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 また、フォルと一緒。その点を考えると医療科での立場は主に女性達の陰口のせいで悪くなるのかな、と数日前の発表では安易に考えていた私であるが。

 実際フォルと一緒になりたくて医師の授業を選んだのではと周囲に思われたアニー様は、腹立たしい事だがすぐに陰口を囁かれてしまっていたしと私も覚悟を決めていたのに、聖騎士に選ばれた私へのわかりやすい非難というものは、医療科で聞かれる事はなかった。

 聖騎士自体を非難したり、医療科から聖騎士に選ばれたことを非難するというのは、医療科ではありえなかったのだ。それは何より公爵家のフォルを侮辱する言葉であるし、「指名」されたというのに非難すれば学園の意向に文句を唱えるにすぎないから。

 それにそもそも女騎士という立場は、貴族の女性の間で人気が高い。なぜなら、数少ない女性の騎士に護衛されることが憧れとされる部分もあるからだ。

 女性の護衛に女性騎士をつけたいと願うのは、世の既婚男性の願いか。とにかく圧倒的に数が少ない女騎士は男女共に人気が高く、聖騎士授業に指名されたという話は医療科において私への非難の声を最小限に抑える威力がある言葉だったのだ。


 そう、医療科では。


「女の癖に。しかも医療科だった癖に、何が聖騎士だ」

 昼食を購入しようと訪れた食堂で、明らかに聞こえるように発せられたであろう言葉。ちらりと顔を向けると、うっとひるんだ男達の数人の服装を見て、ああと納得する。

 同学年の兵科だ。今年も騎士科に上がることができなかった生徒。

 医療科だったくせに、であればフォルも該当するのだが、その前に女の癖にと言っていたのだ。彼らの標的は私だろう。

「あいつら……」

 僅かに眉を顰めたガイアスと、明らかに空気を変えたレイシス。二人曰く、護衛は心の平穏も護ってこそ、らしいので、彼らの今の発言は二人のセンサーに引っかかってしまったのだろう。

 にやりと笑うガイアスに、纏う空気が刃のように変化したレイシス。彼らに気づいて引きつった表情になった彼らを助けるつもりはないが、私はそばに控えた護衛二人に「待った」をかける。学園内でのいざこざは遠慮したい。手を出したほうが悪いのだ。

 いざこざは遠慮したい、が、いつまでもほっとくのも面白くは無い。……そう王子に話したら、さすが、それくらいでないとと笑われたので、なんか癪だなと実はあのような男達の言葉はスルーしていたのだけど。

 くるりと身体の向きを相手のほうに向け、腕を伸ばしても届かない距離にいる相手をじっと見つめる。男子生徒三人。その特徴をじっと探るが、兵科は一般の人間も多く特定するのは難しい。

 レイシスが隣で、全員商家の出ですね。と呟いた。なるほど、レイシスたちは兵科の指導も受け持つから、相手の名前がわかるのか。しかも、家が商人をやっているということは、だ。

 ベルティーニへの非難というより、嫉妬も入っていると見ていい。同業者では良くあることだが、彼らはうちを敵に回すことがどういうことかわからないほど「弱い」家。

 これならある程度やり返してもどこにも迷惑はかけないかなぁ、なんぞ考えていると、ふわりと覚えのある香りに気づく。あ、絶対今日のランチボックスにから揚げが入ってる。思わずほっと笑みが零れると、男達は明らかに顔色を変えて走り去った。え、ひどい。まだ何もやってない。知らないうちにそんな極悪な笑みを向けていたのだろうか、フォルみたいに?

「……私何かした?」

「そんなことは。お嬢様、あんなやつらを相手にする必要はありません」

「そうそう、アイラずるいな。そんな可愛い笑顔ならこっちに向けて?」

「フォル離れろ今すぐ離れろふっ飛ばす」

「何やってるのよ……」 

 おねえさまの呆れた声を聞いて、とりあえずご飯買おう、と意識を戻す。未だに背後で楽しそうに攻防を繰り広げているレイシスとフォル、そしてなぜか審判よろしく動くルセナと、「おーっとここでフォルの冷却魔法だ!」などと司会をしているガイアスは放っといて、王子とおねえさまと食事を注文しに行く。

 ……なんか最近レイシスとフォル仲いいな。

「お。アイラ、今日の昼食はお前の好きな鶏肉だな」

「あ、やっぱり! やった、これで午後も頑張れる」

「アイラ、本当に好きですわねぇ」

 王子とおねえさまに囲まれて笑顔で全員分の昼食を注文すれば、すっかり慣れ親しんだ食堂のおばちゃんが、おまけしてあげるよ、と全員分にから揚げを追加してくれた。

 私はこれ程皆に助けられているのだ。あんな兵科の男達の言葉に傷つく程やわではない。

 と、思っていたのにだ。


「姉上、生優しい根性では商人の娘は務まりません」

「げっ」

「あの場で嫌味の欠片もなく花が綻ぶような笑みを浮かべるとはある意味つわものなのでしょうか。単に別なところに気をとられていた気がしないでもないですが」

 背後から聞こえた声にびくりと肩を震わせる。しまった、見られていたのか!

「っ、カーネリアン、カーネリアンも昼食……」

「貴金属を扱うマルデナ家三男、我が家とは異なる布地を扱うギナ家の次男、主に魚介類の取引を生業としているガーナ家の四男です」

「うん、そ、そうなんだ」

 姿勢を正し美しい所作で一度礼をして見せながら歩いてきたカーネリアンを見て、思わずこちらはへっぴり腰で退場したくなった。

 現場を見ていただけではなかったのか、弟よ。なぜどこの商人の家の何番目の息子だとわかるのか。

「全員家を既に長男が継いでいるところばかりですね。兵科でも成績が芳しくないからと姉上に当たるとは愚の骨頂」

「ああうんそっか、わかったからちょっと待っ……」

「特に姉上に聞こえるように声を上げたのはギナ家ですね。最近ベルティーニに喧嘩を売って父上にやり返され、経営が火の車と聞きます。念のため気をつけて、と言いたいところですが、まあガイアスとレイシスがいれば大丈夫か」

「カーネリアン怖い! お姉ちゃんなんかちょっと悲しい!」

「いや、本当にお前の弟はおもしろい奴だな」

「いやデューク様それ褒めるところですか!?」

「デューク殿下、お久しぶりでございます」

 さらりと挨拶をして王子と話し始めたカーネリアンを見て愕然とする。肝が据わりすぎていやしないか我が弟は。小さい頃はあんなに可愛かったのに! いや今も可愛いけどさ!

 弟の将来が若干心配になった瞬間である。まぁ……杞憂なのかもしれないが。

 ちらりと周囲を見回すと、目をとろんとさせてカーネリアンを見つめる下級生の女生徒の姿が見える。侍女科ももちろんだが、ドレスで着飾った淑女科までいるのだからすごい。

 そう、王子じゃなくて、カーネリアンを、だ。入学してからこの数日でいったい何が起きたというのか。

 これはこれである意味将来心配かもしれない、と思わずにはいられない姉である。まあ、心配しなくてもカーネリアンならいろいろと上手くやりそうな気がするが。いろいろと。


「さっすがカーネリアン。まあ、あいつら三人は後で補習増やしとくから放っといていいぞ、アイラ」

 にかりと笑うガイアスの言葉で、僅かにあの三人に同情してしまったことをカーネリアンには悟らせまいと、私は笑顔でスルーするスキルを発動したのだった。


 王子と話を終えたカーネリアンが昼食を頼んだのを見届けると、遠くで「カーネリアン、こっちこっち」と呼ぶ声が聞こえた。手招きしているのは、どうやら同じ紳士科の生徒らしい。

 カーネリアンは食堂で食事をしているのか。どこかほっとした気持ちがあるのは、口にはしない。

 私がこの学園において目立つ存在であるという自覚はある。何せ私は食堂で初めて食事をした一年のあの日、いきなり陰険な毒魔法を喰らったのだ。

 私の存在が弟であるカーネリアンに悪い影響を及ぼしはしないだろうかと心配していたのだが、私が知らない笑顔を浮かべて友人らしき男の子達の傍に向かうカーネリアンを見て、大丈夫だったのだと喜ぶ気持ちが沸くのは仕方ない事だろう。


「大丈夫です、お嬢様。サシャもカーネリアン付の使用人として学園に出入りしていますし、カーネリアンが自分に向けられる悪意の対処法を間違えることはないでしょうから」

 少し前にレイシスに相談したときはそんな風に返されたのだが、自分の目で確認できるとやっぱりほっとしてしまい、私は高揚した気分のまま意気込んで午後の授業に臨んだのだった。


 が。


「うう、きつい……」

 聖騎士授業を受けるにあたって、私は基礎的なことで躓いていた。

 特殊科の授業を終えた後。レイシスに付き合って貰って私が挑んでいるのは、基礎体力の向上、平たく言えば筋力作り。

 そう、私は普段魔力に頼ることが多く、戦闘時に重要な素早い身のこなしというものも、風の魔力に頼ったものが多かった。が、新しい教官はこれを許さなかった。

 初めて会った第一騎士団隊長は思ったより若々しく、人気も頷ける美しい容姿で、一目で私の体力の無さを見抜き笑顔で容赦ない課題を出したのである。

 曰く、魔力が使えない場合でもある程度は動けなければ騎士としては務まらない、と。もっともで反論の余地も無い。

 一応日々のジョギングやある程度の体力づくりは特殊科でも行うので、その辺りの貴族令嬢に比べれば体力はある方だとは思うのだが、あっさりと「駄目ですね」と穏やかな笑みで言い切られてしまえばもう、死に物狂いでやるしかないだろう。

 私、運動神経あまり自信ないんだけど。そんなのは心の中に留めておくに限る。

 三年のスタートは慌しく忙しく、しかし穏やかに過ぎて行ったのだった。


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