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 豪華絢爛、ではないがしっかりとしたいいものが揃えられたジェントリー家の別宅は、外も中も品のいい落ち着いた雰囲気でなんだか「フォルの家」という雰囲気がよくわかる。

 フォルのお母さんは領地の屋敷で、お父さんは王都にいるものの仕事でまだ帰っていないらしく、遅くなる前にと日が落ちるのが早くなったことに感謝しつつ急いで変装し案内された部屋で再び皆と合流してすぐ。 


「アイラ、それ……」

 私を見るガイアスと王子が絶句している。そう、名前を呼んだきり絶句しているのだが、煩いぞ! 視線が!

「似合ってるでしょー?」

 半ば無理矢理作った笑顔で胸を張ってどや顔を決めてみるが、胸を張っても女性と気づかれなさそうな凹凸のない身体に私もびっくりだ。いやでもちょっとはあるんだけど……くっ、今の私はどう見ても男の子です。

「完璧な変装です、さすがお嬢様」

「おねーちゃんがおにーちゃんになった……」

 いつも通りの表情のレイシスに、なんだかショックを受けたようなルセナ。おねえさまにいたっては、なんだか目を輝かせてさっきから私の服をあちこち細かく修正している。

 フォルはにこにこ笑顔だ。な、なんかショック。

「と、とりあえず。その姿なら安心だな。いいか、お前らは魔力を放出しすぎないように。一般レベルまで魔力を落とし、相手に本来の魔力量を気づかれるなよ。ただし、気配を絶つのは禁止だ」

「お、おうそうだな。任せろ」

 落ち着いたらしいガイアスが頷いて見せ、目が合った瞬間私とガイアス、レイシスの魔力量がぐっと抑えられる。

 普段から放出しているわけではないが、見る人が見ればある程度魔法の訓練を詰んだ人間や魔力量が多い人間というのはわかるものだ。

 だからと言って気配を完全に絶てば、それはそれで「魔力を使いなれた人間」である。今回は私達は、魔力を増やしたくて薬に手を出そうとしている若者という立ち位置での行動だ。慎重に行かねば。

 私達を見て少し調整しながら最後にルセナが魔力を落とし、四人でお互いを確認して頷く。私とガイアス、レイシスはこの動作に慣れているが、ルセナはあまり機会がなかったのだろう。少し魔力が不安定に見えたが、程なく落ち着いた。

 ちなみに私達がすんなり魔力を押さえられたのは、デラクエル流の修行の賜物である。おじさん、役に立ちました!

「随分上手く変装したな……それでもアイラはなるべくガイアスかレイシスの後ろにいろよ」

「はい、わかりました」

 王子に心配そうな顔で言われ、苦笑して頷くと、フォルが横にならんで「そうだね」と私を覗き込む。

「似合ってはいるけど、やっぱり女の子っていうのは隠せないし。暗闇ならなんとかなるかな」

「そうですね、お嬢様は俺の後ろに隠れていてください」

「えっ」

 この格好で女の子に見えるのか! と仰天する私だが、目の前二人は真剣そのものだ。

「お前ら二人の目が補正がかかってるだけだ、今のアイラなら声をとりあえず出さずにいればなんとかなると思うが」

「まあ後ろに隠れているのは賛成だけどな」

 王子とガイアスの言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせた二人が再び私を見て「そう?」と首を傾げている。念のためもう一度自分の姿を確認するが……まあ、男の子に見えるけど。とりあえず声は出したらアウトだろうな。

 足元で身体をすり寄せていたアルくんを抱き上げながら、もう一度作戦の最終確認。

「いいか、合言葉は葡萄酒だ。続けてされる質問には、力がみなぎるからと答えるんだ……そうだな? レイシス」

「ええ。俺がやりますから、大丈夫です」

 しっかりと頷いて見せるレイシスの後姿をどこかぼんやりとしつつ見つめる。

 レイシスは、結局自分で手に入れた情報をガイアスだけでなく王子にも相談したらしい。

 結果的には私や他の皆がいるところでもその情報は開示されたが、どことなく寂しい。レイシスが一人で黙って得た情報を使うよりよっぽどいいはずなのに。

 もやもやとした気持ちを、首を振って追い払う。何してるんだろう、私。自分だってなんでもかんでもガイアスやレイシスに相談するわけじゃないのに、別に何でも相談して欲しいと思っているわけじゃない。

 なんだろう。なんか最近レイシスが少し、遠く感じる。……こんなにそばにいるのだけど。

 おかしいな。レイシスが私が危険な可能性がある情報を隠すのなんていつものことだし、普段通りのはずなのに……。

 不思議に思いつつも、今は作戦に集中しなければ、と皆と手順を確認していく。

 私はとにかく後ろにいて言葉を発することはせず、最後にアルくんに魔力を渡して指示をし、情報を得るだけだ。緊張しなくても、一番重要な交渉の役目はレイシスとガイアスでやってくれる。

 確認を終えたところで、すぐに出発の合図がかかる。

 今回協力してくれるロランさんが、どうやら裏道の警護に話をつけてくれたらしい。久しぶりに見たロランさんに挨拶を交わす暇もないほど、ばたばたと私達は支度を終えて外へと向かう。

 腕の中のアルくんは、私と目が合うとふっとその猫の姿を消し、精霊の姿に戻ると羽を揺らす。

「お、アルは?」

「戻ったよ、大丈夫ここにいる」

 気づいたガイアスに短く返事を返し、私達が小走りに通過するのは、公爵邸の裏口から出たところに広がっていた私有地の、迷路にも見える庭の中だ。

 学園の私達が住む屋敷の裏手の森より木が生い茂ったそこは成程確かに秘密の移動にもってこいだろうが、警備は大変そうだ。だからこそ、デラクエルで担当しているのかもしれないが。

「この道を抜けたら商店街の人通りが少ない道に出る。ただデラクエルが出入りしているから、治安は悪くないはずだよ」

 フォルの言葉に皆が頷きながら、近づく明かりを見つめる。先ほどの貴族が多く住んでいた地区とは大きく違う、明かりの多さと賑やかさにどこかほっとしながら足を進める。

 去年も王都内を夜に歩いたことはあるが、そもそもばたばたとしていることが多くてゆっくり見たことなどなかった。それにここは、商店街といってもどちらかと言えば飲み屋街といった雰囲気だ。

 通りに出ると、街行く人たちと対して変わらない速度に歩む速度を落とし、目立たないことを意識する。夜の街は薄明かりの中でも心躍る程賑わっていて、ついきょろきょろと眺めてしまいそうになるのを必死で抑えた。たぶん、皆も一緒だ。

「ベルティーニ領とは違うな。王都は夜でもやっぱ賑やかだ」

「あ、おねーちゃん見て、あそこの屋台からおいしそうな匂いがする」

 ルセナに手を引かれ見た先で、食欲を誘う香ばしい匂いを周囲に漂わせる屋台を見つけた。そばでは椅子のないカウンターのみの店で、酒を楽しむ人たちもいる。

「なんか、すごい。楽しそう」

「そうだね。僕の地元はもっと明るいけど、屋台とかないから」

 そばを歩いているルセナと二人、少しだけはしゃいで言葉を交わす。

 これからのことを考えて不安だった気持ちが少し和らぎ、落ち着いた心で再度今日の作戦を考えながら歩いて目的地へと向かう。すれ違う人たちは皆楽しそうだったが、ふと前が翳った。

「お嬢様。酔った人も多いから、あまり顔をあげないでください」

 ルセナのいるほうとは反対側に立ったレイシスが、小さな声で私に囁く。

 え、と視線を合わせると、レイシスは少しだけ口を尖らせた。

「先ほどから酔った男がお嬢様に向ける視線が少し不快なだけで……いや、俺何言ってるんだろ。その、とにかく顔を隠してください」

 なんだか頬を染めたレイシスが誰もいない方角に顔を向けながら言う言葉を聞いて、驚く。

「……私今、男の子だけどなぁ」

 もしかして、びーえるってやつですかその酔っ払いさん。……ていうのは冗談で、ルセナと二人並んで歩いているときっと身長的にも幼く見えるせいではないだろうか。

 まだ夜更けというには早く、働いているのか私達と変わらない年頃もいるようだけど、私もルセナも身長が低いほうだし。

 ……悪目立ちしてるかな。そんなこと言ったら、隠しきれてないおねえさまの美貌に鼻の下が伸びてる酔っ払いも多いみたいだけど。おねえさま、もっとフード深く被ったほうがいいですよ、主に酔っ払いのために! 王子がさっきから射殺しそうな視線で相手を睨んでます。

「あれ? フォル、ロランさんは?」

「ロランは少しやることがあるから、商店街を出たところで別れたよ」

 一緒に来ていた筈のフォルの従者さんは、慌ただしく次の仕事に出たらしい。なるほど、と頷いたところで、覚えのある通りの前に出てきていた。

「ここだ」

 私とレイシスが、すぐにこの間ポジーくんを見つけた通りの近くだと気づいて足を止める。

 きょろきょろと周辺を見回していた王子達だが、ある程度周囲を確認するとさっと目で合図し離れていく。残されたのは私とガイアス、レイシスにルセナの四人と、アルくん。他の三人はきっと少し離れた位置で待機してくれているはず。

 そっとグリモワに手を添え、今回は出てきてはいないジェダイに「行くよ」と合図をしながら、ガイアスとレイシスに続いて細い道へと足を踏み入れた。

 途端に、今までの雰囲気とは違う湿った暗い雰囲気に、思わず眉を寄せ外套のフードを深く被りなおす。

 気配は消して、でも消しすぎず適度に。

 とくとくと心臓が主張するが、ガイアスもレイシスもルセナも、アルくんもジェダイもいる。きゅっと手を握ると、私の手を包むような暖かさが触れた。

 アルくんがふわりと私の手に寄り添っているのを、ほっとしつつ見ながら微笑み、顔を上げた。

 人の気配は複数あるのに、視界に人はいない。そんな気持ちが悪い場所であるが、それが裏通りといったところか。


 時折感じる視線に眉を顰めつつもゆっくりと歩いていると、突然先頭を歩くガイアスが足を止めた。

 ガイアスの視線の先に、すらりと背が高く腰に剣を下げた、長髪の男がいた。


「若いやつらがこんな時間に。酒が望みか?」

「ああ、そうだな」

 現れた。

 ガイアスが少し硬い、緊張したような声で答える。……恐らく、演技だ。余裕があるように見せず、ただ目的を果たすためにやってきた若者の。

 男の目が細められる。すっと私達に向き直った男と目を合わせることができなくて視線を下げた私は、一瞬風で浮き上がった腰布、その剣帯に見える刺繍に目を見開いた。


 ルブラだ。


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