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「えっとつまり、今からすぐに出ると?」

「そう」

 先輩は宣言通りさくっと説明してくれた。しかし説明された内容がさくっと理解するには大きすぎる。

 唐突に「夜作戦決行だ」とか言われてもですね……!

「今日王都街のマリアに真夜中になぜか侯爵の腹心が現れるという噂があるから、何をするか盗み見る……」

「盗み見るんじゃない、調査だ調査」

「どっからそんな情報掴んだんですか」

 種族秘密、とにやりと笑うグラエム先輩を見てくらくらとする頭を押さえる。種族ってことは、エルフィの力を使ったということか。でもいきなり敵地に乗り込むって。

 しかも、乗り込むと言ってもいつものメンバー全員じゃない。少数精鋭、と言うグラエム先輩が指定してきたのは、今回メインで動く私の他に誰か腕の立つ人間を二人、護衛として。それ以上は連れて行かないとのこと。

「さて、誰にするかな。ハルバートでもファレンジでもいいけどあいつらはエルフィについて知らないからな。お前のドジを見越した動きを期待するならジェントリーの坊ちゃんかデラクエルだが、あいつら知ってるのか?」

「ドジってどういうことですか。二年特殊科は全員知ってます」

「なるほどね、それであのチームワークか。防御魔法が得意なラーク家の坊ちゃんでもいいが、王子は駄目だな、目立つ。その嫁さんも却下。さ、下行くぞ」

「人の話を聞いてください!」

 自由な振る舞いでさっさと部屋を出るグラエム先輩を慌てて追う。

 ええっと、行く場所は王都街のお菓子屋さん、マリア。うちのベルマカロン王都店からほとんど離れていない場所にある店舗だ。確かにそんなところに真夜中に侯爵の腹心が現れるのはおかしな話だけどそこに張り付くって……。

 私が先輩に協力するために使うのは、エルフィの力。つまり精霊による敵の会話の盗聴だ。アルくんがいる私なら余裕であるが……。


 ふっと先ほどの会話を思い出す。

 

「それ、先輩の方が上手くできるんじゃないですか? 風のエルフィなら緑のエルフィよりよっぽど情報……」

「駄目だ。言っただろ、俺は出来損ないだ。そもそもこの情報、得てはいたが活かすつもりはなかった」


 すっと冷めた目で私を見下ろし、硬質な声で否定するグラエム先輩にそれ以上反論も質問もできなかった。

 出来損ないって、なんだろう。

 前を歩く先輩の背を見ていると、急にその背が間近に迫る。

「わっ」

「お前」

 いつもの部屋に入る前に足を止めた先輩は私がぶつかりそうな距離で驚いた事など気にとめた様子もなく振り返り見下ろすと、すっと顔を近づけた。

 耳元に寄せられた唇から、囁く小さな声が聞こえる。

「わかってると思うが、俺がエルフィであるという情報は絶対に漏らすな。お前の護衛でも、だ」

「……もちろんです」

「破ったらどうなるかわかるな?」

「っ!? ひゃぁっ」

 寄せられた唇が一瞬、耳朶から耳輪にかけてするりと触れて滑る。

 ぞくりと背筋に何かが這い上がり、思わず悲鳴をあげると、一瞬驚いた顔をした先輩がぱっと顔を離す。

 すぐに足元でアルくんが怒ったようにグラエム先輩にその爪先を向けたが、ひらりと交わした先輩は、戸惑ったような声をあげた。

「お前な……耳弱……いや、悪い、やり過」

「お嬢様!?」

 先輩が謝罪しかけた先で、それを遮ってバタンと扉が開かれ飛び出してきたのはレイシス、そしてその後ろにフォル。

 目を見開いた二人が私をがっつり見ているのに気づき、先ほど悲鳴をあげてしまったことに漸く気づく。

 ……あっ!

 慌てて耳を覆っていた手を外し直立不動で二人を見つめる。先輩は一応謝ってくれた。いや、だからって許さないけどね!

 ……が、みるみるうちに真っ青になったレイシスといい微笑を浮かべたフォルを見て、遅かった、と心の中でため息を吐いた。き、気まずい。

「えっとあの、二人とも。相談があるからこっちに……」

「お嬢様に何をした!」

 食って掛かろうとするレイシスを、どうやらフォルのすぐそばにいたらしいガイアスが後ろから引っ張って止める。

 ちらっと私を見て、「大丈夫なんだよな?」とだけ聞いたガイアスは私が頷くとそのままずるずるとレイシスを引っ張って部屋へと戻った。

「フォル、その」

「うん。アイラ、行ってて」

 にこりと笑ったフォルはその笑顔のまま私の手を引くと部屋へと押し込み、慌てて振り返った時フォルがグラエム先輩に何か耳打ちしているのが見えた。

 が、すぐに振り返ったフォルが「さ、行こう」と私を部屋に戻してしまったので何を言ったのかわからず。……グラエム先輩口元が引きつってるけど大丈夫だろうか。

 作戦前に雰囲気を壊すとはなんたる失態……いや先輩が悪いんだけどさ……。


 とりあえず、とガイアスにレイシスを任せ、待ちかねていた皆に向き直って作戦を説明する。レイシスと話をしたいが、今は時間がない。

 ちらりと時計を見れば、九時前。先輩の話だと日付が変わってかららしいが、移動するなら急がなければ。


「少数精鋭というなら、何も女性のアイラ嬢を連れて行かず我々だけで行けばいいでしょう」

 案の定ハルバート先輩からそう意見が出てしまい、どう誤魔化すかと考えながら口を開こうとすると、間髪いれずにグラエム先輩が「駄目だ」と遮る。

 どうして、という疑問は、私がエルフィであると知っている面々からだってもちろん噴出する。だってエルフィの力が必要だと説明していないしね。

「アイラが適任なんだな?」

 王子が一言そう言うと、ガイアスとレイシスが僅かに目を見開きすぐに口を噤んだ。恐らく意図がわかったのだろう。そして、表情は変わらないものの恐らくフォルも気づいた。

「つまり、何も戦うとかではなく諜報活動なんだな?」

「それじゃ、アイラの護衛なら護衛二人に行かせたらどうかな」

 フォルの言葉に、僅かにグラエム先輩が目を見開く。が、すぐに何事もなかったようにいつもの飄々とした表情に戻すと、にっと笑う。

「俺は誰でもいいけど。こいつをしっかりフォローできるなら」

 その言葉に僅かにレイシスが眉を顰めたが、すぐに無表情に戻ってしまいどう考えているかはわからない。

 もちろんガイアス、レイシスの二人からは承諾の返事が返ってきたが……大丈夫、だよね。でもやっぱり、本当は出ないほうがいいって思ってる……かな。


「アイラ。この前のこともあるし、注意して、絶対無事に戻ってきて」

 部屋を出る前にフォルにそう囁かれて、慌てて頷く。皆にもさっきそういわれたばかりだが、わざわざこうしてフォルに言われるとぐっと身体に力が入った。

 そうだ、この前の失態を繰り返さないで、今日こそしっかり動けばレイシスだって少しは認めてくれるかも……!

 頑張らなきゃ、ともう一度頷いてフォルに笑顔を見せ、部屋を出る。

「……あいつやけにあっさり引きやがったな」

「え?」

 扉を閉めたところでグラエム先輩がぼそりと何か呟いたので聞き返してみたが、先輩はすぐに首を振って歩き出す。

 外套や武器を準備しすぐに下で待っていた先輩のところに駆け戻ると、外を睨むように見つめていた先輩が「よし」と気合を入れるように伸びをした。

「猫は」

「います」

 短い会話だが、それがアルくんを指しているのだと気づいてすぐに頷く。アルくんは既に作戦を理解して精霊の姿で待機済みだ。

「やっぱアルに何か頼むつもりだったのか」

「話が早い。デラクエル、今回はエルフィの力を借りる」

「なぜお嬢様がエルフィだと知っているのです」

 レイシスの言葉に、グラエム先輩はにやりと笑って見せるだけでさっさと歩き出す。

「レイシス。王子が認めてて私と話す時間を作ったんだから、大丈夫」

「……はい」

 二人も先ほど王子がまるで私とグラエム先輩が話すのを後押しするような言動だったのには気づいていた筈。

 納得しきれない様子だが頷いたレイシスにほっとして、外に出ようとしたところで、グラエム先輩がぴたりと足を止めた。


「ここからは別行動。ベルマカロン王都店の隣の路地にいる」

「えっ」

 私達が問う間もなく、グラエム先輩は大きく跳躍するとさっと闇に消えた。

 ……は、はやい。そういえば来るときもやたらと注意してたっけ。

「おー、さすが三年の先輩、すっごい跳躍力。風使うのが上手いのか」

「ガイアス。あんなの関心する必要ない」

 素っ気無く言い放つレイシスはどうやらグラエム先輩が苦手らしい。

 レイシス、真面目だもんなぁ。グラエム先輩は……まあ、耳のお返しはしっかりいつかさせてもらおう。

 それにしてもやっぱりこうしてみると、風魔法得意だったのか。戦いの時氷を良く使っていたのは、私と同じような理由かも。本当に得意なものを使う必要はないだろうし。

 そこで、すっと息を一度吸い込む。胸を、冷たい空気が満たしていくと、どこかすっきりとした。

「あの、二人とも」

 時間はない。だが、少しだけ、と二人を呼び止め目を合わせる。

「エルフィのこと、先輩に話してはいるけれど大丈夫だから。その……」

 二人に何かを隠しているというのはバレバレのはず。そう思い口ごもるが、なんとか自分の言葉で説明しようとすると、ふっとガイアスが笑う。

「大丈夫だ、アイラがいいと判断したならそれを信じる」

 言い切るガイアスに、レイシスが一瞬目を見開く。が、私と目が合うとレイシスもふっと笑って頷いてくれて、ほっと息を吐くと、白い息が闇に溶けた。


 さて俺らも行きますか、とガイアスの合図で、私達も極力目立たないように移動を開始する。

 アーチボルド先生には王子が連絡してくれるそうだし、何かあれば連絡が来るだろう。お叱りもあるだろうが、騎士科、特殊科共に上級生が許可済みだ。とにかく時間勝負なのだから。

 そうして私達は夜の街へと繰り出した。


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