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「うわすごい……もう三十分以上やってるよね?」

「ジャンもミリアも一歩も引かないなぁ」

 のんびりとカーネリアンの持ち込んだ飲み物を口にしながら言うガイアスと会場を見下ろしながら、私もハンバーガーを齧る。じゅわりと口内に広がる肉汁がカーネリアンの持込みであるのに熱々で、保温の魔法の気遣いに感謝だ。


 レイシスの試合の次は騎士科三年唯一の女子、ミリア・アラ対ジャン・ソワルー、つまりピエールの試合なのだが、とっくに席に戻ってきたレイシスが私の隣で一息ついていても試合が終わる様子はない。

 フォルはかなり前に次の試合だからと席を外しているが、もう少しのんびりしてても間に合ったんじゃ、というくらいには終わる様子がない。

 ピエールが剣を振るえばミリアが押し返し、ミリアが魔法を放てばピエールがそれを完全に封殺する。そんなことをずっと続けているのだ。

 だが、二人の表情は随分と違う。ミリアがどこか余裕がないのに対し、ピエールはにこにこと楽しんでいるように見える。遠巻きにでは確信が持てるわけではないが、恐らく間違いではないだろう。なんだか普段のピエールとは随分違うように見える。

 究極のドMだと思っていたのだけど。あの様子は真逆である。焦り始めたミリアを見て完全に楽しんでいる。

 だが、表情に余裕があっても遊んでいるわけではないのか、ミリアをあしらっている、といえるほどではない。私も見ていて相手にしたくないと思う程度には、二人ともかなりの実力者であった。


「姉上!」

 終わらないなぁ、持久戦は辛そうだとピエールの試合を見ていると、どこか普段より強張ったカーネリアンの声が聞こえてびくりと肩が揺れる。まさかさっきの戦いを怒られるのだろうか、と恐る恐る振り返ると、そこには予想に反して不安そうな顔をしたカーネリアンとサシャがいて思わず身体を捻った。

「カーネリアン? どうしたの?」

「姉上! お願いしたいことが!」

 え? と首を捻りながらカーネリアンとサシャの手を引いて防御壁の中に引き入れる。と、サシャの手を握った瞬間すぐに違和感に気づいた。

「サシャ!」

 慌ててぐっとその小柄な身体を抱き寄せるように近づけ手のひらを向ける。私の様子を見て気づいたのか、眉を寄せたおねえさまが駆け寄ってきて手伝ってくれた。

「サシャ、誰に何をされたの?」

「ごめんなさいアイラお姉さま、私が油断したばかりに」

 じわりと泣きそうに瞳を潤ませるサシャにそんなことないと首を振りながら、手を握り解毒の魔法をかける。サシャは明らかに誰かに攻撃を受けていた。恐らく毒の霧ポイズンアシッドだ。威力自体はたいした事なく身体を毒が回ってもふらつく程度だが、立派な攻撃である。

 サシャとて普段はベルマカロンで仕事している女の子と言っても、デラクエルだ。こんな魔法を簡単に受けるとは思えない。何があったのかとカーネリアンを見れば、彼は僅かに眉を寄せた。

「すみません姉上。サシャは僕を庇って」

「違います! 元は私のせいですし、私だってカーネリアンの護衛の一人です。油断した私の責任で……!」

「待て待て。サシャ、とりあえず何があったか話せって」

 混乱した二人の様子を見て、さすがにガイアスがそれを止め、レイシスも妹であるサシャの背を撫でなだめている。庇って、というのならいったいカーネリアンに何が起きたのだともう一度弟を見つめると、彼はいつになく悔しそうに唇を一度かみ締め、私から視線を逸らした。

「ここに向かう途中で、サシャが観客に絡まれました。僕が適当にあしらったのがいけなかったんでしょう、逆上させてしまいました」

「……観客に絡まれた? サシャが?」

「……数人組の酔っ払いです」

 その言葉に、じわりと頭に熱が上る。……酔っ払いめ、私の弟とサシャに何をしてくれる。

「穏やかな話ではないな、この警備が厚い中で」

「殿下! お騒がせしてすみません。つい、毒に気づいて姉上のところに……いくら目と鼻の先であったと言っても、試合前の皆さんの前でこうして負担をかけるような振る舞いを」

「いや大丈夫だよカーネリアン。この解毒自体はたいした事ないし問題ないから。で、その酔っ払いは?」

「すぐに巡回の騎士に連れて行かれました。これだけ観客がいてしかも熱が入っているのですからこのようなトラブルも想定しておくべきでした、すみません」

 ひたすら謝るカーネリアンを見て、思わずその頭を撫でる。たぶん、サシャが毒を受けて気が動転したのだろう。この弟は普段驚く位冷静だが、サシャを大切にしているのだ。

 にしても、ここからあまり離れてない位置、か。

 念の為どのあたりにいたのかカーネリアンに確認する。位置的に一般客と生徒席の境目辺りか、と考えて場内の様子を頭に浮かべ、頷く。

 カーネリアンが、相手を逆上させた、ねぇ……。考えにくいな。

「わかった。とりあえずカーネリアンは本当に心配しなくていいから。観客席じゃ仕方ないけど、カーネリアンもサシャもあまり客席をうろつかないほうがいいよ、いくら騎士が巡回してても、客一人一人を見れるわけじゃない」

「はい」

 これは仕方ない事か、と思う。カーネリアンもサシャも純粋に戦士ではないから、奇襲は厳しいだろう。毒の霧程度であれば魔力の動きも少なく、二人についているだろう姿を隠しているうちの護衛も反応が遅れたのかもしれない。

 ガイアスとレイシスは王子と一緒に警備体制について話し出しているようだが、この賑わいを見せる会場内ではむしろそれぞれがしっかり自衛していなければ意味がない。

 ふと思い立って、ポケットから二つ翡翠の色の石を取り出す。いつだったかアーチボルド先生に追加で貰ったので、丁度二つある。

「これ防御石なの。二つあるから一つずつ持っていて」

「……これは姉上のですよね?」

「うん、そうだけど、どうせ試合中は使えないから。先生に言えばまたもらえるから気にしないで」

 ですが、と受け取りたがらない二人に、半ば無理矢理石を持たせる。

「私は基本ここを出ないし、心配なら、フォルが二つ持っている筈だから分けてもらうから」

 持ちなさい、と強い口調でいい含め二人に石をしっかり持たせる。私が危ないと言うなら、逆に二人だってそうだと思う。私は簡単にやられるつもりはないが、カーネリアンやサシャを狙われるとなると怖い。もちろん丁度防御石を持ってない隙に私が狙われるなんてフラグもなしだ、対策しよう。

「……わかりました」

 しぶしぶといった様子でだが石を仕舞い込む二人を見てほっとする。石には精霊がいる。未だに話したことはないが、守ってくださいね、と心の中でだけお願いすると、笛の音が響き渡った。

「あ……ピエールが勝った」

 すっかりばたばたしていたせいで勝利のシーンを見逃すことになってしまったが、会場を見下ろすと膝をついたミリアの隣で、特殊科の席に向かって手を振って飛び跳ねているピエールの姿がそこにあった。審判の持つマイクから「女神ー!」とか「勝利しましたよー!」という声が聞こえてきてカーネリアンが眉を寄せている。私は何も触れないぞ!

 次はフォルの試合だ。とりあえずカーネリアンには毒を抜いたばかりだからサシャを少し休ませなさい、と言って傍の席に座らせ、試合の準備だというガイアスを見送る。

 隣に並ぶカーネリアンは落ち込んでいたようだが、笛の音とほぼ同時に振り払うように首を振り、食い入るように試合を見つめ始めた。

「フォルは、医療科にいながらかなり戦闘の経験がありますよね」

「うん?」

 フォルが対戦相手のジル・イラスタを氷で翻弄しているのを見たカーネリアンがぽつりと呟く。その言葉に何か違和感を感じたが目が試合をしているフォルを追っているので、そうかな、と曖昧に頷く。

「姉上もそうですが、フォルはこう……実戦経験があるような。昔我が家に来た時もまさか公爵子息だとは思いませんでしたけど」

「それは、うん。貴族だろうなとは思ったけどね……あっ」

 足元から植物のつたのように伸びた氷がジルを絡め取る。慌てて火を放ち魔法を溶かそうとしているようだが、フォルの氷は見た目に反して表面を水の魔力が覆っているのだ。炎でやすやすと消されるものではない。

 動きを止めてしまえば、あとはフォルの独壇場だ……と思ったのに反し、さすが騎士科というべきか、不安定な足場のまま二刀流の剣でフォルの氷の剣を弾き返し攻撃を繰り出している。速さに自信があるタイプなのか、動きに隙がなく私では遠距離に持ち込まなければやられるだろうな、と思うのに、フォルの氷の剣はそれについていっているようだ。

「強いですね。……かなり」

 目元は真剣なのにどこか嬉しそうにカーネリアンはフォルを見つめている。カーネリアンってそんなにフォルと仲良かったっけ、と考えて初めて、先ほど感じた違和感がそれだと気づく。

 首を捻ってカーネリアンの逆隣りに座るサシャを見ると、サシャはくすくすと楽しそうに笑っている。

「カーネリアンってば、知り合いが試合に出るたびに熱くなったり青くなったり忙しいんですよ、アイラお姉さまの時なんて腕を組んで"あんな奴に負けるわけがない"ってカーネリアンが自信満々で」

「サシャ!」

 ばっとサシャの口を塞ごうとするカーネリアンと楽しげに逃げようともがくサシャは先ほどの落ち込んだ様子もなく、ほっとする。

 そういえば、カーネリアンに怒られるかと思っていた、という話をすれば、カーネリアンはなぜと首を捻って見せた。

「姉上、あれを防ぎきる自信があったからやったんでしょう? 立派な戦法です。相手はあれのせいで手も足も出せなかったようですから」

「……カーネリアン、お姉ちゃんなんかすごい嬉しいんだけど」

「抱きつかないでください、真夏に暑苦しい……魔法で冷やせばいいってもんじゃありません!」

 リクエストに答えたのに嫌がるカーネリアンとじゃれつつフォルをちらちらと見る。フォルはまだ余裕があるように見えるが、ジルの方が二刀流であった剣の一本をフォルの操る氷に囚われてしまっているようだ。だがそれでも諦めずに剣を振るう彼の纏う空気は緑に染まり、かなり風の魔力の扱いに長けているのだろうと思わせる。

 気づくとグラエム先輩がかなり真剣な表情でジルを見ていて、風使いである彼をちらりと見つめ、私はレイシスに小さく耳打ちする。

「レイシス、ジル・イラスタは青目?」

「……いえ。確かに彼は風使いですが、茶色の瞳ですし……どちらかと言うとお人好しなタイプです。これはまあ、個人的な判断ですが」

「そっか」

 キイン、と耳に残るような音が場内に響き渡る。くるくると宙を舞う最後の一本が回転しながら氷の上を滑り落ち、フォルの手にした透き通る氷の剣が圧倒的な魔力を纏ってジルに突きつけられた。

 笛の音に、ほっとする。フォルの勝ちだ。

「さすが、そうでなくては」

 妙に嬉しそうなカーネリアンが、トーナメント表を見ながら呟く。ガイアスが次に勝てば、フォルとガイアスが緑の勝者を決める戦いに挑むことになるだろう。


 次の試合はポジーくんとガイアスであったが、そもそも兵科から大奮闘したポジーくんと言えど、近接攻撃主体の二人の試合となればガイアスは三年騎士科でも敵なしと聞く。

 ポジーくんの振り回す大剣をガイアスは持ち前の素早さと剣技で難なく防ぎ、武器魔法だけでポジーくんを追い詰めていく。

 圧倒的かと思われる試合であるが、ガイアスにしては時間がかかっていた。ポジーくんが、心底勝負を楽しんでいたのが原因だろう。諦めず楽しげに、明らかに格上のガイアスに喰らいつくポジーくんは、ただ一人ここまで残っただけあって間違いなく今年の兵科のトップであった。

 そんなポジーくんは、確実にガイアスの好む相手だ。楽しげに剣をぶつけ合う二人を見ていると、これが試合であるのを忘れて打ち込んでいるのでは、とすら思う。

 光の残像を残しながら振るわれる大剣は、本来デメリットであろう鈍さを感じさせない。さすが、風使いであるグラエム先輩仕込みなだけあって、まるで重さを感じさせないのに地面に穴を開け土埃を上げる。

 炎を纏うガイアスの剣は大剣とぶつかり合って負けないほどの破壊力を持って火花を散らし、場内は派手な魔法もないのに大きな盛り上がりを見せていた。

 十分程そのような状態を続けただろうか。防御壁でこちらは感じるはずもないのに、ぶわりと赤い魔力が膨れ上がり肌が焼けそうだと身震いする。

 ポジーくんの大剣が生み出す風が、ガイアスの炎を煽ってしまう。耐え切れなかったのだろう、熱気に煽られたポジーくんがその時初めてガイアスの剣から注意が逸れた。

 場内に鈍い音が響き、大剣がポジーくんの手から離れる。熱と炎を纏うガイアスの剣は、とうとうポジーくんの頭上に振り下ろされた。


『勝者特殊科三年、ガイアス・デラクエル選手です!』


 笛の音が鳴り響く。ぱちぱちと拍手を送りながらトーナメント表を見つめた。

 これで、現時点で特殊科全員と、騎士科三年からピエールが次の試合への駒を進めたこととなった。

 赤から私と、おねえさま。青から王子とルセナ。黄色からレイシスとピエール、緑はフォルとガイアス。司会はそれを場内へ伝え、各組の代表を決める試合は一度三十分の休憩を挟むこととなった。

「いよいよですね。姉上、武運長久を祈ります。ぜひ決勝に駒を進め、双子のどちらかと対決を」

「……そ、それは難題ね」

 次の対戦相手は苦手な重力魔法のおねえさまだし、勝ったとしても準決勝の相手は天才少年ルセナか実力派王太子だ。が、頑張ろう。


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