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「な、な、なんでそれを知って……!」

 ばくばくと心臓が跳ねる中なんとか言葉を絞りだすと、グラエム先輩はちらりと私を見たあと急に笑い出す。

「くくっ、お前、ばれたくないならもうちょっと誤魔化すとかしろよ。まあ、別にそっちの落ち度じゃないから安心しろ」

 ひとしきり笑った後、先輩は視線を床に落とす。警戒を露にした猫の姿のアルくんは、視線が合うとびくりと身体を震わせた。

「その猫、精霊だろ。前に見た時は異常なくらい精霊に懐かれてたし」

「……は?」

『なっ』

 まさか自分経由だとは思わなかったのだろう、アルくんが悲鳴のような声を上げたのが耳に届く。私もまさかと息をのみ、しかしふっと違和感を感じた。

 今なんと言った? 精霊に懐かれてた? ……精霊が、見えた!?

「先輩、まさか」

 そこまで言われてしまれば可能性は絞られた。いや確定か!? いやでも、まさか、ええ……!?

 思わず椅子から身体を起こした私を見て、先輩は一瞬驚いて身を引いたあと、はあ、と大げさにため息をつくとひらひらと手を振った。

 座れといわれているのだと気づいたが、なんだか落ち着かない。

 ごくりと息を飲みつつなんとか椅子に座りなおすと、先輩はあっさりと、こちらが拍子抜けするほどさらりと答えを教えてくれた。

「俺の家は代々風のエルフィの力を継いでいる。その猫が前に何をやってたのか知らねーが、やたらと風の精霊に囲まれてたのを見たんだよ。で、その猫はお前とよくいるのを見てたからな」

「そ、それだけで……?」

「いや。そっからは調べさせてもらった。もしかしてって思ったら大当たりだったってだけ」

 調べさせてもらったって。……それで簡単に情報が出てくるとか、大丈夫なんだろうか。

 がっくりと項垂れ不安に駆られていると、なおも笑った先輩は大丈夫だと私を見つめる。

「調べるっつってもこっちのエルフィの力だ。簡単に周囲にばれたりしてないだろ」

「ああ、なるほど」

 ふっと、風のエルフィ、と言っていたことを思い出す。それなら確かに、一番情報を集めやすい人間だろう。恐らくこちらの情報収集担当のレイシスの何倍もすごい筈。

 アルくんも納得したのか、先ほどまでショックを受けたような表情だったのがどこか穏やかなものになっていた。きっと自分のせいでバレたのだと気にしたのだろう。力んでいた尻尾がへたりと地面に落ち、わかりやすいため息を吐いている。

 頷いていると、ふっと先輩が笑う。先ほどとは違う、どこか自嘲したような笑い声。

「といっても、俺はパストン家の落ち零れだ。エルフィの力はほとんど使えないがな」

「え……?」

「あとこれ、ベリアには言うなよ。あいつは完全にエルフィの力がない。パストンではエルフィの力がない人間に、エルフィの血筋であると情報を明かさない」

 そんな、といいかけて、口を噤む。うちも、同じ親から生まれながらカーネリアンにはまるでエルフィの兆候が見られない。エルフィの血筋でも、それはありえることだ。

 昔一度だけ、カーネリアンが僕も精霊が見えたらいいのに、と言っていたことを思い出す。父が上手くフォローしていたせいかカーネリアンはその後魔力が少なめだといわれながらも落ち込んだ様子を見せたことはなかったが、気にならない筈はない。知らないほうが良かったこともあるのだろうか。

「……ヴィルジール先輩は……?」

 私が知るパストンはもう一人。去年の特殊科三年の先輩である彼は、確か魔法文字は使っていたものの空を飛んだりしていた筈。もしかして、と思い問いかけると、ふっとまたグラエム先輩は口元を歪めて笑う。

「使えない。あいつが空を飛んでいたことをいうのなら、完全な独学だ」

「……それもそれですごいんですけど」

 気が抜けて気持ちががくっとしつつも以前見た派手な姿のヴィルジール先輩を思い出す。あれ、そういえば最近会ってないな。やっぱりまだ忙しいのか。


 ここで漸く、先ほどの下のやり取りでひとつ思い当たることがあった。

 王子、グラエム先輩がエルフィって知ってたんだ。だから、わざわざ私達だけで話す時間を作らせた。

 わかってしまえばなるほどと思わず口から息が漏れる。下手に緊張する必要まるでなかった。


 それにしても、落ち零れってなんだろう。なんだか聞くに聞けない言葉なんだけど。


 私はお母様と私、あとは私に医学を教えてくれた伯父さんしか緑のエルフィを知らないし、王子は光のエルフィだと知っているがあまり詳しくはないので、エルフィの落ち零れ、という意味がよくわからない。

 考え込みそうになって慌てて本来の目的を思い出した私が顔を上げると、私をじっと見ていたらしいグラエム先輩と目が合った。

「……え? 何ですか?」

 探るような視線に、どうすればいいのかわからず首を傾げる。と、先輩は眉を寄せ、なんだか呆れたようなため息を吐いた。

「いや。……それで、俺に力を貸す気は?」

「何をすればいいんですか?」

 貸す気も何も、内容を知らなければどうしようもないのだけど。

 再び首を傾げつつも尋ねれば、今度はグラエム先輩はにやりと笑う。

「お前らの話を聞くに、怪しいのはどう考えてもリドットだ。だがあいつらは今までのさばってきただけあって手強いし、失敗は許されない」

「の、のさばる? 手強い?」

「だから情報集めは精霊に力を借りて……って何変顔してんだ」

「失礼な!」

 ちょっと話についていくのがやっとなだけだ! にしても、先輩の口調だとなんだかリドットがとても悪者に聞こえるのだけど。そのリドットが果たして今の侯爵を指しているのか、家全体を指しているのかはよくわからないが。

 そんなことを考えていると、私が唸っている理由に気づいたらしいグラエム先輩が、珍しく表情を崩して驚いたように目を見開く。

「なんだお前、あれほど嫌がらせされておいてリドットの事知らないのか」

「嫌がらせ? 知らないって……」

「相変わらずの能天気だな、自分達に嫌がらせしていた主犯格も知らないのか。お前と王子殿下の嫁さんに嫌がらせしてた女子の大半はリドットの派閥だ。学園内のな」

「学園内? っていうか、殿下の嫁さんって」

 気が早い。まだおねえさまは王子のものじゃないぞ!

 憤慨していると、伸ばされた手ががしっと私の頭を押さえ込む。

「お前は馬鹿か。少し落ち着いて考えろ」

「うー、わかりましたから頭を押さえないでください!」

 ええっとつまり。嫌がらせをしていたのはリドットの派閥。……リドット……レディマリア様の派閥ってこと?

 確かに彼女の周りにはいつも女の子達がいっぱいいて羨まし……じゃなかった、仲が良さそうだなとは思っていたけど。……そういえば彼女の周りはほとんど伯爵家以下のご令嬢だったかな?

 唯一一緒にいるのを見かけていたのはローザリア・ルレアス公爵令嬢か。それでもローザリア様はローザリア様でご友人といることが多く、いつもレディマリア様といるわけじゃないかな。レディマリア様は淑女科だし……。

 派閥、と言うからに、それぞれの家の事情も絡んでいて一緒にいるのかも。そういえばアニーも最初はレディマリア様たちと一緒にいたような。

 アニーに聞いてみれば、彼女の周りについて少しはわかるかも……。

「おい」

「んー……」

「おい、考えろとは言ったけど無視すんな!」

 わしっと掴まれた頭をがしがしとかき回され、悲鳴と共に意識が戻る。

「何するんですか!」

「話を聞け話を!」

「うっ、わ、わかりましたよ」

 こくこくと頷くと、グラエム先輩がめんどくさそうにため息を吐く。なんかこんな先輩ばかり見ている気がする。

 ……って私のせいか、つまり。

 ぐっと手を握り、先輩に迷惑をかけないように今度こそ落ち着いて集中して聞こうと見つめると、先輩はむっと眉を寄せたあと私から視線をはずす。

「まずな。娘のほうもそうだが、リドット侯爵が今政において重要な場所にいるのがそもそもの問題だ。わかるか?」

「問題……ってことはつまり、リドット侯爵ってもしかして、デューク様が言う……」

「そ。今の体制の元凶連中の一人」

 思わず息をのみつつも、言われた言葉も何とか飲み込みながら必死に考える。

 ちらりと「なぜそのことを知っているのか」という疑問が浮かんだが、先ほどの王子との様子を見るにもしかしたら仲がいいのかも、とその考えを置いておくことにし、リドット侯爵が敵と過程した場合の動機を考えた。

 もし今回の件にそこが関わっているとしたら、おねえさまの……婚約を邪魔したいのは、リドット侯爵……?

 すっと何かが繋がった気がした。私でもわかる。レディマリア様は、王子の相手になりたがっているのだから。

 しかしそれはつまり。

「……ずいぶんとまた、大物じゃぁないですか」

「その反応、期待通り。随分と勇ましい顔してるけど?」

 テーブルに肘をついて頬に手を当てたグラエム先輩が楽しそうに私を見る。

 少し考えて、自分がなんだか悪い顔してるかも、と気づいて取り繕うように席を立つ。

「私が喉渇きました。お茶、飲みます?」

「不味かったら飲まない」

「飲むんですね、わかりました」

 さっさとお湯を沸かしお茶の準備をしながら、グラエム先輩に背を向けて考える。

 レディマリア様がそれに絡んでいるとは思いたくはないが、相手が王子が警戒している貴族ならば。

 これがうまくいけば、王子の目標にも一歩近づく。


 ……いや、やらないといけない。放置して相手の思い通りになるということはつまり、おねえさまと王子が婚約できないということだ。


 お茶を淹れたカップを机に置き、落ち着くためにこくりと一口飲む。

 ふわりと広がるのは気分を落ち着かせるとフォルおすすめのハーブティーだ。

 目の前でカップに口をつけたグラエム先輩は、僅かに一瞬眉を寄せたが、すっと一瞬魔力を感じたあとはぐいぐいと飲み始めた。

 先輩、今中身冷やしましたね。猫舌か。


 今度淹れる時は少し冷ましてからにしよう。そう頭の片隅で考えつつ、私のやる事は決まった。


「……協力します。やらせてください。私は何をすればいいですか」

 迷いは吹っ飛んだ。じっと先輩を見つめる私に、先輩はにやりと笑って見せる。

「いい目だ。よし、さくっと説明するから頭に叩き込め、今すぐな」


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