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「ああ、なるほどね。やっぱそうだよな」
「ガイアス……」
以外にもすぐに状況を理解したのか頷いたのがガイアスで、さらに驚いてしまう。
ガイアスは視線をテーブルに落としたままだが、特に表情を変えることなく頷いているし。
「アニーは……」
疑われているのか。そこが聞きたいわけじゃない。きっとそれはもう私はわかっているから。
……疑っているのか、と聞きたいのかもしれない。それはつまり、おねえさまがアニーを疑っているのか、疑っているということか……?
いや、そうじゃなくて、そんなんじゃなくて……と落ち着かない頭で考える。
「やはりアニー・ラモンは何らかの形で関与していると国は考えているのですね?」
確認のようにレイシスが言うと、おねえさまだけではなく、フォルまで顔を上げた。
そうなのか、やっぱり……そう思ったのが顔に出たのか、おねえさまが悲しそうに眉を寄せる。
「……違うのよアイラ。私は聞いたわけではないのだけど。いくらなんでも戻ってくるのが遅すぎるからそうじゃないかって不安で。……アニーが誘拐されたときの事を聞いた時、気になった事があって」
おねえさまがそういって話し始めた内容は、こうだ。
アニーはもともと、学園に入った時点ではレディマリアの派閥であったこと。これは私も知っている。
だが途中で彼女はそこから離れ、はみ出しもの扱いであった自分達のところに来たこと。これに関しておねえさまが私に話すのを申し訳なさそうにしていたが、事実である。
私は平民上がりの貴族、それも元の貴族を潰す形で成り代わった貴族だ。マグヴェルはいい人間ではなかったと思うが、あれにはあれで貴族間での繋がりがあった筈で。
幸いな事にベルティーニは商売人としてかなりのパイプがあった為に表立って非難されることもなければ、どうやらジェントリー公爵家が動いてくれていたらしいとあってひどい爪弾きには合わなかった。
それでも学園は別だ。まだ精神的にも幼い子供達の集まりの中で、平等にと言われてもうちの人間と仲良くしたがる貴族は少ないだろう、と思う。……こんなに信頼しあえる仲間ができたことが驚きなのだ。
そして私も詳しいわけではないが、おねえさま自身も少し他の貴族と……いや、王子狙いの令嬢が主にだが、距離があると思う。下手に権力があって噂に流されやすいタイプの貴族というものはやはり好きではないが、要はおねえさまの家は代々珍しい魔法の使い手で、王族との親交があるからでは、と聞いた。おねえさまは幼い頃から王子に会う機会があったのだ。そしてそれは特別な事で、おねえさまのご実家の伯爵家より上の立場である侯爵家の令嬢でも簡単にできることではない。
つまり嫉妬だ。おねえさまが普段それを気にしている風はなく、表立ってということはなくとも仲良く話す貴族令嬢達はいるので大丈夫だとは思うが、少なくともレディマリア様は強く敵対意識を持っていたように思う。
そこまで考えたとき、おねえさまが言いたいことがわかった気がした。
「アニーが私達に寝返ったとかひどいことを言われているのは知っていましたし、気にしなくていいという話をしたりもしましたけど、まさか」
「……一部で、アニーはあえて私達に近づいてレディマリアに情報を渡しているんだろう、なんて噂もあったのよ」
友達ってそんなんじゃないだろう、と一瞬考えた私は、ここが小さな貴族社会の場であることを思い出し歯噛みした。
アニーがレディマリアに協力したと疑われるのって、そのことかしらと気になって。……そういうおねえさまの言葉を聞いて、どきどきと心臓が速くなる。
「アニーは……私達の情報をレディマリア様に流しているのか、とルブラに聞かれたということ?」
「それって、どうしてだよ。まるで俺たち側みたいな……ルブラに対してその質問、メリットがあるのか? わざわざ危険を冒して誘拐するほど」
「いえ、今回の件はルブラがリドットを裏切ったという線が濃厚です。どこまでが協力者か見極めたかったのかも」
ガイアスとレイシスの言葉でしんと静まった室内で、誰かの深いため息が聞こえる。
ルブラの謎が、多すぎるのだ。何度か接触しているのに、謎ばかり増える相手。……そうでなければ、どの国家ももう少しルブラ掃討に成果をあげれているのだろうけれど。
「疑うわけじゃなくて、疑いを晴らせればと思って調べていたんです。証拠がないと、騎士の皆様は信用してはくださらないでしょう? ……そう思ってはじめたはずだったのだけど、いつの間にかわからなくなっていたかもしれませんわ。……もしかしたら、どこかにアニーを疑う気持ちがあるのかも、と思ったら、アイラたちに言い出しにくくなって」
そんなの、何もしなかった私よりマシではないか。そう思うと愕然として、そっと目を閉じる。
ルブラの真意はともかく、国は今リドット侯爵家と繋がりのある貴族を洗い出している。もしかしたらそれでアニーも動けないのだろうか。
ちらりとフォルを見るが、その表情から何も読み取れない。王子と仲がよく、独特の情報網で情報通であるフォルは何か知っているのだろうか。
しんと静まる室内で落ち着かない気持ちになった。……けれど、と思い直し、私はぱっと顔をあげると、パンパンと手を叩く。
「話はわかりました。ルブラの真意とかとりあえず今はどうでもいいです」
「え? アイラ?」
きょとんと私を見上げるおねえさまに一度微笑む。
「そんなものは、これから調べて解決すればいいんです。情報が少ない今ここで悩んでたって意味ないですし……ってことで、皆でやりましょう。話の要点はそこだよね?」
「あ、ああ、まあ」
押されたように頷くガイアスを見て、そちらにも大丈夫だと笑みを浮かべる。おそらくガイアスの心中もきっと穏やかではないだろうに、それを表に出さないのは、というか私に見せないようにしているのだろうが、さすがというべきか。
「レイシスだって私だって、フォルだって情報を集めるのは得意です。ということで、何も考えずとりあえず調べましょう! 先入観とか私情って捜査によくないんですよ! だから、アニーは悪くないとかそういうんじゃなくて、まっさらな気持ちで調べましょう」
「捜査……アイラおまえ、また変なものにハマってないだろうな……」
たまに何かにのめりこむとそれ一直線になることを言っているのかもしれないが、失礼な。一般論である。決して推理小説だのなんだのにハマっているわけじゃない。
呆れたようなガイアスの声はとりあえずスルーし、よし、と気合を入れる。
「まずやるべきことは、おねえさまとフォルは休憩です!」
言いたい事をしっかり宣言し、私は立ち上がって腰に手を当てて胸を張る。こういうのは気合だ気合! 後ろ向きに考えて調べていたら何か見落とすかもしれないし!
ぱちぱちと目を瞬かせたおねえさまが、次の瞬間なんだか脱力して笑っていたが、泣いているわけではないのでよしとして、手を差し出す。
「おねえさまとフォルは一度身体を休めてください。落ち着くお茶でも用意してお持ちします。その間にこちらでできることをしてみますから、安心して眠ってください」
「……ありがとう皆」
ぐっと私の手を握り立ち上がったおねえさまに笑みを返し、部屋に戻ってもらう。
フォルも大人しく部屋に戻ったので、レミリアと相談しながら二人で落ち着く香りのお茶を淹れ、運ぶ。
ひと段落し皆のいる部屋に戻って考えるのは、王子のこと。……アニーを疑っているのかとか、私達に黙っていたのかとか、そういった感情はなかった。
むしろ仲間の友人だから大丈夫だと安易に考えないで行動できるのならば、それが当然だとは言われたとしてもすごいと褒めるべき精神力ではないだろうか。きっとおねえさまの気持ちを考えて苦しい思いをしたはずだ。
ああは言ったものの、部屋にいる皆はなんと切り出せばいいのか迷っているのか、たまに会話していても具体的な内容が出ない浅い話ばかりだ。
まず何から手をつけようか、と考えていると、膝の上に何かが乗った。
「あ、アルくんおかえり、どこか行っていたの?」
私が質問すると、尻尾を揺らしたアルくんが甘えるようにすり寄ってきたので、そっと魔力を渡す。どうやら疲れているようだ。
「なんだ、アイラまさか先に調べてたのか?」
私の様子を見たガイアスが訝しむようにアルくんを見つめるので、まさか、と首を振って見せる。アルくんは基本結構うろうろしているので、その行動は把握しきってはいない。
……あれ、でも私の用事ではなく出かけて、魔力を素直にねだってくるのは珍しい。
不思議に思って見つめると、そっと薄茶の瞳が逸らされた。……怪しい。
「アルくん。何をやってたの?」
「おいアル、白状しとけ」
「アル、そんなあからさまでは逃がしてもらえませんよ」
「……みんな怖いよ、アルびっくりしちゃうよ?」
猫に詰め寄る私達をルセナが呆れた眼差しで見ているのはわかるが、アルくんの珍しい行動はきっと意味があるはず。
程なく、アルくんはぺたりと尻尾を落とした。
『アニーを調べたいんでしょう?』
「えっ」
声が響き、私だけではなくここにいる全員に語りかけたらしいアルくんの言葉に、ガイアス達も目を丸くしている。
アルくん、アニーの立場が悪い可能性があるって、知っていたのか。
ゆらゆらと尻尾を揺らしたアルくんはその様子を見つめた後、ぽつりと、申し訳なさそうに呟いた。
『結論から言って、ルブラがなぜアニーに関わったのかはわからない。精霊は人の思惑に聡くはないから、僕の力じゃそれは探れない』
確かに、精霊は見たものをそのまま教えてはくれるが、「このときこうだったから、きっと人間はこういう考えで動いたよ」などという話は聞けない。人間の心理なんて精霊にはわからないのだ。
アルくんは人間である私達と一緒にいるせいか、……もしくは彼の秘密、サフィルにいさまが関係している可能性があるせいかはわからないが、むしろ考えが人に近いかもしれないので忘れがちだが、人から離れている精霊は憶測をエルフィに語る事は少ないのだ。
ルブラの真意をエルフィの私が探るのは無理。エルフィの力を使って情報集めをすることを考えていた私は、当然ながらも悔しい結果に思わず眉が寄る。少しでも役に立てればと思ったのだけど。
『僕は』
突如、頭に響く声。
アルくんが皆に話すのをやめて私に声をかけたのだと気づくまでに、少しかかる。
『うそをつかないから』
言われた言葉に眉を顰める。アルくん、どうしたんだろう。そう思っていると、また耳に直接アルくんの声が届く。皆にまた話し始めたアルくんの言葉は、どこか遠くで聞こえるような、理解に苦しむ内容で。
『ただこれだけはわかる。今回の件で王子の婚約発表はおそらく遅れる』
「え?」
『薬の件ではリドットの偽装でグロリア伯爵家やベルマカロンが陥れられそうになった。これは回避したんだ。けど、リドットに繋がりがあると疑われているアニーはラチナの仲のいい友人だ。王子の婚約者に怪しい立場の友人がいるとなれば、公表できないと反対意見が出ているって』
ぐらり、と身体が揺れる。そんな……。
「それ、おねえさまは……」
『知らないんじゃないかな、王子が今、必死に説得しようとしてるけど』
敵の狙いがもしこれだったとしたら、きっと何を言っても無駄だろうね。
そんな精霊らしからぬ物言いでアルくんが話した内容に、私達は息を飲んだ。
私達がいくらあがいても、不穏な足音は確かにこちらに近づいていたのだ。
第七章終了




