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「無事でよかった!」

 おねえさまとルセナが私の目の前に飛び込んで、ぎゅっと抱きついてくる。

 嬉しくなって抱き返しながら後ろを確認すると、ほっとした様子のグラエム先輩が見えた。

 ……やっぱいい人だよね。誤解されやすいけど。きっと、かなり無理をして呼びに戻ってくれた筈。王子たちの到着すごく早いし。

 ふわりと傍を飛ぶアルくんに大丈夫かと尋ねると、うん、と答えつつも「あの人間、速すぎる」とほんの少しの愚痴が聞こえた。珍しい様子に苦笑しつつも、無理しながらも願いを聞いてくれたアルくんに魔力を多めにプレゼントする。


「誰も怪我はないのか。レイシス、怪我をしたと聞いたが」

 駆け寄ってきた王子が皆を見回す。少し焦ったような表情でレイシスを見た王子に、レイシスはとても申し訳なさそうに眉を寄せ、しかししっかりと王子を見つめ返していた。

「……アイラとフォルのおかげで問題ありません。すみませんでした」

「いや、いい。その場にいなかったし説教は俺の役目じゃないな、ガイアスにあとでたっぷり怒られておけ。……ところでフォル、お前は別だぞ」

 苦笑いしつつもレイシスの無事を喜ぶように肩を軽く叩いていた王子だが、その後ろに向けた視線は鋭い。というより、なんだか拗ねたような表情だ。

「……やっぱり?」

「当たり前だ、この馬鹿が! 勝手にいなくなって!」

 おどけてみせたフォルに詰め寄る王子の前に割って入り、思わず王子を見上げて「あの」と口を挟む。

「フォルは助けてくれて……いや、やっぱり抜け出すのは駄目ですよね、うん、がつんといきましょう」

「そりゃそうだな、アイラ。よくわかってる」

 にっこりと笑った王子が私の頭にぽんと手をのせると、視線を後ろ、フォルに向けた。

「……わかってるよ、後でちゃんと怒られるから」

「まったくお前は……」

 なんだか、王子とフォルって、ガイアスとレイシスみたい。ぼんやり考えつつもそっと二人の間から離れると、そばに並んでいたおねえさまと目が合い、二人でくすくすと笑い合う。

「こら、のん気に再会を喜んでないで、急げ」

 グラエム先輩がそういうと、その後ろに見慣れた王子の護衛の騎士の姿が見えた。

「突入、これだけ?」

「いや。さすがにすぐに人が集められなくてな。この二人で『マリア』を見張り、人が揃い次第早朝前に押さえる」

「なるほど」

 頷き、あれ? と首を傾げる。

「なら、私達は……」

「戻るぞ。突入は俺らの役目じゃない」

 王子にあっさりといわれて、ほっとしたような、高揚した気分が落ち着かないような、微妙な気持ちになる。

 なんだか、本気を出してしまえばあの男もあっさりと倒せたせいか逆に不安だ。が、まあこれ以上こんな場所にいないほうがいいだろう。ただでさえルブラが絡んでいるのだから、危険だ。

 そうだ、と思い出し、王子にアルくんが持ってきてくれていた丸薬を渡す。受け取った王子は一瞬眉を顰め、はあ、と白いため息を吐いた。

 ん……?

 当然のことなのにすっかり抜け落ちていたが、これってつまり、やっぱり、レディマリア様の家って……ルブラに絡んでた?

 侯爵家が……や、やばい。今更ながら大事すぎて震えてきた。

「寒いですか、お嬢様」

 震える私に気づいたレイシスが、気遣わしげにそっと私に触れると、ふわりと身体が温かくなる。魔法だ。

「あ、ありがとう」

「いえ」

 離れた指先を目で追うと、ぐっと握られた。

 レイシス……。

 背を向けたレイシスの後ろ姿を見ながら思う。やっぱり今日はこのまま戻りでよかった。きっと皆、疲れてる。声をかけようとするが、今はまだ落ち着かないかな、と開きかけた口を引き結ぶ。

 顔をあげると、こちらを見ていたグラエム先輩と目が合った。

 すぐに視線を逸らされてしまい、思わず口を開きかけた瞬間再び視線が交わる。

「……おい、俺は忙しいからもう行くぞ」

「え? あ、ちょっと待ってください!」

 背を向けたグラエム先輩が、私が叫ぶように声をかけると足を止め振り返ってくれた。

 ほっとしつつ、今度こそお礼を言おうと口を開く。だっていつもお礼を言うのが後回しも後回し、会いたい時に会えずにずっと後になってしまうのだ。

「あの、ありがとうございました」

「……別にお前が礼を言うことじゃないだろ」

 そばに来たグラエム先輩はそう言うと、一度だけ口の端を上げ、あっという間にいなくなってしまった。は、速い。……って、ええ!? いいの!?

「デューク様、あの、グラエム先輩が……」

「ああ、いい。ハルバートとフリップが呼んでるんだ」

 デューク様より先に答えてくれたのは、静かに王子のそばに控えていたファレンジ先輩だった。そういえば、今更ながらハルバート先輩もフリップ先輩もここにいないのだと気づく。尋ねてみると、王子は僅かに眉を寄せた。

「侯爵の腹心を捕らえた。アーチボルド先生が丁度戻ったんでアルの話を相談したら、ハルバートとフリップを連れて捕まえに出たんだ」

「えっ、大丈夫だったんですか?」

「あれでも先生はかなりのやり手なんだよ、状態がよければ」

 とにかく俺達も戻ろう、と促されて、私達も見張りにつく騎士を見送って夜の闇を見つめた。ガイアスにいつまでも男を縛らせて連れまわさせるわけにも行かない。

 男が確実に意識がないことを再度確認し、ルセナが周囲に警戒のためにうっすらと防御の魔法を張り巡らせてくれたのを確認して走り出す。

 いまだ舞い落ちる雪が地面を白く染めて行き、きっと明日にはうっすら積もっていることだろうと思わせる。

 そばにフォルがいることに気がついて少しだけ傍に寄ると、気づいたフォルが小さな声で「どうしたの」と声をかけてくれた。

「あの。ロランさんは?」

「僕が合流したのを確認してから離れたよ。路地裏で、前いたルブラに動きがないか見てくれてたんだけど、どうやらいないみたい」

「そうなんだ……ってフォル、ルブラがいるのにそんなとこ行かないで」

「僕の狙いはそっちの槍の男だったんだけどね。アイラにも怒られちゃったな」

「フォル、罰として明日の依頼、材料準備手伝わないから」

「これは、手厳しい」

 笑い事じゃない、と口を尖らせる。私も危なっかしいところがあるのは自覚しているけど、レイシスもフォルも無理しすぎだ。

 すると、ごめん、と小さく謝ったフォルがさらに声を落とす。

「実はロランだけじゃないんだ。近くにうちの人間が数人いたんだよ。……父がちょっと本気であの辺り警戒してるんだ」

「えっ、そうなの?」

「そ。まあ、デュークにそれまだ言ってなかったから、心配かけたね。後で謝らないと」

 そっか、と言いつつ、なんとなく気分が沈む。……やっぱり、敵は大きいんだ。

 ちらりと、先を進むレイシスの背を見る。

 無事で、よかった。

「フォル、ありがとう」

 私の視線の先に気づいたフォルが、その言葉を聞くとふわりと笑う。

 あの時。レイシスが炎に包まれる前に、フォルはレイシスに氷の魔法を使ったのだろう。そのおかげでレイシスの皮膚はほとんど燃えず、氷が防いでくれた。

「実は五分五分だったんだ。僕、アイラの張った防御魔法の外にいたから」

「……え?」

 言われた台詞に目を丸くする。じゃあフォルは、私の防御の壁を突き破って魔法をかけたというのか。まさか、そんな筈……だって、気づかなかった。

「あ、アイラが思ってるような状態じゃ……んー、詳しくは明日だね」

「明日教えてくれるの?」

「うん。……ねぇアイラ。レイシス、きっと今度こそアイラを護りたかっただけだと思うんだ。他の人じゃなくて、自分で」

「……うん」

「僕はよくわかるな」

 ふわりと雪が舞う中で、フォルが笑う。

 しばらく皆が風歩で地面を蹴る音だけが続いた。

 ふと先ほどのことを思い出し、そうだ、と顔をあげる。

「フォル、雪がね」

「ん?」

「なんか、さっき降り出した雪見たらフォルを思い出して。フォルのイメージ、なんか白いからかなあ? 雪山にいたのがなんだか懐かしいね」

「……え?」

 何気なく言ったつもりの台詞に、フォルがひどく驚いたような表情になる。

「あれ? ごめんなさい、その。冷たいとかそういうイメージじゃなくてね? そうじゃなくて」

「……ははっ、うん、わかった。わかってるよアイラ。ありがとう」

 お礼を言われて、今度はこっちが少し驚く。お礼を言われる話だったっけ……?

「おいアイラ」

 先を進む王子に呼ばれて、フォルに断って風歩の速度を少し上げる。

 にやりと一度だけ笑った王子は、今ガイアスが縛っている男との戦闘を詳しく説明するように、と言う。

 頷いて思い出しながら、私は近くなったレイシスを見る。

 落ち着いたらちゃんと話せたらいいな。また気まずくならないといいな。 

 頬に触れる雪がとけて滑り落ちていくのを感じながら、そっと空を見上げた。


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