棘を放ち、レイシスがそれを打ち落とす。レイシスが刃を繰り出せば、蔦がそれを身を挺してフォルに届く前に阻止、ということを繰り返していた。

 ……これは、レイシスは多分様子を見ているな、と思う。彼は慎重派だ。そして、フォルも。

 けれど、二人は無駄な時間と魔力を使うタイプでもない。


「あっ」

 レイシスが両手を振り上げた。その手から生み出される魔力は、それまでの刃ではなく五匹の蛇の形をとった。

 風の蛇は素早く、視界に捕らえにくい。あっという間にフォルのいる方角へと飛び込んでいた蛇は数のせいかガイアス達の試合で見た蛇よりは小さいが、それでもやはり龍だった。もう、長さを決めて大きすぎる蛇魔法は龍魔法に種類を変えたほうがいい気がしてくる。それくらい、別格だ。

 対し、フォルも蛇に抵抗するためだろう。同じ大きさの蛇を呼び出した。だが、数は三匹。恐らく同じ数出して抵抗するよりは、既に生み出している氷結の魔法を維持する為の魔力を残したということだろう。

 氷の蛇三匹が、それぞれ風の蛇を捕らえて押し留める。それを無視して二匹がフォルに迫るが、そちらは同時に蔦が相手をしたようだ。だが、素早さを生かして容赦ない攻撃を繰り出す蛇に、次第に氷像が追いつかなくなる。レイシスの技術が勝っているのだ。

「……成程な、フォルの氷像は、蔦や花の動きが多ければ多いほど本体への守りが手薄になるらしい。さっきレイシスは刃を何発も打ち込みながらそれを確認してたんだろうな」

「あー、そういうことか」

 ガイアスとルセナが隣で会話しているのは耳に届くが、それ以上に私の心臓が煩かった。

 フォルに、勝ってほしい……? レイシスに、負けないで欲しい……?

 よくわからない想いがごちゃまぜになる。王子とルセナの試合よりも、ガイアスとフォルの試合よりも、その答えは出せず心臓が跳ねた。けれど、フォルが勝たなければ、私達の仲は進まないのかもしれない。その程度の想いというのではないが、フォルは、何度でも挑んでレイシスに認められたいと言っていた。

 けどこの試合が終わったら。どちらが勝っても、私はきちんとレイシスに報告したい。それがレイシスにとってどういうものであるのか、今の私はわからない。だって、告白を断ってから大分経っている。まだ私に兄弟や幼馴染であることとは別の好意を向けられているのかはわからないが、レイシスはきっと、と思うのは自意識過剰というものだろうか。いや、それでも彼の知らぬところで話を進めたくない。

 だが、いくら悩んだところで、私がレイシスを好きになればよかったのにというものでもない。それまでの時間の長さとか、経緯とか、そういったもので恋が生まれるわけではなかったのだ。

 ぐっと、どれほど危険に見える場面が訪れようとも視線を外さず二人の戦いを見つめる。

 氷の蛇が風の蛇に食われ、一匹が消えて二匹になった。すかさず猛攻を仕掛ける風の蛇に加えて、レイシスは弓に矢をつがえた。

 フォルの氷像が、一匹の風の蛇を叩ききった。風の蛇が四匹のレイシスと、氷の蛇が二匹に氷像を操るフォル。そこに、レイシスの矢が放たれた。


 パン、と音を立ててフォルを狙った矢が氷の花に突き刺さる。矢は防いだが、その隙に手薄になったのだろう、氷像の三分の二ほどの量の氷が風の蛇に喰い割られて、フォルの斜め後ろ辺りに隙が生まれた。

 そこに飛び込んだ風の蛇が、フォルを巻き上げる。

「フォル!」

 思わず叫ぶ。空に投げ出されたフォルを救おうと蔦が伸びるが、氷像自体は地面から浮くことができず、舞い上がるフォルに蔦は追いつけず距離が開いた。

 空中でフォルが身体を捻り、自分を捕らえた風の蛇に氷の剣を突き刺す。

 蛇が消え投げ出されたフォルの身体を蔦が受け止め、しかしその蔦をレイシスの矢が貫いた。


 フォルが落ちる。


 ひっ、と息を呑んでそのまま呼吸ができなくなる。

 苦しくなって手を握れば、ガイアスが強すぎるほど握りこんだ私の手の甲に手を重ねた。大丈夫だ、と言われて、それでも落ちるフォルに顔を手で覆ってしまいたくなった。

 審判が笛を手にしたのがわかった。スローモーションのようにそれを見つけた私だったが、次の瞬間会場が沸く。

 いつの間にか一匹ずつ蛇が相打ちで消え、二匹の風の蛇は氷像に氷漬けにされ動きをとめていた。残った氷の蛇一匹が地面直撃寸前でフォルを乗せて再び空へと舞い上がらせ、レイシスから十分な距離をとった。

「よかった」

 もう地面に落ちてしまうかと思った。

 なんとか呼吸を整えていると、レイシスの魔力が再び膨らむ。上級魔法が来る、とフォルも理解したのだろう。迎え撃つつもりなのか、フォルの魔力も膨らんだ。

 地上と空中で二つの魔力が形を成す。それは、フォルを乗せた氷の蛇が彼を地上へ降ろした瞬間両者から放たれた。

「ミストラル!」

「スノウストーム!」

 両者が生み出したのは、一昨年引き分けとなったときと同じ上級魔法だった。

 フォルの氷像も消え、レイシスの弓矢も投げ出され、一昨年と同じ魔法の打ち合いで防御壁が白く染まりだす。

 荒れ狂う風と吹雪は容赦なく互いを攻め、どちらの鎧防御が先に切れるか、いや、どちらの魔力が先に切れるか。拳と拳のぶつかり合いではないが、魔力ではそれと同じ意味を成すだろう目の前の光景をハラハラと見守る時間が長かったのか短かったのかわからない。

 

 一昨年と同じく同時に嵐が去った。真っ白な世界に立つ二人の姿に、会場中の人間の視線が集中する。


 どさ、と片方が膝をついた。……レイシスだった。


 笛の音が、少し遠くから聞こえた気がした。二人を見たいのに、視界が歪む。



『勝負あったー! 審判、レイシス選手を魔力切れと断定! 勝者、特殊科三年、フォルセ・ジェントリー選手です!』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ