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「うーん」
見つめる先で戦っているのは、この前私が一度相手している騎士科一年生の少女、ミレイナだ。
順調に試合は黄色の宝石を持つ生徒達まで進んでいて、ミレイナと戦っているのは兵科から勝ち上がった三年生なのだが。
「強いなぁ」
「強い、ですわ」
おねえさまと並んで見下ろしながら頷く。完全に気圧されて冷静さを欠いているあの兵科は恐らくミレイナに負ける。
この前のミレイナは、彼女自身が魔力が制御できず戸惑っている中で、私が先に兵科の一年生の生徒をまとめて思いっきり戦闘不能に持ち込んだ後だった上に、私も魔力制御に自信がなく手加減もなかった。その時は私の魔力に呑まれたように見えたが。
精神的に落ち着いていればやはりかなりの使い手のようだ、とその姿を見つめる。
騎士科はそもそも魔力も高く制御もある程度できていて、戦いという場面において期待される生徒の集まりだ。彼女も少し魔力制御に戸惑っていただけで、普段は十分な使い手であるのだろう。
「でもあの程度では、次は厳しいな」
いつのまにか王子がちゃっかりおねえさまの隣に座り込んでいて、トーナメント表を見ている。
「次の試合で再起不能にならないといいな」
「失礼ですね」
突如頭の上から降ってきた声に顔を上げると、無表情で王子を見つめたレイシスが「いくらなんでも再起不能にはしません」と口を曲げる。
そう、彼女の次の試合相手はシードで待機しているレイシスだ。
「勝つ気か、自信があるみたいだな」
「当たり前です。そもそも騎士科一年に負けていては特殊科どころか騎士科三年に在籍できません」
「当然だ。特殊科の生徒が特殊科以外の生徒に負けるなど許さん」
にやりと笑う王子がさり気なくここに揃うメンバーにプレッシャーをかける。王子らしいが、その「俺は絶対勝てる」という自信はどこから来るのだろう。……というか、本人の努力の賜物か。
試合を見下ろせば、丁度ミレイナの刃が兵科の生徒の喉元に突きつけられ制止した場面で、張り切った生徒会の司会の声が会場内に勝者の名前を告げている。
勝ったことに満足気な笑みを浮かべた少女を見下ろしたあと、自分の手の甲を見る。私は赤だ。私もそうだが、彼女が決勝まで来なければ戦う事はない。……あの日彼女は、納得できたのだろうか。
「あっという間だね。早く感じる」
ルセナの声を聞きながら丁度ポジーくんが勝利したのを見届けてトーナメント表を見つめる。おねえさまはもう試合の準備の為に呼びにきたハルバート先輩に連れられて選手の控え室に移動しているためにここにはいない。
グラエム先輩は満足気にポジーくんを見ていて、楽しそうだ。本当に、久しぶりにここ数日は大会のおかげでグラエム先輩が肩の力を抜いている様子を見た気がする。
会場は賑やかだ。騎士科の三年生でシードから漏れた生徒が一回戦から戦いを繰り広げているせいか、かかる時間はそれほどなくとも派手な試合が多いせいだろう、興奮しているのは選手だけではないようで、観客席も大賑わいである。
「ラチナの相手は騎士科の一年か」
「初戦で戦ってた子ですよね」
王子が思い出すように空を仰ぎ、ああ、と頷く。
「大丈夫だな」
「デューク……油断大敵」
「なんだルセナ、ラチナが負けるとでも?」
「違う。油断してるのはデューク」
ぽつぽつと会話する二人と後ろで、ガイアスとレイシスも頷いている。
「結構早めに進んでるから、このままだと今日中に全員一回は試合するんじゃないか?」
「見た感じ強そうな相手と戦うのは……あ、ガイアス。今丁度勝った騎士科の三年、次君とだろう?」
フリップ先輩が指差した先で、丁度二年の騎士科に勝った三年生がガッツポーズをしている。あまり見たことがないけれど、と見ていると、ガイアスが「お、あいつに負けたことないんだよなー」と笑った。
「アイラは騎士科の二年生の女の子だよね」
「うん。フォルもでしょう?」
騎士科の二年生の女子は二人。どちらも勝ち進んでおり、次に試合するのは私達だ。
王子も二年生相手だし、ルセナは相手が三年生だが大丈夫だと頷いている。うーん、皆の本気を見るとなるとやはり明日だろうか。
『さてさて皆様お待たせいたしました! 二回戦にあがりまして初戦、我が学園の誇る美の女神がついに登場いたします! ラチナ・グロリア選手ですー!』
「なんだ今年も随分司会は張り切ってるな」
ぼそりと隣で呟いた王子が少し呆れたように笑っている。しかし、その生徒会の司会に観客席は大きく盛り上がるのだからすごい。というか、一昨年より声が鮮明に聞こえるから、マイクのような魔道具の性能も上がっているのだろう。ここぞとばかりに使っている。
それにしても、三日目で増えた貴族席でもずいぶんと賑やかに登場を喜んでいるようだし、おねえさまはかなり人気があるらしい。
「なんだデューク、妬かないの?」
「妬くわけな……おいあの審判ちょっと近すぎだろ」
「妬いてるじゃん……」
フォルと漫才を繰り広げている王子を横目に、ぐっと身を乗り出す。おねえさま頑張って!
「お嬢様。たぶんこの試合が終わり次第お嬢様も準備に入らないといけませんから」
傍にきたレイシスにそっと手にしていたクッキーの詰め合わせを没収された。ああ、そのクッキー美味しかったのに……! っていつまでも食べてたら駄目だけどさ!
「太るぞ」
「ひっ」
ガイアスにトドメを刺されて大人しく伸ばしていた手を引っ込める。こう、祭りのときとかいつも以上に買い過ぎたり食べ過ぎたりとかあるあるだと思うんだけど。え、違う?
でも言われてみれば昼食いらないくらいにはおなかいっぱいである。丁度昼時で皆それぞれ食事を開始し始めたのだけど、ここはぐっと我慢しよう。
「……色気のない女」
「グラエム先輩たまに発言したと思ったらものすごい攻撃力ですよね、やめてください。あ、おねえさま頑張ってー!」
開始の笛の音が鳴り響き、おねえさまがすぐに上へと風歩で動く。相手は一年の男子生徒だが、その素早い動きに動揺したのか、踏み出しかけた足が止まってしまっている。ああ、終わった。
大きく跳躍したおねえさまが彼の頭上で制服のスカートの裾をはためかせた次の瞬間には、彼は手元を何かに狙われて、手にしていた細身の剣を地面に落としてしまう。
慌てて手を引いて後ろに風歩を使って跳躍したようだが、その身のこなしはいいが武器はない。魔法を唱える隙をおねえさまが与えるはずもなく。
「勝負あり、ですわよね?」
騎士科生徒の隣に舞うように降り立ったおねえさまの声を、近くの審判の持つ魔道具が拾ったのか、おねえさまの凛とした声が会場に響き渡る。
今日一番に会場が沸いた。日差しを浴びて光を反射しているおねえさまの手に握られた太い針の一本が、相手の心臓付近で止められている。はっとして相手が剣を落とした位置のあたりを凝視すると、そこにもきらりと光る何かを見つけた。というより、地面がひび割れている。
うわ……おねえさま、あんな細い針が地面を割る程度には魔力をのせて叩き付けたんだな……。あんなのまともに手に喰らってたら、確実に腕だけじゃすまなかっただろう。武器を捨ててまで回避したのは正解だ。
「能力はあったのに、スピードに圧倒されて完全にラチナに飲まれてたね。彼に足りないのは経験と度胸だ」
フリップ先輩はそういいながら満足そうに頷いている。実力や自分の能力、主力となる魔法をほぼ使わず一戦目を終えたおねえさまの戦いっぷりは、恐らく満点ものであろう。
おねえさまの勝利! と私も興奮気味に覗き込んでいると、「嬢ちゃん」と聞き覚えのある声が頭上からかけられて顔を上げる。
「ファレンジ先輩!」
「次の準備だ。俺が案内するぜ?」
とうとうきた、とごくりと息をのみ、「頑張れ」と皆に応援の声をかけて貰いながら立ちあがろうと椅子に手をかけたその時、フォルに「いつも通りね」と優しく声をかけられて、笑みを見せる。
「もちろん! おねえさまに続いて、勝利を掴みます!」
ぐっと手を握ったところで、ちらりとこちらを見たグラエム先輩が楽しそうに笑ったのが見えた。
『続きましてー、我が学園の誇る二人目の華、美女というにはまだ幼いがその儚さに隠れファンの多い特殊科三年、アイラ・ベルティーニ選手の登場です!』
「っ!? げっほげほげほっ!」
緊張に身体を硬くし会場に足を踏み入れた瞬間、落ち着こうと吸った筈の息がおかしな司会のせいで詰まり、行き場を失って大きく咽る。な、なんだそれ!
『しかしその容姿に騙されてはいけません、彼女は二年前に予想外の方法で戦いを勝ち抜いたがっつり戦場の華でございます! 女子力(物理)をその目でご確認ください! 対する対戦相手はこれまた妖艶な美女! 二年騎士科の……』
なんだか後半の司会が頭に入ってくるのを拒否しているので、さっさと歯を食いしばって歩き出す。恥ずかしい。試合前なのに、まだ何もやらかしてないのにものすごく恥ずかしい!
いくら司会が話を盛って面白く伝え場を盛り上げようとしていたとしても恥ずかしい! 大体幼いってなんだ、おねえさまと歳は一つしか違わないのに! 目の前の対戦相手である下級生は「妖艶な美女」って言われたのに! あれか、母譲りのこの身長となかなか成長しない胸部のせいか!?
ちらりと視線を向けた先で、なんだか特殊科の観覧席が沸いているように見えた。……絶対爆笑してるな、とくにグラエム先輩。
持て余した感情の行き場をどうすればいいのかとそのまま対戦相手をじろりと見つめれば、ひっと息を呑んだ『妖艶な美女』が大きな胸を揺らしてぶんぶんと首を振っている。小さな声で「お手柔らかにお願いします!」と切実な声が聞こえた気がするのでとりあえず微笑んでみたが、目を逸らされた。
それでは試合開始、と笛の音と同時にグリモワが宙を舞う。瞬時に相手が弓を手に距離を取ろうとしたので、そのまま風歩で大きく詰め寄った。風歩の距離は魔力を多く乗せられる私の方が上だ。弓を所持している相手に距離を取らせはしない。が、恐らくその対策はしているであろうから……
「くっ」
私に近づかれた少女が大きく足を振り上げた。やはりその膝から下に魔力が乗っているのをすぐに確認し、彼女の視界を塞ぐように動いていたグリモワをそのまま足めがけて振り下ろす。
魔力同士のぶつかり合いに僅かに波動を感じたが構わず小さく詠唱しながら手を伸ばし、身体をひねって大きな魔力のうねりを回避し彼女の弓を掴み上げ、そのまま唱えていた雷呪文を放った。
「ああっ!」
バキリと言う音と悲鳴と同時に、彼女の弓の一部にはめ込まれていた石が叩き込まれた私の魔力に耐え切れず割れた。
私のグリモワ同様、弓の使い手は己の武器に石をはめ込み魔力を溜めることで、放つ矢に魔力を乗せる為の媒介とすることが多い。レイシスも同じで、彼は魔力石作りがとても上手いのだが、一時期その石の軟さに悩んでいたことがあったのだ。ちなみに彼は魔石を使うことを諦めて自身の力のみで矢に魔力を乗せるという難易度の高い、つまりは武器魔法に挑戦していたが。
読み通りそこまで強度を持てなかっただろう石が砕け散り、この時点で矢は殆ど無効化されたといっていい。魔法防御を前にすればただの矢は塵と同じだ。彼女自身は雷魔法をなんとか防いだようだが、武器を壊されたことで精神的に追い詰められたのだろう、呟く次の詠唱が遅い。
「水の蛇!」
唱えなおした私の方が早く発動呪文を終え、彼女の足を絡めとる。打ち消すためにもがいた彼女もさすが騎士科か、すぐさまその蛇を消し去ったのだが、その瞬間彼女の頭部を大きくグリモワが覆った。
隙を逃さず私の空いた手が、彼女の喉元に向かう。その手に、彼女が放ち損ねた矢を握り締めて。
ぴたりと止まった鏃の先で彼女の喉がごくりと揺れた。笛の音が響き渡る。
『やりましたー! 直接武器の要石を破壊するというこの奇想天外な荒業! これぞ彼女の得意な魔法、いや物理攻撃! 勝者、特殊科三年アイラ・ベルティーニ選手です!!』
「いや、石の破壊は魔力攻撃なんですけど……」
よし、勝った! と喜ぶ感情よりも先に、興奮しすぎておかしくなっている司会の言葉に少し涙目になりそうだった。どうせ、優雅じゃありませんよ……。




