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「この土じゃ、駄目だなぁ。魔力少なすぎ」
一人自室で机に並べた土を眺めていた私は、ため息を吐く。
手のひらからぱらぱらと大きめの箱に戻した土を均し、蓋をする。
今回も駄目だった? と聞いてくるアルくんに頷きながら、地名を書き連ねた紙に罰印をつけた。
年が明けた。何の変わりもなく迎えた今日は、王子の成人の儀だ。
新年を迎えた今もなお、アニーに会うことはできていない。
今年は無事に、年越しで飲む慣習のあるポットの葉を浮かべたお茶を飲むことができたが、なんだか落ち着かない。
確か去年は、自分の怪我をほうっておいたせいで皆に怒られながお酒を飲んだんだよなぁ。
去年のようにグーラーの群れに襲われながらの新年も嫌だが、今年のようにわからないことが多すぎてもやもやとした気持ち悪さの中迎える新年も嫌なものだ。王子は相変わらず忙しいし、おねえさまは笑顔を見せてくれるけれど無理してるし、フォルも忙しそうだし。それでも王子以外はなるべく休む時間を考慮し、私達にいろいろ相談してくれるようになったのが進歩だけれど。
私は私で、自分の無力さを痛感しながら研究中だ。
やっぱり、中途半端に投げ出していちゃいけない。どんな努力も必ず自分の助けになってくれるはず。……ということで私は、この国でカレーの材料である香辛料などの生産ができないか研究中なのである。去年お父様に国外や遠方等からの材料の仕入れについて指摘されてから、なんだかんだで忙しくて中途半端になってしまっていたから。
ジェダイやアルくんに相談してみると、植物を育てるのに必要な環境は天候気候なども大事ではあるが、土の魔力成分も重要だ、とのことで、それぞれの生産地の土の含んでいる魔力量と、こちらで似た気候にある土地の土を調べている。育つ植物の違いなども見ているから、やってみると随分勉強になるなと感心しきりだ。
……正直に言うと、最近の私の情報網がエルフィの力に頼ったものが多いことを反省したのだ。要するに、人からの情報が少ない。学園で特殊科以外にも関わる人間は増えたが、学園の中にいる生徒の情報なんて私と同じでたかが知れている程度だった。
ベルマカロンに携わっていた頃は、もう少し外部との接触があったし情報も得やすかったと思う。
にしても、ベルマカロンの時は地元から大きくしたし、材料も地元で容易に手に入りやすい、簡単に作れるものを選んで、包装だって近くの商店の協力を得て始めたものだったからあまり最初の材料確保方法で苦労した記憶がなかったのだけど、仕入れ確保ができないのがこれほど大変だとは。
今はベルマカロンは大きく成長し仕入れもやりやすいけれど、ベルマカロンと別物としての起業はやっぱり難しいかな。
チョコレートの生産も商品化に苦戦しているとサシャから連絡があったし、最近は障害が多いことだ。
……結局、王子とおねえさまの婚約の発表は時期を見ることになった。王子ははやく発表してしまいたかったようだけれど、周囲が「今発表してもしルブラを刺激するだけでは? おねえさまに害を及ぼすものが近づいたら?」と反対したらしい。
やはりというべきか、きっとこうなるように仕組まれていたのだろう。王子が、情報戦やら根回しに押し切られたということだ。……リドット侯爵家がルブラと繋がりがあったとわかった今では、どこまでルブラが貴族社会に食い込んでいるかはわからないが、敵は思った以上の組織であると思ったほうがいい。
土をいじりながら、傍らにある資料を見つめる。私とガイアス、レイシス、そしてフォルと一緒に作成した、味方に抱き込める貴族とそうでない貴族のリスト。それに味方に引き込みたい有力者達が書き連ねてある。今後は有効に使って輪を広げていかなければならないだろう。
資料をまとめ、机の端に寄せた私は立ち上がるとぐっと伸びをして、時計を見る。
もうそろそろ約束の時間だ。今日もガイアスとレイシスに魔法の訓練をお願いしているのだから、行かないと。
丁度王子の成人の儀が始まった頃だろうか、と考えながら、急ぎ支度を整える。今日ほど厳重な警備というのもあまりないだろうしそちらは心配はしていないが、今日は休みたいと部屋を出てこないおねえさまを思うと胸が痛んだ。
「アイラ、お前大丈夫か?」
じっと見つめてくる瞳を見つめ返して、苦笑する。
「大丈夫、おねえさまやフォルみたいに無理しないって」
「お嬢様は自分で気づかないうちに無理をしているタイプでしょう」
幼い頃から私を見ている二人は疑わしげに見つめている。今までいかに心配をかけていたのかがわかるな、と若干反省しつつ、口を開く。
「おねえさま達を見て、私も反省したもの。大丈夫、無理をして心配をかけたりしないから。ちゃんと相談する」
「ま、顔色は悪くないけどな。今日のところは軽くやっとくか」
そういいながらガイアスが手にした本を見て、顔が引きつりそうになった。軽くって、それ炎複合系の攻撃魔法書じゃないか、私が一番不得意なやつ!
「不得手なのはわかりますが、避けて通るべきではなく乗り越えるべきです、お嬢様」
「うっ……わかってる、だいじょうぶ」
レイシスの言葉に頷きながらも、ほんの少し嬉しくなる。
ここ最近、レイシスは変わった。前なら私が苦手なものを「乗り越えろ」とは言わなかったであろうレイシスの言葉は、私にやる気を漲らせてくれる。
「よっしやるぞ!」
気合をいれ、炎が苦手なアルくんには下がってもらい、私は魔力を練り上げ始めた。
「っはぁ、やっぱり無理かぁー!」
「炎自体はともかく、炎と地属性系統を合わせた複合魔法だと一気に安定しなくなるなアイラは」
うーんと唸りながらあれでもないこれでもないと本を捲りながら既存の魔法を片っ端から却下していくガイアスは、私でも練習しやすい魔法を選んでくれているのだろう。
ガイアスは炎も地も得意だから、その点知識は幅広い。隣にいるレイシスも面白そうに魔法書を覗き込んでいる。
「ガイアスはどうやってるの? なんかコツとかある?」
「うーん……っていっても俺は得意だからなその二つ。水とか風の複合となると、練り上げる魔力抑えて練習すると割りとうまくいくけど、炎は逆にそれじゃ不完全燃焼でうまくいかないだろうし」
「だよねぇ、やっぱ自分でコツを掴むしかないか」
火や地属性の魔法というのは、どちらかというと豪快だ。対し私が得意な水、そして風は繊細な魔力制御が必要になる。両極端であるからこそ難しい。
私はあまり使わないだけで、火だけ、地だけという属性であれば、割と普通に使える。水や氷のほうが扱いやすいというだけで不得手ではないのだけれど、複合となるとどうやらぜんぜん駄目だったらしい。今まであまり苦労したことがない類の苦戦を強いられ、結構混乱中である。
うん、つまりだ。
「悔しい……っ!」
ぐっと拳を握り小さく呟くと、ガイアスが本からぱっと顔をあげてにやりと笑う。
「アイラ、今まで中級以下の魔法でこんな苦戦した事ってあまりなかったもんなあ」
「水と氷や水と風の複合なら、上級だって使えるのに」
「仕方ありません。お嬢様は魔力量は多いですが大きく爆発的に放出するよりは長く、安定させるタイプですから」
「思い切りが足りないんじゃないか? アイラ割と慎重派だし」
二人の話を聞きながら、指先に炎を生み出し風魔法で煽っていく。うん、風はうまく使えるんだよね。要はイメージしやすいかどうかかもしれない。どうも、炎と地があわせて考えいにくい。前世の好きなゲームだとかそういったイメージに憧れていた私は、想像(妄想)ができないとなると一気に創造できなくなるようだ。
原因に思い至れば解決方法もわかるというもの。
「ガイアス、ちょっとやって見せて!」
「ん? ああいいけど、アイラ、ジェダイはどうしたんだ? あいつ元地属性の精霊だから地魔法の事聞けるだろ?」
「あー……」
そばにすり寄って来た猫の姿のアルくんのふわふわとした背を撫でながら、苦笑する。
今、ジェダイはグリモワの中にいない。王子の成人の儀を調べに行っているのだ。
本当はアルくんが様子を見に行く、と言っていたのだが、ボクもやってみたいと手を挙げたジェダイが譲らなかったのである。
ルブラがいたらボクのほうが気づくかもしれない、絶対に気をつけるから、と言われてしまえば、アルくんも黙るしかない。確かに作られた魔石の精霊は、同じ魔石の精霊であるジェダイのほうが気づきやすいだろうし。
二人で行ってきたら、という案も出してみたが、どうやら片方が私のそばにいることでお互いやり取りしやすいとの理由で却下となった。それにグリモワを私が持ち歩いてさえいれば、ジェダイは緊急時にすぐにグリモワの魔石の中に戻って来れるから安全、らしい。
そんなやりとりをガイアスとレイシスに説明すると、二人は目を丸くして頷いていた。
「そんなもんか。相変わらず精霊のことはわからない事が多いな」
「だからこそこちらに有利な事も多いのでしょうが……もう少し、せめて王家に忠実な騎士にエルフィが揃ってくれていればいいのですがね」
学生の私に負担を強いるなんて、という二人の意見はもっともだが、こればかりは仕方ないだろう。
「で、デュークはどうしてるんだ?」
「さっき連絡が来たときは無事に終わったって来てたけど。この後食事とかお酒とか、お付き合いであるんじゃないかな?」
そんなところはこの世界も一緒か。そう考えて苦笑する。
本来であればそこにおねえさまもいるはずだったのに、と思わなくもないが、こうなってしまえばそんな策略渦巻いてそうなところにおねえさまが行かなくて済んだのだと思って……いやそう思い込むしかないか。
ため息が出るほど、私達は情報を得ることができていないのだ。
なんとなくしんとした空気で皆が思っていることは同じだろうと察したのか、ガイアスが笑う。
「ま、今は魔法練習でも情報集めでもとにかく全力でやるしかないって。それがマイナスになるわけじゃないんだからさ」
からからと笑うガイアスにつられるように笑みを浮かべ頷いて、私は再度、複合魔法の練習に取り掛かったのだ。




