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「わっ」

 夜、夕食を食べ終えてすぐの時間。グラエム先輩をいつもの部屋で待っていると、窓際に立っていたフォルが窓を開けた瞬間ひらりと部屋に舞い込んだ物体に思わず悲鳴が出る。

「ぐ、グラエム先輩、なんで窓から」

「見つからないようにって言ったろ」

 ちらりと私を見たあとそう荒っぽく告げたグラエム先輩は、さっさと部屋の中央に向かうとソファに腰掛ける。

 なんだかよく上から飛んでくる人だな。鳥みたい。気づけばいないし、よく木の上にいるし……得意なのは風魔法だっけ? 私と戦った時は……あ、氷だったかな。

 夜にグラエム先輩が来ると聞いて、とっくに待機済みだった特殊科三年生三人、それにアーチボルド先生まで部屋にいて、いつもの部屋が狭く感じる中でおねえさまと一緒にお茶の準備に立つ。

 実は夕方に依頼の薬品の調合をしていたときから、おねえさまは元気がない。今もため息を吐いては、さらさらと茶葉を掬っては落としカップの中に山盛りにしている。おねえさま、茶葉はそんなにいらないしカップに入れては駄目です。あ、茶葉の上に砂糖載せだした。

 お茶を配る前からすでに話し合いは王子とハルバート先輩を中心に始まっていて、そわそわと気にした様子を見せているおねえさまに椅子を勧め、私一人でお茶を入れ終え配ると、少し離れた位置でそれを見守る。

 やっぱりまだ元気がない様子から見ると、おねえさまはもう王子から自領のビティスの話を聞いていると思う。

 それでもぐっと前を向いて話を聞いているおねえさまを見ていると、なんだか自分が情けなく感じる。おねえさまはやっぱり、強い。あんなに動揺しているのに、必死に話しについていこうと努力している。


 しばらくこちらの話を黙って聞いていたグラエム先輩は、粗方話を聞き終えると成程ね、と頷いた。少し彼から質問が出たが、それを聞き終えるとグラエム先輩はどさりと身体をソファの後ろに倒す。

「まったく、ほんと余計な事に首突っ込みやがって……」

「おいグラエム! 殿下の前で……」

「いい」

 気色ばんだファレンジ先輩を、すっと手を上げて王子が止める。

 しばらく何か考え込んでいたグラエム先輩だが、ふと顔を上げると視線がこちらに向けられた。

「そこのおじょーさん。ちょっと来い」

 ひらひらと手招きされて驚きつつも一歩足を出しかけた時、すっと私の前に人影が現れる。

「レイシス?」

 向けられた背中からも警戒した様子が伝わり、今目の前にいるレイシスが恐らくグラエム先輩を睨むように見ていることなど容易に想像がつく。

 グラエム先輩はその、あれだ。非常に誤解されやすいが、たぶん悪い人ではない。

「レイシス。大丈夫だから」

 レイシスが悪いわけじゃない。それくらい普段誤解されやすいというか、実際私も脅されたりなんだりしているのでそこは庇えないが、彼は今協力者としてここにいるのだ。

 そっとその腕に手を伸ばしたとき、前から押し殺したような笑いが聞こえた。

「相変わらず過保護だなデラクエル弟は。そんなんだとお姫様に嫌われるぞ?」

「なっ」

 びくりと一瞬小さくレイシスの肩が跳ね、ぐっと拳が握られたことに気づき思わず声を上げる。この微妙な空気の時になんてことを言ってくれるんだ、グラエム先輩!

「アイラがレイシスを嫌うなんてありえないと思いますけどね」

「それをお前がフォローするか、ジェントリーの坊ちゃん。……まあどうでもいいけど。別にとって食いやしねーから早くしろ。ベルマカロンでも何か掴んでるんだろ」

「え、ああ」

 フォルが間に入ってくれている間にガイアスがレイシスの横に並んだことで、どこかほっとして肩の力を抜き再度グラエム先輩に向き直る。

 それにしても、さすがというべきか。もう先ほどの話だけで確実に情報を飲み込んでくれている。本来の頭の回転の良さもあるだろうが、情報通というのは本当らしい。

 まだ、今現時点で私が把握していることは皆にも詳しい話はしていない。フォルとおねえさまの二人と一緒に薬の製造について考え、カーネリアンからの情報を得て、アルくんからも特殊な情報を貰った。それぞれの話を統合して考えた時見えた可能性は私しか知らない。

 いずれ皆にもわかることだし話さねばと思うものの、いまだ決定的な証拠がない状態で疑いの言葉を口にするのはなんとも勇気が必要だった。まして相手はライバルだ。


「……実は」

 

 淡々と、あまり感情を込めないように掴んだ情報だけを話していく。

 ピエールから聞いた、『マリア』の店でも行われた葡萄フェアのこと。時期的にもマリアが少し遅いくらいでベルマカロンの葡萄フェアとほぼ重なる事。

 ベルマカロンの調査によれば、あちらの店で使われた葡萄はビティスである可能性が高いこと。

 商品の売れ行きはベルマカロンに比べマリアは少なかった様子であったこと。

 問題の薬、『ビティス』の製造において、重要なのは普段食されない種を粉末状にしたものを使用しているのではないかと言うこと。

 これについては今三年の特殊科の先輩、そしてグラエム先輩がいる為口にすることができないが、植物の精霊であるアルくんが種に魔力を増幅させる要因の核とも思われる程の成分があると確認してくれた。コレが事実として誰かに伝われば、ビティスは非常に危険な植物として認定されるだろう。

「……グロリア領で作られたビティスは大半がどこに卸されたのかわからないと聞きました。また、ベルマカロンに販売したと書類が残されているジェントリー領のビティスもそうです。マリアが使っていた葡萄がビティスである可能性が高い以上、そこから調べなければ今は手の打ちようがないのではと」

「なるほどな」

 私が話し終えると、王子がすぐに眉を寄せて頷いた。

「だが相手はリドットだろう。そう簡単に尻尾を掴ませたりはしないだろうな」

「そもそもお菓子に使っていたのであれば、薬には使っていないのでは」

「そう言い逃れできる状態を作ったのかも。ビティスは菓子には向かないんだろ?」

 それぞれが意見を交わしあい、議論が白熱していく。だが重大な問題がひとつある。

「あの。……もし何かわかったとしても、相手が先にグロリア領地が怪しいとかベルマカロンが疑わしいとか言い出したら、まずいです。これは、時間勝負なのでは」

 小さく手を挙げ発言すれば、はっとしたように皆黙り込んで考え始めた。

 まだ問題の薬自体が、公で問題とされてはいない。だから相手も黙り込んでいるのだろうが、「こんな薬が出回っている」と噂が広まれば相手は手を打ってくるだろう。

「先回りしないといけない。それに関しては」

「俺も手伝おう」

 黙って話を聞いていたアーチボルド先生がすっと立ち上がると、足早に扉へと向かう。

「今出ている以上に重要な情報がなければすぐに動く。どうだ?」

 先生の質問に皆が目を合わせつつゆるりと首を振ると、これ以上はないと判断した先生が部屋を出る。

 次に動いたのはグラエム先輩だった。王子のそばにいくと何か耳打ちした先輩は、顔を上げると私を呼ぶ。

「お前の部屋に案内しろ」

「へ!?」

 さすがにどうして、と目を見開くと、そばにいたガイアスとレイシスがすぐそれを言葉にして「どうして」と尋ねた。

「ここじゃ話ができないってことだ、察しろ」

 さっさと扉に向かい、私を手招くグラエム先輩だが、その言葉だけでこちらが招くまでは他人が入れないような防御ばっちりの自室に案内するのに戸惑いを見せると、アルくんを抱き上げた王子が近寄った。

「アイラ。とりあえず今は話を聞いてくれ」

 私にアルくんを渡しながら言う王子を見て、すぐに頷いた。王子が言うってことは、大丈夫なんだろう。アルくんをつれて行かせるのは、私の護衛二人への配慮だ。

 しかし、と呟くレイシスの声は、先ほどのことを気にしているのか小さい。振り返って二人を見上げると、にっこりと笑みを浮かべる。

「デューク様が言うんだから大丈夫。行ってくる」

「……わかりました」

「おう」

 二人が頷いたのを確認して部屋を出る。こっちです、と言ったきり言葉を交わす事もなく、自室の扉の前にたどり着いてしまってから僅かに緊張した。

「ここです、けど。何かしたら容赦しませんよ」

「自意識過……」

「過剰、じゃないです。出会いがまず脅しだったじゃないですか、先輩」

 ふん、とそっぽを向く先輩に苦笑を浮かべながら部屋の中へと案内する。

 椅子を勧めれば素直に座ってくれた先輩に、ほっとして足元にアルくんを下ろす。

 お茶はいらない、と言う先輩は、私が座ると早々に本題を切り出した。

「力を貸せ、お前エルフィだろ」

 と。


 ……ん?


「えええええええええ!?」

「うるせーな騒ぐな!」

 これが騒がずにいられるか!


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