236.デューク・レン・アラスター・メシュケット
ラチナにアイラ、そしてフォルの姿が医療科の校舎へと消えていったのを確認し、騎士科の稽古場へと向かいながら共に歩く仲間に声をかける。
「今回の件、あの三人は外す」
「……なるほどね」
たったこれだけで何か納得する部分があったのか、ガイアスが頷く。
さらに、説明する前に「だからか」と呟いたのは、ルセナだ。
「昨日突入しないって言い出したとき、おかしいと思ったんだ。絶好の機会だったのに」
「結果無事に確保したんだから問題ないだろう」
「それでも、おねえちゃんたちも変だって朝言ってた」
その言葉に、ガイアスの隣にいたレイシスがなんともいえない表情をする。おそらく、昨日のことは自分のせいだと思っていたのだろう。
確かに、レイシスが怪我をしたと聞いた時点で突入はやめた。が、それは元より考えていたことを決めたきっかけというだけだ。
今回の件、危険すぎる。
そう父にも言われ、まだ学生の俺達は手を引くように言われていた。
それは俺が今成人の儀という節目を迎えるからだとか、婚約発表前の大事な時期だからだとか、その婚約相手が狙われている状況だからとか、そういった問題だけではなく。
ルブラが絡んでいる時点で、アイラとフォルを近づけるわけにはいかなかったのだ。
だが、俺達が動かなければならない理由があった。
アイラとグラエムだ。
エルフィの力というのは非常に諜報に向いている。王である父が絶対に手を引け、と言えない理由がまずそこだ。俺達王家は既に去年の時点でアイラのエルフィの力を頼り、協力を仰いでいた。
普通のエルフィは、王家に協力なんてまずしない。いや、できないように王都から離れる。皆、ルブラが……そして普通の人間が怖いのだ。
万が一ルブラに自分がエルフィだと知られた時点で、次代、先代、自身すべてが狙われる。好き好んで家族を売るような人間はいない。
エルフィは自身がそうであると同じエルフィにも隠す傾向があるし、王家は存在を把握する代わりに他言しない約束だ。ということは、王都から離れてしまえば、かなりの確率で利用されない。王家は地方の領主にエルフィの存在を知らせはしないから。
つまり王家は、エルフィの能力が喉から手が出るほど欲しいというわけだ。俺達王家のエルフィの力は、諜報に向かない。あれは神の能力だ。
今だって異例と言っていい。こうしてエルフィの協力を得られるのは、王族である俺が動きやすい立場にあるから。……いや、俺が仲間に恵まれているからか。
だがグラエムはエルフィの力を全て使いこなせない。パストンの能力は優秀だが、『色』が見えず、さらに一番重要である部分が抜け落ちているグラエムに自身の中途半端なエルフィの力を利用しろというのは酷だ。俺自身が良くわかることを強要はできない。
それでも優秀なエルフィの血筋であることは変わりない。そして、パストンは数少ない忠実な王家を支えてくれるエルフィだ。今は"その力を失ったと思われた"ベルティーニも同じく。
まさかアイラが、再びベルティーニに本来のエルフィの力を蘇らせるとは思わなかった。つまりそれだけ、王家は今のベルティーニ、つまりアイラを失いたくはないはず。なんといっても、魔石のエルフィだ。
……今は数代能力が現れなくなってしまったが、かつて、『何かの』エルフィであったと伝えられていたベルティーニの祖先。それが魔石であるとは知らなかった。どうりでいくら探しても情報がでないわけだ。以前ルブラが「地精霊が魔石のエルフィは子に遺伝しないと言っていた」と発言していたのが少し気にかかるが、こうしてアイラが緑のエルフィの力以外を使えているのなら、ベルティーニは魔石のエルフィの家系だったのだろう。
そして何より、ベルティーニは文献に残る最近の情報の中で、闇のエルフィになれたと確認できた唯一の血筋。……フォルはこの今は王家しか知らない情報を聞いたら、どう思うのだろうか。
過去にジェントリーからデラクエルの一部が離れたのだって、本当は主の救いの神とも言えるベルティーニの血筋を護るためだと聞いている。当時のデラクエルは子孫にそれを伝えないとしていたらしいし、王家しか知らないこの情報を、王弟である叔父は息子に話していないらしい。
息子の幸せを願うからこそ、か。ベルティーニだからといって確実に闇のエルフィになれたわけではなかったと文献には残されていたから。それでも……息子の交友関係を知った父親が僅かな希望に期待して、自ら息子の自暴自棄な婚約を必死に阻止しようとしていたのは確かだ。
本当は、アイラにも『ベルティーニのエルフィ』の兆候は現れていないと思っていた。何せ、『アスレ家の緑のエルフィ』の力が色濃く非常に優秀であると報告を受けていたから。以前アイラにも話したが、二種のエルフィは非常に稀有な存在。
アスレ家出身のアイラの母親もその兄である医師も型破りな緑のエルフィであるとは聞いていたが、娘は型破りどころではない。それが本人にとっていいことか悪いことかは別であるが。
……特別というのは、いいことばかりではない。
とにかく王族として、友人として、何より仲間として、アイラを失うわけには行かない。そして、闇使いのフォルも。相手がルブラでは、慎重になって当然だ。
……仲間の一人でも、万全の状態ではない時に強大な敵にわざわざ立ち向かうと決めるのは勇猛果敢でも剛毅果断でもなんでもなく、滑稽な判断であろう。
「で、デューク。あの三人は外すってことは、俺達はどうするんだ」
「いつも通り、だな。情報を管理しあの三人を護ればいい。今回俺達の中で狙われる可能性が高いのはラチナ、アイラ、フォル、あの三人だ。フリップにはハルバートとファレンジをつけるし、それぞれの実家にはジェントリー公爵が腕利きを派遣している。裏のな」
なるほどね、と頷いている三人の様子を見ながらそっと一度目を伏せる。一番誤魔化せなさそうなフォルは、ジェントリー公爵が全面的に動いている為情報を渡さないだろう。
これは最終的に相談した際の王の判断だった。……つまり護衛という大義名分の下、実質的に今回の件から外されたのはあの三人だけではない。俺達全員だ。ただ狙われる可能性が高い面々には詳しい情報が流れないだけで、俺達も情報は与えるが動くな、といわれているのである。
侯爵が黒だろうということはわかっていた。あれは大分権力に固執するタイプだ。思い通りにならない父と俺を随分と嫌っているようだし、遅かれ早かれ何かしら問題は起こっていた。
ルブラと繋がっているというのは、正直予想外だったが。王家を疎んじるモノと王家至上と言われるルブラが結びつかなかったのかもしれない。
虎視眈々と狙っていた最大の好機。これを逃せばもう侯爵はきっと尻尾を見せることはないだろう。だがそれでも、これ以上アイラたちを危険に晒すわけには行かない。……昨日は苦渋の決断だった。
だが結果として、油断していたらしいリドットの経営するマリアはあっさりとその悪事の証拠を残したまま騎士に押さえられ、腹心を捕らえられた侯爵は行方不明。
娘は今頃騎士に捕らえられているだろうし、侯爵の裏が明るみに出るのはそう遠い先ではないだろう。
昨日アイラ達が動いたことはばれていない筈。となればあとは万全を期して守りを固め……
「デューク!」
突如ガイアスに肩を掴んで名を呼ばれ、はっとして息を飲む。
どうやら俺は知らぬ間に歩む速度を落としてしまっていたらしい。騎士科の仲間三人が振り返って俺を見つめていることに気づき、苦笑する。
「あんま無理すんなよ?」
「さっきはあの三人が危ないって言ってたけど……デュークだって気をつけて。ぼーっと歩いているなんて、らしくない」
「お嬢様たちが危険なのはもちろんですが、ファレンジ先輩とハルバート先輩がいらっしゃらないのであれば、デュークも気をつけるべきです」
三人に詰め寄られて、とうとう笑い声が出た。
「男に心配されるのも、悪くないな」
「そっちの趣味はないからな」
「馬鹿言え、俺もだ」
軽口を言いながら再び歩みを速め、騎士科の稽古場へ急ぐ。いつもより遅れるようなことをして目立つべきではない。昨夜から今朝にかけてのことは、俺達は何も関わっていないという体でいなければ。
「あ、おっはよーございます! 今日は皆さんのんびりですね」
「……あの馬鹿ピエールが」
ぼそりとレイシスの低い声が聞こえたが聞かない振りをして、そ知らぬ顔でジャンに挨拶を返す。目立ちたくないと思った矢先に目立つことを大声で言うジャンが悪い。
「朝食の席でアイラが……いやなんでもない」
「え!? 我が女神がどうされたというのです、教えてください!」
「ちょっ、デューク勝手にお嬢様を使わないでくださいよ! ジャン、なんでもないからくっつくな!」
騒がしい様子を眺めつつ、レイシスも塞ぎ込んでいないようだとほっとする。
どうにかしてレイシスとアイラの間も解決してもらわないといけない。……フォルを案じる気持ちもあるが、レイシスだって大切な仲間なのだ。選ぶのは回りじゃない、本人だろうから。アーチボルドが俺に任せろとか言っていたが、若干不安だ。
どうするかな、と思案しつつ、ゆっくりと少し暗い空を仰いだ。
やはり俺には、何も聞こえない。
※タイトルミスありで訂正しました。
混乱された方おりましたら、申し訳ございません。




