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「そういえば、デューク様あれ、どうでした?」

「青目の男か? いや、まだ調査中だ」

 食事を終えた席でちらりとティエリー家絡みの青目の男の話を振ると、王子は眉間の皺を伸ばしながらそんなことを言う。若いのに眉間の皺を気にするイケメン王子。うん、なかなかシュールである。

 まあ今はどうせグラエム先輩も部屋にいるし、何か情報があったとしても明日の朝か。

 それにしても、グラエム先輩本当に最近大人しいな。ベリア様のことがあったとはいえ、グラエム先輩の性格だと自分からあちこち乗り込んで行きそうだと思ったんだけど。まぁ、この屋敷にいたら抜け出したらすぐわかるから仕方ないといえばそうだ。

 実は、王子に頼まれて屋敷の防御石にジェダイが干渉してみているらしい。そもそも魔石のエルフィなんて珍しすぎて事例があまりないが、防御壁に異常があったり誰かが出入りしたらわかるようにできるか、と王子が聞いてみたところ、やってみると前向きな返事がジェダイから返ってきたのだ。

 今のところうまく行っているらしいが、監視をしている気分で申し訳ない。まあ、グラエム先輩を含めて屋敷にいるエルフィを認識している人間には防御強化をしたということで伝えてはあるのだが。

 青目の男を見つけるまでは守る手段はいくらでも講じて……

「青い目? デュークさまのこと? ハルバートさま? ピエールお兄ちゃん?」

 それまで少し離れた位置でおねえさまとアルくんと一緒に遊んでいたかと思ったアドリくんが、王子のすぐそばで、その王子の青い瞳を覗き込んでいる事に気づいてぎょっとした。

 気をつけて会話をしてはいたが、青目というのは聞こえてしまっていたらしい。子供とはなんとも素早いものである。

「ああそうだ、俺は青だな。そうか、ハルバートとジャンも青色か」

「ジャン? ジャンじゃなくてピエールお兄ちゃんだよ」

「うっ」

 にこにこと笑うアドリくんがジャン・ソワルーをピエールと呼び出したのは間違いなく私のせいである。だ、だって本人がピエールのままでいいとか言うんだよ……。

 でも、そうか。ピエールはたまに休日に、外で私達と遊ぶアドリくんに顔を見せていたから覚えていたか。……青目、か。と考えた時、部屋に妙な沈黙が落ちていた。

「……いやいや、あいつは違うだろ。いくらなんでもジャンだったならベリアが気づいているって」

 しばらくしてガイアスがからりと笑って否定の言葉を吐くまで誰しもが無言だった。ガイアスの声にほっとしたのは事実だが、別にピエールを疑ったわけではない。

 身近にいる人間の名前が出たこと、そして身近にいる人間である可能性に恐怖しただけだ。

 だが、ハルバート先輩はあの場にいて交戦した人間であるし、ピエールもガイアスの言ったように違うだろう。というか、青目なんてこの国において珍しくない。ありふれた色、と言ってもいい。

 無意識に緊張していた身体から力を抜く。リドットもそうだが、医療科からもアレス家の少女がいなくなっていたこともあるし。とにかく、少し近いところでルブラに関わるものが居すぎたように思う。だからこんな、と考えて、ぐっと手元にあった勉強用に持ってきていた本を握る。

 またおねえさまとアルくんと一緒に遊び始めたアドリくんを見て、ほっと息を吐いた。なんとなく、青い目の男の会話が終了した事に安堵したのだ。


 しかし安堵したのも束の間。少しして、自分がずっとアルくんを視線で追っていることに気づく。王子がそれを心配そうに見ている事も。

 ああ、そうか。私は気にしているらしい。うだうだと考え始めた思考を一度止めるように目を閉じる。

 考えれば考えるほど、この件に関しては常に無いほど後ろを向いてしまうことはわかっている。なんとも、らしくないことだ。

 アルくんが彼であることを期待しているのか、否定したいのか。それすら自身の気持ちを理解できていない私では、考えても抜け出せなくなるだけだ。もう、いっそ気合を入れてアルくんの話を、事実を受け止めたほうがいい気すらしている。

 うん、そう。きっとそのほうがいい。


 ぐるぐるとずっとそんなことを考えていたせいか、気づけばアドリくんは眠気を訴え、レミリアに連れられて部屋を退室していた。

 ちらりとこちらを向いたアルくんと目が合う。視線が逸れると私の自室に戻る為か、猫の姿のまま部屋を出て行ったアルくんの姿をなんとなく目で追った私は、覚悟を決めて立ち上がる。

「アイラ、話すのか?」

「大丈夫ですか?」

 やはりと言うべきか、昼間王子との会話を聞いていたせいもあるだろう、この後何をするのか検討がついていたらしいガイアスとレイシスが、じっとこちらを見ていた。そこで漸く、二人にも同席してもらうべきかという考えが浮かぶ。いっぱいいっぱいでちゃんと気づいてあげられなかったことが申し訳ない。

「あ……あの、アルくんに聞いてみてよかったら、呼んでもいい?」

「もちろん」

「わかりました」

 どこかほっとした笑みを見せた二人にごめんねと呟いて、ずっと気にしてくれていた王子にお礼を言う。覚悟なんてきっとないのだろう。ただただ、行かなければ、聞かなければという思いに突き動かされて歩き出すと、フォルに呼び止められた。

「アイラ。話を聞く前からあれこれ想像しないほうがいい。いつも通りのアイラでいいと思うよ」

 小さな声でそう囁いたフォルが、「ほらそんな顔しない」と笑った。……どんな顔してたんだろう。

 自分の頬を押さえていると、ガイアスにぽんと背を軽く叩かれる。

 よし。

「ありがとう、行って来ます!」

 拳を握り部屋を飛び出した私は、今度こそせめて聞くだけは、と覚悟を決めて自室に向かうために階段を駆け上がった。



「邪魔するぞ」

「お嬢様、失礼します」

 結局部屋に戻ってすぐ、にゃあと一鳴きしたアルくんが、ガイアスとレイシスを自ら呼んで来た。アルくんも、やはり何の話をしたかったのか理解していたらしい。結局、お互いに話をする機会を伺い逃していたということか。

 すぐに部屋に現れた二人に椅子を勧め、人数分のお茶を淹れる。

 沈黙した部屋に響くかちゃかちゃと茶器が僅かにぶつかる音すら煩わしく感じることに気づいて、自分が思ってる以上に緊張しているのだと皆に背を向けて苦笑した。本当にらしくない。

 アルくんにも必要だろうかと水を用意して全員分のお茶を淹れ終わり、私が席に着くとそれぞれが飲み物を口にする。

 きっと緊張しているのは全員一緒だ。

 どう話すか、とタイミングに悩んでいると、唐突にアルくんが尻尾を揺らし、姿を消した。

「あっ」

 精霊の姿に戻ったアルくんが、姿現しでガイアス達の前にも精霊の姿を見せたのだ。

 ガイアス達よりは明るい髪色だが、同じ瞳の色、顔立ちもやはり似ていて、その姿は私達が知るサフィルにいさまそのものだ。……身体が精霊であるという以外。

 思わず息をのんで固まった私たちの前でアルくんは、開口一番ごめん、と呟いた。

『前に言ったけれど、僕はアルだ』

 その一言で、部屋になんとも言えない空気が漂う。つまり、サフィルにいさまであることを否定する、ということか。顔を思わず見合わせると、ガイアスもレイシスも信じられないといった表情で、やはり二人はにいさまであると確信していた様子だった。

「それはつまり」

 耐え切れなくなったように口を開いたガイアスだが、そちらをちらりと見たアルくんは『でも』と言葉を遮った。

『サフィル・デラクエルは知っている。僕は彼の記憶も、想いもあるから』

「え……?」

 それはつまり、彼ではなくて?

 浮かぶ疑問はそのままに、全員がアルくんに注目する。視線を受け止めたアルくんは、それぞれの顔を見上げた後そっと話し出した。

『僕は気がつけばアイラの持つ桜の精霊だった。精霊なのだと理解していたし、ベルティーニの家の周りの植物の精霊たちといつも話をしていてそれを疑った事はなかった。けれど自分が異質なのを理解したのは、アイラ達が学園に向かった後』

 静かに話を聴きながら、ぐっと手を握る。どこかに当時のアルくんの混乱が伝わってくるようで、思わず身体に力が入る。

『植物の精霊は依り代に選んだ植物の傍にすぐに帰る事ができる。当然アイラが移動すれば僕の家も変わるのだけど、ふと他の植物は皆移動なんてしていないことに気がついた。そもそも、僕は桜の精でありながら本体の桜を見たことがなかった。そしてそれはおかしいのだと』

「おかしい?」

『そう。僕は自分で植物を選んでいなかったんだ。初めからそこにいて、違和感が無くて。おかしいよね、桜を見たことがないのに知ってたんだ。でもアイラが学園に行く前に一度、僕はなぜかそこにあるはずのない桜を見ていた。アイラが誘拐されたあの日』

 ひくっ、と喉の奥が変な音を立てた。

 誘拐、と当時のことを思い出して、私は私の見た桜を思い出す。舞い散る桜の中私を止めた……マグヴェルを殺してやろうとした私を止めた声。

『あの時は自分の記憶が曖昧だと思ったけれど、違った。アイラを追って学園に入った僕は、初めての筈の本体の桜の木を見て「彼女の髪の色のようだ、見せてあげたい」と思った男の記憶を徐々に知った。まるで物語を読んでいるように、主人公の男の軌跡を辿ったんだ。弟が二人、妹が一人いて、何よりも大切に思っていた主がいた』

「それは……俺らか」

 ぽつりと零されたガイアスの言葉に顔をあげたアルくんは、きっと、と呟いた。

『それからはこの知らない記憶と知識、想いを知りたくて必死に石の持ち主であるアイラに近づいた。記憶はいくらでも読み取ることができたけど、僕は僕だ。人間じゃない。それでもアイラを知って、君達を知って。想いは同調して、僕はアイラを守りたいと願うようになった。同じだとわかっているけれど、これは僕の意思、僕のものだ』

 アルくんから語られる言葉を飲み込んでいく度に、胸が詰まったように苦しくなっていく。

 ああ、アルくんの話す内容に覚えがある。物語を読むように、別の記憶に触れる。でもそこには、今の自分は別に、確実に存在していて、それでもその物語の主人公に影響を受けていく。

 私と同じ。サフィルにいさまは、転生したのだ。そして私達は、転生というにはあまりにも今の『自分』が強い。過去の自分は、物語の主人公に感情移入しすぎた感覚に似ている。

 きっとガイアスたちからしてみれば、アルくんはサフィルにいさまの生まれ変わりでその人だ。けれど、私は、私はそうは思えない。私は生まれる前の自分と今の自分を同一視していない。あれも私だと理解しているが、違うのだ。だって、いくら影響はあろうと私は今を生きている。過去を思い出すのは、昔読んだ書物を思い出す作業と一緒だ。

 別にその違いについて議論するつもりはない。結局当人以外には、同じ事。だけど。

『僕は、僕だ』

 詰まったような声が聞こえてはっとした。

 私は、前世とは別世界にいる。でも、アルくんは……近すぎた。

 もしかしてアルくんは、過去の記憶に苦しんでいるのではないか?


 サフィルにいさまは。


 サフィルにいさまは、もういないんだ。


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