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「いやああ!」

 ちりちりと焼ける炎の中、大きく仰け反ったレイシスを助けようと手を伸ばす。

「くっそ!」

 荒れた風が、先輩が手を上に振り上げた瞬間ふっと止み、炎がその場に留まっていく。

 高ぶった感情に比例して湧き上がる魔力そのままに周囲に水を生み出した私はその炎を全て消し去り、倒れこんだレイシスを抱きとめた。

「へえ、嬢ちゃん、俺の魔力の炎そんなただの水であっさり消しちゃう?」

 楽しそうな声に、ぐっと顔を上げて前を睨む。

 相手をしている暇はない。 

 目を閉じたレイシスの皮膚はところどころ焼けただれ、間違いなく火を浴びて……が、少し違和感を感じた。

 レイシス、冷たい。それにそこまでひどくない……?

 もちろん、身体が冷たいだなんて良いことではなく、最悪の状態を想像しかけるが、違う。命の炎が消えたからって、人はこんな一瞬で冷えたりしない。

 そっと頬を撫でたとき、私の指先でぱきりと何かが割れた。冷たいのに、暖かい穏やかな魔力。……これは。


「無視しないでくれよ? お前らには何をしていたか吐いてもらわなきゃならんからな!」

 レイシスに視線を落としたまま、自信ありげに喚く敵の言葉を聞く。するりとレイシスの頬を撫で、その冷たさと『割れる音』を聞きながら、レイシスの伏せられた長い睫が震えるのを見つめた。

 自分の口元に、怒りからか歪んだ笑みが浮かぶのがわかったが、そのまま顔を上げて男を見据えた。


「あなたこそ、生きて私の魔法かべから逃げられると思わないで?」


 ガキン、と私の言葉と同時に、敵の槍にガイアスの剣がぶつかって行く。

 男はやはりというべきか、魔力だけではなく槍の扱いも上手く、戦いに慣れている様子だった。が、もちろんガイアスとて負けていない。

「ジェダイ。周囲に魔力が漏れないように、防御壁作るの手伝って。グリモワの魔力全部使っていいから」

『わかった』

 ふわっと腰のグリモワから姿を現したジェダイと、探るように少しずつ壁の維持を交代する。全部交代するのは無理でも、維持の手伝いを半分なら。グリモワの防御特化の魔法の石に普段いてくれるジェダイならきっと大丈夫。

 その間に視線だけでアルくんを呼び寄せ、小声で伝える。

「アルくん。グラエム先輩とこの場から離れて王子達を呼びに行くように言って。大丈夫、『援軍』がいる。ガイアスとレイシス、ジェダイと私を信じて」

『……わかった』

 一度心配そうにレイシスに視線を落としたアルくんがふわりと精霊の姿で飛び、ガイアスの様子を見ながらなんとか敵を攻撃していたグラエム先輩に近づく。すぐに目を見開いた先輩はちらりと私を見た後、アルくんと同時にすっとその姿を消した。さすが、速い。先輩なら唯一『マリア』の中の情報を知っているアルくんと一緒に、今この場できっと一番初めに王子に事情を話せる筈。

 するりとレイシスの頬をもう一度撫でた私は、レイシスの頬で割れた欠片が水滴となり伸びていくのを見ながら「やっぱり氷だ」と呟きつつ、行くよ、と小さく合図して詠唱を開始した。レイシスに、聞こえるように。

「水の玉!」

 私が叫ぶように唱えた発動呪文と共に水の玉がいくつも周囲を取り囲み、男に向かい爆発するようにはじけていく。

 その瞬間私の腕にかけられた重みがふっと消え、私の水の玉が消え去り視界が開けた時には、男の肩にレイシスの短剣が突き刺さった。

「ぐ……っ! なんでお前が……!」

 男が苦しそうに呻く。

 そう、レイシスは、無事だったのだ。敵の間合いに入り込み短剣を突き立てられる程に。

「二人とも下がって!」

 チェイサーを爆発させていた間に既に次の詠唱を行っていた私は、高まる魔力に任せて次々と魔法を発動させていく。

「雷の花!」

「炎斬!」

「風の刃!」

 私の魔法の隙をついてガイアスの剣が繰り出され、避けようとする男の体をレイシスの魔法が切り裂いていく。

 そう、こんなやつに、こんな変態に私達が負ける筈がない!

「アイラ!」

 長い間か、それともほんの少しか。徐々にこちらが押し始めたと思ったところで、ガイアスの隙をついて槍を繰り出した男にガイアスが僅かに手を負傷したようで、体勢が崩れる。あの男、肩を負傷しているくせにガイアスに傷を負わせるなんて、なんて体力と精神力。

 にやりと笑った敵が次に狙ったのは、そばにいたレイシスではない、私。

 瞬時に移動し距離を詰められるが、グリモワを振り回したらしいジェダイがそれを阻んでくれた。

 ……馬鹿だな。ガイアスが敵を取り逃がした場合の対処なんて、慣れてるのに。

「私を狙うなんて、短絡的」

 目前に迫った敵に囁くように告げると、私の突き出した手を警戒した男が槍を自身を守るように身構えた。

「癒しのヒーリング

「は!?」

 私が唱えた治癒の魔法に、男が目を見開く。


 その瞬間、男は沈んだ。


 つぶれたような悲鳴をあげ、地面にめり込むほど沈んだ男の背をレイシスが踏みつけると、あっさりと両手を縛り上げる。私を避けて風が通り過ぎたから、恐らく風で押しつぶしたのだろう。

「鎖の蛇!」

 私の『癒しの風』で回復したガイアスが、蛇で男を縛り上げた。そう、私が先ほどつかった回復魔法はガイアスに向けたものだ。レイシスが行動を起こした後、すぐにガイアスが動けるように。そしてレイシスは、男が少しでも詠唱をしようものならすぐにまた短剣を突き立てるだろう。

「……ふざけんな! 俺が目の前にいたっていうのに、のん気に仲間への回復魔法を唱えてたっていうのかよ!」

「のん気じゃないですよ、ちゃんと彼が助けてくれるのわかってましたし」

 ちらりとレイシスを見ると、無表情に男を見下ろしていたレイシスが蛇に男がしっかりとまきつけられたのを確認して足を下ろす。

 ほっとして、私はレイシスが逃げる暇を与えずぐっとその両腕を掴んで引っ張った。

「ガイアス、後よろしく」

「え? ああ、了解」

 え、ちょっと、待って、と動揺しているレイシスを男から離し、ガイアスが術でさくっと男の意識を飛ばしたのを確認してジェダイに合図し、壁の魔法を解く。


「よし」

 くるり、とレイシスに向き直った私はすぐさまレイシスに治癒魔法をかけ、全身の火傷を癒す。ガイアスより後にしてしまったが、それほどレイシスの怪我はあの炎に包まれながら、たいしたことはなかったのだ。

「……ありがとうござい」

 私が掴んでいた両腕を離し解放すると、レイシスは目を逸らしたままお礼をいいかけ……その瞬間、バチンと勢いよく音が響いた。

「何をしているの、レイシス!」

 私の手のひらに両頬をはさむように叩かれ、レイシスが目を丸くする。

 だけど、彼が先ほど戦闘中に犯した「失敗」は見過ごせるものではない。

「グラエム先輩が魔法を使おうとした! わかってたよね!? そこに飛び出すなんて危ないこと、しないで!」

「すみませ……」

「わかってないのに謝らない!」

 揺らぐレイシスの瞳に怯みそうになりながら、しかし歯を食いしばって見つめる。

「レイシス、私を護ってくれるの、嬉しい。それが仕事なのもわかってるし、それ以上のものもあるのは理解してる。でも、それじゃ駄目。……レイシス私は、何もできないお姫様じゃないの」

 言ってはいけないのではと悩んでいたのが嘘みたいに、自分の気持ちが溢れてくる。

 ぐっと、レイシスが言葉に詰まったまま私と視線を合わせる。辛そうに歪む表情は、幼い頃そのままだ。私がずっと大切に思っている、大事な。

「ガイアスもいる。仲間もいる。私だって、戦える。特殊科にいても、足手まといにならないように努力してる! レイシス、仲間と戦わないと意味がない。一人じゃできないって、それは悪いことじゃない」

「それは……」

「私だってさっきレイシスを護れなかった。炎に包まれるのを見て、何もできなかった。けど、レイシスが助かったのは仲間のおかげ。私一人じゃできなかったのに、私達の動きを見て助けてくれた仲間のおかげ」

 そこではっとレイシスが目を見開く。もしかしたらレイシスも、自分を助けた魔力に心当たりがあったのかもしれない。

 私にはわかった。あの優しい、炎からレイシスを助けてくれた氷の魔法は。

「……後半、連携がばっちりでよかった。我侭かもしれない。でも、私は皆の仲間でありたい。レイシス、本当は……」

「わかって、います。すみませんでした」

 くしゃりと泣き出しそうな表情に顔を歪め、すっと、レイシスが目を伏せた。

 もう一度手のひらに魔力を載せて、叩いてしまった頬を少し申し訳なく思いながら癒す。きっと私の力じゃ怪我もしてないし腫れもしないだろうが、ただただ、手が痛かった。きっと、レイシスも。

 たぶんレイシスは、あとでガイアスにも怒られる。レイシスは昔から私の事になると普段とは百八十度行動や考えが変わって、ガイアスはそれをずっと心配していたから。そう思うと、なんだか胸が少し苦しくなった。すごく、苦しい。


「おい、ここ離れたほうがよくないか」

 ガイアスが意識の無い男を運びながらそばに来る。こくりと頷いて、私は周囲の気配を探り……そちらに顔を向けた。


「フォル! もう行こう!」


 私が声をかけると、ガイアスが苦笑し、レイシスがどこか申し訳なさそうに、闇の向こうを見つめる。


「……アイラ、気づいていてもそこは気づかなかった振りしてくれないと、僕あとでデュークに怒られちゃう」

 苦笑して現れた見知った姿に、ほんの少し怒ってみせる。

「嫌だよ。フォル、勝手にきたら駄目じゃない……といっても、たぶん『マリア』のほうじゃなくて、ロランさんとあの路地裏見張ってたんでしょう」

 ちょっと前にフォルがロランさんと路地裏を調べていたことを思い出し、そして私達の今の居場所を考えてそういえば、フォルは苦笑して頷いた。

 お見通しか、と肩を竦めたフォルに、レイシスが足を向け……戸惑ったようにそこで止まる。

 そっと、その背を押す。私の手のひらの感触に気づいたであろうレイシスは意を決したように歩き出し、私はそっと背を向けガイアスの隣に並んだ。

「報告するの? お父様に」

「んー」

「お願いガイアス。レイシスならきっと話せばわかってくれる」

「アイラ」

「きっと、わかってくれる。レイシス、もうわかってると思うから」

「……わかったよ。ったく、まあ良くなってきてはいたんだけど」

 でもあとでお説教。そう笑うガイアスに、それは仕方ないね、と苦笑を返し。

 人目を避けて学園へ戻りだしてすぐ、思ったより早くアルくんの姿が見えて、私はほっと息を吐く。

 それでも今夜は、まだ終わらないのだ。


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