290.デューク・レン・アラスター・メシュケット
控え室でアルから報告を貰いながら会場の整備を待ち、次のアイラとの試合をどう攻めるか考える。
心のつっかえが取れた今、試合に専念できることが嬉しい。漸く、やっと認められたのだ。神たる精霊に、この国の世継ぎである、と。やっと、本当の意味で大人であると、王位継承者であると認められた。
アルの報告によれば会場内に異変はないが、やはり怪しい人間を絞りきるのは難しいらしい。当然だ、今ここには王都に普段から住んでいる人間だけではなく、各地から息子娘の晴れ舞台を見に来ている親、単純に応援に来ている者、将来自分に仕えさせる人間を選びに来ている者など、目的も様々に多くの人間がこの国最大規模の学園の生徒達による腕試しを見る為に集まっているのだ。
貴族も多く、当然らしからぬ考えを持つ邪な人間もいる。人が人である限り根絶やしにするというのは無理な話である。先の俺の試合で防御石に仕掛けがされていたことから、恐らくルブラもいるのだろう。
ルブラの目的は明らかだ。
既にその思想の筆頭であったらしいイムス家は解体させられているが、少なからず王位を俺以外にと望むルブラがまだいるのだ。
そして恐らくやつらの今回の目的は俺に光魔法を失敗させ、光魔法を使えぬは王族ではない、と王位継承権を剥奪させようとしている。何のために、と言われればそれは理由が様々思い浮かぶが、一番有力なのは「手に入れられないと思っていた光の血がやっぱり欲しい」「既に味方を集め始めた改革派の王子は邪魔だ」などではないだろうか。
父は俺に来る縁談をかなり注意深く確認していた。王族にルブラの血筋を入れない為だ。よって過去の王族の結婚は他国の王族の娘を娶ったり、何代も血筋がしっかりとしている由緒正しい家柄だったり、さらには確実に血筋がわかる「エルフィ」や「ブラディア」など特殊な血を娶っていた。
今回俺が光魔法を使えない事を理由に王位継承権を剥奪されるとすれば、誰が王位継承権を得るか。……ジェントリー公爵、そして、普通に考えれば公爵の息子であるフォル。だが、貴族の一部は気づいているのだろう。発表されている王位継承権の中にフォルの名がないという疑問に。
公に発表されている王位継承権は、第一位に現王長子の俺、そして第二位が現王実弟のジェントリー公爵だけ。フォルもだと思われがちだが、公爵自身が「ジェントリー公爵家を継ぐのは前公爵の孫である長男と決定している」と公言しており、王がフォルに王位継承権を認めていない。
どうやら青目の男の話でもわかるとおりルブラは考え方の相違で派閥争いがあるようだが、今回の細工はイムス家の考えとは違い、狙いはフォルではなく公爵の継承権順位上げ狙いだと思ったほうがいい。そして公爵がもし王位に付いたとき、誰が得をするのか。
ああ。この事実を親友には伝えにくい。薄々気づいているのかもしれないが。
フォルは決して王位には立てない。あいつは他の吸血族ではなり得ない最後の光に寄り添う闇だ。光の精霊は、唯一自分の認めた主たる王が万が一過ちを犯した場合の切り札を王位に据えたりしない。
だからこそ、俺が王位継承権を無くしジェントリー公爵がもし王位につけば、公爵には子が必要になる。
……愚かな事を。彼女は嫁ぐ時徹底して身辺調査されていた筈だが、極最近になって弱いところを狙われたのだろうか。だが、彼女をそこまで追い込んだのもまた高位貴族で、纏めきれずにいる俺たち王族のせいか。まあ、王太子としての立場を捨てるつもりはないが。
助かった、と声に出さず口だけを動かして報告を終えたアルに伝える。アイラの精霊であるのに俺に協力させて悪いな、とは思うが、アルはエルフィに使える精霊として非常に優秀だ。名付け親だから気にしないで欲しい、と笑う精霊が姿を消したのを確認し顔を上げ、トーナメント表を見つめる。
俺を王子と認めたくない一派がいるからこそ俺は決勝まで進まねばならないと思う。それを仲間に気づかれると手を抜かれるという最悪の事態なので、敵の狙いに気づいたアルにはアイラに多少誤魔化して伝えて貰いたいと相談していたのだが、アイラがジェダイに防御石を調べさせたのは誤算だった。心配性のアイラのことだから、ジェダイに動き回るなと言いそうだと思っていたのだが、思ったよりアイラはジェダイの動きを評価していたらしい。
表の名前を辿る。準決勝だ。トーナメント前はまさか準決勝でアイラと当たるとは思っていなかった。俺が戦いにくいと感じるのは、アイラかフォル。そして感情論でいうならラチナ。無理な話ではあるが、なるべく決勝にたどりつくまでは当たりたくなかった仲間。
ラチナに刃を向けるのは言わずもがなだ。あれは俺が幼い頃から絶対に生涯愛すると決めていた女。試合といえど刃を向けるのは苦しいものがある。
そしてアイラとフォル。仲間であるから戦いたくないという感情を無しにすれば、この二人は単純に相性の問題だ。騎士科の仲間は戦いなれているというのもあるが、俺が不得手な回復を得意とするこの二人はどちらも魔力が高く、しかも扱いに長けている。そして何よりこの二人、先ほど本人にはそれを言わなかったが、やることがガイアス以上に奇想天外だ。
戦いにおいて腹のうちを絶対に読ませないタイプのフォル。そして、読みやすそうに見えてやることがおかしいアイラ。理詰めで戦いを計算するタイプより読みにくいこの二人にプラスして備わる回復術となれば厄介でしかない。
そう、回復が得意な魔法使いというのは多少の怪我を治せる自負からやることがえげつない。
アイラに勝てたとして、次はどっちだ。レイシスかフォルか。フォルの性格を考えればレイシスに勝つまでアイラとのことを進展させないのでは、と思うからこそフォルを応援するが、自分が決勝戦で当たる相手ができればレイシスのほうがいいなと思うのは、絶対に口にはできない考えだが仕方ないだろう。レイシスとて勝ちやすそうな相手でもないが、フォルよりマシ、とは王子としてなんとも情けない結論である。
振舞う方法はわかっているが、王子だって感情があるのだ。ぶっちゃけフォルと戦うのは面倒だ、いろいろな意味で。あいつは絶対に防御石の細工の意味に気づいて手を抜きそうだし。
しかし本当に、肝が冷えた。相手の狙いは予測していたが、本当は王族として光に完全に認められていない事をどう隠そうかと散々悩んでいたのだ。仕掛けられればまた確実に一昨年と同じく光魔法を失敗させられていた筈だから。
王族は無条件で光のエルフィとしての全ての力を振るえるわけではない。光魔法は多少使えるが、エルフィとしての能力は別だ。光の精霊はその国の守り神と言ってもいい。その精霊たちが、認めない相手に力を貸したり助言してくれたりしてくれるわけもなく。
基本的に王に直系の子が複数いる場合、精霊が必ずしも長男を選ぶわけではないということになる。だがこの国の王子は俺一人。妹は光魔法は使えるもののまだ幼く、そもそも王位継承権を持たない。必然的に俺に王が務まるかという判断をつける為に精霊たちは常に厳しい目を向けており、正直幼い頃は見えるのに話しかけても無視される存在に疲弊したものだ。
大人になれ。肉体的にも、精神的にもだ。
そう父に言われとにかくひたすら認められようと頑張ってきたが、焦りが生まれたのはアイラに会ってからだ。
俺より年下でありながら、条件は違うといえどエルフィとして非常に優秀な彼女を見て、嫉妬の念がなかったとは言い切れない。
エルフィの力が必要な場面を迎えれば頼りになるのはアイラばかり。父まで、エルフィの友を大事にしろといいながら任務を頼む始末。俺がもっと早く認められていれば、アイラが一人危険な場面でも助けることができた筈だしそもそも未然に防げる事件もあった筈。
焦りは禁物なのはどんな場面にでも当てはまるのだろう。結果俺は、父よりエルフィとして認められる時期が遅かった。成人の儀を迎えても俺は精霊に認められなかったのだ。
信頼し合える伴侶を得る、王としての器を得る、光のエルフィに相応しい魔力を備える。このどれを得られなかったのかと考えれば、やはり王としての器だろう。学生になってからの俺は、明らかに焦っていた。急いて事を仕損じたこともあるし、焦って周りが見えていなかったこともあった。しかも、伴侶は約束されたが婚約発表までこぎつけることはできず、いらぬ不安を残してしまった。
焦っていはいけない、落ち着いて、と思えば思うほど焦る堂々巡りの中で、いいではありませんかと笑ったラチナには救われた。
婚約発表できずとも、婚約は認められたのです、と。一緒に頑張りましょう、私達はまだ学生ではありませんか、と。
そして、常に人生を諦めていたフォルが前を向いてくれた事実も俺を救った。
幼い頃からある意味同じものを背負っていたのだ。最も、万が一には殺さなければならない側と殺されなければならない側という構図は随分と違うが、お互いに境遇が似通っている部分は多い。
認められなかったのなら、認められるよう努力しなければ。
そうして半年ほどか。漸く、俺は今日光の精霊の力を借りる事ができた。何がきっかけか、具体的な判断基準はわからない。だが、やつらの企みを防ぐために精霊自らが俺の魔力を使って防御石に干渉しその仕掛けを破壊したのだ。
狙った人間の企みも阻止できたし、狙った人間の素性もある程度確証が持てた。未然に防げた今既に王にはそれを伝えたし、恐らく秘密裏にあの女は捕まるだろう。最も、公爵の立場を思えばそれは恐らく公にはされないだろうが。
あとはあの青目の男の正体さえわかれば、と思うのに、そちらに関してはあまり情報が得られていないのが残念でならないが、確実に進んでいるはずだ。
教師に言われて腰を上げる。準決勝で敗退するわけにはいかない。
歓声に包まれる中歩みを進めれば、強張った表情のアイラが向こう側から歩いてきていた。
緊張しているのだろうが、アイラは戦闘になったら要注意だ。まるで狂戦士かと思うほど戦闘になると普段の暢気な様子から人が変わったような動きをするようになる。
趣味は魔法研究だというだけあって予測がつかない。そういえばフォルのあの氷像も予想していなかった技だ。あの二人、似たもの夫婦になるだろうな、と考えると、ちらりとレイシスの姿が頭を過ぎる。
人の恋路に首を突っ込むべきではないが、レイシスはどう出るだろうか。いや、今は目の前の試合に集中しよう。
笛の音が鳴る。先に攻めようかとも思ったがやはりアイラが近づけさせてくれるわけもなく距離を取られ、次の手にと用意していた風の刃を放つが、あっさりとそれをグリモワで相殺される。
しかも大きく具現化させたグリモワは視界を塞いで邪魔だった。アイラのグリモワ巨大化はいい手だ。具現化魔法は難しいと言えど、元にあるものを、しかも自分の慣れ親しんだものを大きくするのは安定しやすい。
放った風の刃に紛れて風が運んできた音が、アイラが次に唱えているのが彼女お得意の水の玉であることを告げている。
全方向からの連続攻撃対策に壁の魔法を唱えつつ次の手を考える。チェイサーを防ぎきったら恐らくアイラはすぐ次の魔法を打ってくる。俺が勝つためにはなんとしても接近戦に持ち込みたい。ならばアイラの予定を崩すべきだろう。
壁は張ったまま全速力で逃げ次の魔法の為に防御壁の耐久を取っておくべきか。よしと意気込んだ瞬間、目を疑った。
アイラの傍に控えるのは無数の玉じゃない。なんだ、あの化け物サイズの玉は。
通常のチェイサーの五倍はあるだろうか。それが三つも。おい、冗談じゃない。あんなの避けきれるか!
「既存魔法の改良か……っ!」
まったく奇想天外なことをしてくれる!
びゅう、と風を切る音と共に玉が迫る。幅が広すぎて逃げ切るのは無理だと判断し、しかし次の魔法を考えると壁をこれで壊されたくない。というより、受けたくない。
大きさに伴った威力だとすれば、通常のチェイサーの比ではない筈だ。ちっ、と舌打ちしつつ地面を蹴って大きく跳んだ。せめて三つ全部ではなく一つでも避けたい。
ドン、と大きな衝撃に襲われる。大きな魔力が壁にぶつかった衝撃が思ったより大きい。これは、当たるとまずい。防戦一方に持ち込まれるのだけは避けたい。
それなら壁に頼らず相殺もしくはそれ以上の効果を期待してこちらも攻撃魔法を放つほうがいいだろう、と急ぎ詠唱を開始していると、二度目の衝撃に襲われる。壁の耐久度がまずいが、残り後一発か、というところで、アイラの傍に再び巨大なチェイサーが見えた。
連続か……!
その時またしてもドンと大きな音が鳴り響き、続いて壁が跡形もなく消えた。たった三発で。アイラの通常チェイサーなら三十発でも耐えられたというのに、だ。
「俺の壁を壊すのか……っ!」
やはりとんでもないやつだ。なら!
「雷神剣!」
剣に魔力を纏わせ一瞬で生み出された雷が、続けてアイラが打ち込んできたチェイサーを真っ二つに切り捨てる。自信があったのだろう、詠唱無しの武器魔法にチェイサーが切り捨てられるとは思っていなかったらしいアイラが眉を寄せたが、またしても巨大なチェイサーが迫る。
その瞬間横から飛んできたグリモワをぎりぎり避けそちらも叩き切ろうとするが、グリモワは俺の剣を弾きくるくると回る。俺の攻撃力よりグリモワの防御力が上回っているらしい。
出し惜しみはしない方がいい相手ということだ。
「ファイヤーストーム!」
なんとか詠唱時間を稼ぎ複合上級魔法を放つ。強い風に煽られチェイサーを放った瞬間のアイラが体勢を崩すが、グリモワがそれを支えた。アイラの防御に回ったグリモワは攻撃の役目を果たせず、恐ろしいのはあの巨大チェイサーのみとなった今、荒れ狂う炎と風を操りながら剣を振るう。普通であれば吹き飛ばされる風力に耐えるとはさすがだ、と相手を睨みつけながら。
「雷神!」
バチバチと雷を纏う剣を手に距離を詰める。いつもより雷の威力が高く感じるのは、神である光の精霊を味方につけたせいか。
しかし、剣の間合いに入る前に顔を上げたアイラの表情に嫌なものを感じ勢いのついた身体を止める。その瞬間アイラが唱えた魔法に気づき、慌てて足元に剣を突き立てた。
バキン、と音を立てて剣が凍った。……フォルの得意な氷結魔法だと理解が追いつくより早くとった行動により足を取られることはなかったが、剣が氷ついてしまった。すぐに先ほどこちらがファイヤーストームを放った瞬間アイラが放っていたチェイサーが俺を狙い、剣を捨てその場を大きく跳躍して離れる。
が。
「くそっ!」
巨大なチェイサーを避け切った、と思った瞬間、目の前でチェイサーが爆発した。通常のチェイサーより小さな玉に分裂したそれらが個別に俺を襲い、急いで唱えた鎧魔法の上から身体に衝撃を与える。
「かはっ」
一つ一つの威力は然程ではないが、胸を打った一つに呼吸が乱された。
アイラがチェイサーが消えたと同時に目の前に現れ、振りかぶる手の先にグリモワを見つけ目を見開く。ひたりと俺を見据える瞳は揺ぎ無く、一瞬先でそのグリモワが俺に振り下ろされるのはすぐに予測できた。
「……っ、悪いなアイラ!」
「えっ」
伸ばした手がアイラの胸倉を掴み、全身を捻りその身体を投げ飛ばす。ひ、と悲鳴が聞こえたが、そのまま仰向けに倒れこんだアイラの上に覆いかぶさって喉の下に手を当てた。
「俺が体術を使う可能性は考えなかったか? まったく、冷や汗をかいた。が、やはり詰めが甘いな」
俺が横に手を伸ばした先で、氷を打ち破って自由になった剣が風の魔力で操られ俺の手に戻る。
笛の音が、鳴り響いた。
剣さえ封じれば勝てると思ったのに、と悔しげにアイラが俺の下で呻く。
「結局氷結魔法も剣に残った魔力でぶち壊されるなんて、あんまりです。絶対壊されない自信あったのに! どれだけ剣に魔力ぶち込んでたんですか!」
「悪いな。というかお前もなんだあのチェイサー、大きくなったり小さくなったり面倒な!」
司会が勝者だと俺の名を告げ騒がしい会場の中で、喧騒も気にせず二人でぎゃあぎゃあと言い合いながらアイラを助け起こす。
見上げた先で、トーナメント表の俺の名から伸びる線が決勝へと進んだ。




