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「さて」

 王子が話を切り上げるように皆を見回すと、真剣な表情をした皆が心得たように頷いて見せる。

 先ほどまで行われていた作戦会議は少し慌ただしいものだった。何しろ決行日が今日なのだから。

 内容は簡単に言うと、やはりというか「薬を買う人間の振りをする」というものだ。まあそうじゃないと無理な程度にしか情報は集まっていない。せめて薬だけでも手に入れば、何かヒントを得ることができるかもしれないし。

 問題は私達の住む屋敷、寮の監督を務めるアーチボルド先生をどう誤魔化すか、だったが。

「フォルの家にお泊り、かあ」

 急遽、なぜかフォルが笑顔で「では今日は外泊ということで」とか言い出したからどうしたのかと思ったが。

「父が、デュークを心配してたから……婚約発表のことで。少し話もあるみたいだから、時間とれるかな」

「成程、助かる。時間はもちろん大丈夫だ」

 従兄弟の二人であるが、どうやら甥である王子のことを心配してくれていたらしいフォルのお父さんに招かれたという形にするようだ。簡単に外泊できるのかと不安になったが、先生もあっさりと「フォルのところだったらいい」と許可を出してくれた。私が思っている以上に、先生もなんだか爵位が上の人たちと親密そうな気がしてきた。

 それにむしろ先生も王子を心配しているように見える。……おねえさまとの婚約、そんなに難しいことになっているのだろうか。以前おねえさまは身分を気にしていたけど、それでも伯爵家令嬢だ。王子の相手として悪いわけではないだろうに、何故だろう。

 そんな不安を振り払い、今日の作戦をもう一度確認する。私、そしてアルくんだけには、大役がある。

 大丈夫。今日は薬を手に入れて、アルくんに売人の跡をつけてもらうだけ。やつらの活動拠点でも見つかればラッキーだ。

 その為に、全員で屋敷を出るものの、作戦実行部隊と距離をとって護衛する組で分かれる予定だ。アルくんに跡をつけてもらうために、私はもちろん実行組である。そうなると必然的にというか、私の護衛であるガイアスとレイシスもこちらになった。

 おねえさまは護衛側。王子も万が一顔が知られているとまずいので護衛になり、同じ理由でフォルも。危険度の高さから、防御のためにルセナは私達と行動だ。

「いいか、絶対に今日は無理をするな」

 作戦会議の場に呼ばれた猫の姿のアルくんも含めて全員が頷き、一度解散する。

 とりあえず、フォルの家に行くという話を通すのならば、私達は今日目立つ行動はしてはいけない。フォルのお父さんに迷惑をかけることになるから。

 それを念頭において、各自部屋に戻り急ぎ準備をする。私の準備はレミリアが手伝ってくれるというので一緒に部屋に戻り、着替えなどはレミリアに任せてグリモワの調整や回復薬の確認を急ぐ。

「お嬢様、あの……変装と言っておりましたが、顔を隠せる程度でよろしいですか?」

 準備をしていると不安そうなレミリアにそういわれて、首を傾げる。レミリアには事情をそのまま説明してあったのだが、そうか。

 ばれないようにするために普段しないような格好に、とお願いしたのはいいが、私の服は主にお母様から送られてきたドレスやら普段着、制服の他にあまりない。普段着、お母様の趣味でひらひらふりふりだし。


 えーっと、変装できるものか。……あ。


「ガイアスかレイシスに借りようかな。さすがにそんなひらひらスカートじゃ駄目だよね」

「あのお二人の服ですと、さすがに大きすぎるのでは……去年辺りでしたら、まだ背丈も似ておりましたけれど」

「……だよねぇ、二人とも急に大きくなるんだもん。ベルトで縛ってなんとかいけないかな」

 ルセナにでも借りようか。いや、ルセナのだと私、おなか周り大丈夫かな。うう、夏にこっちに戻ってきてからというもの安心してちょっとお菓子食べ過ぎたんだよね。

 フォルも私より大きいし、王子なんてもってのほかだしなぁ。でもふりふりな服で売人のところに行くのも……。でもがぶがぶのズボンで裾踏んで逃げ遅れるとかありえ……ないと言い切れないんだよ私。

 レミリアと二人鞄を前に悩んでいると、扉が控えめにノックされる。

「アイラ、いい?」

 声ですぐフォルだと気がついて、慌てて扉を開けると、微笑んだフォルが手にしていたものを見て目を丸くする。

「前に僕が着ていた古いものだけど。アイラ、今日、男装していって欲しいんだ。……駄目かな」

「ううん! 私もレミリアと今服を悩んでいたところだったの、助かる!」

「そっか、よかった。きちんと洗ってあるから、もう使わないものだし好きに使ってもらって構わないから。あと、髪も隠せるようにね」

「それでしたら、お任せくださいませ」

 すっと腰を折ったレミリアが顔を上げると嬉しそうに目を輝かせる。うっ、この後髪を思いっきりいじられる気がする。

「れ、レミリア。時間あまりないからね……?」

「ええ、ええ、もちろんわかっておりますわ! ああ、お嬢様は普段あまり髪型を変えられないので、楽しみです!」

 張り切るレミリアを見てフォルは笑い、しかしふっと一瞬だけ何かを言いかけるが、すぐに表情を戻しそれじゃ、と手を振る。

「フォル……?」

「ううん。あ、あとでちょっとだけ相談があるんだけど」

 相談、といわれ、少しだけ緊張が走るが、この前相談にのってもらった身としては頷かないわけにはいかない。

「うん、もちろん!」

「ありがとう。それじゃ、準備急いで……ね?」

 にこにこと再び手を振って自室に戻るフォルを見送り、手元の服を見つつさすがフォル! と急いで準備に戻ると、レミリアはくすくすと笑う。

「フォルセ様、とてもお嬢様のことを大切に考えてくださっているのですね。男装のほうが、確かに安全かもしれません。お嬢様が素敵なご友人に恵まれて嬉しく思います」

「え……あ、うん、私もさすがに男装までは考えてなかったけど、そうだよね」

「あ、でもあまり無理はなさらないでくださいね、絶対ですよ!」

 ぐっと手に力を入れてそう心配してくれるレミリアに頷きながらも、ふっと頭に過ぎる先ほどのローザリア様の姿。……フォル、ローザリア様と付き合うことになったとかじゃ、ないのかな……。相談って、それ?

 そっと手元の服に視線を落とす。シャツに、仕立てはいいであろうズボン。これだけでは寒いですわね、とレミリアが目立たない外套を準備するのを見ながら、ぶんぶんと首を振る。

 別に、変装用の服を借りただけなんだから。

 屋敷を出る時からすでに男装ではおかしいだろうと、帽子で誤魔化せるように器用に髪だけまとめてくれたレミリアにお礼を言い、外套を羽織り着替えの入った鞄を持つ。

 見れば皆も普段着に外套を羽織っただけで鞄に変装道具を詰め込んでいるようで、怪しまれる前にと私達はすぐに屋敷を出る。先生、ごめんなさい!


「王都内のジェントリー家の屋敷だから、あまり遠くはないよ」

 そういいながらフォルが学園の敷地を出て案内してくれたのは、貴族の邸宅が多いのか大きな屋敷ばかり立ち並ぶ地区で。

 高い門に、おしゃれな外灯。人通りはさすがに賑やかな町とは違い少ないが、時折巡回の騎士がいるのが気にかかる。

「フォル。騎士が多いみたいだけど」

 不安に思って尋ねれば、フォルは微笑んで大丈夫だと首を振る。

「大丈夫。出る時は屋敷の裏に丁度商店街に抜ける裏道があるから。そっちの警備はデラクエルでやっているから、協力してもらおう」

「あーあれか、なるほど」

「え、ガイアス知ってるの?」

 納得した様子を見せたガイアスを驚いて見つめると、苦笑したガイアスは「だって俺何度かフォルの家行ってるし」と事も無げに言う。

 一瞬驚きと、わけもわからず寂しさに囚われたが、少し考えて肩の力を抜く。……そうだ、デラクエルとして出入りしてるんだ、ガイアスも、レイシスも。

「私もお邪魔したことはありますわね。幼い頃でしたし、大分久しぶりですけれど」

「となると行ったことないのはルセナとアイラだけじゃないか?」

「うん、僕はない」

 これから作戦だというのにどこか和やかにすすむ会話に、ほっとしつつも物々しい雰囲気の門が続く道を歩く。

 途中、王子の視線が私に向けられ、ふっと笑われてしまった。

「短い髪のアイラも新鮮だな」

「確かにそうですわね。纏めてるだけと言っても、随分印象が違いますわ」

「そう、ですか……?」

 おねえさまにも見つめられ、なんだか気恥ずかしくなって俯き、首筋を撫でる毛先を指でいじる。

 頭上で長い髪を纏め、帽子を被ると程よく短く見える程度に毛先を散らした髪形は、自分でも確かに新鮮だ。首元がなんだかすーすーする。

「アイラは昔から髪長かったからな」

「そうですね、お嬢様、よく似合っておいでです」

「その髪型も、可愛い」

 レイシスとルセナに笑顔で褒められ、ありがとう、とお礼をいいつつも、なんとも言えない気分を味わう。

 実は、フォルから借りた服一回試着してみたんだけど……この髪型で帽子も被ったら、ほんと少年だったんだよね……。

 顔は今ピンで留めている前髪を下ろすとかなり隠れるようにレミリアが調整してくれていたというのもあるが、ほんとにこう、……凹凸がない身体だったようだ、私。

 皆の話題が今歩くこの通りに移ったのを確認し、後ろのほうを歩きながら自分の身体を見下ろしていると、小さく名前を呼ばれる。

「アイラ?」

「え? あ、何? フォル」

 慌てて顔を上げると、フォルは小さく笑う。

「僕は、長い髪のアイラのほうがいいな。アイラの髪はとても綺麗だから」

「え……?」

「言ったでしょう、ずっと前に。『君の髪はとても綺麗な桜色だね』って。あの時風に舞う長い髪がとても素敵だったから。今の髪型も、似合ってはいるけどやっぱり……というか、髪を短く見えるようにって言ったの僕だよね、ごめん」

 ふわりと笑うフォルに、心臓が大きく音を立てた気がした。

 驚いて強張った私の前で、ふっと目を細め急に真剣な表情になったフォルが小さく囁く。

「ローザリア、転んだの受け止めただけだから。誤解、しないで」

「なっ、え? あの時気づいて……? えっと、そう、なんだ」

「うん、そうなの。やっぱり、誤解してた」

 笑うフォルの手が伸ばされたとき、すっと私達の前が翳る。

「おーいフォル、誤解解けたんならその辺にしとけ」

「ガイアス……いいところで来るね」

「こっちは確認できたからいいんだよ。ほらアイラ、あれだ、フォルの家」

「え……うあ、すごい!」

 ガイアスが指差す先にある、闇夜にそびえる大きな建物。……うちの実家よりフォルの王都内の別宅の方が大きいんじゃなかろうか、とその大きさに圧倒されている間に、私の頭からはすっかりローザリア様の影は消えたのだった。



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