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「なんだ、気合が足りないな」

 後頭部で手を組んだガイアスが笑う。倒れこんだ生徒達の中心で一人立つ私に軽い口調で「お疲れ」なんぞいいつつ笑うガイアスは、まったく心配していた様子はない。

「なんだアイラ。二分経過している、遅い」

「え、先生なかなか鬼ですね」

 仕方ないではないか。夏の大会前に手の内を見せるような魔法は使いたくなかったので、ちまちまと避けながらチェイサーとグリモワのみで相手をしたのだ。手加減したつもりはないが、チェイサーは全力だ。かなり彼らは痛い思いをしたのではないだろうか。

「で、次騎士科、やるか?」

 くるりと先生が振り向くと、残っていたのが三名、内二名が顔を青褪めさせて両手を突き出し必死に頭を横に振る。ただ一人、ミレイナという少女だけは私を睨んだままだ。ぎりぎりと震える手を握り締めて。

「ふむ、その精神は認めるが、どうするアイラ」

「構いません」

 一人残った少女に武器を構えるように先生が指示する。だが、気迫はあるが彼女の腕は震えている。手にした長剣が震えのせいか先端がぶれ、あれでは試合にならないだろう。

 が、先生はそれがわかっていて無情にも開始の合図を飛ばした。これは試合だと言い聞かせ、グリモワを振り上げる。

 ガキンと音を立てて、相手の振り下ろした剣と飛ばしたグリモワがぶつかり合う音を場内に響かせる。その隙に大きく風歩で距離を詰め、唱えていた詠唱をとめてしまいひっと息を飲んだ彼女の背後に回り、最近聖騎士の授業で学んでいた短剣を彼女の傍に寄せた。

「私は努力を怠ったことはないよ」

 そう小声で告げれば、彼女は音を立てて剣をその場に落とす。

 彼女は恐らく先の兵科との戦いで私の魔力に飲まれたか。こんな、持ち主ですら苦戦する魔力だ。見せられたほうはたまったものではないだろうが。



「おねえさま、ありがとうございます」

 おねえさまに手伝ってもらって二人で範囲回復魔法を展開すれば、倒れていた生徒が「おお」と感嘆の声を上げながら身体を起こし始める。

 ちらりと先生を見上げると、まあそういうことだ、と先生は苦笑し声を潜めた。

「不満を言っていたのはあの騎士科の三人のみで、あとはただの特殊科のファンだな。生意気なんで直接やってやれ、と思ったんだが、お前には負担をかけた」

「大丈夫です。私が一番言われる可能性が高かったし、とくにあの女の子の狙いが私なのはわかってたので」

「ああ、知ってたのか」 

 先生は肩をすくめて見せると、「見ての通りだ」とため息を吐く。筋はなかなかいいが、人を羨むばかりで最近魔力調整に上手くいかず苛立っているようで新人教師が苦戦しているのだと。

「ま、荒っぽい方法だがこれで上を目指してくれればいいんだが」

 つぶれたらそれまでか、となかなか厳しい判断をする先生が見つめた先で、震える身体を押さえ込んだ少女が悔しそうに手を握り締めている。乱れた魔力は目に見えてわかり、なるほど、とため息を吐いた。

 うまく制御する方法があるのなら、私だって知りたいくらいだ。まあ彼女がさっき魔法を使わなかったのは、増えた魔力を制御できず魔法が扱えなくなってしまったせいなのだろう。

 先生がガイアスとレイシスを連れ、不満があったという騎士科の元に話を聞きに行く。直接騎士科の先輩である二人とやり取りさせてみる、とのことだが、あの二人なら三年騎士科の中でも信頼が厚く大丈夫ではないかな、とほっとした。

 私が近づいて彼女に声をかけようか一瞬悩んで、やめた。私だときっと彼女は反発するんじゃないかな、と考えて。私だって魔力制御に苦戦しているのだと訴えたところできっと今は意味がない。

 ぼんやりそんなことを考えていたせいか、気づくと、治療を終えて元気になった兵科生徒に囲まれていた。聞こえてくる「すごいです」「さすがでした」「大会でも楽しみにしています」という彼らの声に何かを含んだ様子はない。

 が、私はこの状況に慣れていなかった。情けない話であるが、悪口陰口を言われるより、正面きって喧嘩を売られるより、素直にそれが好意や応援であると理解できずよほど怖かったのだ。というより、この学園は下級生だから年下とは限らないのだ。身体を鍛えた男達に囲まれる状況を想像して欲しい。怖い。

 思わずぐるりと視線を逸らした先にフォルを見つけた瞬間、「フォル、」と助けを呼びたかったのか、勝手に口が小さく声をあげてしまった。

 その瞬間、少し目を見開いたフォルが、王子達と並んで話していたそこから離れ、私に手を伸ばす。

「アイラ」

 その声で、兵科の何人かがはっとフォルのほうを振り返り、わたわたと私の周囲から離れて道を作る。これ幸いとそこから抜け出しフォルの手をとって振り返り、とりあえず「ありがとうございました」と兵科の下級生に礼を言ってその場から逃げるようにフォルを引っ張って王子の傍へと駆け戻る。

「……アイラ、お前大人気だったなぁ」

「ずるいですデューク様、何ちゃっかりルセナの防御壁の中にいるんですか」

「当然だろう、王子の立場で人に囲まれ身動きが取れないなど危険極まりない」

 まあそうだ。

 そんなルセナの防御壁は、私とフォルが戻った時点でまたふわりと周囲を包みなおしたようだ。見えはしないが、だからこそ相変わらずすごい、と感嘆する。

 その時おねえさまが困り顔で王子の後ろから私に目配せしていることに気づき、僅かに首を傾げる。なんだろう、と疑問を口にする前に、ところで、と王子は晴れやかな笑顔を見せた。

 僅かに屈んだ王子が私に小さな声で、囁く。

「フォルに助けを求めたか。で、いつまで手を握っている?」

「え?」

 きょとんと自身の手を見下ろし、そこに私ががっちりと掴んだ白い指先を確認して、その指先から腕へと視線を移動し顔を上げる。

「えっと、アイラ。どうしたの?」

 困ったような顔で笑うフォルが首を傾げている。呆然とその瞳を見つめて、再び視点を下に戻す。私が、がっちり握っているのはフォルの手だ。

「うっわぁ! ごめんフォル!」

 慌てて手を離しばんざいした私の後ろで、おねえさまがはぁと小さくため息を吐いた。王子が「目の前でいちゃつくな」と笑う。お前が言うなと口から半分は出た、と思ったら全部出ていたらしい。

「ほお、俺がいつ?」

「いつもでしょう!?」

 いい笑顔を向けられて思わずそう言ってしまったのは無理もないだろう。おねえさまが顔を真っ赤にしたので若干申し訳なく感じたとき、王子はくくっと小さく笑う。

「別に、フォルが嬉しそうだからずっと繋いでいてもいいんじゃないか」

「え!? ちょ、デューク」

 これに対して抗議したフォルが王子に詰め寄るが、そのフォルを視界に入れた瞬間私の顔は確実に熱かった。それはもう、湯気が出るんじゃないかと思う程度には。

 慌てたおねえさま、目を見開いた王子。そしてそれを視界に入れて不思議そうに私を振り返ったフォルが、驚いたように目を見開く。何事もなかったようにしていたのは、眠そうに目を擦ったルセナだけだ。その視線はひたりと私を見据えていたが。

「あ、あの」

「え、アイラ? 何、どうし……」

 フォルの伸ばされた手が私に触れそうになった瞬間、ぞわりと巡る魔力が増えて一気に血の気が引いた。

 すぐさま顔色を変えた王子が睨むように私を見つめる。ああ、終わった。私終わった、と妙に軽い考えが浮かんだが、次の瞬間には王子に腕を引っ張られていた。直接私を包むような魔力を肌に感じ、王子が防いだのだとわかる。

「うへぇ!?」

「奇妙な声を上げるな。フォル、ラチナ、戻るぞ。ルセナ、先に戻るとガイアス達に伝えてくれ」

「わかった」

 そのままずるずると王子に引きずられるように稽古場を退場する羽目になった私の顔色は恐らく青褪めていたと思う。いろんな意味で王子にバレた、絶対バレた!

 膨大な魔力を制御するのに苦戦していると知られたら、私どうなる!? 歩く爆弾だ、王子がそのまま放っといてくれるとも思えない。

 死刑宣告、まではいかなくとも、そんな心積もりで覚悟を決めた私であったが。屋敷のいつもの部屋に戻った王子は、私の肩を掴んで向かい合う。

「悪いな、アイラ」

「え、ちょ」

 掴まれた肩をぐいっと勢いよく押され、相手が王子だと油断していた私はそのまま仰向けに後ろに倒れていく。しまった、と衝撃を覚悟したが、思いのほか近くで何かにぶつかって私の身体は倒れることはなかった。

 覚えのある感覚に、はっと顔を上げた先で銀糸が揺れる。

「ちょっとデューク、いったい何してるの」

「荒療治。俺は医者じゃないからな。フォル、今アイラの周囲に張った魔力壁を消すからそのまま思いっきり掴んでろ」

「え? 何どういう……アイラ!」

 フォルの腕の中だ、と理解して王子の言葉の意味を理解し、ぞわぞわと魔力が身体を駆ける。触れていたフォルが気づくのも当然で、離れようともがく先でフォルの手が強く私に巻きついた。

「アイラどうしたの! 落ち着いて!」

「落ち着けアイラ。お前のそれは本当に魔力の暴走か?」

 王子に言われ、浅く荒い呼吸の中で慌てて身体を見下ろす。暴走か? ……暴走じゃない?

「え……あ……」

 はっきりした意識の中で、駆け巡る魔力が確かに警鐘を鳴らしている。けれど、と少し考えた時、あることに気がついた。私の意識ははっきりしているのだと。

 その瞬間、すとんと身体を巡る魔力が落ち着いてくる。そもそも、魔力が暴れまわる時の最大の恐怖は「意識がない」ことだ。私は過去の暴走は殆ど記憶がない。

「……あれ? 大丈夫みたい」

「そういうことだ。意識さえあればお前なら問題ない。怖がるな」

「……デューク様、ひどいけどありがとうございました」

「ひどいけどって、おまえなぁ」

 呆れたような表情で、だけれどどこか嬉しそうに王子が笑う。おねえさまも横でほっとしているが、私は怖くて背後を振り向けないでいた。

「……どういうこと?」

「えっと、その」

 おずおずと上を見上げれば、覗き込む銀の瞳が私を見下ろす。じわじわと熱くなる頬をどうしようか考える間もなく、フォルが「え」と目を大きく見開いた。

「え、え? だって、え?」

「これは驚いたな、フォルが慌ててる」

「もう、デュークってば。私達は行きましょう」

 ぐいぐいとおねえさまに引っ張られて二人が退場していくのを、唖然として見送る。これは、私に、どうしろと!

「あの、フォル」

 こんなばれ方ってあるか、と半ばやけくそになって見上げた先で、白い肌を徐々に赤く染めていくフォルが片手で顔を隠す。

「ま、待って待って。……夜に話せる? たぶんその、ここじゃないほうが。っていうか、待って俺が話したい」

「……お、俺……?」

「あ! いやだから、ああいやもう、どっちでもいい……」

 真っ赤になったフォルがその場に片膝をついて顔を覆う。

 結局二人無言状態が広い部屋で続きどうしようもなくなり、私は「じゃ、じゃあ夜に!」と叫んで勢いよく二階へ駆け出すと、途中王子の部屋にいるおねえさまにヘルプを出して自室に逃げ込んだのだった。






アイラ「こんなばれかたってない……」

ラチナ「うちのデュークがすみません……」

アイラ「嫁か」

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