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「おはようフォル!」

 部屋から出てすぐに良く知る後ろ姿を見つけて声をかけると、目の前でびくりと大きく跳ねた肩に驚いて目を丸くする。そんな大声を出したつもりはなかったのだけど。

「フォル?」

「あ……うん、おはようアイラ」

 ふわりと笑うフォルの目の下にあるクマにすぐ気づいて、ため息を吐きそうになったのをなんとか堪えた。やっぱり、ちゃんと休んでなさそう。

 じっと見つめると、フォルはたじろいで後ろに数歩下がった。……逃げられると追いたくなるとはよく言ったもので、つい追ってみれば、フォルは目を丸くしたあとくすくすと笑い出す。

「ねぇねぇアイラ」

「何?」

「僕、君が好きだよ」

「……は?」

 目を丸くした私の前で、「だから頑張る」とよくわからないことを言うフォルが私を覗き込む。意味を理解してじわじわと頬が熱くなるのにどうしたらいいかわからず息を飲むと、目の前にある目が僅かに赤いことに気づいた。銀の瞳が赤いんじゃなくて、目が充血してるんだろう。

「昨日実はアイラに用事があって部屋を出たんだけどね、アイラが……」

「昨日……あ! ガイアスたちとお茶してたけれど、もしかして探した!? ごめん、用事ってなに?」

「ガイアス……? レイシスの部屋、で?」

「え? うん。あ、うるさかった!? もしかしてそれで眠れなかった?」

 各個人の部屋は防御はばっちりだが、さすがに大きな音や声は防げないものがある。しまったと焦る私の前で、フォルは急に「そうじゃない、大丈夫」と笑い出す。

「ああ、すっきりした。用事はいいんだ、ただ薬草について聞きたかっただけで、解決したから。あ、一応僕眠る努力はしたからね? それと、宣言してるだけだからさっきのは気にしないで」

「はぁ……」

 わけがわからず混乱した頭で後ろをついて歩きながら、とりあえずと深呼吸しつつ、結局どっちにしろつまり寝ていないのだろうと詰めていた息を吐いた。そして今日は休ませるしかないと意気込む。幸いにして今日は休日だ。

 王子も休ませたいところだけどすぐに城に行くだろうし、せめて私達でフォルとおねえさまだけでも休ませないと。

 ちなみに昨日散々話し合って決めた、無理してるメンバーを休ませよう作戦は、地道に説得という形になった。

 睡眠薬だの睡眠魔法だの若干危険な案も出たりしたが、さすがに話しているうちに皆自重したようだ。

 無理に休ませるんじゃなくて、納得して休ませないと意味がない。そうでないときっと、本当に落ち着いたりはしないから。……皆が、薬や魔法に頼らなければならない程無理に休ませなければならない状態ではないといい。

 気合を入れていると、首を傾げたフォルが私を不思議そうに見ていて、とりあえず笑みを浮かべてみる。よし、今に見てろよ絶対休ませてやる……というのは何か違うが。


 いつもの部屋に行くとおねえさまはすでに来ていたが、どこかぼんやりとした様子でこちらも疲労が抜けていないように思う。

 王子の姿がないから、もしかしたら朝見送りがしたくてここに皆よりはやく来ていたのかもしれないな、とちらりと考える。

 うーん、恋人がいない私にはわからないけれど、やっぱり二人きりの時間とか、欲しいのかな……? 恋愛小説とかだと、疲れた主人公に恋人が寄り添ってるのが一番疲れが取れるようなことが書かれていたような。いや待てよ、本当にそんなので疲れがとれるのかな? 逆にどきどきして落ち着かないとかじゃない?

 ……どっちにしろ相手が王子じゃ難しいかも。王子が時間作れないだろうし。

 いくら頭を悩ませてみても、おねえさまが喜ぶ時間を作る方法が思い浮かばなくて、はあ、とこっそりため息を吐く。こんなとき、私の経験値の低さが恨めしい。恋愛小説、結局去年読んだ時はあまり楽しめなかったというか、参考にできないというか。


 ……そもそも、私は自分で恋から遠ざかろうとしたのだ。

 むっと自分で自分に呆れて、目の前に出された朝食を見つめる。考えようとするとうまくまとまらず、ちらちらと頭によぎる何かを必死に排除しようとしている気がした。

 すでに全員が揃っていて朝食の時間が開始されている。焼き立てふわふわのパンを口に運びながら、感じる甘みに少しほっとした。

 私なら、美味しいもの食べたら元気いっぱい! ってことはよくあるけれど。

「まだ眠いの?」

 急に声をかけられて、驚いて手に持っていたパンを勢い良く千切ってしまう。

「わ、ルセナ、おはよう」

「おはようおねえちゃん」

 にこ、と笑う彼こそ眠そうで目がとろんとしている……のはいつものことだけれど、いけない、私までぼーっとして心配かけたらだめじゃないか。

「昨日遅かったから?」

「あはは、大丈夫しっかり寝たよ。ルセナこそ昨日随分眠いの我慢してたでしょ?」

「大丈夫。それより今日こそあの二人休ませないとだね」

 小声で話す私達の視線の先では、やはりぼんやりとした二人がいる。フォルはしきりに目を擦っているから眠いだけだろうが、おねえさまは明らかに元気がない。ガイアスがレイシスの果物をひとつ取ったとかで二人が大騒ぎしているのに、そちらに視線すら向けていない。

「ってこらーっ、ガイアス人のもの取らないの!」

「レイシスに隙があるからっ」

「だからって人の皿から取るな、子供か!」

「レイシス、一緒に喧嘩してたらあんまり変わらない……」

 最年少のルセナに突っ込まれたレイシスが、珍しく口を尖らせ抗議している。

 まったくこの双子は! 家にいるときもたまにあったが、じゃれあってる猫のようである。……あれ、猫と言えばアルくんの姿が見えないな。

 またどこかに出かけてるかな、と首を傾げつつ、さて、と一度深呼吸する。いつも通り騒いでいたら、なんだかもやもやしていたものが吹き飛んだ気がする。

 わいわいと騒いでいるメンバーはそのままに、朝食を終えた私は、私の半分も食が進んでいないおねえさまの隣に移動し腰掛ける。

「おねえさま!」

「きゃっ……あ、アイラ。どうしましたの?」

「おねえさま、今日は私に時間をください!!」

 突如宣言し、すでに食器を置いていたおねえさまの手をがしりと両手で掴む。

 え、え、と首を傾げながら目を丸くしているおねえさまは相変わらず綺麗だが、その美しい蜂蜜色の瞳の下にはくっきりと隠し切れないくまが見て取れる。……お化粧でなんとか誤魔化そうとしているのがなんだかいっそ痛々しい。指先から伝わる魔力も、彼女が疲労状態であると伝えてくれている。

「今日は一緒にお菓子を食べましょう! お茶の時間とか!」

「おねえちゃん、抜け駆け……」

 ひょこっと顔を出したルセナが、同じくおねえさまを見つめて僅かに悲しそうに眉を下げる。

「ラチナおねえちゃん、皆でお昼寝しよ?」

「お、お昼寝ですの? ……あ」

 何かに気づいたらしいおねえさまが、ふにゃりと泣きそうに顔を歪める。

 気づけばガイアスもレイシスもこちらを見ていて、おねえさまはきょろきょろと周りを見回したあと脱力したように肩を落とし、ぽつりと呟く。

「わかって、います」

「なら」

 きちんと身体を休めて、と続けようとしたのだが、その時初めてぽろりとおねえさまの頬を伝う雫に気がつき、息を飲む。

「わかっていても、でも……何かしていないと、落ち着かなくて……っ!」

 思わずおねえさまを抱きこみ、ぽんぽんとあやすように背中に軽く触れる。

 そういえば、おねえさまが随分無理をしていると、ここ最近何度も思った筈だった。こんなになるまで何もせずにいたなんて。

 つられるようにじわじわと視界が歪んでいくが、私が泣いている場合ではない。

「おねえさま。私に、私達にできることなら手伝います。おねえさまが無理してつらい状態なんて、ここにいる誰も喜びません。デューク様も」

「そうだぞ、水臭い。俺たちは頼りにならない相手ではないと思うぞ?」

「随分自信満々だなガイアス」

「悪いか」

 でも、と笑うガイアスが、私達をぐるりと見回して。

「仲間を助けるためとか守るために強くなるのって悪くないし」

「俺たちがここで一番重要だって習っているのはまさにそれですよね。先生は仲間が重要だって何度も言っていますし」

「僕、なんでもお手伝いするよ?」

 次々に口を開く皆を少し驚いた様子で見ていたおねえさまが、ふわりと笑う。ほっとした勢いそのままにぎゅっと抱きつけば、おねえさまの腕は私の背に回った。

「ということだぞ、フォル」

「……うん」

 唐突にガイアスが振り返ってフォルを呼ぶと、フォルもどこか呆然としたまま小さく頷く。

「……うん、うん。そう、だね。こんな心強い仲間は他にいないな」

 笑顔を見せたフォルを見て、心配していたより二人とも身体も心も休めることに否定的な意思がないことにほっとする。これで意地になって休まないといわれたり、拒絶されたりしたらどうしようかと昨日集まったメンバーは心配していたのだが。

 でも本人がわかっていてもこうなってしまったということは、意思に反して心が休まらないのかもしれない。ここは落ち着く香を使ってみるとか、温まる飲み物とか、こういった時こそ私の腕の見せ所かも。フォルなんて昨日休むって約束してくれたのにあの状態なんだから、きっと自分では落ち着かなくてうまく休めないのかもしれないし。

「とりあえず、お茶にしよう! まずは身体を温めて、差し支えないところまで話してくれれば二人の仕事、お手伝いします!」

 大きく宣言して頷きあった私達は、久しぶりのやわらかな空気に微笑みあってそれぞれ近くに座りなおす。私とレイシスでお茶を準備しながら、まずまずの作戦成功の達成感にほっとした。


 だが、お茶を用意しておねえさまの話を聞いた私は、固まった。


「アニーの身辺を、調べてる……ですか?」

「……ええ」

 どこか言いづらそうにしていたおねえさまが一番私とガイアスの様子を気にしていた事は気づいていたが、まさかの内容に一瞬思考が停止する。

 アニーは、やはり疑われたままなの?



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