224.デューク・レン・アラスター・メシュケット
珍しく感情むき出しに騒ぐ双子二人を見つつ、頭を抱えた。
「話は、わかった。とりあえず落ち着けレイシス」
「デューク……っ!」
何か言いたそうに、しかしぐっと口を噤んだレイシスを見て、先ほどからはらはらとした様子でフォルとルセナが用意していた茶を勧める。時には思いを口に出したほうがいいとは思うが、もう十分だろう。
出されたお茶を見下ろした双子は、とりあえず一息つけという言葉が伝わったのか。
しばらく動かなかったものの、レイシスがふっと身体の力を抜いて腰掛けたのを見届け、全員が椅子に座る。
淹れられた茶はフォルが選んだのだろう。落ち着く効果が高いとされるハーブティーだった。昔はよくフォルに用意されていた気がするが、俺がこれを飲むのは久しぶりな気がした。
しかし、こんな事態になるのは誤算だった。あの四人で行かせれば、それも、アイラがあの姿ならばまず問題ないと思っていたのだけど、俺も考えが甘かったということか。
フォルが提案したらしいアイラの変装は、完璧だったはずだ。アイラは背が低く顔立ちも男性っぽいところなど見当たらない、動作も女性らしいタイプではあるが、悪く言うわけではないが全体的に見た目がまだ幼い。普段の行動や性格もおしとやかよりは活発で、その雰囲気も隠れてはいない。
男物の服に身を包みその上外套で身体をほぼ隠し、目深に被った帽子の中に特徴的な柔らかく美しい髪を仕舞い込んでしまっていたあの姿では、同じような背格好のルセナもいることだし女だとは気づかれにくいだろう、と思っていたのだが。
まさか少年好きの、直接身体を触って確かめるやつが出るとは。それも、何よりアイラ至上主義のレイシスの前で。
今まででは少し考えにくい事ではあったが、奇跡的に……いや、そう言っては駄目か。成長したのか、レイシスが怒りに任せて魔力を爆発させて敵をかき集めるという事態にならなかったことはよかったのであるが……
まあ今こうして落ち着いてしまえば、レイシスがこうして戻った後に怒りを爆発させるのもわかる。
アイラの顔色は蒼白だったのだから。
アイラをそもそもこの件に、いや、危険な事全てに関わらせたくなかったレイシスと、アイラがやりたい事は否定せず、危険な場合は自分達が守るべきだというガイアス。
双子でありながら、同じ護衛対象を持ちながら意見が真っ二つ、か。
ちらりと、レイシスと同様アイラに好意を寄せているであろう従弟の顔を覗き見る。少し険しい表情をしているが、その表情から考えがどちら寄りなのかはわからない。
まあ、アイラの護衛の気持ちも仲間の意見もフォルの気持ちも重要ではあるのだが、俺から言わせて貰えば……今回はガイアスの意見に同意する。
アイラは特殊科の仲間だ。
元は医療科希望で学園に入ったアイラではあるが、今は納得し特殊科の籍にいるはず。特殊科が危険な任務があることなんてわかりきっているはずだ。強要はしないが、アイラはいやいやでもなんでもなくこの件に自ら関心を示していた。
確かにデラクエルにとって守るべき姫であろうが、アイラは強い。それこそ特殊科に選ばれる能力の持ち主であるし、そこに元よりアイラの特徴としてあげられるエルフィの能力は関係ない。アイラ自身、エルフィの能力がなくとも非常に優秀なのだ。
エルフィという天賦の才がありながら、その能力を普段隠しているアイラにとっての武器はその努力による能力の高さ。特殊科の中でも秀才のアイラは他の仲間に引けを取らない。本人がけろりとしているが、彼女の魔力向上に対する努力は人並み外れたものがある。使いたいと思った魔法に対し自分の理想に到るまで一切の妥協を許さず、ほうっておけばぶっ倒れるまで練習するタイプだ。……それはさすがにやりすぎであるといつも思うが。
つまりレイシスの考えではアイラの才能を潰してしまう、と俺は思う。経験させてこそだ。何より、危険だからと仲間はずれにされてはそちらの方がアイラにとって耐えられないであろう。困ったことに、うちの女性陣二人はどちらもそのタイプだろうし。深窓の令嬢からは非常に遠い二人だ。
気持ちはわかる、レイシス。
ため息をつきながら茶を喉奥に落としていると、ひどく掠れた声で「取り乱し申し訳ありません」と聞こえた。声の主は、普段の無表情を崩しているようだが。
「落ち着いたか」
「……はい。すみません」
すっかり意気消沈してしまったレイシスも心配だが、実は俺がさっきから気になっているのは、そのレイシスと喧嘩を繰り広げていたガイアスの方だった。
ガイアスは敵にやられたらしい。もちろん怪我などしていないが、肝心なところで守りきれなかったどころかやられたガイアスが実は、一番今その内が荒れ狂っているのではないだろうか。
少なくとも俺がガイアスのような立場で、ラチナが危険だったとすれば、……恐らく自分を許せない。ただでさえガイアスは溜め込むタイプだろうし。
これは……本当に、失敗した。
「とりあえず。前提としてある俺の立場を抜きにして言うが……アイラをはずすのは得策ではないと思う。あくまで個人の意見だぞ」
「……はい」
「レイシスお前、わかってるんだろ? そんなこと、アイラに戦力外通告しているようなものだ。ああもちろん、お前の気持ちは痛いほどわかるんだがな」
大前提として、レイシスにとってアイラは姫だろうが、アイラは『仲間』なのである。
すっと視線を落としたレイシスは、しばらくすると頷いて見せる。そもそもわかっているから、今日問題が起きる前までアイラが行くことにもレイシスは納得していたはずなのだから。
「俺らがやるべきことは過ぎたことの議論じゃない。反省を踏まえた次への対策だ。今できなかったのなら、次は納得がいく結果になるようやりきって見せればいい。ガイアス、そうだな?」
「え……あ、ああ」
面食らいながらもきちんと頷いたガイアスににっと笑って見せ、さて本題はここからだと空気を切り替えるようにフォルを見る。
「さっき調べたアイラが持ってきた小瓶の中身は」
「ご想像通りだと思うけど、媚薬だったよ」
「だよな」
アイラの様子を見るに拾った本人は気づいていなかったようだが、あれは特殊なものでも珍しいものでもなく、国が認めている範囲の弱い媚薬の特徴に似ていた。
「まあ持ってる理由は腹立たしいがとりあえずあれはアイラとラチナには適当に誤魔化しておくか。今はガイアスとレイシスが取ってきた薬の方が問題だな」
「誤魔化すって……一応あの二人優秀な医療科の生徒だよ、どうやって?」
ルセナが当然の疑問を口にするが、少し考えて首を振る。
「そこはまあ同じ医療科で頑張れ」
「は? そこ僕に丸投げする気なの、デューク」
非常に不満気な従弟の声が聞こえたが、そこはとりあえず後回しにし、テーブルに並べられた薬を見つめる。丸薬であるそれは赤ワインに似た色で、手に取ってみるが特に危険な薬という見た目をしているわけではない。それこそ学生が気軽に手を出せる雰囲気の代物だ。
「そういえば。僕のほうでも事前にいろいろ調べたんだけど」
突如思い出したようにフォルが立ち上がり、部屋の隅から本やら資料をいくつか持ち出すとテーブルに並べだす。
「明日アイラとラチナの二人と詳しく調べるけれど、合言葉や薬の名前から考えるにたぶん成分の一部はこれだと思うんだよね」
「何?」
フォルが先に調べているとは思っていなかった為に驚いたが、視線を落とした先の図鑑にある文章には確かにそれらしい一文が載ってある。
「……だがそれだけで判断するには該当する植物なんて多すぎるんじゃないか?」
「たぶん確定だと思うんだよね。葡萄に関係してるみたいだし、品種名が一緒だし。そもそもたぶんデュークが思ってる程魔力を増幅させるような効果の植物は多くない。回復と、増やすのとではまた違うんだ、ちょっと難しいけど」
言い切るのが医療科のフォルなんだからそうなんだろうなと思いつつ、それでも『力をつける』なんて食べ物全般に言えそうだなと「そんなものか?」と首を傾げると、フォルは笑う。
「そういうもの。そんな植物が多くあるのなら、そもそも精霊がアイラに魔力を貰いに来ないよ。その植物で魔力を増やせるじゃないか、もちろんやりすぎは危険だし」
「ああ、なるほど」
ガイアスたちも納得したように頷くのを見ながら、資料に目を通し……思わず声を荒げた。
「おい、この葡萄……ビティスって、作られてるのはほとんどがジェントリー領じゃないか。こんな物の原産地とわかれば問題だぞ」
「そこなんだ。最近実はビティスに大口の購入先があって。父にそれを確認したほうがいいと思う。元ヒードス領の案件は僕じゃ無理だ。もうこの案件はポジーには悪いけど俺たちの手に負える範囲を超えたんじゃないかな」
「ちっ、ここまでやって結局そうなるか」
本来であればもっと早くにアーチボルド先生に相談すべきだったかもしれない。
ただ情報提供者であるポジーが、友人を想いそれをできずにいたのだから、せめてもう少し何かわかるまではと思ったのに。
ルブラが絡んでる時点で駄目だったのだ。これはもう、今の俺の手に余る状況ということか。
もう少し力があれば。
最近そう思うことが多い。この件も大きな問題だが、最近俺を悩ませる問題はもうひとつ。ラチナとの婚約発表だ。
昔からの付き合いだ。フリップもなんだかんだでラチナを幸せにするなら、と言ってくれたが、友人である彼が妹と俺この婚約にいまいち乗り気ではない理由はやはり立場のことだった。
グロリア伯爵家は代々優秀な無属性魔法の使い手であるし、領地の民も穏やかで問題が少なく、領主であるグロリア伯爵も優秀だ。もちろん父である王も賛成してくれたし、俺の周りにいる将来の側近達からの不満もない。
婚姻の障害になるとすれば、俺の妻という立場になれる娘を持つ他の貴族。
血筋でいえば一番であるローザリアが王弟の子息であるフォルを好いていることから、リドット侯爵家が強く娘をと推して来ているのは知っていたが、最近は俺の成人の儀が近いせいかやたらと過激だ。
たまに城に戻れば待ち構えたかのようにリドット侯爵に出会い、娘はどうかとしつこい。最近では将来の為にもと半ば脅しに近いような言葉まで侯爵の周辺貴族から出始めた。
リドット侯爵はそもそも俺やフォルが排除したい石頭たちの一人。そんな人間に国母の父という席を与えるつもりはもとよりない。
だがそんな毒である石頭を王である父が排除できないだけの力があいつらにはある。先代のせいでひどく王家の力は落ちているのだから。立て直しは急にはできやしない。
幸いな事にフォルやハルバートをはじめ、将来を考えれば優秀な人材は多く俺の手元に揃った。今リドット侯爵の思い通りになるわけにはいかない。
「デューク。父が戻ってきたみたいだ。今から話せる?」
「ああ、もちろん」
フォルに呼ばれて立ち上がる。公爵……叔父には本当に世話になっている。何かあったときには、恩返ししなければ。
そうしてガイアスとレイシス、ルセナに休むように告げ公爵のところに向かった俺は、まさか先ほどの双子の喧嘩中の会話の一部をアイラが聞いていたことなんて夢にも思わず。
仲間の内で、歯車がずれ始めたことに俺は気づかなかった。




