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どうしてこうなった。
目の前にいる久しぶりに会ったフォルの姿より、きゃあきゃあと叫ぶ後ろのご令嬢方の方が気になる。ここにいるのは非常にまずい!
「ふぉ、フォル……セ、様、あの、何か……」
「ん? そんな呼び方しないでアイラ。久々に君達"幼馴染"に会えて嬉しいよ。ガイアスとレイシスは騎士科だったっけ?」
「あ、ああ、そうだけど……」
ガイアスがたじろぎながら返事を返す。ところで、幼馴染って今言った? うーん、確かに小さい頃遊んだ……って言っても数年前だけど、たった数日の付き合いだけど幼馴染っていう括りに私達は入るのだろうか?
「なら、言わせて貰うけど、フォル、何のようでここに?」
レイシスが眉を寄せて少しばかり怒ったように言う。言外に「なんでこんな目立つところで話しかけてきた」と……いや、なんかもう態度がありありとそう言っている。
「実はね、特殊科は別室に集まるようにって言われているから。三人を呼びに来たんだよ」
「そうなのか、わざわざ悪いな」
ガイアスが、軽く返す。うーん、ガイアスもレイシスも、一度本気の勝負をした相手同士何か打ち解けるものがあったのだろうか。公爵子息相手にそれでいいのか悩んだが……フォルが嬉しそうにガイアスに笑みを向けてるからいいのかもしれない。
その時、この、私なら間違いなく遠慮したい空気の中に勇者が現れた。
「あの、フォルセ様? そちらの方々は……」
なんと、後ろにいる令嬢の一人が声を掛けてきた! 私なら間違いなくさっさとこの大注目されている中から抜け出すのにすばらしい勇気である。
「ああ、彼らは僕の大切な友人なんです。今回同じ特殊科に選ばれてとても喜んでいるんですよ。特にアイラは同じ医療科なので一緒に授業を受けるのを楽しみにしているんです」
「そっ……そう、ですの」
終始にこやかに、なぜか敬語で丁寧に現れた令嬢に告げたフォルは、さっさと「では急いでいるので」と言い放って私達三人をホールから出るように促す。
ちらりと勇者令嬢を見ると、ぽーっとした顔で目線がフォルに向いている。フォルはアイドルか。いや、似たようなものか……
「これでアイラに悪戯するような人は減ると思うけれど」
「あんな目立つ方法でやらなくてもよかったんじゃないか? ……それはともかく、一緒に医療科で授業受けるって」
外に出た瞬間さらりと告げられた内容に私が疑問を口にする前に、レイシスが不満そうに口を開いた。
「え? だって、僕は医療科だから。昨日特殊科の生徒が発表された時、僕ちゃんと医療科って言われてたよ? どうせ同じ班で側にいるんだから先に仲がいいと宣言した方がいいだろう?」
同じ班? なんの話だ、という疑問を尋ねようとしたところで、私はまたしても先を越される。
「なっ、なんであんな強いのにそっちなんだよ!」
「そんなこと言ったら、アイラだってそうじゃない?」
「なんでお嬢様が騎士科に入る話になるんだ!」
ぽんぽんと騒がしく会話を交わす三人を、なんだか懐かしく思って見つめる。まぁ、話すのは後でもできるかと私は周囲に視線を向けた。
一応歩きながら話しているが、フォルが向かっている先は私達が足を踏み入れたことがない場所だった。
ホールを出て小道に入り、生き生きとした木々の間の細い道を歩く。天気がいいので精霊達も日光浴を楽しんでいて、活気がある。もっとも活気があるように思うのは緑のエルフィだからこそで、場所自体は騒がしくなく落ち着く通りだ。前三人は騒がしいけど。
「だって、以前会った時点で一番魔力があったのはアイラでしょう」
「……へ?」
精霊達が仲間同士でかくれんぼしている様子を見守っていた私は、突然振られた話にびっくりする。
「なんで? 私そこまで強くないんじゃないかな、ガイアスにもレイシスにも魔法の威力勝ったことないよ、もちろん稽古しても負けてばっかりだし」
「気づいてない? たぶんアイラが得意なのは攻撃魔法じゃないから比べられなかっただけじゃないかな。回復魔法は余程重体の相手を治すんじゃなければ確かに威力はわかりにくいかもしれないけれど、君はあの勝負の時、僕らに水をかけたでしょう」
「うっ」
確かに、前に三人が勝負していた時、派手になっていく勝負を止めようと三人に水をぶっ掛けた記憶はある。今考えるとなかなかにひどい所業である。
しどろもどろにあの時の謝罪の言葉をひねり出している私に、くすくすと笑いながらフォルはそうじゃないと首を振る。
「あの時、僕はレイシスの魔力の風をすべて見切ったし、ガイアスの魔力の炎を自分の魔力の氷で封殺した。それでも二人には魔法以外に物理攻撃もある。白熱したいい勝負が出来て、二人同時に相手をした事を後悔したけど、同じ年で強い相手に会えて喜んでいたんだ。でもね、僕が作った氷の足場は、君の何のことはないただの水に溶かされた。僕は氷の魔法はかなり得意なほうだったんだけどね」
「え……そうだったっけ……?」
既に危うい記憶を掘り起こす。確かに私は水を三人に向けてかけたが、フォルの魔法を消した記憶なんて残ってない。そもそも意図していなかったのだ。
「もちろんそれだけで一番強いかどうかはわからない。純粋に戦ったらガイアスとレイシスの戦闘能力のほうがアイラより上だろうし……でもね、魔力が一番高いのはたぶんアイラで間違いなかったと思うよ。まぁ、あれから僕らも成長しているから今はどうかわからないけれどね」
フォルの言葉で、つい足が止まって視線を交わす。
あの日、ガイアスとレイシスの二人と戦ったフォルは、ゼフェルおじさんが驚愕する程強かった筈だ。それが、魔力だけで言えば私が一番、なんて言われてもどうにも実感がわかない。
困惑する私達に、フォルはにこりと笑みを浮かべる。
「そもそも特殊科は大きな魔力とそれを使いこなす技量を期待された生徒が選ばれる科だ。間違ってはないと思うよ」
「あ! それ! ねぇフォル、特殊科って選ばれた階級の人間が入るんじゃないの!?」
私の質問を聞くと、フォルはきょとんとした顔で、え? と首を傾げる。
ガイアスとレイシスが確かに見たと学園案内の冊子の話をすると、フォルは少し考えた後、ああと納得の声を出した。
「それ、書いてるの学園側じゃないんだよね、有志の本っていうか。そもそも学園に入って特殊科に選ばれる生徒って言うのは、そういう魔力の濃い血を好む貴族がやっぱり圧倒的に多いんだ。たまに一般から出ても、魔力が強いと聞けば貴族の養子になったりする。学園が階級を気にしているわけではないけれど、必然的にそうなったんじゃないかな」
フォルの説明に、なるほど、と納得する。貴族は強い魔力を望む人間が多い。そして、魔力が大きな人間の子供は魔力が強い可能性が高いのだ。私も恐らく、エルフィである母からの遺伝で少し強い魔力を所持しているのかもしれない。
「実はね、この先に特殊科の生徒のみが使用できる小さな家を用意してあるんだって。今日はそこで魔力の大きさの検査をするらしいよ。今度こそ負けないよ?」
「なんだって? おい、俺だってあれから相当強くなったんだ。今度はお前の氷にやられたりしないからな!」
「俺だって、昔のように魔法を簡単にかわされたりしない。フォル、医療科だからって手加減はしない。今度また勝負しよう」
目の前で熱い男の友情? が繰り広げられる。珍しく身内以外に作っていない笑顔を見せるレイシスに、さあ行くぞ魔力検査だと手を振り上げているガイアス。フォルもそんな二人と話しながら嬉しそうにしている。
ガイアスとレイシスの二人は、幼い頃から私達姉弟と共に過ごし、学校にも通っていなかった為に同年代で親しい相手というのを作る機会がなかった。それを心苦しく思ったこともある私としては、この関係を嬉しく思う。
少しばかり、いいなぁ、なんて羨ましく思って見ていると、三人が一斉にこちらを向いた。
「ほら、アイラ、はやく行こう」
「アイラ、魔力検査楽しみだな! 俺負けないからな!」
「ガイアス、お嬢様と競おうだなんて自分の立場をなんだと思ってるんだ」
言いながら、レイシスが私に手を伸ばす。その手を取って、私は笑う。
「私も、負けないよ!」
「遅かったな」
たどり着いた小さな家……というのはフォルの話で、立派な屋敷だったが、警護の為か扉にいた騎士の一人に案内されて入った部屋で開口一番中の人間に言われた台詞に、私と双子はそれはびくりと身体を跳ねさせ続いて三人そろって頭を下げた。
「も、申し訳ございません、殿下!」
「いや、いい。ここでは俺も一生徒だ。殿下はよせ」
「すみませんデューク、僕が彼らを見つけ出すのに少し手間取ってしまいました」
にこやかな笑みで間に入ってくれるフォル。だがしかし、私達がホールについてからすぐにフォルは私達を見つけている。遅くホールに現れたのは私達ですすみません!
言い訳をさせてもらうならば早めに部屋を出ても毎回毎回現れる敵(令嬢だ)が悪いと思います。いえ、言いませんけれど。
顔を上げろと言われて恐る恐る視線を上に戻せば、相変わらず煌びやかなと表現できそうな容姿の王子が、少し拗ねたように視線を逸らす。
「いつまで待っても誰も来ないからな、退屈していただけだ」
「そっか」
くすくすと笑うフォル。どうやら殿下とは仲がいいらしい。まぁ、従兄弟なのだから王子とは小さい頃から何度も会っているだろうし、こういった相手こそフォルの幼馴染と言うべき相手なのではないだろうか。いや、従兄弟だけど。
しかし王子、まさかの寂しがり屋だったんですか? 確かに室内に他に人はおらず、残り二人はまだ来ていないらしい。形のいい唇がほんの少し尖っているのだが、まさかの発言にちょっと凝視してしまう。壇上で堂々としていたあの大人びた少年とは思えないその少し親しみやすい雰囲気に、少し可愛いじゃないかなんて不敬な事を考える。昨日は性格悪そうなんて思ってごめんなさい。
すると、ぱちっ、と音がしたんじゃないかと思ったくらいしっかりと王子と視線が合ってしまった。王族を観察するように見るなんて不敬もいいところだ。はっとして慌てて視線を逸らしたが、見逃して貰える筈もなく、王子の既に声変わりが終わったのかガイアス達より低い声で「お前」と呼ばれて、びくつきながら再度顔を上げる。
「確か、アイラ・ベルティーニだったな」
「はいっ」
なんだ、何言われるんだとどきどきして次の言葉を待つ。と、目の前の王子はにやりと意味深な笑みを浮かべた。
「お前、自分の成績は聞いたか?」
「は、はい? 成績ですか?」
早く答えなければと焦る頭が、逆に王子の言葉の意味を理解するのを邪魔してさらに焦る。
「今回の医療科の試験、純粋な試験結果だけで言えば、お前がダントツだった。フォルセを簡単に抜く奴がいるなんて信じられなかったんだがな。そうか、ベルティーニか」
え? 試験結果? ああ、植物の治療のあれか!
そうか、トップだったのか。いやでも、あれは私に有利すぎる試験だった。植物の治療だなんて、緑のエルフィが普段から日常的にしている事だ。なんたって普段から、精霊の方から僕の花が寒いって言うんだとか私の木の下の方の枝が病気でとか言ってくるのだ。
「殿下、あの試験は」
「まぁ、お前がトップで当然だろうな」
緑のエルフィであるのだから当然だという事もできず、どう濁すか思案しつつ口を開いた私を遮って殿下は笑う。座り心地のよさそうな大きなソファに身体を沈め、背もたれに背を預けた殿下はにやにやとそういうとフォルを見る。
そうだ。彼は私がエルフィであると、知っているのか! 王族であるのだから、知っていてもおかしくはない。
しかし、その事を言わなくてもすんだことにほっとするべきか、それとも私の試験結果は他人から見れば「卑怯」と言われる部類に入るもので、それで特殊科に選ばれてしまったことを恥じるべきなのだろうか、殿下の笑い声でわからなくなってしまった私はぐっと口を引き結ぶ。
「……デュークはアイラの事を知っていたんですか?」
「そうだな、こいつの秘密は知ってるな」
「殿下!」
ガイアスとレイシスが、ほぼ同時に焦ったように殿下を止めた。これまで大人しくしていた二人だが、秘密に触れる発言にさすがに驚いたらしい。誰がエルフィであるかと明かす事ができるのは王と本人のみだ。
「ははっ、気になるか? フォルセ。お前のそういった顔を見るのは初めてだ。まぁ、教えてやらないがな」
「相変わらずデュークは人が悪いね」
肩をすくめて見せたフォルを見るが、特に表情がいつもと違うと言った様子はない。だが、目の前で友人が秘密の話をしていて、それを自分だけ知らないというのは間違いなく気分が悪い事だ。そんなの小学生でも知っているぞ。訂正、やっぱり殿下は性格悪そうだ。
私が脳内で殿下の印象を昨日の第一印象と同じだったと訂正していると、殿下が再び私を、そして左右にいる双子を見て、一人頷く。
「魔力検査が楽しみだ。デラクエルの兄弟だったか、お前らの実技は素晴らしかった。ぜひお前らと手合わせしてみたいものだ」
「あ、ありがとうございます!」
「勿体無きお言葉にございます」
頭を下げる二人に、王子はにこやかに笑うとだから殿下はよせと立ち上がり、二人の肩を軽く叩く。え、ここでも男の友情が?
なんだかさっきから私落ち着かないのですが。そんなことを思っていると、突然目の前が銀色になった。
「アイラ?」
「わっ!?」
ぼんやりしていた私を心配したらしいフォルが、目の前に来たのか。そう考えている時には既に驚きで仰け反った私は、側にあった何かにぶつかった。
「あっ!」
室内にガチャンと陶器の割れる音が響き渡る。
側にあったテーブルに置かれていた花瓶が無残に床に飛び散って、活けられていた花と水も一緒に床に投げ出される。
床はふかふかのカーペットが敷かれていたのだが、水を吸って見る見る変色していき、私は慌ててごめんなさいと叫んでかけらを拾い集めようとした……の、だが。
「アイラ、駄目だ危ないからっ」
「つっ」
慌てて手を伸ばした為に割れた花瓶で指を切ってしまい、側にいたフォルに手を引かれて見れば左手の人差し指に赤い線が浮かび上がり、ぷっくりと血が膨れ上がってくる。
「アイラ!」
「お嬢様!」
ガイアスとレイシスが飛び込んできてフォルに握られた私の手を覗き込む。フォルは私の手の傷を角度を変えながら見た後、すぐに呪文を唱えだした。簡単な回復魔法の呪文だ。
「癒しの風」
ぽう、と魔力に包まれた私の指に温かな風が触れ、すうっと私の指先の傷が消えていく。
「ご、ごめんなさい、ありがとうフォル」
自分でやればいいものを、ついぼーっと見ていたが為に彼に治療させてしまった。消えた傷を見てほっとした三人に、危ないから手で拾うなと注意されて、ごめんなさいと自らの行動を反省する。
「あ、あの、私掃除用具借りてきます!」
「待て、今使用人を呼ぶから――」
何かほうきかちりとりのような物を借りてこようと扉の方に向かおうとしたところで殿下に声をかけられて、ついそちらに顔を向けてしまった私は、完全に前方不注意だった。
誰かがくぐもった声を上げる。またガイアスとレイシスの焦ったような名を呼ぶ声が聞こえた気がした。身体にどんと何かがぶつかった衝撃に何事だと顔を正面に戻した時、あごの辺りに何かくすぐったいものが触れた。が、確認する前に私の身体は何かを引き連れて前のめりに倒れていく。
「いっった!」
「痛っ」
思わず叫んだが、私は強かに打った膝と手のひら以外特に痛む場所もなく、え、と咄嗟に瞑った目を開けると、そこには紅茶のような瞳が二つ。……へ?
床に膝と手のひらをついただけのうつぶせ状態の私の下に、知らない男の子がいた。呆然とする私を見上げる仰向けの少年が、大丈夫ですか、と小さく私に問いかける。
「うえ!? え、ご、ごめんなさい!」
「……いえ」
慌てて飛びのいた私は、再び痛みに顔を顰める。どうやら花瓶の欠片で今度は足を切ったらしいと気がついて、呆れる。何してるんだ私、この短時間に何回怪我をするのだ。
呆れつつも足に治癒魔法をかけようとした私だったが、突然目の前に屈んだ誰かにその手を取られた。
「……大丈夫かしら?」
綺麗な、薄い青色のさらさらの髪。同じ色の睫に縁取られた瞳は蜂蜜色で、透けるような白い肌に柔らかそうな桃色のふっくらした唇。
細い首の下には私と同じ色のネッカチーフが巻かれ、隙間からちらりと豊かな胸元が覗く。白いロングスカートをゆっくりと後ろに流し床にそっと膝をついたのは、天使と見間違う程の美しい女性。
「ああ、足を怪我したのね。こら、男性陣、ぼーっとしてないで後ろを向く!」
「え、あ、ああ」
「まったく、何人も男がいて何をしているのかしら。……癒しの風……よし、これで大丈夫、あとは、怪我はないかしら?」
再び私の手を取った女性。冷たい指先が私の手の平を確かめた後、にこりと笑う。
「噂のベルティーニのお姫様は、随分とお転婆さんなのね。私、ラチナ・グロリアよ。どうぞよろしくね?」
「は、はいっ」
微笑まれて、かぁっと顔が熱くなる。慈愛に満ちた微笑は天使、いや女神か! と思わせる。しかも、ラチナ・グロリア様といえば、ベルティーニ領の隣のグロリア伯爵家の、ベルマカロンを気に入ってくれていて最初に領地外に店舗を出す時に協力してくれたという令嬢の筈。
ベルティーニのドレスも気に入ってくれていて、領地内でも慕われている彼女が来たドレスは領民の憧れとなり、年頃の少女達はグロリア伯爵令嬢のような女性を目指している人も多いと噂は聞いていたが、これはわかる、激しく同意する!
「よ、よろしくお願いします、おねえさま!!」
気づけば私は、彼女の手をしっかりと握りそう叫んでいた。




