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 おねえさまと王子、それにフリップ先輩が降りてきたのはずいぶんとぎりぎりの時刻だった。

 王子達は上で軽く食べてきたらしく、フリップ先輩はハルバート先輩とファレンジ先輩を呼ぶとすぐに退室してしまい、入れ違いですぐアーチボルド先生がやってきて授業が始まってしまう。

 どうなったのかな、お話。フリップ先輩はまだ険しい表情だったようだけれど。

 若干気になりつつも、先ほどレイシスと一緒に見ていた資料を広げて目を通す。

 先生が説明する内容で重要なところをメモをとりながら授業を受けるのが常であるが、毒魔法は注意事項が多すぎて今日は紙に向かい合って手を動かしている時間が長い。

 アーチボルド先生は、いつも通り雰囲気はやる気がないように見えるのに、先生の言葉自体はするりと頭の中に入ってきて、要点がしっかりと抑えられたとてもわかりやすい授業だ。時折混じる雑談ですら為になる発言が多く、さすが、としかいいようがないように最近は思う。まあ、何度も言うようだが雰囲気は別として。


「ということで、毒魔法は効果が現れるまで時間がかかるタイプが多い。じわじわと攻めるいやらしーい魔法だな。即効性がある毒魔法は威力が弱い場合も多い。対して毒草などによる毒はすぐに効果が出るものも多いが、解毒しやすく見極めが比較的楽という点もあり一長一短だ。面倒なのは、主流となっている回復薬のように魔力が込められ製造された毒薬だな。効果も威力もいいとこ取りで解毒がめんどくさい」

「そうなんだ……」

 ルセナが不思議そうに頷きながら必死に書き記している。私やおねえさま、フォルは医療科で解毒の授業である程度毒のことは学ぶし、ガイアスとレイシスはさっき本人も言っていたけどデラクエルの人間だ。王子は立場上毒の知識はあるだろうし……いや、仕方ないのはわかってるけどちょっとそう考えると王子って大変だな……。

 ということで、ルセナがさっきから一番大変そうである。毒に対する防御についても質問しながらだから、とても熱心だ。


「さてここで問題。もし解毒魔法の天才がいたとする。そいつが一人でいる時に毒魔法に侵された場合、一番解毒がしにくい魔法って何だと思う?」

 先生の質問に、顔を上げた私達はちらちらと顔を見合わせる。

 少し考えて思い当たるものはあるが、先に手を上げたのはガイアスだ。

「即効性のある致死確率が高い毒ではないですか? かけられた瞬間もう危ない状態で、解毒前に死の淵を彷徨われたら困難だと思うし」

「そうだな。だが」

 先生が何か否定の言葉を口にする前に、王子がくるりと振り返ってガイアスを見る。

「待てガイアス。そもそも、そんな瞬間的に人を殺す毒魔法は存在しない。それは即死魔法の類だろう」

「まあ、いくら即効性って言っても僅かな時間はあるだろうけど」

「その僅かな時間があれば、解毒は可能ではあるね」

 資料を眺めていたガイアスが、フォルの言葉でなるほどと頷きながらも首を捻る。

 皆が言葉を止めたところで、先生が私を見た。……うう。そのわかっているだろうっていう視線、答えにくいじゃないか。

 そう思いつつも小さく手をあげた私は、自信なく答える。

「……魔力分解の毒、じゃないですか? 侵された毒が魔力を分解してしまうので、解毒魔法がそもそも成立しません」

「いい回答だ……俺もそう思う。あれはマジできつかったわ」

 先生が頷く事で、先生が考える正解だったのだと気づくが……嬉しくない。先生、私がフォルにかけられた魔力分解の毒の解毒に失敗したこと、覚えてるよね。つまりフォルも自身の解毒に失敗したということだ。まあ、先生もあの時はその毒に侵されたんだけど。

「そんな顔すんな、アイラ、フォルセも。今はもう大分解毒に強くなったんじゃないか? お前らの評価は医療科の先生から聞いてるぞ」

「……まだまだです。それに、そんな一人の時に魔力分解をかけられたら今でもアウトですよ普通に」

「耳に痛い話ですね。僕ももう一度やれといわれてもまだできる気がしません」

 私とフォル、そして先生の言葉を聞いていたガイアスが、ああ、と手を叩く。

「魔力分解の毒って、あれか!」

「そういえばイムス子爵の件で先生達にかけられた毒は、魔力分解の毒でしたわね。えっと、傷口から毒が入ったと聞きましたけれど」

「ああ、俺もフォルセもそうだった」

 あの時は置いてけぼりを食らったおねえさまが漸く遅れて理解し、眉を下げた。

 うんうん、と頷いた先生は、にかっと歯を見せて笑う。

「ちなみにあの時の毒薬は、毒草プラス魔力の複合タイプだった。アイラはよくフォルを持ちこたえさせたと思うぞ。で、何がいいたいかといえばだな」

「仲間といるように、ですか?」

 レイシスが先回りしたように言うと、先生は一瞬口を噤んだ。

「なんだレイシス、俺の言葉を取るなよな」

 口調とは違い嬉しそうな表情の先生を見て、皆が笑う。そういえば先生、私達が特殊科に選ばれた当初から「仲間を信用しろ」「一人でやろうとするな」と何度も言っている。それこそ、今レイシスが先回りしなくても、私だって頭に浮かんだくらいだ。

「ま、いい。いいか、どんな天才でも、一人では絶対無理な事がある。仲間は大事だぞ」

 笑顔の先生の言葉に、自然と口角が上がる。私は仲間に恵まれている。私は、仲間の為に動けるだろうか。……今度こそ、魔力分解の毒でも、例え即死魔法であっても、この仲間を守る力をつける。そして医者としても、たくさんの患者を治すのだ。

 ……そうだ。私はやっぱりどうあっても、そういう医者になりたいのだ。

 だれだっけな、ベルティーニは強欲だなんて言ったの。グラエム先輩だっけ。うん、強欲上等!

 ちらりとフォルを見る。すぐに私の視線に気づいた彼は微笑みながら首を傾げるが、私がそっと「あとで相談にのってほしい」と伝えると、笑みを深くして頷いてくれた。



「アイラ」

 夕食後、フォルに相談に乗ってもらおうと思っていた私を呼び止めたのは、ガイアスだった。

 ちょいちょいとガイアスの自室の前から呼ばれて慌てて駆け寄ると、手を引いたガイアスに部屋に引っ張り込まれる。珍しい動作に目を瞬かせて驚きつつも、どうしたのかと素直に部屋に足を踏み入れた。

「悪い、レイシスのことでちょっとだけ」

「あ、うん。何かわかった?」

 私がガイアスを見上げると、ガイアスはすっと眉を寄せる。その表情を見てあまりよくない結果だと身体が僅かに強張った。

「あいつ、口を割らねえ。けどたぶん、例の薬の合言葉を掴んだな」

「……ええっ」

 ぎょっとして叫びかけたが、慌てて口を手で塞ぐ。びたん、と音がして唇が僅かにひりひりした。痛い、やりすぎた……。

「何してるんだ」

 呆れた表情で私の腕を掴みおろしたガイアスに、「だって」「でも」「っていうかレイシス声拾うの得意だし」とわけがわからない言い訳を繰り返し、はっとする。

「……レイシスは!? そんなの知ったら、レイシス一人で……っ!」

「大丈夫。俺もそう思ってできるだけ一緒にいたし、今はアルがたぶん見張ってる」

「……え?」

 アルくん? と名前を繰り返して顔を見上げれば、ガイアスはにやりと笑う。

「猫の姿のアルを見かけたからな。頼んどいた」

「あ、そうだったんだ」

 そういえばガイアスよくアルくんと話してるっけ、とほっとして肩の力を抜いた。っていうかレイシス……そんな重要な情報を……。

「まぁ、さすがのあいつもアルを出し抜くのは無理だろうしな。っていっても見張らせてても根本的な解決になんないし、あとで情報を掴んだだろうってちょーっとオニイチャンが軽く話を聞きに言ってやろう」

「ガイアス、すごいいい笑顔なんだけど」

「お転婆な妹に大事な事になるとむこうみずな弟を持って俺は大変だ」

「妹……それってサシャじゃなくて私のこと!?」

 私の言葉をあははと笑ってかわしたガイアスは、すっと突然真剣な表情になる。

「さすがに今回は危険だから絶対に一人じゃやらせない。……っていっても、あいつも今日の昼間の授業で何か思うところはあったと思うけどな」

「……うん」

 先生の言葉を先回りして「仲間といるように」と答えていたレイシスを思い出す。

 ぽんぽん、と頭にのせられる手が、「お前もだぞ」と言っているように感じる。それにふっと笑って、私は笑みを浮かべたままガイアスを見上げた。

「大丈夫。……レイシスの事よろしくね?」

「もちろん、任せとけ」

 笑うガイアスに手を振って、部屋を出る。フォルに相談をしたいと言っておいて、待たせちゃう……と顔を上げた時、丁度階段を上ってきたフォルと目が合った。

「ああ、アイラ。ええっと、相談って……」

「うん。……部屋来て貰ってもいい……?」

「わかった」

 よかったと私が手招きすると、部屋にそっと入り込んだフォルは、少し見回したあと目を見開く。

「あれ……アルはいないの?」

「ああ、アルくんならたぶんレイシスと一緒にいるんじゃないかな?」

 先ほどガイアスが言っていたことを思い出して告げると、フォルは僅かに息を飲んだ後「そっか」と小さく口にし、途端に視線を彷徨わせ始めた。

「フォル?」

「あ、ううん。それで、どうしたの?」

 向けられたフォルの穏やかな笑顔に、私はほっとしてフォルに椅子を勧めた。


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