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「あれ、おはようアイラ」

 なんだかあまり眠れなくて、まだ誰も起きてないだろうなと思いつついつもの部屋に顔を出した私は少し驚いた。

「……フォル、おねえさまに、ルセナまで」

「ふふっ、おはようアイラ。……眠れないですわよねぇ? デュークってば、もういっそ突入させてくれればよろしいものを」

「勇ましすぎます。さすがにルブラが絡んでいたらそう簡単にも行かないでしょう。……でも確かに、なんだか慎重すぎる判断だった気もしますけど」

 昨日はレイシスが気になっていてあまり考えていなかったが、今考えるとなんとなく違和感を感じる、とおねえさまと話していると、唯一ここにいるものの眠そうに目を擦っていたルセナが、私がソファに座ると隣に移動してきてその体をソファに沈めた。

「おねえちゃん。ご飯前に起こして……」

「え? ルセナ、部屋に戻ったほうがいいんじゃない?」

「……部屋では寝れない、気になって……」

 そう言いながらも既に瞼を落としてしまったルセナを広いソファに横たえ、部屋にあったひざ掛けで身体を覆ってやる。

「フォルも眠れなかったの?」

「僕は少し眠ったよ。朝一何か動きがあったときに動けるようにと思ったんだけど……デューク戻ってこないな」

「え、王子も起きてるんですか?」

 今城に行ってる、とフォルは苦笑する。

「きっと今日、まともに授業どころじゃないかも」

「あ……」

 思わず息を飲むと、おねえさまが大きく肩をを落とし、少し辛そうに笑った。

「捕まえた相手が大物すぎですわよね。……こんなことになるとは思いませんでしたから、さすがに驚いて」

 今回の件、薬を作っていた目的がまだわかっていない。作ったついでにうちかおねえさまのところに罪を被せようとしていたのはわかるが、ルブラとどう繋がっているのか。まさか、あの薬が私達を貶めるだけに作られたものではないだろう。それにしてはリスクが高すぎるから。

 侯爵はどうなるのだろう。

 腹心は捕らえた。『マリア』への踏み込みも恐らく大丈夫だった筈。アルくんの話ではかなりの薬が杜撰に置かれていたらしいから、証拠隠滅する時間なんてなかっただろう。

 証拠さえあれば、敵がいくらベルマカロンがどうだとかおねえさまの領地がどうだとか言っても意味がなくなる。最悪共犯だとか言われても、カーネリアンがベルマカロンの方は無実の証拠、と言っても事実の取引書類を用意できるだろうし、おねえさまの方だってフリップさんや子爵がしっかりと対応してくれる筈。

 というより、腹心を捕まえたのがフリップ先輩なのだからむしろおねえさまは安全な筈。

 心配しているのか、レミリアが朝も早いのに私達を見つけると、ぱたぱたと動き回りお茶の準備を整えてくれた。

 今日に限ってはぼんやりとお茶が目の前に差し出されるまでそれを見つめていた私は、はっとしてレミリアにお礼を言う。

「いいえ。お役に立てて嬉しいです」

 ほっとしたレミリアの笑みにつられて落ち着き、一緒に差し出された果実をひとつ手で弄びながら、外を見る。

 窓から差し込む光はまだ弱いが、それでも白かった。きっと雪が積もってる。


 空いたソファを見て、やっぱりレイシスはいないか、と目を閉じる。眠ってくれているならいい。けどもし一人部屋で眠れずにいたら、と昔のことを思い出す。

 ガイアスはどれだけ稽古で辛いことがあっても、昔から眠るのは早かった。でもレイシスはあまり眠れない方だったのか、何かあると次の日の朝は目が赤かったり明らかに様子がおかしいことが多かったのだ。

 無意識のままに口元に果物を運び、口の中に広がる酸味にはっとする。

「おねえさま、フォル。今日の授業って午前普通に出れるでしょうか」

「え? うーん……あ、今日、僕達抜けたらまずいか」

「そういえば、今日は班で作っていた研究薬の仕上げの日でしたわね」

 できれば出たい。まあ、こればかりは王子が帰ってくるまでわからないか。もしかしたら騎士に事情を聴かれたりするかもしれないし。

 だんだんと、窓から差し込む日の光が強くなってくる。もちろんまだ早い時間ではあるが、その時後ろの扉がかちゃりと音を立てた。

「あ……やっぱり皆、ここか」

 姿を現したのはガイアス、そしてその後ろにレイシスがいた。

 ガイアスはひどく眠そうに目を擦っていたが、レイシスはいつもどおりに見える。つい様子を伺っていると、ガイアスが私のそばに来て苦笑しつつ頭に手を軽く乗せた。

「アイラ、きちんと眠ったか?」

「うん、早く目が覚めちゃったけど大丈夫」

「しばらく慌ただしいだろうし、無理するなよ」

 頷いて見せると、ガイアスとレイシスは揃って空いていたソファにかけた。どうやら二人の間で気まずいことになっていたりはしないようで、ほっとする。

 いつもは賑やかなこの部屋も、ルセナが眠っているのを気遣ってか、それとも朝でぼんやりしているのか、別の理由か。今日は時折小さな声で話し声が聞こえるものの続くことはなく、しんと静まっている。

 いつの間にか部屋にいた筈のアルくんが猫の姿で現れ、いつもの席で丸まっていた。

 穏やかなようで、どこか緊張感のある部屋。皆目を閉じたり、本を読んだりしているが、時折時計を見ては疲れたように息を吐いている。


「悪い、待たせた!」

 ばたばたと王子が護衛を引き連れて部屋に戻ってきたのは、そろそろルセナを起こそうかと皆と話していた朝食の時間の少し前だった。

 私達が起こすことなく、王子の声で飛び起きたルセナが「どうだったの」と開口一番尋ねてくれたおかげで、なんとなく尋ねにくかった空気が崩れ、皆が王子を囲みだす。

「とりあえず、朝食だ。授業には普通に出てもらうが、今日は絶対各自一人にはなるなよ。それと、何か探られるような事を聞かれることがあれば、その生徒の名前しっかり覚えて何も答えるな」

 短く指示を出しつつ王子が現れた事で侍女達がぱたぱたと動き出し、少し早い朝食の時間になる。といっても、なんだか味はよくわからなかったけれど。


「無事に、というべきかどうかわからないが、『マリア』は押さえた。侯爵の腹心も逃がしてはいないが、肝心の侯爵が連絡がつかない」

「えっ」

 侯爵はもうすぐ王子の成人の儀を控えている為、ずっと王都にいると聞いていたのだが。ここにきて行方不明の可能性があるだなんて、犯人一味ですと言っているようなものだ。

「……朝早くて連絡がつかない、とかでしょうか」

 震える声でおねえさまが尋ねると、王子はゆるりと首を振る。

「王都の屋敷に事情を聞きたいと騎士が向かったが、いないそうだ。使用人も主の行方は知らないの一点張りで所在不明のまま、だな」

「時間稼ぎ……」

 ルセナの一言に、一瞬部屋に沈黙が訪れる。

 父親が行方不明。……レディマリア様は、何か知っているのだろうか。そんなことを考えていると、ガイアスが直球で「娘のほうは」と王子に尋ねる。

 レディマリア様は、確か寮にいるはず。入学当初皆と同じ寮にいた頃、部屋を出た時に声をかけられたことがあるのだから間違いないだろう。

「娘のほうはさすがに、あまりにも早朝すぎるということで丁度先ほど騎士が向かったところだ。あいつは容疑者じゃないからな……今のところ」

「そうですか……」

 思わず少しだけほっとした。

 いや、別に好きなわけじゃない。違うけれど、顔見知りだ。グラエム先輩が言うようにもし私への嫌がらせの主犯格だったとしても、もし薬に関わっていなければ……彼女にとって酷な事になるだろう。いくら好きでない相手だとしても、喜べる処置にはならないはず。

 ルブラに父が繋がっているとなれば、侯爵は侯爵でいられない。良くてリドットの名を残したまま誰か別の相手に爵位を渡す事になったとしても、レディマリア様が未婚の今急遽結婚相手を探すことになるか、他の縁戚の手に移るかわからないが、彼女は今まで通りではなくなる。

 父親に対しては自業自得で済む話だが、彼女は何も知らなかったとなれば……きっと耐えられる事ではないだろう。

 グラエム先輩辺りが今の私を見たら、きっと敵の心配するなんて馬鹿じゃねーの、とか言うんだろうな。……心配というか、気になるというか、自分でもよくわからないのだけど。

 きっと、犯人逮捕に自分も関わっているから、少し怖いのだ。何も知らないレディマリア様が巻き込まれて「自業自得」と言える程きっと、私はレディマリア様を嫌悪してなかった。おねえさまやアニーに対しての態度は好きではなかったが、私自身は無関心だったのかもしれない。今までは。


 とりあえず授業に出よう、と皆が立ち上がる。話をするならまた午後にすればいい。どうせ午後は一緒に授業なのだから。

 そう思って部屋を出ようとしたとき、慌ただしい様子でアーチボルド先生が入って来た。

「間に合った。お前らこれ持っとけ、前の割れただろ」

 先生がずかずかと部屋の中心に進み、テーブルの上にごろりごろりと転がしたものを見て、思わず「あ」と叫ぶ。

「この石!」

 翡翠色の、不揃いの綺麗な石。以前見た時と変わらないそれは、夏に砕けてしまったラビリス先生から貰った防御の魔法石。確か、大量生産はできないと聞いていたのだけど。

「なくすなよ。ラビリスに随分急がせたんだ」

「こんなにたくさん。少し余るくらいでは?」

「前のも一個残ってなかったっけ」

「あれは割れた」

 わいわいと皆が机に集まると、先生が前回の最後の一個の話で苦い顔をする。

「いつの間に。俺達は確か全員夏の移動魔石の暴走で壊れたんだよな?」

「僕のも壊れてた……僕、防御魔法完璧に張れたと思ってたのに」

 王子とルセナが首を傾げつつそう話先生を見ると、先生はがりがりと頭をかき、悪い、と話し出す。

「あの時、ラビリスに加工してもらおうと思って俺が貰った分と余った分、二つ持ってたんだ。で、二つとも割れた」

「もしかして、だから先生は飛ばされなかった?」

「さぁな、今となったらわからんが……とりあえずラビリスのこれは強力だ。持っておくに越した事はない」

 先生に促され、皆が一つずつ手に取る。加工品とは言っても自然の石から作り上げた防御石は形がそれぞれ違い、私もつるりとした、前もっていたのと似た形の石を選ぶ。

 余った分は先生がフリップ先輩達に渡すと回収し、私は手元に戻ってきた懐かしい緑の石を見つめた。

 なんとなしに指を滑らせていて、ふと首を傾げる。

「……あ」

「どうした?」

 私の声にすぐ反応したガイアスを見上げて、その手の石を見せてもらう。

「あれ……ガイアスのは、いない……かな?」

「いない? ……もしかして」

「私のこの石、たぶん精霊がいる……感覚しかわからないけど」

「まじか!」

 魔石のエルフィとは言われても、王都に戻ってからジェダイ以外見たことも感じたこともなかったので、少し驚く。漸く別の精霊を見つけた気がする。と言っても、いるのだろう、とは思うが姿が見えない。

 首を捻っていると、先生にぽんと背中を押された。

「疑問もわかるが、とりあえずお前ら急げ、遅刻だぞ!」

「え?」

「あ、まずい!」

 走り出す皆につられるように足を動かし、もう一度石を撫でた私はそれを大切にポーチにしまいこむ。確かに悩むのは後にしたほうが良さそうだ。


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