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「え……? な、なんて言ってるの?」
驚いて声を出すと、皆が私に視線を向けたのがわかった。
私が精霊に話しかけたとわかったのだろう、慣れているのか皆はただ私の行動を見守っている。
『お礼言ってる。えっとね、グラエムを助けてくれてありがとう、だって。……彼女、グラエムを手伝っている精霊みたい』
「そうなんだ……そっか……」
彼女ってことは女の子の精霊なんだな。手伝ってる、ってことはもしかして、私にとってのアルくんやジェダイみたいに専属で……あれ?
そこまで考えた時、まっすぐに向けられる皆の視線を感じていたことを思い出し息を飲む。
しまった。私がアルくんと話すのは問題ないが、グラエム先輩が風のエルフィであることは、秘密だった。
慌ててアルくんを見上げた私の顔は、恐らく「どうしよう」とわかりやすいものだったのだろう。あっ、と呟いたアルくんは、少し間を開けてから、そうだと口を開く。
『僕がたまたま精霊に聞いたことにして、アイラ。風の精霊もばれるのは望んでいない。えっと、ちょっと待ってて』
アルくんに言われて頷きつつも、どきどきとする胸に手を当ててアルくんの姿を見つめる。ジェダイは周辺をくるくると飛び回っており、そちらは何か忙しそうだ。
『アイラ』
しばらくするとアルくんが私の目の前に飛んできて、風の精霊から聞いたことを伝えてくれる。促されて、私はそこで漸く黙ったまま様子を見ていた皆に向き直った。
「えっと。アルくんがね、あちこちの精霊に聞いてくれたみたいなんだけど……グラエム先輩を襲ったのは、男二人だって」
「……なるほど! それを見ていた精霊がいれば状況がわかるのか!」
目を見開いたガイアスがぱちんと手を打ってくれたおかげで、一瞬怪訝な表情をしたレイシスとフォルが視界に入ったものの皆はっと居住まいを正し、それで、と続きを促す。
「グラエム先輩、二人とも倒したらしいの。傷は負ってしまったからここにたどり着くまでにあの状態になったみたいで……それでも仕留めたって。相手の武器を奪って敵を攻撃したみたいだから、たぶん敵はもう……」
「……同じく自分達の毒にやられた可能性が高いってことか。そいつらを見つけて聞き出す、のはもう無理だな。……ちなみにそれ、どこだ?」
「王都の出入り口付近の裏路地だって。あとは詳しいことわからないみたい。ただ、アニーの居場所は……」
「わかったのか!?」
目を見開いたガイアスが私に駆け寄り、覗き込んでくる。ぐっと手を握り締めた私は、逸らしかけた視線をなんとか上に向けガイアスを見つめた。
「わからないの。グラエム先輩がわかったって言ってたみたいなんだけど……アルくんはそれを探れなかった。知ってる精霊がいない」
ひゅっと、ガイアスが息を飲んだ音が聞こえる。
本当、なのだ。王都の出入り口付近の裏路地まで風の精霊と敵の後を追うことに成功したグラエム先輩だが、精霊曰く巡回の騎士を避けて通る道すがら途中急に人が増え、先輩は「場所はわかった。これ以上は危険だから進まない」と呟いて引き返そうとしたらしい。風の精霊はそれに従って敵を深追いせず、しかし帰り道で先輩は襲われた。
恐らくグラエム先輩は王都入り口付近で、怪しい場所を知っていたのではないかとの事。だがつまりそれは、先輩が起きなければわからないわけで……。
それを、先輩がエルフィであることを除き必死に伝えると、しんと部屋が静まり返る。
「……地図を探そう。その周辺に怪しい場所がないか調べないと。今この時間に追ってたのに人が多いところなんて珍しいはず」
重たい沈黙を破り急にフォルが口を開くと、立ち上がってこの部屋の角にある本棚へと向かいだす。
「でも地図なんて……王都の地図なんて出回ってないよ?」
「わかってるけど、ここは一応城の敷地内だし、何か手がかりがあれば……」
フォルはあまり自信がなさそうな様子で本棚の本の背表紙を撫でながら一つ一つ確認し始めた。
確かに、あの烙印の男と話すからと連れてこられたこの建物に入る前に城の門をくぐり抜けて入るが、そもそも城の傍にこじんまりと建てられたこの場所は元より外部の人間を招きやすいように作られた建物だろうし、希望は薄い。
防犯、防衛の為に王都内の地図や見取り図があまりないことなんて皆が知っていることだ。だってそんな話を前に……
「あ。フォル、騎士科の教科書は!?」
「……そうか! 確か入学したばかりの頃見た騎士科の教科書に、王都の大雑把な地図があったと思うんだけど」
「あ! そういえばそうですわね。魔力眼鏡を作ろうとした時ですわよね? 珍しいと思って見た記憶がありますわ!」
防衛の為に一般的には出回らない王都の地図。騎士科の教科書には逆に、その防衛の為にと詳細ではないものの裏路地などが記された地図があったはず。
医療科組の私達が思い出した内容に興奮気味に尋ねると、ガイアスにレイシスはゆるく首を振る。
「さすがに今は……」
「うーん、そもそもあの教科書自体一年の時に暗記させられてから回収されたんだ。大雑把だったし参考には……でも確かに王都の地図なんて教科書くらいしか思いつかないな。デュークに頼めば用意してもらえると思うけど」
「え、ちょっと待ってガイアス。暗記、したの? 地図を?」
私が突っ込んで訪ねると、ガイアスは一瞬わけがわからず首を捻ったもののすぐ思い当たったのか、目を丸くする。
「ま、待て待て。確かに頭に叩き込んだけど、はっきり地形まで思い出せないって! そもそも騎士として通りを巡回するとき要注意するべき場所として教えられただけで」
「……それだ!」
ぱん、とレイシスが自分の手で太ももを叩き起き上がると、ばたばたと周辺を走り回る。
どうしたの、と尋ねる前に扉の横にある棚から乱雑にメモ用に置かれている用紙を何枚か手に取ったレイシスは、ペンも一緒に持ち出して机に広げる。
「いいですか、王都の入り口付近は比較的道が広く作られていて、ここに大通りがあって……」
レイシスがいいながら、広げた紙いっぱいに長い線を書き込んでいく。一番太いのが王都外壁の門を過ぎてすぐの大通りのようで、そこから外壁にあわせて小道や目立つ建物が大雑把に書き込まれていくのをじっと見つめる。
「騎士が巡回するとき要注意とされるのはこの通りです。一本入ったここ……ここにあるのが」
とん、と道を書き込んでいたレイシスがペンを止め、一点を軽く叩く。必死に頭に王都の外壁、そして門の周辺を思い出していた私は、はっとして顔をあげる。
「ジリオ斡旋所!」
思いついた名前を口にすると、レイシスが一つ頷いて見せる。
王都の出入り口付近にある、少し裏に入ったところにある建物。以前見つけたとき、『前世のオタク知識で言うなら間違いなく、クエスト掲示板とか冒険者ギルド』と思ったその場所に間違いない。
人が多くて引き返した、という精霊の言葉にも頷ける。ジリオ斡旋所なら、夜中でも冒険者が依頼を受諾もしくは完了報告に訪れている可能性があるし、周辺には酒場や宿屋も多い。
「騎士がいない可能性が高い道を通ってジリオ斡旋所付近についたとなると、こことここの道は除外です。ですからこの細道なら」
自分で書き込んでいた小道に次々とばつ印をつけたレイシスが最後に残した細道は、建物が密集しているが騎士が通らない道らしい。その先に多いのが平和な一般民家が多いから、とガイアスが呟いて、ぞっとした。
「この辺りにレディマリアとアニーがいるとすれば……」
「探しにくいな。騒ぎが起きるのも困る」
「でも」
斡旋所が近いということは、出入りが激しい。もし王都外に連れ出されたら探すのは非常に困難になるだろう。王都の門は夜通行のチェックが厳しいから、抜け出されるとすれば朝一の商人や冒険者に紛れて、か。
「時間がない」
ぽつりとガイアスが呟く言葉が、重い。
必死に考えを巡らせ、ぐっと唇を噛む。
「やるしかない。私とアルくん、ジェダイなら、ここまで行けばアニーを探せるかもしれない」
このレイシスが探し出した地区は、幸いな事に外壁が近く範囲は狭い。一般民家が多いのであればそれこそ怪しい魔力の気配を探り、アルくんとジェダイに室内に確認に行ってもらえれば。グラエム先輩がいつ目覚めるかわからない今、一つの可能性を見出しこれしかない、という思いが脳内を占めていく。
敵はグラエム先輩を瀕死に追い込んだ程の相手だ。ルブラである可能性が、高いのだ。アニーが危険だ。
意気込んだとき、かすかに「待って」と縋るような声が耳に届く。
「……危険すぎますわ」
じっと動かないグラエム先輩の様子を見ていたおねえさまが、掠れた声でそう口にする。
「危険です。アイラもフォルセも、一度ルブラに連れ攫われたのですよ? 優秀な騎士は、たくさんいますわ。以前の時のように、騎士にお願いして……」
「おねえさま……?」
「デュークが戻ってきたら、きっと騎士を手配してくださいますわ。ここまで場所がわかれば、きっと大丈夫ですから……」
言いながらじわじわと涙を浮かべるおねえさまは、先ほど王子を一喝した時のおねえさまとは違う。
ぎりぎりのところまで張り詰めていた糸が切れたように不安定になるおねえさまを目の当たりにし、ぐっと心が掴まれたように苦しくなる。
ただでさえここしばらく婚約前で気が張り詰めていただろうし、その婚約の為に実兄が走り回っていたのを見ていた中で、実家が嵌められそうになった。それを防ぐために犯人を追い詰めたかと思いきや、犯人と思わしき相手に誘拐されたのは同じ医療科の友人だ。
いくら気丈に王子を諭そうと、そもそもおねえさまが「アニーは私のせいで」と思っていたら? そこにさらに、私やフォルという過去に危険な目にあったことがある仲間が挑もうとしていたら……。
それでもアニーを助けたいという思いが交差しているのだろう。おねえさまは危ないといいながら、俯いてしまう。
「ラチナ、落ち着いて。今はアニーを助けることを考えないと。僕もアイラも無事だし、皆が揃ったら最良の方法を考えればいい」
こくこくと頷いておねえさまは首を動かすが、辛そうな表情は変わらず「わかっているのですが、でも」と小さな声が続く。
「……というか、優秀な騎士がいくらいても、アイラの力が必要だから今までも依頼が来てたんだろ?」
「……情けない話だよね。うちでも動いているらしいんだけど、暗部でもなかなか……」
フォルが悔しそうに呟く。フォルはどちらかというと王家に近い人間だからこそ、本来一番民を守るために動かなければならない騎士達ではない、一般の学生である私が度々依頼されているこの状態を悔いているのかもしれない。
「そんなあちこちにエルフィがいたら大変だって。自分で言うのもなんだけど、敵に回ったら厄介だし」
ぱっと、重苦しい空気を破りたくて笑い、おどけて見せる。
え、と顔をあげたおねえさまに、そうじゃないですか? と笑いかけた。
「例えばですけど、知らない間に今みたいな作戦を精霊に聞かれてたら、敵だったら相手が悪すぎます。エルフィの数なんて少なくていいのかもですよ。私だったら相手がエルフィだとわかれば嫌だし。あ、ちなみにジェダイがここには敵になる精霊はいないって言ってますけど」
そう話し、背後の音にくるりと振り返って笑顔を向ける。
「私、必要な時は使えるものは使うべきだと思うんです。それが便利な人間なら尚更ラッキーですよ。ね? デューク様。ルセナも、おかえりなさい」
「……なんだ、いきなり」
戻って扉を閉めてすぐ急に話を振られた王子が怪訝そうな顔をしている。
「アニーが囚われている可能性がある場所をレイシスが割り出してくれました。私は、私の力を使うべきだと思うのですけれど」
「……何? どういうことだ」
王子がテーブルに駆け寄り、レイシスが再び説明を開始するのを数歩下がってみていると、おねえさまが私の服の袖をきゅっと掴んだ。
「わかっていた筈ですのに……デュークに偉そうな事を言っておいて、取り乱してしまいました」
「大丈夫です。皆がいれば……きっとアニーは無事です」
レイシスの話を聞き終わりしばらく考え込んでいた王子が顔を上げた時、目が合った私は頷いて見せた。
「王家より正式に依頼する。アイラ、誘拐されたレディマリアとアニーの捜索を頼みたい」
「はい!」
「レディマリアが誘拐された時点で王が騎士団を動かすことが決定している……が、大人数で動いてアニーを人質に取られるわけにもいかない上に、何より確実にリドットと繋がらないと現時点でわかっている騎士がすぐに揃わない」
ごくり、と王子の言葉に誰かが息を飲んだようだ。
だが、確かにそうなのである。騎士を動かすということは、やはり目立つ。そしてリドット侯爵家程の大きな貴族が敵の可能性としてあげられている今、派手に騎士を集めればそれは相手に動きを悟られることになりかねない。騎士の中にはリドット侯爵領出身の者もいれば、縁戚の者だっているだろうから。
「なんとしてもレディマリアを『救い出し』父親の事について問わなければならない、と判断した。だが最優先は『捜索に協力する学生達と誘拐された少女二人の安全』だそうだ」
その言葉にほんの少し驚いて目を丸くする。
「……難しい事言ってくれるね、王も。信用されてるのかな」
苦笑したフォルが王子を見つめ、それで、と話を続ける。
「なら、どうするの? アイラだけで行かせたりしないよね?」
「当たり前だ。……ここにいる全員を信用している。頼む。他五人も力を貸してくれ」
そうして、王子が全員を見回した。
ふと心配になって、隣に立つおねえさまをちらりと見上げる。
ぐっと口を引き結び目を閉じていたおねえさまだったが、次の瞬間にはふわりと笑った。
それを見た王子がほっと一瞬肩の力を抜き、そしてすぐ鋭く眼差しを細め、手を握り締めた。
「すぐに作戦を立てる。行くぞ!!」
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。




