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 ぴたっと止まった私達三人は後ろを振り返る前に目配せしつつ、昨日のようにレミリアを巻き込まないようさりげなく扉から離れてから振り返る、と。

「あ」

 つい相手の顔を見て声を出してしまう。後ろに立っていたのは前回と同じフローラ……ではなく、薔薇のように赤い髪の少女と、その少女の使用人達だった。

 私より背が高く、大人っぽいデザインのドレスに身を包んだ少しきつめの美人だ。髪も目を引くが、瞳も印象的なワインレッド。まぁ、今現在その瞳は嘲りの色が濃いのだけれど。たぶん、夕食会で私を睨んでいた人と同一人物のはず。

 間違いなく微笑んでいれば絶世の美女と呼ばれる部類の人間の嘲笑に、なぜこんな表情を向けられるのか悩んだのだが、それはすぐに解決した。

「さすが特殊科に選ばれた歴代初の女性ですわ、もう男性を侍らせて、いいご身分ですわね?」

「またですか……」

 彼らは幼馴染だ、私の護衛だと何度説明すればいいのか。私が呆れている横で、レイシスがすっと私の前に出た。

「俺たちは元々彼女の護衛ですが」

「ふん、たかが成り上がり貴族が護衛だなんて……えっ」

 レイシスに言い返していた少女は、突然はっとして表情を変えた後レイシスを……レイシスの胸元を見つめ、そしてガイアスに視線を移すとそちらも顔より下を確認してさらに目を大きくした。

「特殊科……!?」

 驚愕した彼女の言葉で、彼女が何に驚いているのを理解したが、すぐに不思議に思い首を傾げる。ガイアスとレイシスも一緒にバッジを受け取っていたのに、見ていなかったのだろうか。二人とも目立つ容姿だと思うのだけど……と考えて一つの可能性に辿り着く。

 よく考えると、壇上に一緒に上がっていたのは私達だけではない。どう考えてもかなり目を引く男が、二人いた筈だ。

 第一王子デューク・レン・アラスター・メシュケット殿下と、ジェントリー公爵家長男フォルセ・ジェントリー。

 王子が目立つ容姿だったのは昨日見て明らかな事だったし、フォルも名前を呼ばれた時に相当騒がれていた。主に聞こえたのは黄色い声というやつだ。

 フォルセ・ジェントリー。ジェントリー公爵の長男が私と同い年だという噂は知っていたが、それがフォルだとは思いもしなかった。

 なぜなら、今のジェントリー公爵は現王の異母弟。前ジェントリー公爵には、確かもう亡くなっていた筈だが娘一人しかおらず、ジェントリー公爵家の血筋であった側室が産んだ王子が当時これと言っていい縁談の話もなかった為に婿として公爵家に入ったのだ。当時相当この事でお偉いさん方は揉めたらしく、しかしそれでも結ばれた二人に、どこまで真実かはわからないが公爵令嬢と王子の恋物語まで当時は流行ったらしい。母の愛読書コーナーにありました。

 つまり、フォルは王族の血が入っている……というか王子の従兄弟。完全なる雲の上のお人だったと言うことだ。それが、あんな田舎の街中に怪しげなローブを着て現れると誰が想像できただろうか。

 ジェントリー公爵は政治の世界でも絶大な力を持つ。そんな人間の息子がなぜあんな幼い頃刺客に命を狙われていたのか不明だが、絶対にそれは探ったらいけないレベルの話な気がする……というのは置いておいて、つまりフォルと王子の二人が側にいたのだからガイアスとレイシスに目が行かなかったのかもしれない。


 さてどうしたものか。この間にさらりと挨拶をして逃げるべきか否かと思案していると、にこりと笑ったレイシスがさっさと「時間ですので」なんて言って私を促して歩き始めた。

「ちょ、お待ちなさい! わたくしを誰だと思っていますの!?」

「悪いけど、名乗らない相手がわかるわけないだろ?」

 ガイアスの言葉に全面同意だ。まぁ彼の台詞で若干彼女が連れていた使用人の額に青筋が浮かんだ気はするが。

 それにしても使用人四人も引き連れてるよ。侍女一人に護衛らしき男性二人、それに燕尾服の男性一人。専属執事だろうか。

「ふんっ、そうでしたわね、アイラ様はつい最近までただの商人の娘でしたわね。わたくしはレディマリア・リドットよ。我が家はご存知かしら?」

「ああ、あの有名なリドット侯爵令嬢でしょうか?」

 家名さえ聞けば爵位はわかる。私もああと納得したところで、先に返事をしたのはレイシスだった。有名な? 彼女の事は特に深くは知らないのだけれど、レイシスは何か知っているのだろうか。

 ところで私さっきから話す隙がないんですけれど?

 レイシスに問われたレディマリアと名乗った少女は、うっと顔を赤らめ、そうですわと返事をしつつもうろたえる。ちらりと見ると、レイシスがとてもにこやかな笑みを口元だけに浮かべていて、目がまったく笑っていなかった。器用なやつである。

「あっ……」

 この状況を打破したのは、ここにいた私達ではなかった。私達の正面、レディマリアの後ろから、私と同じ医療科の制服に身を包んだ少女がやってきていたのだ。それも、私達の様子を見てあからさまに表情を強張らせ、目が合うと一歩後ろに下がる。彼女はもう覚えている。アニーだ。

「なっ……あ、あら、アニー様ではありませんか。医療科に決まったんですのね」

「……は、はい」

 後ろに気づいたレディマリアが、引きつった笑顔でやってきた少女に声を掛ける。その光景を見て、唐突に思い出した。


 レディマリアは、医療科の試験で私の服とアニーの服を比べて貶したあの薔薇色の髪の少女だ。

 ローザリア・ルレアス公爵令嬢のすぐ後ろで私を嘲りの笑みで見下ろしていた年上であろう女性。どうりで見覚えがある筈だった。

 ご友人(かどうかは疑問だが)も現れた事だし、今度こそ失礼しようとガイアスとレイシスの二人と視線を合わせて離れようとした時、それに気づいたレディマリアは表情を変え叫ぶ。

「まだお話は終わっておりませんわ! いいこと、いくら卓越した魔法の技術で特殊科に選ばれようが、あなた方は庶民の出なのです! 御自身の身分を考えて殿下の前で見苦しい行いはお控え下さいませ!」

「……はぁ?」

 脳内で言われた言葉を繰り返すこと数回。殿下がなんだって? 既にやったことを注意されているような口調ではあるが、見苦しい行いも何も、私殿下と話した事もないんだけれど。

 しかし、私の盛大に跳ね上がった「はぁ?」を興奮のあまり正確に聞き取っていなかったのか、それとも自分の言葉に肯定以外の返事が返ってくるとは思いもしていないのか、レディマリアは「当然ですわ」としきりに頷いている。

「アニー様、あなたも! 医療科に受かったからといって、騎士科との合同授業で殿下にご迷惑を掛けるようなことはなさらないように!」

「は、はい、もちろんです」

 私が唖然として見ている前で、レディマリアの次の標的となったアニーはひどく怯えながらこくこくと頷いている。どう見ても友人には見えない二人を見て、はぁとため息をついた。

 



 あの後、勝手に納得したらしいレディマリアは、アニーに「行きますわよ」と声を掛けてドレスを翻し去っていった。

 しばしなんだったんだと見送っていた私達は、昨日同様再び時間が迫っていた事を思い出し慌ててホールへと向かう。


 ホールに集まった生徒達の後方に並び息を整えていると、ガイアスが得意げに胸を張った。

「俺わかったぞ。医療科にやたらと希望者がいたのは、騎士科との合同練習があるからだろ」

「まぁ、そうなんだろうな。淑女科に行かされるって事は、王子狙いの貴族令嬢がやたらと集まってしまったということか」

「私そんなことより、私達が特殊科に選ばれた理由が卓越した魔法の技術って言われたのが気になる」

 レディマリアがそんなことを言っていたが、確かに私達が特殊科なんてところに入る可能性があるとすれば、何か認められる事があったからではないかと昨日三人で話していたのだが。

 私はすぐに緑のエルフィだからではないかという結論に至った。王族は私がエルフィであることを知っている。そこから今回の特殊科入りをしたのではないかという話になり、ガイアスとレイシスは試験の打ち合いに全勝したからでは? と、それしか私達に思い浮かばなかったのだが。

「魔法って……そんな試験で使った?」

「俺は一回だけ。アイラは?」

「私は試験が得意の植物の治療だったからそれくらいかな。レイシスは?」

「何度か使用してますが大技は使ってないですね」

 それを聞いて三人とも首を傾げる。魔法の技術ってどこ情報だ。レディマリアの勝手な思い込みだろうか。


「相変わらず仲がいいね」

 突然、くすくすと笑い声と共に掛けられた声にはっとして振り向くと。

「フォル!」

 懐かしい銀に深い紫苑色が混じった瞳に、私の呼びかけを受け「うん」といいながら首を傾け、さらさらと流れる銀髪。優しそうな微笑み、すべてはそのままなのに、どこか少し大人びたフォル。

 しかし私は油断していた。昨日ガイアス達と、フォルに会ったら初めて会った相手のように挨拶しよう、と約束していたのに完全に忘れていた。しかも、フォル、だなんてどう聞いても愛称だ、彼の名前はフォルではない。

 いやだって、先に親しげに話しかけてきたのフォルだし!

 あちゃー、と天井を仰ぎ見るガイアス、額に手を当てて俯くレイシス、しまったとフォルを凝視して口を両手で塞いだ私を、にこにこと見つめるフォルの向こう側に。

「きゃー!?」

「あの女どこの誰ですの!」

「ほら、特殊科の庶民上がりの」

 完全に大混乱を起こしている令嬢達の姿があった。

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