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「終わったー!」

 開放感からおねえさまと一緒に手を取り合ってくるくると踊るように回る。

 医療科の夏の筆記試験が終わったのだ。

 この日の為に勉強漬け……だったわけではなく、むしろ夏の大会の為に日夜しごかれていたせいで毎日くたくたであった。ちなみに試験は抜かりない。だからこそアーチボルド先生も遠慮なく私達を修行させていたのだろうが。私も既存魔法のレベルアップをかなり研究していたしなぁ。

「アイラ、試験どうだった?」

「んー、最後の一問以外は自信あるかな。フォルは?」

「僕もそこだけ。難しいよね、最も効率的だと思える薬、治療法を書けって言われても、紙で見るだけじゃ該当すると思われる病が二つあった」

「つまりそのどちらの可能性も考えて書けってことだよね? そもそもこの国じゃ見られないあまりにも珍しい症例だから書いた薬があってるか自信ないかも」

「え、ちょっとお待ちくださいませ。あれって、この病のことじゃありませんでしたの!?」

 フォルと二人試験について話していると、顔色を変えたおねえさまが教科書をばらばらと捲り指差したのは、確かに試験の最終問題でお題となったと思われる滅多に聞くことがない珍しい病だ。

「それもですけど、えーっと、あ、あった。このページの症状も同じなんですよね。見極める方法が難しいんです」

「重要なのは、こっちの治療法だともう片方の病であった場合症状が改善されないことかな。あれ、引っ掛け問題だね。そもそもこっちの病は発症報告がなさ過ぎて名前すら明確にされていない」

「最近知ったんだけど、うちの先生ちょっと意地悪だよねぇ」

 その言葉におねえさまだけではなくアニーまでがっくりと頭を下げている。トルド様は「僕は二通りだと気づいたけれど、処方する薬剤以外の治療法がまったく思い出せなかった」と項垂れているようだ。

 ちなみに私たちの隣では、最終問題って、と呟くヴィヴィアンヌ様が顔を青褪めさせている。どうやらその一つ前の問題が難しすぎて、最終問題に手がつけられなかったらしい。

 今回の試験もたぶんアイラとフォルセの一騎打ち状態ですわね、とおねえさまが悔しそうに教科書をまとめ、教室内を見渡して死屍累々……とまでは言わないが、ぐったりと動かない生徒達を見て苦笑した。

「今回の試験は難易度が高かったね」

 トルド様がふうと息を吐いた後、悔しさを振り払うように首を振って立ち上がる。

「君達は明日……ああ特殊科はシードが決定しているから、三日目からか。大変だったね、大会もあるのに」

「毎日アーチボルド先生が鬼に見えたよ」

 フォルはそういいながらも楽しそうだ。おねえさまも「そうですわよね、気分を入れ替えなくては」と笑っている。

 今年は三年生である医療科が夏の大会で三日目からの治療班に入るので、医療科の皆は試験が終わった後も忙しい。出場する私達はもちろんであるが、アニーやトルド様は治療班の筆頭に立つので恐らくこのあとも会議などがあるのだろう、早々に片づけを終え、僕たちは行くよと教室を出て行く。

 その瞬間教室内の生徒達は我に返ったのか、がたがたと立ち上がった皆が走り出すと、私たちを、正確に言うとほぼフォルとおねえさまを取り囲む。

「頑張ってください、応援しています!」

 とか、

「お怪我をされない事が第一ですが、万が一の場合は私が必ずや完治させてみせます」

 などなど。おお、今年は皆気合入ってる。……ってフォルの周り女の子多すぎじゃ……むしろもうフォルが人垣で見えないんだが。

 どうしよう、と少しだけ自身の胸のうちで葛藤していると、ふと前が翳った。

 眼鏡をかけた数人の男子生徒に囲まれて、この教室ではいつにない状況に首を捻る。え、なに!

「あの、お、応援してますから……」

 おずおずと言った様子で一人が私にそう声をかけてくれた瞬間、俺も、僕もと私の周りにまで人だかりができる。これは予想外だった。囲んでいるのは医療科でも普段目立たないが勉強熱心な男子生徒で、むしろテスト結果が張り出される度に射抜くような目で見られるので嫌われているのかと思っていのだけど。

「アイラ!」

 どうしよう、と慌てながらも、頑張りますと応援してくれたことに感謝を伝えていると、その人だかりから伸びてきた腕が私を掴む。

 その腕が、声が、私の良く知るものでほっとした瞬間ぐいと引っ張られ、庇うようにフォルの傍に寄せられると、フォルが人垣から抜けてきたおねえさまの腕も同時に掴んだ。

「二人とも行こう。皆ごめん、もう行かないと」

 そう笑顔で答えたフォルが私とおねえさまを連れて教室を脱出してくれてほっとする。早足で廊下を抜け、外に出たところで、おねえさまがするりとフォルの手から抜けると私たちの前に立った。

「フォルセ、助かりましたわ。でも、あまり目立ってはだめよ」

「うーん、気をつけたつもりだけど」

 二人の会話を聞きながら、なぜ目立ってはいけないのかと首を傾げる。目立つのがいいことではないが、含むような言い方がなんだか少し私の考えるものと違う気がしたのだ。

 おねえさまが私を見た瞬間苦笑し、ほら、とフォルを促す。

「ああ、ごめんねアイラ。あんな場所でアイラを庇ったらすぐ周囲が煩くなるから、気をつけようとは思っていたんだけど。ちょっとあの状況は……」

「フォルセ、意外とやきもちやきでしたわね。まあ私も一緒に連れ出されていますし大丈夫じゃないかしら。ところで、アイラ。私まだ何も聞いていませんけれど?」

 にこにこ、とおねえさまが私を見るので思わず言葉に詰まる。


 フォルに気持ちは伝えた。フォルも伝えてくれている、けれど、それ以上何もない。

 それに私はまだレイシスに何も話せていない。ガイアスに相談したら、今言う話じゃない、と止められたのだ。

「それはまだ『付き合っている』わけじゃないんだよな? 正式に公爵家として縁談を持ってこれるなら家族や俺たちに言ってくれ」

 と。そしてガイアスの心情としては、フォルがレイシスと勝負をしたいといっているのなら、どちらが勝っても負けても夏の大会が終わった後にしたいところだな、と。

「そもそも、お前一度レイシスの告白断ってるだろ? 今フォルが好きになったからって、それをわざわざ報告してどうするんだ、振った男にその後の報告までしなくていい。あっちがお嬢様に気を使わせた、ってへこむだろ」

「そ、そういうもの?」

 とまぁなんとも情けない会話をしてしまった。自分で考えて決められたらいいのだけど、というと、何のために俺の存在があるのだと今度は怒られる始末。

 そもそも先にフォルに想いを伝えてしまったのがよくなかったかと思わなくもないが、そもそもあれは唐突だったのだ。


 そしてそれがあるから付き合っていないというわけではなく、あくまで立場上の問題だ。貴族とは難しい、と思う。

 変わったといえば、たまにフォルが私の手や頬に触れる、それだけだ。そもそも忙しくて二人でいる時間なんてほぼなかったと言っていい。

 恋人でいてほしい、といいながら、公爵家嫡男としてはまた改めて、というフォル。あれは恐らく私に時間をくれているのだろう。

 私は子爵家で、相手は筆頭とも言える公爵家。しかもフォルには闇の力のこともある。立場をあの日教えてくれた上で私を好きだと伝えてくれたフォルは、私が「追いつけない」と言ったことを考慮してくれているのだ。

 フォルの立場なんて最初から理解しているし、闇の力も知りながら好きなのだ。というか闇に関しては別に何の心配もむしろしておらずそこが嫌だとかそんな話ではなくて、ある意味「貴族の恋人関係」というものが私には馴染みが薄かったのだろう。

 特にフォルの立場だと、好き合う、付き合う、イコールで婚約、縁談話なのだ。まあ、好きだと自覚し、しかも相手が私に合わせてくれているのだから非常に幸せな立場であろうが、貴族って急だよねと思うのは前世の恋愛の概念のせいか。


 さて、おねえさまの問いにどう答えればいいのだ。えっと、と言葉に詰まる私の隣にいるフォルが、にこりと笑って「それは秘密」とおねえさまを止める。

「夏の大会が終わる頃までに僕の方は結果が出せるといいなとは思うけど」

「立場もありますものね。私も未だに公表はしていませんし……まあ、焦ることはありませんわね」

 おねえさまはあっさりと意味を理解したらしく、一人うんうんと頷いている。誰に対しても明言していないが、私はどこか「レイシスに隠している」ような気がして落ち着かない。……そう、そこなのだ。

 そもそも話す段階まで言っていない、と言われても、なんとなくもやもやするのだ。



「ああ、アイラ」

 夜、フォルの部屋を訪ねると彼は少し驚きつつも部屋へと招いてくれた。

 どう切り出していいかわからず「あの」と声をかけたまま固まってしまうと、フォルは微笑んだまま私の髪を撫で、ゆっくりでいいから、とお茶を用意してくれる。そもそも、何を話したくてきたのかよくわからない。ただ顔が見たかっただけかもしれない。本当にここ最近は忙しくて、殆ど話もできなかったから。


「聞いた? アイラ。今年のシード枠は僕たち特殊科の人数が多いから、騎士科はシード枠を決める簡単な試合があったらしいよ」

「え?」

 唐突に世間話とも言える内容を話し出され、ぱっと顔を上げつつ頷くと、フォルは笑いながらお茶を私の目の前においてくれる。

「豊作だから嬉しい悲鳴だって先生達は言っていたけどね。今年は三年騎士科が無条件でシードにはならなかったから、三日目からの試合は初戦でもかなり盛り上がるかも」

「そうなんだ。なんか、大会は二年前だから想像しにくいな、緊張してたし」

「確かに。今年は余計な邪魔が入らないようにしないと……ああ、そういえばデュークが、三日目の試合開始前にアイラに会場の防御石の確認を手伝って欲しいって言ってたなぁ」

 それは重要任務じゃないか、と思わずフォルを見上げると、フォルは穏やかながらじっと私を見つめていて、思わず息を呑む。

「アイラは、レイシスが気になる?」

「え! あ、いや……」

 失敗した、と気づいた時にはもう遅い。フォルは苦笑しながら、「妬けるな」と呟いた。

「レイシスに言ってないことを気にするってことは、アイラはまだレイシスが自分の事を好きだって自覚してるのかな」

「そ、そうじゃなくて」

「まあ、それは合ってると思うけど……それで、彼を傷つけたくなくて困ってる、かな」

 フォルは穏やかなままだ。笑みすら浮かべている。だが、私は足元から急速に冷えていく感覚を味わってはくはくと浅い呼吸を繰り返した。

 今確実に、フォルのことを傷つけた。

 一気に足元がぐらついて、おねえさまの重力魔法を喰らったかのような、椅子に座っているのにどこか不安定な場所にいるような、そんな気分を味わう。

 すべての人が幸せになる恋愛なんてない、といつか読んだ小説にあった気がするが、私は常にいっぱいいっぱいの状態で、まわりがよく見えていない自覚がある。どうすれば正解なのかわからない、どこが正しい道なのかわからない迷路をぐるぐると回っているようなものだ。

 ガイアスに「レイシスの告白を断っているだろ」と言われたときに、しっかり意味を理解すればよかったのだ。偽善だ、とぐらついた頭で考える。私が好きになってしまったのはフォルで、レイシスじゃない。その時点で決まっていたことなのに。

 レイシスが大切だからフォルへの気持ちを我慢するのも正解ではなくて、フォルが好きだからレイシスの気持ちに答えられないことを憂うのも正解じゃない。というか、『正解』を探すことが間違っていたのかもしれない。どっちにもいい顔なんてできやしないのだ。


 さいてい、だ。


「わ、私……」

 もっと自分でしっかり考えればよかった。こんな……フォルにこんな顔をさせたかったわけじゃ、ないのに。そもそも、今日ここにいるのはただフォルと話したかっただけなのだ。

 謝る? いやそれも、と戸惑いながらも、なんとかしなくてはとフォルを見た先で、フォルが少し驚いたように目を見開いているのが見えた。そして、慌てて私に駆け寄ってくるのを、呆然と見上げる。

「アイラごめん、意地悪だった」

「フォル、違うよ。ごめんなさい、私がちゃんと自分で考えるべきことだから」

「ううん。そもそもアイラは、きちんと皆に言うタイミングを待ってるだけでしょう? むしろあの日急かしたのは僕だし、僕が余裕がなかったんだから……待った。これたぶん、ずっと続くよね?」

 私が口を開いた瞬間止めたフォルが、このままじゃ謝罪大会になりそう、と私を覗き込んできて、ぐっと言葉を飲み込む。

「……喧嘩両成敗じゃないけど、終わろうか。僕、アイラにそんな顔させたかったわけじゃない」

 伸ばされた片方の手が私の頬を包むように触れた瞬間、さっきの恐怖を必死に堪えていた涙がフォルの手に滑り落ちたような気がして、俯きたくなるのをぎりぎりのところで我慢する。

 じっと私を覗き込んでいたフォルが気づくと近くて、慌ててぎゅっと目を閉じる。吐息が唇に触れて思わず肩に力が入った瞬間、さらさらとフォルの髪が額に触れて、フォルの唇がこの前とは反対側の頬に触れた。……び、びっくりした……。

「……大会が終わってから。俺あんまり余裕ないから、止まらなくなりそう」

「そ、それはその、どうなるの……?」

「アイラ、そんな顔してそんなこと言わない。ガイアスが心配するわけだ」

 え、と見上げると離れていくフォルが、ぱっと両手のひらを私に見せながら一歩後ろに下がる。

「ほらアイラ。こんな時間に男の部屋に来ちゃだめだ。声をかけてくれれば僕が行くから。グリモワもないみたいだし、『一人』で来たんじゃない?」

「う、うん」

「……はぁ」

 ため息を吐かれたと思った瞬間、ぐいっと腕を引っ張られ椅子から離れ、そのままフォルの腕に抱きとめられる。緊張して固まった私の首筋に、ぱくりと食まれる感覚と、濡れた熱いものが触れた。

「あんまり油断すると食べちゃうよ。ほら、今日はもうおやすみ」

「わ、わかっ、お、おやすみなさい!」

 慌てて部屋を飛び出し自室に戻った私は、がっくりと扉を背に座り込む。フォルがものすごい大人に見えた。いや、私がものすごく子供なのか。

 触れられた首筋に手を当てる。……今更だ。首筋にフォルの唇が触れるのは、初めてじゃない。考えてみれば、血を与える為とは言えよく以前の私はあんなことができていたものだ。

「……こんなどきどきしてたら、寝れないよ」

 ぐっと唇を噛みながら、まるで手探り状態で上る階段のようだ、と今日の事を反省して、それでも前に足を踏み出したくて、上を向いて目を閉じる。

 青春だねぇ、とジェダイのからかうような声を聞きながら。



デューク「なんだ、こんな時間に人の部屋に来るなり真っ赤な顔で突っ伏して」

フォルセ「いや、なんか俺思ってたより理性なかったかもって」

デューク「帰れリア充」

フォルセ「デュークには言われたくない」

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